カイトvsハーフダルム(7)
「なっ!? 侍だって!?」
ガンドレットに嵌めこまれた懐中時計から轟いた音声と、変化したその姿に思わず声をあげてしまう。
ハーフダルムの姿はまさに日本の武者、紛うこと無き侍の甲冑姿となっていたのだ。
その鎧は当世具足。
侍の歴史の中でも鉄砲が伝来し、その戦い方に変化が生じて合戦の激しさが増した室町時代末期から戦国時代にかけて生まれた甲冑の様式だ。
戦国時代が終わり、徳川の世である江戸時代に入れると世は太平、大規模な合戦は大坂の陣を最後に近世のはじまりである幕末まで発生せず、その間に鎧甲冑の意味するところも変化し、豪華な装飾をいかに飾り付け、より豪華に魅せるかという、本来必要のないものまで取り付けられる実用性のない部屋を彩る置物へと変化していった。
これはある意味で仕方のない事で、天下泰平の世で合戦が発生しない以上、実用性のある甲冑は無用の産物……むしろいつでも戦える実戦使用に手入れしていれば、謀反を起こすつもりでは? と要らぬ疑いをかけられかねないのだ。
そんなわけで江戸時代以降、侍の鎧兜が進化する事はなく、ようやく訪れた騒乱の世たる幕末、そして新政府軍と旧幕府軍による内戦である戊辰戦争時には、すでに西洋諸国からもたらされた近代の兵器が主力となっており、すでに鎧甲冑は無用の産物となっていた。
そういった事から戦国時代の甲冑の主流たる当世具足が、ある意味では日本の鎧兜の最終進化系と言えるだろう。
そんな当世具足の鎧兜を身に纏ったハーフダルムの素顔は、やはり兜と一体化した鬼のような仮面に隠され、窺うことはできない。
そんな鎧武者の姿となったハーフダルムはこちらを見ると両手を大きく広げ。
「どうだGX-A03の適合者、似合ってるだろ? お前の故郷の鎧だ、うらやましいか?」
そんな事を言ってきた。
その言葉に思わずため息をついてしまう。
「何で俺がてめーの鎧姿を見てうやましがらないといけないんだよ……端午の節句で飾られた友達の家の五月人形と自分ん家のそれと比べて悔しがるガキじゃねーんだぞ? バカか」
そう言い返すとハーフダルムは楽しそうに。
「なんだGX-A03の適合者、おまえ悔しかったのか?」
そう訊ねてきた。
これには思わず反応してしまい。
「んなわけあるか!! 別にコンパクトなショーケースの中に小さな兜だけが飾られてた安物全快の飾り物が嫌だっただけだ!! 勘違いするな!!」
キレ気味に怒鳴り返してしまった。
そう、うちには年齢がひとつ下と歳の差がそこまで離れていない二人の弟がいるが、男児3人分の鎧を飾ってもらうことはできなかった。
それならそれで、ひとつの鎧で兄弟3人分という事で豪華な五月人形が飾られたかと言えばそうではない。
さきほどハーフダルムに怒鳴ったように、小さなケースの中に兜だけ収められた小さな飾り物だった。
とはいえ、それでも最初は別段気にしなかった。そういうものだと思っていた。
しかし、まだクラスメイト全員と分け隔てなく友好的だった小学校時代は学校が終われば友人宅へと遊びに行く事もある。
そうした時、友人宅にはコンパクトなショーケースの中に小さな兜だけが飾られた安物ではなく、ちゃんとした台の上に飾られた兜とその両隣に置かれた刀と弓矢。それらを彩るように背後に置かれた屏風と、しっかりした五月人形を目にする事になる。
そしてわんぱく盛りな小学生だ。
冗談半分でその飾られた刀を手に取って鞘から抜き「どうだ俺の刀かっこいいだろ!」と自慢してくるのだ。
また、人によっては兜だけでなく甲冑まで飾ってあるご自宅もあり、そんなものを目撃してしまってはもはや我が家のコンパクトなショーケースに収められた安物の小さな兜が恥ずかしく思えてしまい、毎年我が家の五月人形を見るのが憂鬱であった。
そんなかつての記憶が蘇ったが、しかしそんなものはかつて抱いた感情だ。
高校生となった今では何とも思っていない。
むしろ、今でも五月人形って飾ってたっけ? と思い出さないといけないくらい、気にもとめないレベルだ。
なので一旦気持ちを落ち着かせる。
ついついに怒鳴ってしまったが、そもそも自分は鎧兜にまったく興味がない。そう、興味がないのだ。
小学生の時、豪華だった他人の五月人形がうらやましかったのは幼さゆえの感性のせいだろう。
うん、そうだ。そうに違いない。
だから気にすることはない、そう気にする事はないのだ。
そう自分自身に言い聞かせて、改めて鎧武者の姿となったハーフダルムを睨む。
「ったくてめーは日本に観光にきたガイジンかよ、いきなり鎧の自慢はじめやがって……つーか、さっきの姿といい、前に戦った時の姿といい、てめー、もしかして鎧マニアか?」
これに対し、ハーフダルムは鼻で笑うと。
「おいおい……戦士たるもの、鎧は身に纏って当然だろ? そして、国や文化、時代や文明の数だけ無数に鎧が存在する。そうだ、人類が歩んだ歴史の中で起こった戦いの数、戦争の数だけ鎧は存在するんだ。それらすべてに敬意を表し、愛でるのは戦士の当然の務めとは思わないのか? えぇ?」
そう力説しだした。
その熱の入りように思わずドン引いてしまう。
「……こいつ、まじで鎧マニアなのかよ」
そんなこちらを見てハーフダルムはやれやれと肩をすくませると。
「まぁ、凡人にはわからねーか」
そう言って胸元から鎖に繋がれた無数の懐中時計を取り出し、その中のひとつを引きちぎるとその蓋を開けた。
直後、ハーフダルムの背後にいくつもの歯車が動き重なり合うような懐中時計内部の精巧なムーブメントが投影される。
「っ!!」
それを見て思わず体がすくむが、しかしハーフダルムはまだ武器をその手にしていない。
これまではすでに武器を手にしている状態で懐中時計の蓋を開き、その刀身が光輝きだしていた。
だが、今回はまだハーフダルムは腰に差された日本刀を鞘から引き抜いていない。
これまでとは違う行動を訝しんでいると、そんな警戒する自分を見てハーフダルムが楽しそうに笑う。
「くっくっく警戒しているなGX-A03の適合者? 何、せっかくお前の故郷の鎧を身に纏っているんだ。いままでとは趣向を変えようと思ってな?」
そう言ってハーフダルムは腰を低くして左手で腰に差した鞘を持ち、親指で鍔を押し上げる。
そして右手で柄を掴み、姿勢を低くして右足を前にだし深呼吸。
そのまま静止してその時を待つ。
そんなハーフダルムの動作を見て、何をするつもりか理解できない者はいまい。
すぐさま魔術障壁を無数に展開し、レーザーの刃を出して構える。
「っ!! 居合切りか!!」
「さぁ耐えてみせろよGX-A03の適合者!!」
ハーフダルムは叫ぶと同時に、鞘から目にも止まらぬ速さで刀を抜き放ち、そして……
「なっ!?」
空間を断ち切った。




