混沌の戦場 (2)
「よ、40人!? 嘘だろ?」
フミコの言葉に思わず耳を疑った。それだけの人数をあの戦場の中から見つけ出さないといけないのか?
いや、フミコは「あの戦場に出ていない者も含めて」と言った。つまりは40人全員が戦いに出向いているのではなく、恐らくはあの城塞都市の中で待機している者、負傷して治療を受けている者、参謀として後方勤務している者もいるという事だろう。
なんとも面倒な話だ。ただでさえ、混沌としたあの敵味方入り混じる大乱戦の戦場の真っただ中で召喚者から異能を奪って殺して回らなければならないのだ。
息つく暇のない戦場で、両陣営の軍勢に邪魔される事無くそんな事が遂行可能だろうか? 考えただけでも骨が折れるというのに、さらに城塞都市の中に入って残りの召喚者を捜し出すのか? 冗談だろ?
「どうするんだよこれ……圧倒的に人手が足りないぞ? というか、一人の召喚者から異能を奪って殺した時点で他の召喚者に情報が一気に伝わるだろ……それで地下に潜られて隠れられたらどうしようもない。ヒントサーチは使ってしまったしな」
思わず頭を抱えそうになった時だった。
「お困りのようだな? 手を貸そうか? GX-A03の適合者」
どこからか女性の声が聞こえた。
「誰だ!?」
声のしたほうを向くと、そこには仮面で顔を隠した中国の宋朝時代の皇帝を思わせる漢服姿の女性がいた。
その姿を見たフミコの表情が一気に険しくなり、すぐさま石の短剣を手に取って構えると。
「かい君気をつけて! こいつだよ、言ってた女神は!!」
そう警告してきた。
「っ!! じゃあ、あんたがフミコにアビリティーユニットを渡した犯人か!!」
フミコの言葉を聞いて、こちらもM9銃剣を引き抜き、構え、フミコを自身の後ろに隠すように下がらせる。
そんな自分とフミコを見たココも警戒しながら足元に落ちている適当な大きさの石ころを拾いあげ、いつでも投石できる構えを見せる。
そんな自分たちを見て女神は鼻で笑うと。
「随分な反応だがまぁいい……いかにも、われが白亜だ。はじめましてだな? GX-A03の適合者」
そう言って優雅に一礼してみせた。
そのうえで。
「しかし犯人とは心外だな? われはその子に贈り物を渡しただけだというのに、それの何がいけないというのだ? それのどこが罪だ? われがその子に接触してはいけない決まりでもあるのか? その権限がGX-A03の適合者、貴様にはあるのか? そもそも、その子は貴様の所有物ではないだろ?」
そう小ばかにしたように言ってくる。その言い草に苛っときた。
なんだ? 神を自称する連中はこんなのばっかなのか?
やはり神を自称するだけあって禄でもねーな。
ちなみに白亜のその言葉にフミコが「あたしはかい君のものだよ!」と反応していたが聞かなかった事にした。
「黙れ! ふざけるなよ!! あんなもの、俺の仲間には不要の産物だ!! くだらねーもの勝手に渡しやがって! どこが罪か? だと!? 大罪だ!!当然だろ!! そもそも不法侵入じゃねーか!!」
「われらが提供した空間を活動拠点にしておきながら不法侵入も何もないと思うがな?」
「うるせー! いいからクーリングオフしてやる!! さっさとあんなもの持って帰れ! そんで二度とフミコに近づくな!!」
そう怒鳴りつけたが、しかし白亜は小バカにしたように鼻で笑うと。
「あんなもの、ねぇ……いいのか? 今この状況では必要不可欠だと思うがな?」
「あん?」
警戒するこちらの事などお構いなく、白亜は自分たちのすぐ横まで歩いてくると、丘陵地の先を指差し。
「あの状況を見ろ、貴様一人で本当に可能か? 短時間で全員の異能を奪い、殺して回る事が……タイムリープ能力を封じられている今の貴様に?」
そう言ってきた。
これには舌打ちするしかない。
「なら、あのGX-A04とかいうのなら可能だと言うのか?」
「もう調べて概要は知ってるんだろ? だったら言うまでもないと思うがな?」
何を今更と言わんばかりに肩をすかして見せた白亜を見て、思わずため息をついた。
「そりゃあれだけの数に対処するには量産型でないと厳しいだろうな」
「そういう事だ」
こちらの言葉に満足したように頷いた白亜は城塞都市を指さし。
「そもそも貴様はこの世界の事を何も知らないだろう? そんな状態で、目の前に召喚者がいたからと食いついて、突っ走っていいのか? それじゃ泳いでいたら目の前に虫が沈んできたからと、無警戒で食いつく釣り堀の中の魚と一緒だぞ? 餌につられて、釣りあげられるのが関の山だ。そんなにビギナーの釣り人に経験値をくれてやりたいのか?」
小バカにした仕草でそんな事を言ってきた。
その言い草に思わず苛っとしてしまう。
「あぁ? 誰が釣り堀の魚だって? 喧嘩売ってるのか?」
「いや、素直に感想を述べただけだが? まぁ、神に喧嘩を売りたいなら買ってやってもいいが、それにはまずは貴様が倒すべき相手を倒してからにするんだな?」
そう言って白亜は鼻で笑った後。
「とはいえ、今はあの召喚者たちをどうするかが先だろ?」
こちらを指さし。
「だからボーナスだ。少しこの世界の事を教えてやる」
そんな事を言ってきた。
これには思わず眉を潜めてしまう。
「は? どういう風の吹き回しだ?」
「まぁ聞け。そもそも、あの召喚者たちは一体何だと思う?」
「何って……この世界に召喚された地球人だろ?」
「そういう事を言ってるんじゃないんだがな? まぁいい、ではこういう質問に変えよう。総勢40人いる召喚者たち、彼らは全員知り合いだと思うか? それとも40人それぞれが個別にバラバラでランダムに召喚され、お互いの事を何も知らないと思うか?」
この質問に一瞬、思考を巡らせるが、しかしすぐに思考するのを放棄した。
そんなものわかるわけがない、考えるだけ無駄だ。
「さぁ? そんなの知りようがないだろ、この異世界に来たばかりなのに」
なのでそう答えると、白亜は仮面に顔を隠しているため表情はわからないが、恐らくはニヤニヤしながら。
「だろうな? だからわれの話は素直に聞いておけ」
そう言って、この異世界について話始めた。
「事の始まりは1000年前。それまで人類と魔族は対立し、争いながらも実力が拮抗していたため、互いの領域に踏み込んで本格的に攻め込むことはなかったわけだ。当然だよな? だが状況が変わったのは1000年前、魔族側に強大な力を持った魔王が誕生したんだ。これによって一気にパワーバランスが崩れ、魔族側が人間の支配領域になだれ込んできたわけだ。で、これを押し返す力は当時の人間側にはなかった。だから人間側は苦肉の策として頼る事にしたんだ。情けない事に別世界の人間に。この世界の存亡をな」
それがこの異世界での最初の勇者召喚だったという。見ず知らずの世界の命運を一方的に呼び出されて預けられるなんて、召喚された側からしたらなんとも迷惑な話だ。
そして、その迷惑はそれだけに留まらない。
「とはいえ、違う世界から魔族の軍勢を押し返し、魔王を倒せるだけの力を持った人材をピンポイントで呼び出すなんてほぼ不可能だ。それが歴史上、はじめての行為となれば尚更な……だから召喚は失敗した」
「まぁ、当然だわな」
最初の召喚は失敗したという話にそりゃそうだろうと頷くが、しかし、その失敗とはどうやらこちらの考える失敗とは少し違ったようだ。
自分が考えたのは、最初の召喚ではまったく強くない、戦う能力などまったく備えていない弱い人間を呼び出してしまったというもの。
だから失敗だとそう思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
それは……
「当初の予定では1人の勇者を召喚するはずだった……しかし召喚されたのは270名余りもの見た事もない装備を身に纏った兵士たちだったんだよ」
「……は? 何を言って」
「聞いた事がないか? ノーフォーク連隊集団失踪事件。第1次世界大戦における有名なミステリーだ。連合国軍が同盟国陣営の一角、オスマン帝国の首都イスタンブールを制圧すべく進軍していたその道中、サル・ベイ丘の奪取をする戦いにおいて、丘を登っていたイギリス陸軍のノーフォーク連隊が突然現れた雲の中に忽然と消えたんだよ。雲が消え去った丘には誰ひとりとしておらず、結局彼らはその後の戦闘に参加する事はなく、100年以上経った今でも、彼らの消息は掴めていないというな」
その話は聞いた事がある。確か大御所芸能人がMCを務める世界の未解決ミステリーを紹介するバラエティーテレビ番組だったかで紹介されていたのを見た事がある。
それを見たのは子どもの頃だったが、子ども心に恐怖を感じたのを覚えている。
「……もしかして、100年前に集団失踪したそのイギリス陸軍の連隊が、1000年前に最初に召喚された勇者たちだって言うのか?」
これに白亜は頷くことはせず。
「その召喚された270名ほどの勇者たちは見た事もない武器を扱い、統率された組織だった動きでもって、みるみるうちに魔族に奪われた人類の土地を奪還し、やがては魔族領に攻め込んで魔王も討ち取ったらしい。そんな彼らにこの異世界の人々は熱狂した。それからというもの、この異世界では定期的に魔族側に変異種として異常に力が強い個体が出現し、その度に人類は脅威に晒され、その度に勇者召喚を行った。そして、勇者召喚を行う際には必ず統率された集団を呼び出す事が義務付けられた。それに連動するように、地球ではこの異世界が勇者召喚をおこなうたびに大量失踪事件が発生するようになったんだ」
魔王が現れるたびに行われる勇者召喚。
最初はセルティックウッドの怪に代表されるような戦場での軍隊の一部隊の集団失踪がメインだったが、しかし時代が進むにつれて様相が一変する。
それは勇者召喚の儀を行う術者の質が落ちたのか、あるいは要求に応えられるだけの実力を持った集団がいないと判断されたのか……はっきりとした事はわからないが、いずれにせよ、召喚される集団は次第に軍隊の一部隊からマフィアやヤクザ、麻薬カルテルに密猟者、武装赤軍、テロリスト、半グレ、暴走族と犯罪集団やチンピラへと変わっていった。
そして、そんな彼らがこの異世界で真っ当に振る舞うわけがない。傍若無人を繰り返し、召喚者が滞在する街の治安は悪化……確かに魔族は退けてくれるが、その後に居座る召喚者のほうがよっぽど厄介で迷惑だともっぱらの噂となる。
そういった噂はやがて彼らを召喚した権力者への民衆の不平不満へと繋がり、それに危機感を感じた一時期は魔王が現れても権力者が勇者召喚をおこなわなかった時代もあるのだとか……
しかし、元よりこの世界の人間の力は魔族よりはるかに弱く、そもそも自分たちだけで対処できたら苦労はないというわけで、勇者召喚を行わなかった時代には大体人間の王朝は制圧されて滅びるか、魔族の傀儡政権になっており、結局は勇者を召喚しなければ! という結論になったらしい。
とはいえ、また妙なチンピラ集団が呼びだされても面倒だ。そこで召喚にある条件を加えたのだ。
それは集団ではあるが、ある程度統率が取れていれば戦闘経験がなくとも、戦闘力が皆無でも良い。
召喚後にこちらが鍛え、魔族を……魔王を倒せるだけに成長できる見込みがあるなら年齢も問わないとなったのだ。
そうして行われた勇者召喚の儀で呼び出された集団、それは……
「なぁGX-A03の適合者。貴様、日本にいた頃は学生だっただろ?」
「あ? それがどうした?」
「聞いた事ないか? どこかの学校でクラスごと失踪したって事件を」
「は? いきなり何を……」
「高校に限らずとも日本の学校って1クラス、大体何人くらいだ?」
この異世界と勇者召喚について語っていたはずの白亜の突然の質問に眉を潜めるが、すぐに思い出す。
フミコがヒントサーチで調べた召喚者の数を……それは40人。
「まさか……」
思わず激しい戦闘が繰り広げられている、城塞都市の目と鼻の先の戦場の方を見る。
「あいつら……クラスごと召喚された連中なのか?」




