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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
6章:極寒の異世界

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極寒の異世界(12)

 聖弓使いのユプクと聖鎌使いの老人の死体が埋め込まれている氷の床の上に膝をついてアドラは涙を流しながら、ユプクの顔に触れるように床を何度も触っていた。


 そんなアドラの横でフミコも膝をついて聖弓を床に置く。

 2人の後ろでタクヤと他の2人の少年も涙を流していた。


 自らを”氷の精霊”と名乗った者との戦闘は終わった。

 奥へと進む通路も出現し、ほぼほぼこの遺跡でのやるべき事は終わったとみていいだろう。


 この遺跡が一体何だったのか? は”氷の精霊”が語ったため、後はタクヤたちがどう判断するかだが……


 (ここから先はさすがに許容範囲外だろうな……つまりはここで能力を奪わなければならない)


 アビリティーユニットを持つ手に力が入る。

 ここまでの戦闘の数々を見るに、タクヤと正面切って戦って、勝てる見込みはそこまで高くないだろう。

 しかし、ここまでの戦闘でタクヤはかなり消耗している。

 おまけに”氷の精霊”との戦闘で奥の手とも言える秘奥義グランドスラッシュを使っている。

 まともに戦闘できる状態ではないはずだ。


 後はどのタイミングで能力を奪うか? それだけだ。


 「お別れはできたっすね……じゃあ先に進むっすよ。2人の分まで」


 タクヤがそう言うとアドラは涙を拭って立ち上がる。

 他の面々も頷いて奥へと進む通路を見据える。


 そんな面々を見て、さてどうするか? と考えているとフミコが隣にやってきた。

 そして小声で話しかけてくる。


 「かい君どうするの?」

 「そうだな……さすがにここで能力を奪いに行ったら、タクヤだけでなく全員と戦わなくちゃならなくなる。さすがにそれは避けたい」

 「うん、そうだね……あたしもあんな状態のアドラと戦いたくはない」


 フミコが悲しそうに言う。そんな表情をフミコにこれ以上してもらわないためにも、タクヤとアドラ達はここで分断すべきだろう。


 「だったらまずはタクヤ1人だけにしなきゃならないが……」


 そう言って戦闘後に出現した奥へと続く通路へと向かうタクヤたちの方を向く。


 (どう考えても、あの通路の先は出口だよな? 上層階に何かありそうでもないし……つまりはタクヤ以外を進ませて、タクヤだけをここに残すしかないか)


 思ってタクヤに声をかける。


 「タクヤ、ちょっといいか?」

 「ん? 何っすか?」

 「話がある……大事な話なんで少し長くなるから他の皆には先に行っててもらえるか?」


 そう言うとタクヤが他の面々の方を向く。

 聖剣使いの少年と聖槍使いの少年は構わないと先に通路へと歩いて行くが、アドラはタクヤの腕に抱きつき。


 「アドラはタクと一緒にいる! タクと一緒じゃなきゃ不安だよ!」


 そう叫んだ。

 まだ涙声で、今までのような感じの甘え方ではない。

 ユプクが死んで、本当に親しい、愛しい人がいなくなる事に恐怖しているのだ。


 そんなアドラの様子にタクヤもアドラが一緒にいる事を求めてきそうな雰囲気になる。

 さて、どうしたものか?

 そう思っているとフミコがアドラに声をかける。


 「アドラごめんね? 今からする大事な話はあたしたちの故郷の……日本に関する重要な話なんだ。できれば同郷の者以外には聞かれたくない話なんだよ」

 「……それは今しないとダメなの?」

 「うん……ユプクやお爺さん、大事な仲間が亡くなった今だからこそ話さないといけないの」


 フミコの言葉にアドラは涙目で唸っていたが、やがて「わかった」と頷き、タクヤに思いっきり抱きついた後、フミコの元に駆け寄ってきて抱きつく。


 「ねぇ……話はすぐに終わって追いかけてくるんだよね? いなくなったりしないよね?」


 アドラが涙声で震えながら言う。

 そんなアドラの言葉にフミコは一瞬つらそうな表情をしたがすぐに笑顔でやさしくアドラの肩を抱く。


 「うん、安心して! 絶対にアドラを1人にしたりしないから!」

 「本当?」

 「大丈夫。ユプクの分までこの先の景色を見よう!」

 「うん、うん……絶対だよ!」


 そう言ってアドラはフミコから離れて奥へと進む通路へと走って行く。

 通路に入る前にもう一度こちらに振り返り叫ぶ。


 「待ってるから!! 絶対ついてきてよ!!」


 叫んで、アドラは通路の先へと走り出し姿が見えなくなった。

 そんなアドラを見送ったフミコは、我慢しきれなくなったのか両手で顔を覆うとその場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。


 「ごめん……ごめんねアドラ……ごめん」


 そんなフミコにどういった言葉をかけたらいいか、自分にはわからなかった。

 一体どうすれば正解だったのだろうか?

 最初からもっと現地人と仲良くするなと口酸っぱく言って制約すべきだったんだろうか?


 そう思って悩む自分と泣き崩れるフミコのただならぬ様子にタクヤが困惑する。


 「え? 一体どうしたんすか? まるで今生の別れみたいな……」

 「そうだな。そうの通りだよタクヤ」


 言ってタクヤにすべてを打ち明ける準備に入る。


 「ここまでくる途中、マンモスもどきに遭遇した時に言ったよな? フミコは弥生時代の人間だって」

 「そうっすね……一体どういう事なんすか?」

 「それも含めて説明するが……まずはこいつを見てくれ」


 そう言って懐からスマホを取り出し動画再生アプリをタッチする。

 そしてスマホをタクヤへと放り投げた。


 タクヤはそれを慌ててキャッチし、スマホの画面に映し出されたニュース映像を見る。

 ジムクベルトによって人類壊滅の危機にさらされた地球の惨状を伝えるニュース映像を……


 「な……なんすか、これ……?」

 「それが今の地球の現状だ」

 「どういう事っすか!?」


 スマホのニュース映像を見て動揺するタクヤに一から説明する。


 地球がジムクベルトという神ですら殺すことができない超高次元の存在に襲われ、壊滅寸前である事。

 その状況を生み出したのが地球から異世界へと旅立っていった転生者、転移者、召喚者たちである事。

 倒すことがほぼ絶望的なジムクベルトを次元の彼方へと追い出すには、その原因とも言える転生者、転移者、召喚者たちから次元の亀裂を広げる原因を取り上げ、殺していかなければならない事。

 その旅の道中でフミコを次元の狭間で助けた事。


 それらを説明し、改めて自分たちの目的をタクヤに告げる。


 「これが俺たちがこの世界に来た理由。俺たちの目的はタクヤ、きみの能力を奪ってきみを殺すことだ」

 「そんな……」

 「転生者や転移者、召喚者から能力を奪うにはまずその能力を視なければならない。今回遺跡までついてきた理由はそれだ」

 「じゃあ、なんでトリゴンベヒモスを倒した時点で奪わなかったんすか?」


 タクヤが動揺しながらも疑問をぶつけてくる。

 それは当然感じる疑問だろう。

 実際、そうすべきだと自分でも思っていた。


 効率よく奪うならそれが一番だ。

 だが……そうはしなかった。


 「もし、その時点で自分から能力を奪っていたら……アドラや皆はここまで来ることはなかったっす!! ユプクにじいさんは死ぬ事はなかったはずっす!!」


 タクヤはそう怒鳴った。

 自分から能力を奪おうと画策していた事に怒るのではなく、そうするならなぜ早くしなかったのか? そうすれば仲間は死ななくてすんだのに! と、その事に怒っている。


 そんなタクヤの怒りに一瞬面食らったが、しかしそれも真実に違いはなかった。


 異世界渡航者は異世界の事情に首を突っ込めない。突っ込んではいけない。

 だから極力関わらないようにしようと心掛けたが、結局は自分の判断でユプクとじいさんの2人が死ぬ事態を生み出してしまった。


 これは異世界全体を通して考えたら、ほんの些細な事なのかもしれないが、2人と深く関係する者たちからすれば、世界が沈むのと同じくらい大きな事だ。

 それを自分の判断の結果、引き起こしてしまった。

 これは十分に異世界に爪痕を残してしまったと言えなくはないか?


 「確かに……これは言い訳しようがない。2人が死んだのは俺の責任でもある」


 そう言ってアビリティーユニットのボタンを押す。

 レーザーの刃が飛び出し、それをタクヤへと向ける。


 「だから俺は2人の仇と言ってもいいだろう。タクヤ、ならどうする? このまま能力を奪われて殺されるか? それとも俺を殺して仇を討つか?」


 その問いにタクヤは背中から聖斧アジャールを引き抜いて答える。


 「もちろん……ただで殺される道理はないっすよ! 2人の仇は取らせてもらうっす!!」

 「上等!! かかってこい!!」


 レーザーブレードを構えて距離を取る。

 タクヤは聖斧アジャールを振りかぶると勢いよく地を蹴り、こちらに斬りかかってくる。


 しかし、その動きは今までのものとは比べものにならないくらい遅かった。


 (やっぱりな……グランドスラッシュだったか? あの秘奥義は本当の最後の切り札として使うべき技で、連戦を想定していたらまず使ってはいけない。何せ、使った後は疲労でろくに戦えなくなるのだから)


 レーザーブレードを振るって聖斧アジャールを弾き飛ばす。


 「しまっ……」


 自らの手を離れ飛んでいく聖斧アジャールを見て、タクヤが間の抜けた声を出す。

 そして聖斧アジャールの刃が氷の床に刺さったと同時にタクヤ自身も倒れてしまった。


 それは誰の目から見ても、もうタクヤにこれ以上戦う力が残ってないことはあきらかな光景だった。

 なのでボタンを押してレーザーの刃を仕舞う。


 そんなこちらの様子を倒れたタクヤは恨めしそうに見上げていた。


 「これが狙いだったんすか?」

 「……そうだな、悪いが検証させてもらっていた」

 「検証? 何をっすか?」

 「この先も色んな異世界で転生者、転移者、召喚者と戦闘になるだろうが、彼らが強力な力なり秘奥義なりを使った後はどういった状態になるか……」


 そう言うとタクヤが納得したような表情となった。


 「なるほどっすね……それで狩りの時も、この遺跡についてからも()()()()()()()()()()()()()()()()()()んすね?」

 「……まぁな。すまないとは思ってる」


 そう言ってアビリティーチェッカーを取り出し、アビリティーユニットに取り付ける。

 そして浮かび上がった一番大きいエンブレムをタッチする。


 『Take away ability』


 音声が鳴り響いた。そのままグリップを倒れているタクヤに向ける。

 直後タクヤの体から光の暴風があふれ出した。

 暴風はそのままグリップへと押し寄せてきて収束し、グリップの中へと吸い込まれていく。


 「うぐ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 タクヤは絶叫し、のたうち回るが気にせず収束を待つ。

 やがて光の暴風はすべてグリップの中に吸い込まれ収まった。

 するとアビリティーチェッカーの液晶画面上に新たに斧のエンブレムが浮かび上がった。

 タクヤから聖斧の能力を奪ったという証だ。


 それを確認するとアビリティーチェッカーを取り外してタクヤに近づく。


 「さて、この世界でタクヤが得た能力は奪った。後はタクヤを殺せばおしまい。その後の次元調整なんかのややこしい処理は自称神とやらの仕事で俺の知ったことじゃないんでね」


 言ってグリップのボタンを押してレーザーの刃を出す。

 それを見てタクヤは抵抗するでもなくため息をつく。


 「はぁ……まったく、どこで失敗したっすかね?」

 「さてな? 力をもっと温存しとくべきだったんじゃないか?」

 「かもっすね……狩りの師匠だったじいさんにはよく注意されたっす」


 タクヤはそう言うと懐かしむように目を細める。

 そして懇願してきた。


 「最後に頼んでもいいっすか?」

 「できる範囲ならな?」


 そう言うとタクヤが奥へと続く通路の方を向く。


 「あの先を見てみたいんすよ……ダメっすか?」


 タクヤは死ぬ前に一度でいいから遺跡を越えた先、南の地を見たいという。

 しかし、それは当然ながら無理な相談だ。


 「駄目だ。言っただろ? この世界に関わりすぎたら次元の亀裂を広げてしまう。それを避けるために旅をしてるんだぞ?」

 「やっぱそうっすよね……」


 タクヤは元より聞いてもらえると思ってなかったのか、特にガッカリしたような態度は出さなかった。

 そんな様子を見てため息をつく。


 これから殺す相手に伝えるべき言葉でもないかもしれないが、これは己自身への自戒も込めて言葉にする。

 自分の使命を忘れぬために……


 「南の大地についてだがな……確かに俺が考えてた通り、南の人間がこの北の大地に北の人間を閉じ込めておくためにこの遺跡を築いていた。氷の精霊がそれを証明してくれた。とはいえな……第3の可能性もあるんだ」

 「第3の可能性っすか?」

 「あぁ、俺が想像もつかないような状況さ。だからまぁ、実際は遺跡を抜けて南の大地を見てみない事には何もわからないんだよ。氷の精霊が言うには南の精霊王がこの遺跡を築いたのは1000年前、そして氷の精霊は1000年間ずっとこの遺跡で北の人間を監視してきた。だから1000年の間に南の大地がどういう状況になってるかは知らないはずなんだ」

 「……やつは俺たちを何も知らないと見下してたっすけど、それはやつも同じだったって事っすか?」

 「まぁ、あくまで憶測だけどな……話を聞く限り精霊王とやらは人間だろうし、1000年も生きているとは思えない。だから精霊王の死後、どう情勢が変化したかはわからない」


 そこまで言って、言葉を句切る。

 そしてタクヤを見据え、この異世界への執着を断ち切らせる言葉を放つ。


 「けどな……それは俺たちの知るべき事じゃない。その答え合わせはすべきじゃないんだ。それはこの世界に生きる人達がすべき事だ。だから、あの通路の先の景色を俺たちは見るべきじゃない……見ちゃいけないんだ。俺たちの旅はここまでなんだよ」


 そう言ってレーザーの刃を倒れているタクヤに突き刺した。

 その直前、最後にタクヤは「……そうっすか」とだけ呟いた。




 「うわぁ……すごい!!」


 アドラが眼下に広がる景色を見て感嘆の言葉を漏らした。

 聖剣使いの少年と聖槍使いの少年も、その景色にただただ感動している。


 遺跡を抜けた先にあった景色は、北の大地では想像もできないものだった。

 この感動を早く()()()にも伝えたい!

 アドラはそう思い、踵を返して遺跡へと戻る。


 「アドラ、()()()を呼んでくる!! ちょっと待ってて!!」


 そう叫んで遺跡へと戻っていくアドラの背中を見て、2人の少年は首を傾げる。


 「()()()って誰の事だ?」

 「さぁ……?」




 アドラは遺跡の通路を笑顔で走る。

 一刻も早く傍に行きたい!

 そして早くあの景色を見せたい! 一緒に感動したい!

 そして()()()と……()()()


 そこで頭が真っ白になって足を止める。

 そして、自分が今まで一体誰の事を考えていたのか考える。


 しかし、思い出せない……()()()()()()()()()


 「あれ……? どうしてだろ? なんで涙が出てくるの? なんでアドラ泣いてるの?」


 アドラはなぜ自分が泣いているのか理解できなかった。

 理解できなかったが、その場に泣き崩れてしまった。


 悲しい、でもなんで悲しいのかわからない。

 自分は一体何に悲しんでいるのだろうか?

 わからないのに涙が止まらなかった。




 遺跡が攻略された事により、北の大地と南の大地は1000年ぶりに繋がった。

 そして1000年前を遙かに凌ぐ、混沌の時代がまもなく幕を開ける事になるのだが、その物語は誰も預かり知らぬ物語である。

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