混沌の戦場 (3)
今戦場で戦っている大勢の召喚者たちは、高校生か中学性かはわからないが、クラス単位で召喚された連中なのだろうか?
しかし、そんな集団失踪事件がもしあったなら、ニュースになって連日、大騒ぎになりそうなものだが、自分が日本にいた頃はそんなニュースは聞いた事がなかった。
いや、自分が知らないだけで、もしかしたらニュースになっていたかもしれない。
何せ自分は、日本にいた頃は世間の話題に無頓着、無関心な無趣味の高校生だったのだから……
それに、日本以外の国でそういった事件が起こった場合、国によっては「よくある事」で片付けられてニュースにすらならない事だってあるだろう。
日本は全世界でもトップクラスに治安がいい国だ。だから忘れがちだが、世界では人身売買のための誘拐事件など日常茶飯事なのだ。
普通なら親の付き添いなく子供一人で外出させたり通学させるなどもってのほかなのである。
子どもが一人で出歩いたりするなど、鴨がネギを背負い鍋を担いで歩いているようなもの。
そう、だから子どもが一人で気兼ねなく出歩き、通学する様、それは世界から見れば日本独自の異常な光景なのだ。
何にせよ、あの戦場にいる大勢の召喚者たちは、神隠しにあった同年代の少年少女たちである可能性は高いだろう。
とはいえ、白亜はあの召喚者たちがそうだと頷くことはせず、されど否定も肯定もしなかった。
しなかったが、実質認めたようなものだ。
(まぁ、どっちでもいいけどな……そうであろうと、なかろうと。それにこの自称女神は召喚者たちは全員知り合いか、それともバラバラに召喚されて互いを知らないかどっちだ? と言ってたが、正直クラス1個丸々セットで召喚されたからと言って、クラス全員同じ方向を向けるわけでないしな。中には俺みたいなやつも絶対にいるだろうし……だから40人全員が統一された行動原理のもと、連携を取れるとは思えないんだよな。だから、たとえ1人を殺ったからと言って、即座に残りの面々にその情報が共有される事はないんだろうが……)
そこまで考え、しかし数が多すぎるのはやはり少し問題だなと思い、白亜に目を向ける。
この自称女神はカグやスプルの仲間であり、フミコの寝室に勝手に忍び込んで、頼んでもいないGX-A04をフミコに押し付けた張本人だ。
しかも、あろうことか量産型のための次元の狭間の空間に勧誘してきたという。
はっきり言って信用できん。
そう、信用できないのだが、一方で40人もいる召喚者たちに対処するには量産型の力は必要だろう。
何せ人手が足りないのだ。自分だけでは1人に対処して異能を奪い殺しているうちに、他の面々に分散して隠れられ、身を潜められてしまう可能性があるだろう。
そう、全員に情報が行き届かなくとも、異能を奪い殺したやつと仲の良かったグループは、そのグループ内で情報を共有する。
そして時間はかかるだろうが、グループ単位で他の面々にも情報が伝達していき、やがて全員が潜伏する事になるだろう。
そうなったら厄介だ。見つけ出す苦労もひとしおである、たまったものではない。
(かなり癪だが、ここは量産型を頼るしかないか)
そう思い、心の中で舌打ちしてから白亜に尋ねる。
あくまで自分から頼むのではなく、白亜が自分から切り出す形になるように仕向ける形で。
「で? どうするつもりなんだ? あいつらがクラスごと召喚された連中だとして」
これに対し白亜は鼻で笑うと。
「聞くまでもないだろ? われがフミコに与えたものは何だ?」
そう言って白亜は自分が自らの後ろに隠したフミコのほうを向く。
「……GX-A04か。まったくふざけやがって」
「何を白々しい、貴様だって召喚者の数を聞いた時に真っ先に思っただろ?」
「さて、何のことだ? それにフミコのGX-A04を合わせても、40人に対処する人数が2人だけなんだが?」
わざとらしく肩をすかしながら、小バカにした口調で白亜に言うと、白亜も鼻で笑う。
「何を今更。わからないフリをするにしても、もう少し演技をしっかりするんだな」
白亜がそう言ったのと同時、白亜の背後の空間が歪み、そこから20人近くはいるであろう集団が現れる。
その現れた集団はひとりひとりが思い思いの格好をしており、人種も性別も恐らくは年齢もバラバラだ。
しかし、唯一統一されているものがある。それがその手にしているもの……バイクのハンドルグリップのように見えるアビリティーユニットGX-A04だ。
そう、彼らこそアビリティーユニットGX-A04の所有者。量産型の異世界渡航者である。
そんな彼らを背後に従え、白亜は告げる。
「今日はこいつらのデビュー戦。楽しい楽しいオリエンテーションだ。相手も同じく大所帯、集団戦を学ぶには丁度いいだろう?」
仮面で表情はわからないが、恐らくはニヤリとしているであろう白亜と、その白亜の背後にいる彼らをざっと見て。
「なるほどな……つまり、俺とフミコは少数で構成された召喚者のグループ1つだけでいいと、そう言う事か。他の連中は量産型の獲物だから邪魔するなと言いたいわけだな?」
ため息をつきながら訊ねると、白亜はとんでもない事を言い出した。
「まぁ、そうなるな? とはいえ、何名かは連れて行っていいぞ? というか連れて行って先輩として異世界渡航者のなんたるかを指導してやれ」
「は? 何言ってんだ? 意味がわからん」
「われとしても、集団をまとめ上げるリーダー格を育成する必要があるんでな? その役目を与えてやる」
何とも上から目線で面倒な事を押し付けてきやがった。
というかいきなり何を言い出すんだ? この自称女神は。大体、何で俺がそんな事しなければいけないんだ? 意味が分からん。
量産型のリーダー育成とか俺に関係ないだろ! 自分の部下くらい自分で指導しろ!
そう思って。
「いや、知るかよ!! というか何で俺がそんな事やらなきゃいけないんだよ? 育成ならあんたが自分でしろ!」
そう言い放つと、白亜の背後にいる集団の中からもこちらの意見に同調する声があがった。
「そうですよ女神様。こんなやつに教えを乞うなどまっぴらごめんです」
そう言って一歩前に踏み出したのは、オールバックに眼鏡、ビジネススーツに身を包んだ見た目は30代に見える商社マン、野村健太郎だ。
彼は見下したような目をこちらに向けると。
「自分たちだけで十分に対処できますよ。それにこいつは集団戦のノウハウを持ってないでしょう? そんなやつから受けるレクチャーなど結構、時間の無駄です」
そう言って眼鏡をアビリティーユニットGX-A04を持っていない方の手でくいっと持ち上げると。
「いくぞ皆、時間は有限だ。1秒たりとも無駄にしている時間はないぞ」
踵を返し、皆にそう告げる。
なんだこいつ? なんかムカつくな……
きっと地球では務めてる会社で管理職かなんかで、自分がダメだと勝手に思った社員を見下して、平気で切り捨てるリストラマシーンだわ間違いない。
うむ、コンプライアンス違反起こして挫折するか、取引相手やお客様からのカスハラにでもあって精神でも病みやがれ!
まぁ、俺日本にいた頃は学生だから社会人の事よくわからんけど……なんかそんな感じの苦しみを味わえ!!
そう嫌悪感から心の中で毒づいていると、別の誰かが一歩前に踏み出し。
「おい、ちょ待てよ!! おめー何勝手に仕切ってんだよ? あぁん? マジありえねーしよ! つーか誰もおめーをリーダーと認めてねーしよ! そこんとこわかってんのかよ? あぁん?」
そう商社マン野村健太郎にくってかかった。
その彼は、見た目は誰がどう見ても日本全国の繁華街にはどこにでもいるタイプの典型的な髪を金髪に染めた耳鼻ピアス、おでこにサングラス、手には髑髏指輪ジャラジャラなヤンキーくんだった。
年齢はおそらくは大学生から20代後半あたりだろう。服装もいかにもヤンキーです! といったものだ。
そんな彼を見た野村健太郎は呆れたと言わんばかりにため息をつくと。
「まったく品性の欠片もないな……」
一言そう言って彼を無視した。
その態度にブチ切れたヤンキーが「てめー! やんのかコラァ!!」と胸倉に掴みかかろうとするが。
「まぁまぁ落ち着いて! ここは冷静になろう! ね?」
別の誰かがヤンキーと野村健太郎の間に割って入り、喧嘩を諫める。
そして喧嘩を諫めた彼は。
「ねぇみんな、どうだろう? ここはいくつかのグループに分かれないかい? 彼について行く者と異世界渡航者の先輩に教えを乞う者、それとどちらにもついていかず独自のグループを組む者。どうかな?」
そう皆に提案する。
提案した彼は有名な難関大学の付属校の学生服を着た少年であった。
名は永野志郎、彼の提案に多くの者が従い、いくつかのグループが生まれていく。
その事に野村健太郎は舌打ちしながらも、しかし数名が彼の元に集まると、彼らと共にそそくさとどこかへと立ち去ってしまった。
一体どこへ行ったのか? まぁ、戦場以外で召喚者がいるところといったら城塞都市内部しかないのだ。考えるまでもないだろう……
こうして各々バラバラに行動するのではなく、いくつかのグループに分かれたとはいえ、完全に白亜の思い描いていたであろうシナリオとは違った形で物事は進む。
そして白亜はと言うと、いつの間にかその場から姿を消していた。
まったく、あの自称女神め、オリエンテーションとか言いながらこいつら放置でいいのかよ……
そう思いながらも、だからと言って自分が何か言えば面倒事やいらぬ衝突が起こる事は間違いないのでここはあえて関わらぬようにした。
何より白亜が言ったようなご指導を賜りにくる人物は誰一人いなかったので。
「じゃあ、俺らも向かうとするか」
「うん、そうだねかい君」
「はいですカイトさま!」
こちらも気にせず召喚者の元へ向かおうとフミコとココに声をかけた時だった。
「ちょっと皆さん! 何か忘れてないですか?」
そう誰かが声をかけてきた。
その事に驚き、思わず全員揃って声の方を向く。
まさかあの集団の中に自分たちに教えを乞いにくる人物がいるとは思わなかったからだ。
自分とフミコとココの視線の先、そこには格好はカジュアルなジャージ姿の栗色の下ろした髪をひとつに束ね、三つ編みにしている少女がいた。
その少女はこちらに向かってニコっと笑うと。
「もう!なんで無視して行こうとするんですか?ひどいですよ!あ、まずは自己紹介ですね! どうも! 寺崎歩美って言います! 気軽に歩美って呼んでくださいね!」
そう名乗った。
そんな彼女を見て、こちらも名乗り返す。
「あぁ、俺は川畑界斗。よろしくな」
「ココはココです。言っとくけどココはカイトさまのもので、カイトさまはココのものですからね! 変な気起こしちゃダメですよ!」
「いや、ココ。かい君はあんたのものじゃないし! あたしのだし! えーっと、あたしはフミコ。よろしくね」
自分に続いてココとフミコも寺崎歩美に名乗るが、しかしフミコは顔を引き攣かせると。
「また女かよ……」
そうボソっと呟いたが、しかしフミコの懸念とは裏腹に寺崎歩美はフミコを見て目を輝かせると。
「先輩、フミコさんって言うんですね!! きゃー--!! 先輩かっこいー---!! すきー---!!」
そう叫んでフミコに勢いよく抱きついた。
寺崎歩美のそんな行動にフミコは驚き目を見開き。
「いや、あたしかーい!!」
と、そんな叫び声をあげた。
量産型がいくつかのグループに分かれて行動を開始し、寺崎歩美がカイトたちに加わったちょうどその頃、カイトたちがいる場所とは城塞都市を挟んで反対側にある丘の上にある人物が降臨していた。
それは……
「さぁ、楽しいパーティーをはじめようぜ? GX-A03の適合者」
アシュラだ。
彼はゆっくりとした足取りで城塞都市へと向かう。
カイトたち、量産型、召喚者たち、そしてアシュラによる混迷を極める戦いが城塞都市ではじまろうとしていた。




