魔導書の世界(14)
「あの爆発……まさかフミコたちとザフラの戦闘が原因じゃ!?」
慌てて女性エリアの入り口付近まで走っていくが、とはいえ自分が男である以上は女性エリアに足を踏み入れる事はできない。
だが、そんな事を言っているような状況ではないように思える。
少なくとも、見えている範囲の女性エリアはほぼ壊滅状態、瓦礫の山と化している。
そして奥からは火の手があがり、早急に救助が必要な状況のように思えた。
「おいおい、これ男女エリアが別れてるとか、男女の仲悪いとか言ってる場合じゃないんじゃないか?」
そう思い、とにかくまだ戦闘中であろうフミコたちに加勢する意味でも女性エリアに足を踏み入れようと決意したところで。
「うわぁぁぁぁぁぁ!? ちょっとココ!! スピード!! スピード押さえて!」
「いやぁぁぁぁぁ!!! お、落ちるぅぅぅぅぅぅ!!!」
女性エリアの中の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。
そして、同時に煙の中に巨大な動物の影が浮かび上がり、やがてそれは煙の中から飛び出し姿を現す。
その巨大な動物の影の正体は大きな牛……そう、ギガバイソンだ。
「ぎ、ギガバイソン!? なんでここに!?」
思わず目を見開くが、しかし、その背中には涙目で必死にしがみつくフミコと人ほどの大きさの何かを包み込んだ布を抱え、フミコと同じくは涙目で絶叫しながらしがみつく八重野伊代がいた。
「フミコ!? という事はココか!!」
ギガバイソンを見てそう叫ぶと、女性エリアを脱出してきたギガバイソン化したココがこちらを見て。
「あ、カイトさまだ!! カイトさまー---!!! 大活躍したココを褒めてー----!!!」
こちらの前で急ブレーキをかけて止まり、そのまま前足を大きく上げて立ち上がって人間の姿になると、勢いよくこちらに向かってジャンプし、抱きついてきた。
「ちょ、ココ!? おわっ!?」
しかし、そんなココを自分は受け止め切れず、そのまま地面に押し倒されてしまった。
「いたた……ココ、少しは遠慮してくれ」
押し倒され、地面に頭をぶつけてしまったため、頭を押さえながら上半身を起こしてこちらの胸元に飛び込んできたココに言うが、しかし当のココは聞いていない。
こちらの胸元に顔をうずめ。
「カイトさまー--すきすき」
そう言って離れようとしなかった。
そして、こうなってしまうとココを引き離すのは至難の業である。
一方、ギガバイソンの姿のココの背中にしがみついていたフミコと八重野伊代は、ココが人間の姿となった事で宙に放りだされ、そのまま地面に激突、現在絶賛地面を転がって悶絶中である。
しかし、痛みで目から涙が溢れながらも、フミコはなんとか起き上がると怒り心頭といった具合に顔を真っ赤にして。
「ココ!! あんたねぇ!! いい加減にしろー----!!!!」
そう叫び、こちらにやってくると、いまだ自分から離れようとしないココの首根っこを掴んで。
「というか、かい君から離れろや!!」
そう怒鳴って殴りかかる。そんなフミコに視線を向けたココは。
「フミコうるさいです。今ココはカイトさまに癒してもらってるんです、空気読めです」
そう言って自らの首根っこを掴んでいるフミコの手を払いのけた。
そんなココの態度にフミコは完全にキレてしまった。
「こ、こんのぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ここからフミコとココのキャットファイトがはじまった。
しかしココはギガバイソンン、キャットファイトという表現は果たして正しいだろうか?
わからん……わからんが、とにかくフミコとココの争いがはじまった。
フミコとココの争いが収まり、ようやく落ち着いて話を聞くことができた。
そう、女性エリアで一体何があったのかを……
「なるほど……ザフラには逃げられたのか」
そう口にすると、フミコは悔しそうな表情で頷く。
「うん、あともう少しだったのに」
そんなフミコを見て、最後にハーフダルムが言っていた言葉を思い出す。
そう、ハーフダルムは時間切れと言っていた。それは恐らくザフラを回収するためだろう。
結局、自分もフミコも決着はまたの機会に持ち越しとなったわけだ。
いや、自分の場合はまだまだ決着をつけられる状況ではないのだが……
だが、フミコに関しては、少なくとも今回はあと一歩のところまでは追い詰められたわけだ。
つまりは1勝1敗。だからこそ、今回取り逃がしたのは大きな痛手だ。
何せザフラは今回の敗北でより一層怒りに身を震わせ、リベンジに燃えるだろう。
そして、当然ながらより強くなって再びフミコの前に現れるに違いない。
それを見越して、フミコも今以上に強くならなければいけないだろう。
(これは錬金術でまた何か造らないといけないかもな)
そう思っているとフミコが。
「だからかい君……また作製をお願いしてもいいかな?」
こちらが思った通りの事を頼んできた。
「あぁ、当然だ! で? 何を造ってほしいんだ?」
そう訊ねるとフミコが少し考える仕草をした後、懐からスマホを取り出して何かを検索し、その検索結果の画像を見せてきた。
「これなんだけど」
「っ!? これって!」
フミコが見せてきたその画像を見て思わず目を開く。
そう、フミコが求めてきたものとは……
「あーちゃん……」
八重野伊代は女性エリアへの入り口近くにある街路樹、その根元にシャベルで穴を掘り、そこに一番の親友であり、一番の仲間であり、一番の理解者であり、一番の恋人であるあーちゃん、本名アースラ・レミントンの遺体を埋めて埋葬した。
あーちゃんの遺体を埋めた後も八重野伊代は何時間もその場から動こうとはしなかった。
その姿はとても声をかけられるような雰囲気ではない。
なので彼女の気が済むまで待つ事にした。
そう、急ぐ必要はない。何せ魔導書はひとつの世界からひとりしか読者として招待しないのだ。
つまりは他を探す必要はない、そして異能を奪う条件はもう満たしている。
だから、せめて今は彼女の気持ちの整理がつくのを待つ事にしたのだ。
そうしている間も女性エリアのほうは慌ただしく誰もが動き回っていた。
ザフラとの戦闘でエリア全体が壊滅的被害を受けているのだ、無理もない。
そして、そんな女性エリアの支援を男性エリアの方は一切行おうとしない。
そんな光景を見ていると、魔導書よ、いくら本来の目的に支障がでるとはいえ、本当にこれでいいのか? と思ってしまう。
(まぁ、所詮は滅んでしまった世界に唯一残った記録媒体か……)
ため息をついて、視線をあーちゃんの墓の前でうずくまっている八重野伊代に移す。
もう十分に時間は与えた、そろそろ本題に入る頃合いだろう。
そう思って声をかけようとしたところで。
「フミコちゃんから聞いたよ……色んな世界で異能を奪い回ってるんだってね?」
こちらに振り返らず、八重野伊代が訊ねてきた。
「……あぁ。そうしないと地球を救えない」
なのでそう返すと八重野伊代は鼻で笑う。
「救えない、ね? ……けど、それも実際のところ、本当かどうかはわからないんでしょ?」
「まぁな」
「だったら、なんでそんな不確実な情報を信じて旅してるわけ?」
「別に信じてるわけじゃない。けど、今はこうする以外方法がない」
そう言うと、八重野伊代はため息交じりに言葉を放つ。
「飽きれた……他の道を探そうともしないわけ? 見つけようともしないわけ?」
「そうだな……少なくとも、ついこの前まではそうだったな?」
「つい、この前?」
「あぁ……あんたがフミコとココと一緒に戦ったザフラ。あいつの仲間がどうやら何か知ってるらしい。突破口があるとしたら、それを聞き出すしかない」
これを聞いた八重野伊代は少し間を置いてから。
「つまり、それを聞き出すために私の力が欲しいと?」
そう訊ねてきた。
「まぁ、そうなるな。そうしなければアシュラを……あいつらを張り倒して話を聞き出すだけの力が手に入らない」
「結局、それって神を自称するやつにやれって言われた事と何も変わらないんじゃないの?」
八重野伊代のこの指摘は痛い。
痛いが事実だ。なので素直に認める。
「……まぁ、やる事に変わりはないな? 異能を奪って殺して先に進むんだから」
そんなこちらの返答に八重野伊代は。
「はぁ、何それ? バカみたい……」
ため息をつきながらそう言うと、重い腰を上げて立ち上がり、お尻についた土を手で払うと、振り返ってこちらを睨んでくる。
「ほんと男子って最悪」
そして、そう口にしてから。
「でも、この力で仇を取ってくれるわけだよね? ……だったら約束して。絶対にあーちゃんの仇を取って! 無念を晴らして! これが条件。絶対条件!」
そう決意に満ちた表情で告げた。
そんな八重野伊代を見て、こちらも大きく頷き誓った。
「あぁ、約束する。絶対に仇を取ってやる」
その言葉に納得したかはわからないが、八重野伊代は厳しい表情を少し和らげると。
「わかったよ、その言葉を信じる……さぁ、だったらさっさとわたしの能力を奪ったら?」
そう言ってから、しかし、すぐに視線をフミコとココに向けると。
「でもその前に……最後にフミコちゃんとココちゃんを抱かせてー---!!!」
そう言ってニヤーと笑い、涎をたらしながらフミコとココに向かってルパンダイブした。
それを見たフミコとココは青ざめた表情となり。
「いやー----!!! 変態!!! かい君はやく伊予から異能奪って!!」
「カイトさま、はやくココを助けてー--!!!」
ふたりして助けを求めてきた。
そんな光景を見て目が点になりながらもアビリティーチェッカーを取り出し、八重野伊代から異能を奪う。
こうして魔導書での一件は幕を閉じたのであった。




