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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
17章:混沌の戦場

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混沌の戦場 (5)

 「スタンピードねぇ……」


 白亜は異世界名物と言ったが、これまで訪れた異世界でそんなものにこれまで遭遇した事は一度もない。

 なのでいまいちピンと来なかったが、ふとココを見て思い出す。


 「そういやヴィーゼント・カーニバルもスタンピードの部類には入る……のか? あとギガントどもとフェイクシティーで戦ったのも……」


 そして、そう口にするとフミコが。


 「うん、そうじゃないかな? かい君。この本にもそう書いてるし」


 そう言って「初心者でもわかる異世界ガイドブック」というあの謎の本を見せてきた。

 うん、フミコさんや、まだその謎の本持ってたのね? いい加減、それ手放したら?

 自然とため息がでてしまう。


 「はぁ……フミコ、その本の内容を信用するのはやめないさい」

 「え? なんで? すっごく参考になるのに! これに書いてる知識で転生者見つけた事もあったでしょ?」

 「まぁ、そうなんだが……」


 そう、「初心者でもわかる異世界ガイドブック」というこの謎の本の知識を頼りにフミコは過去に何件かノーヒントで転生者を見つけ出しているのだ。

 つまりは信頼性という意味では、なぜか実績はあるというわけである。だからこそ余計にたちが悪い。

 まぁ、たまたまの偶然であったと言えなくもないのだが……


 そんな事を思っていると白亜が。


 「おいおい、随分余裕だな? そんな呑気におしゃべりしている暇があるのか? 見て見ろ、連中もう引き上げて行っちまうぞ?」


 そう言って戦場を指指差す。

 白亜が指差したほうを見ると、すでに召喚者たちは城塞都市の中へと引き上げていこうとしているところだった。


 魔物の軍勢が退却した今、さきほどまで戦闘が行われていた場所では多くの兵が慌ただしく行き交い、そこかしこの地面に散乱した武具の回収や死体を一か所に集める作業に、負傷したとはいえ、その場で処置が可能な兵の治療に重傷や致命傷を負った兵を城塞都市内部に運ぶ作業などが行われている。

 そんな作業に加わらない召喚者たちを追いかけるべく、こちらも身を潜めながら城塞都市へと向かった。


 召喚者たちの戦闘はじっくりと観戦していないとはいえ、身を潜めていた大きな岩にたどり着くまでの間に遠巻きには眺めている。

 なので条件は一様はクリアしていると言えるだろう。


 さきほどまで戦闘をおこなっていた召喚者のグループは男子2人、女子3人の5人組だった。

 とはいえ、5人全員がターゲットではない。何せ女子3人のうち、2人は召喚者ではなく現地の人間なのだ。

 つまりはターゲットは3人なのだが、いずれにせよ5人一緒に行動されていては面倒だ。


 確かに今こちらにはアビリティーユニット所持者が3人いる。そういった意味では同時に3人から異能を奪う事は可能だろう。

 だが、そううまく事が進むかはわからない。

 何せこの5人組、恐らくは召喚者40人の中でも実力がトップクラスの面々じゃないか? と思えるからだ。


 5人組のうちの召喚者3人、その中でもリーダー格なのは恐らく一条昴という男子だろう。

 彼は「勇者」の称号を所持しており、レベルも99と鑑定眼に表示されている。

 鑑定眼で表示されるステータス値やレベルのMAX数値は格異世界ごとで異なるので、この数値がどれだけの意味を持つかは判断しかねるが、それでも他の者と比べてもこの数値は飛び抜けている。

 真正面からバカ正直に争うべき相手ではないだろう。


 次に伊集院幸子、彼女はレベル75の「法術師」であり、ありとあらゆる治癒・防御・呪い・補助魔術に精通している。


 そして最後に鴨ノ橋長明、彼はレベル80の「ディフェンダー」であり、常に敵のヘイトを自身に惹きつける事ができるスキルを複数所有している他、状況に合わせて自身のステータスの特徴を防御盾仕様、回復盾仕様、回避盾仕様に変幻自在に変更できるスキルを所持している。


 3人それぞれが単体でも手間が掛かりそうなのに、それが一緒に行動し、尚且つ現地人の仲間も2人いるとなると厄介だ。

 どうにか個別に対処できる状況を作れないかと考えながら、彼らの後を追って城塞都市内部へと潜入する。




 城塞都市テルカ。ここは大陸のほぼ中央に位置し、大陸中央を縦に貫く大きな山脈を隔てて東西で文明の色合いが大きく異なるこの大陸において東西の文明が交わう交易都市だ。

 そんなテルカには大陸全土の珍しい工芸品、料理、武具、鉄鉱石、書物、技術、動植物、奴隷すべてが揃う。


 故に、このテルカが寂れるとしたら、それは大陸すべての文化が失われ、文明が衰退した時と言われている。

 だからこそ、この城塞都市テルカはたびたび魔王軍の脅威に晒される。


 これまでも、歴史上何度も魔王軍の幹部が襲来し、そのたびに召喚された歴代の勇者たちがこれを撃退してきた。

 とはいえ、これら幹部の襲来はまだいい。

 強敵とはいえ、幹部を撃退できればそれで済んでいたからだ。


 しかし、今回は違う。

 今、このテルカで起こっているのはスタンピードだ。

 魔王軍の幹部クラスが襲撃してきて、そいつを倒せばおしまいという単純なものではない。


 次々と押し寄せる魔物の群れを退け、迷宮の暴走が収まるのを待たなければならない。それが1週間、長ければ数週間、1か月と続くのだ。常人ならば参ってしまうだろう。

 それに備蓄の問題もある。スタンピードが収まるまでは外部からの補給は完全とはいかないまでも絶たれてしまう。なにせ国単位で動かない限り大規模な救援物資の補充は見込めないのだ。


 つまりは今ある手持ちの資源でやりくりするしかない。しかし城塞都市内の医療物資や食料には限りがある。それらすべてを平等に市民に配給していては持久戦は継続できないだろう。

 当然、取捨選択が迫られる……誰を治療し、誰を見捨てるか? 優先的に食事を与えるべきは誰か? という極めてデリケートな選択を……


 そして、この判断を誤れば取り返しがつかない事態に発展する。

 そう、信頼の失墜による市民の反発、兵士の蜂起に反乱……内紛の勃発だ。そんな事になれば目も当てられない。

 城塞都市の統治者は外からだけでなく内側からの暴力によって自滅するのだ。


 そうならないよう、この状況を指揮する者は神経をすり減らし、慎重に見極めなければならない。采配しなければならない。最良の選択を……

 まさに消耗戦……気力、体力、精神力、思考能力、経済力、統治能力、そのすべてが削られていく戦いなのである。




 「しかし、スタンピードって要は暴走した迷宮なりダンジョンなりから魔物があふれ出してきてしまう現象なんだろ? だったら収まるまで耐えるより、根本の問題を解決すればいいんじゃないのか? 要はその迷宮なりダンジョンなりの暴走を止めればいいんだろ? なんでそれをしないんだ?」


 城塞都市テルカに潜入し、バレない程度の距離を保ちながら「勇者」一条昴のグループを尾行してる最中に白亜に訊ねる。

 もっとも、白亜がこの質問に素直に答えてくれるとは思っていない。何せ神を自称する連中のひとりだ、カグ同様に「自分で調べろ」と言ってくるのがオチだろう。

 なので、これはあくまで試しに聞いてみた程度の軽い気持ちだったんだが、意外にも白亜はこれに答えた。


 「それが今はできないんだよ」

 「なんでだ?」

 「スタンピードの原因になってる、ここテルカからもっとも近い迷宮は今、魔王軍に占拠されてる最中でな? 言うなれば、このスタンピードは魔王軍によって故意に引き起こされているものだ。まぁ、魔王軍からすれば幹部クラスを個別に送り込んでどんどん撃破されて戦力を削られるより、幹部クラスを消耗せずに人間側の体力、戦力を削れるスタンピードの方がよっぽどコスパがいいって事だ」

 「……コスパ重視って、出し惜しみしないといけないほどに魔王軍は人材不足なのか?」

 「どの時代、どの世界、どの文明であっても優秀な人材はそうそういないし、どの組織も常に人手不足だ。人員が十分に確保されていて満たされており、準備万端といったほうが珍しい。特に抗争が長引けば尚更な? GX-A03の適合者(まるさん)、お前は日本の教育上仕方ないとはいえ、旧日本軍は工業力・技術力・経済力で圧倒的に優位な米軍に完膚なきまでに叩きのめされ、コテンパにやられたと思い込んでるだろうが、実際のところはそうでもない。アメリカ側も日独両国、太平洋と大西洋、アジアと欧州の二正面作戦を強いられた上での国家財政が破綻しかねない国家総力戦を3年近く続けたんだ。負けた側からしたらそうは思えなくても、実際はあと数年戦争が続いていたらアメリカは経済が崩壊し破滅していた。戦争を継続する事すら困難な状況になっただろう……アメリカもアメリカで瀬戸際だったんだよ。だからこそ完成したばかりの原爆をいきなり実戦投入した。それに頼らざる得なかった。あれは勝負がついた戦争終盤での非人道的な核の実験だっただの色々言われているが……本当のところは自らの破滅の期限が迫っていて焦っていたんだよ。だから何ふり構わず自己中心的に投下した。連合国の会談で兵員不足を補うためにソ連に参戦を促しながらもな?」

 「……」

 「ま、これはある一つの側面から見た結論ではあるが、それでも兵員不足を補う、尚且つ自国兵士の犠牲をこれ以上増やさない目的のために、かの米軍ですら兵員不足の補強を間接的に共産主義者に依頼したんだ。総力戦が長引くとはそういう事だよ」

 「それは確かにそうだよな……けど、それなら尚更召喚者たちは根本の原因の迷宮に向かわないといけないんじゃないのか?」

 「最もな指摘だが、それができないほどにスタンピードによる消耗が激しいって事だ……勇者っていう切り札を単身迷宮に向かわせるという策を切れないほどにな?」

 「なるほどな」


 言うなれば、それは召喚者40人を以てしても、この異世界では魔王側が優位で人間側は劣勢という事の証明である。

 何せ召喚者全員を動員しても、魔王軍側が仕掛けたスタンピードに苦戦しているのだから……


 うん、本当にそんな異世界で召喚者たち全員から異能奪って根こそぎ殺していいんだろうか?

 そんな事をふと思ってしまうが。


 (まぁ、それは俺らが気にする事じゃないか……)


 すぐに頭の中から消し去り、一条昴たちを尾行する事に集中する。




 一条昴たちは物資の補給をしようとしているのか、商店が立ち並ぶ通りに向かっていく。

 そして、一条昴たちが向かう店は人々が行きかう表通りではなく裏通りにあるのか、いきなり人気のない脇道へと逸れて、入っていった。


 「っ!! まじかよ! みんな急ぐぞ! 見失っちまう!」


 尾行に気付かれないよう、少し距離を取っていたのが裏目に出てしまった。

 慌てて一条昴たちが曲がって入っていった脇道へと駆けるが、しかし。


 「っ!!」


 突然、怖気が走った。

 まるで何か恐ろしい獣に睨まれているような、そんな感覚だ。

 急いで追いかけないといけないのにも関わらず、思わず足を止めてしまう。


 (な、なんだ……? この異様なプレッシャーは?」


 冷や汗が頬を伝うが、それは自分だけではなかったようだ。

 同じくフミコもぞっとした表情となっており、あのココでさえ怯えた表情を浮かべている。

 一方で寺崎歩美は何も感じていないのか、そんな自分たちを見て。


 「え? 何? どうしたの? 追いかけないの?」


 と困惑していたが、そんな寺崎歩美に白亜が声をかける。


 「ちょっとこれはまずい状況だな……完全に想定外だ。お前たち量産型(まるよん)をここに連れてきたのは失敗だったかもしれん」

 「へ? 女神さま、それってどういう……」

 「お前はすぐ次元の狭間の空間に戻れ!」

 「……はい? いきなり何を」

 「いいから!!」


 白亜が寺崎歩美に怒鳴りつけた時だった。

 心臓がドクンと高鳴り、一瞬視界が大きくブレる。


 「っ!?」


 それは白亜を除いた、その場の全員が同時に感じた感覚だった。


 「な、なんだ今の」

 「何、今の感覚!?」

 「ココ、なんだか気持ち悪いです」

 「へ? な、何!?」


 誰もが困惑する中、白亜は仮面で顔を隠しているため表情はわからないが、明らかに不機嫌になると。


 「っち!! 手遅れだったか!!」


 そう言って寺崎歩美の手を取り。


 「お前はもう召喚者の後を追うな!」


 そう彼女に言い放つが、しかし直後、一条昴たちが入っていった脇道から誰かの悲痛な叫び声が聞こえてきた。


 「がぁぁぁぁー----!!!」


 それを聞いて、誰もが一斉に脇道の方へと視線を向ける。


 「今のって!」

 「な、何!?」

 「尾行してた連中の悲鳴です!?」


 誰もが困惑する中、どうすべきか考える。

 今、あの脇道の先で起こっている何かが、この異世界でのイベントなら問題はないだろう。

 大方、スタンピードの対応で疲弊した勇者を狙って魔王軍の幹部が乗り込んできたとか、魔王軍側が仕掛けていた大掛かりなトラップが発動したとか、突然のラスボス魔王様の降臨だとか、そんなイベントだ。


 しかし、そうでないとしたらどうなる?

 この異世界のイベントとはまったく関係ない、イレギュラーな事態が発生したのだとしたら……


 そして、推測するにさきほどの白亜の態度。寺崎歩美をこの異世界から慌てて離脱させようとしたところからも、この異世界での出来事ではない何かが起こった可能性が高いのは明白だろう。

 ではその出来事とは一体何か?

 それは見てみない事にはわからない。

 なので……


 「何にしても、あそこに行って何が起こったのか確かめない事には判断できないな……フミコ! ココ!! 十分に警戒しながら行くぞ!!」

 「うん!! わかってるよかい君!」

 「はいです!!」


 フミコとココに声をかけ、懐からアビリティーユニットを取り出し一気に駆ける。

 そんな自分の後にフミコとココが続く。

 それを見て寺崎歩美も。


 「あ、待ってください先輩!! 歩美も行きます!!」


 自身の手を取っていた白亜の手を無理やり振り払い、慌ててフミコの後を追う。

 そんな自らの手を振り払った寺崎歩美に白亜は。


 「おいコラ!! 話を聞いてたか? お前は戻れ!!」


 そう怒鳴るが、しかし寺崎歩美は構わずフミコの後を追う。

 そんな寺崎歩美を見て白亜は舌打ちし。


 「くそ!! ふざけるなよ!!」


 寺崎歩美の後を追った。




 一条昴たちが入っていった脇道へと突入し、裏路地を駆け抜ける。

 しばらくは建物と建物の間の狭い1本道の通路が続いたが、やがて四方を建物に囲まれた、少し開けた広場のような人気のない場所に出た。

 そんな場所にいた者、それは……


 「っ!!」

 「なっ!!」

 「のわ!?」

 「ひっ!! う、うそ……な、何!? へ? な、何してるの?」


 広場の中心、そこにはまるで時間が止まったかのように、何かに驚いた表情のまま固まって動かない一条昴、鴨ノ橋長明と現地の仲間である女性2人の姿があった。

 そんな固まって動かない彼らの先にはすでに事切れている伊集院幸子と、そして……


 「よう後輩、楽しんでるか? ひひ! やっぱ食うのは女の肉だよな? まずい男の肉とは天と地の差だぜ? あぁ、後輩は興味がねーんだったな? ったくこの違いがわからないなんてほんと人生損してるぞ? 後輩があまりに不憫すぎて涙がちょちょぎれそうだ」


 そう言って伊集院幸子の腕の肉を食いちぎると地面に大量の血が飛び散った。

 広場の地面にはすでに大量の血だまりができており、嫌な咀嚼音が響き渡る。


 そんな光景を見て一瞬言葉がでなかったが、しかしすぐに我に返り、怒りがこみ上げてくる。

 そう、この光景を……目の前のこの人物が人肉を食す光景を見るのはこれで二度目だ。


 アビリティーユニットGX-A00/01の適合者。

 自らを「多次元の王」と名乗るふざけた先輩……


 「アシュラ……てめー---!!!!!」


 イカレているとしか言いようがない男、アシュラがそこにはいた。

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