フミコ/ココ/八重野伊代vsザフラ(10)
「ふぅ」
空にいたすべての水鳥が降下し終えたのを見て、フミコが一息ついて双環柄頭短剣を握っていた右手を下ろして手放し、霧散させる。
まだザフラを倒したという保証はない、それでもあれをまともにくらって無事で済むわけがないだろう。
油断も慢心もしていないが、フミコはある種の確信を持って武器を手放していた。
やがて水鳥たちの急降下によるミサイルの雨によって生じた砂煙が風に流され消えていく。
そうして、煙が去った場所には水鳥の攻撃により陥没して巨大なクレーターが出来上がっていた。
そんなクレーターを見て八重野伊代は青ざめた表情となって。
「うわ、えぐ……」
そう呟き、その隣でココは。
「まったく、相変わらずフミコは加減ってやつをしらないです。ココには理解できないです。困ったちゃんです」
そう、やれやれと言わんばかりの表情で口にするが、そんなココの言葉を聞いてフミコは。
「いやココ、間違ってもあんたにだけは言われたくないわ」
呆れた表情でそう口にしたが、直後何かに気付いてクレーターの底に目を向ける。
「今、何か動いた?」
フミコのその一言に八重野伊代が厳しい表情となり杖を構え、その隣でココは目を凝らしてクレーターの底を見て。
「あぁ、生きてるですね」
そう口にした。
ココのその一言で八重野伊代が今にもクレーターの中に突撃しそうになるが、それをフミコが右手を横に出して制止する。
八重野伊代は苦々しい表情でそれに従い、感情に任せて八重野伊代が暴走しなかった事にフミコは安堵し、クレーターの底へと視線を向ける。
そんな皆が注目するクレーターの底には砂が堆積していたが、そんな砂が蠢き、直後砂の下に埋まっていた何かが勢いよく吹き飛んでクレーターの外へと放りだされた。
その放りだされたものは、地面に落ちてグチャという嫌な音を立てたが、その放りだされたものの正体は人間の死体だ。
しかも放りだされたのは一体だけではない、複数の死体がクレーターの底から次々と放りだされていた。
そして、それらの死体に共通していた事は、すべて全身を覆うブルカを着ているという点だ。
この場において、そんな服装をしている者は一人しかいない、つまりは……
「まさかザフラのやつ、平行世界から呼び出した自分自身を人間の……肉の盾として使ったって事?」
信じられないといった表情で口にしたフミコに対して八重野伊代は。
「中東のテロ組織がよく使う手だね……ったく外道が」
そう忌々しそうにつぶやく。
そんなフミコと八重野伊代をクレーターの底からザフラは体についた砂を払いながら見上げ。
「はん、何を言い出すかと思えば偽善者め。死と常に隣り合わせ……どれだけ周りに注意してても、そんなこちらの事などお構いなく一方的に蹂躙される人間の……生きるか死ぬかの戦場でしか日常を過ごす居場所がない人間の事などまったく知らない、安全圏でただ傍観しているだけの人間が戦場での道義を語るな! そういう地獄を知らないてめーらの決めた価値観の押し付けが一番反吐が出る!!」
そう吐き捨てた。
「こいつ!! あのね!わたしはっ」
「伊予!!」
そんなザフラに八重野伊代は何か言おうとするが、フミコが制止し。
「確かに……あたしの生きてた時代からすれば、かい君や伊予が過ごした現代の価値観や道義は理解はできないね。そして、それは地域によっても変わるんでしょ?ザフラ、あんたの反応を見ればわかる……けどね? それでもあんたのそれは反吐が出るよ」
そう言って軽蔑の眼差しを向けた。
そんなフミコを見上げてザフラは鼻で笑うと。
「だったらなんだってんだ? えぇ!? こいつらはわたし自身だ! わたしがわたしをどうしようがわたしの勝手だろ!! それとも何か? たとえわたし自身でも、こいつらにも生きる権利はあるとか成人君主ぶるつもりか? あぁ!? てめーは人権活動家か!? 見てるだけで何もしない、口だけ達者なクソくらえな人権活動家か!? えぇ!?」
そう怒鳴り散らす。そんなザフラをフミコは哀れな生き物を見るような目で見下ろしてため息をつき。
「はぁ……わかった、もういいよ。これ以上は何を言っても無駄みたいだし、もう終わらせよう」
そう口にして一歩踏み出す。
そんなフミコを見上げ、ザフラは忌々しいといった具合に舌打ちすると。
「終わらせるだ? てめー、何余裕かましてやがる。もう勝ったつもりでいやがんのか? おめでたいやつだな、おい」
そう口にするがフミコは。
「別に余裕をかましてるつもりはないけど……でも現にザフラ、あなたもうこれ以上打つ手がないでしょ?」
ザフラにそう言い返した。
これにザフラはすぐには言い返さず、少しの間を空けて。
「あん? 何を根拠に言ってやがる」
そう言い返すが、これにフミコは。
「以前戦った時はアラブ語が絡む攻撃はしてこなかった。だから気にはならなかったけど、今回はそうじゃない。そしてアラブ語が絡む攻撃は使用制限がある、恐らくは連続して使用できない。それだけじゃなく、一度使用するとしばらくの間は使用できなくなる。そして、それは呼び出した平行世界の自分自身にも適応される。でなきゃ呼び出した平行世界の複数のあなたがアラブ語の攻撃を仕掛けてこないのはおかしい。そうでしょ?」
そう指摘し、さらに。
「それにさっきの2本の聖剣。手にしていたのはたった一人だけだった。他の呼び出された平行世界のあなたたちは聖剣ではなく、呪力で生み出した通常の剣を使用していた。つまりは平行世界の自身を複数呼び出した場合、誰かひとりがアラブ語の攻撃を使えば、他の者は使えなくなるんでしょ? たとえ呼び出された身であっても他の誰かが使えばそれは自分が使ったものとみなされて使用制限が明けるまで使用できない。だから聖剣を手にしたのは一人だけだった。そうでしょ? でなきゃ全員が聖剣を手にしないわけがない!」
そう言ってザフラを指さした。
フミコの指摘を受け、ザフラはため息をつくと。
「確かに……このスキルオーダーは使用するのに色々と制約があるな? けど、それがどうした? それを看破したところで簒奪者、てめーが余裕ぶっこいて勝利を確信する理由にはなんねーぞ? あぁ!?」
そう怒鳴るが、これにフミコは。
「どうだろ? さっき使った聖剣……あれ、あなたの切り札でしょ? そして今は消滅してもうあなたの手元にはない」
そう指摘した。
この指摘にザフラは押し黙る。
そんなザフラにフミコはつづけた。
「確かにあの聖剣、刀身からあふれ出る呪力がすでにやばかった……正直身震いしたね、背筋がゾッとしたよ。あれとまともにやりあったら、あたしじゃ絶対に勝てないだろうね」
フミコは素直に認めたうえで告げる。
「でも、あなたは今あれを使えない……あたしは確かにアラブ? イスラム? それらの逸話についてはまったく知らないけど……でも、あれ以上の切り札をあなたが持っているとは思えないな? つまりはあなたの負けだよ、ザフラ」
これを聞いたザフラはしばらく黙っていたが、やがって肩を震わし。
「くっくっく……ふ、ふふふふふふ」
小さな声で笑いだすと。
「?」
「ふははははふへへふぎゃはははははははは!!!!」
ついには大声で笑い、上空に向かって叫んだ。
「な、何あいつ、狂った?」
「頭おかしくなったです?」
八重野伊代とココが怪訝な表情を浮かべる中、フミコだけは顔色ひとつ変えずザフラを見下ろし続ける。
そんなフミコに対し、ひとしきり笑い終えたザフラは手にしたクファンジャルの剣先を頭上に掲げると。
「切り札がもうない? おいおい何を根拠に言ってやがる!? くははは!! 愚かな簒奪者め!! いいぜ!! お望み通り決着といこう!! 簒奪者!! おまえを殺し、わたしはあるべき居場所に……GX-A03の適合者の隣に立つ!! そのためにも、最後の手段を使ってやるよ!!」
そう言って頭上に掲げたクファンジャルを勢いよく左手の籠手に突き刺す。
そしてクファンジャルは籠手に巻きつけられたハムサのうち、これまでのものとはまったく違う、禍々しいまでのオーラを放つ、気味の悪い装飾が施されたデザインのハムサを切り落とした。
『イブリース』
地面に落ちたその気味の悪いハムサから、これまたこの世のものとは思えないほどの気味の悪い音声が轟き、直後、周囲一帯の上空を厚い雲が覆いだす。
「な、なんです!?」
「こ、これて!? それにさっきのイブリース!? それってまさか!!」
突然の事にココが驚き、八重野伊代がハムサが発した音声の正体に気付いて驚愕するなか、クレーターの底にいるザフラの身に異変が生じだす。
「簒奪者、正解だよ認めてやる。確かに聖剣は切り札だ。あれが使えない今、もうまともな手段では大技は使えない……そう、まともな手段ではな?」
そう口にしたザフラの姿形が徐々に異形の者へと変化していく。
そして、変化していく中でもザフラは口をとめない。
「さっき呼び出した幽精だがよ。幽精にも色々あってな? ヒトと同様にムスリムの幽精と非ムスリムの幽精がいるわけだ。友好的な幽精は大抵ムスリムの幽精だな。そして非ムスリムの幽精の親玉ってのがアッ=シャイターン……今頭上にいるイブリースだ」
そうザフラが口にすると、頭上を覆う厚い雲から赤色と紫色に迸る稲妻がザフラに向かって落ち、変化していたザフラの姿形が完全に別物の何かへと変わった。
それはまさに見るからに悪魔とよべる異形の姿であった。
イブリースと同化し、異形の悪魔の姿となったザフラはクレーターの底から浮遊して地上へと脱出し、フミコの前に降り立つと。
「さぁ、シャイターンの門は開かれた……どうする? 簒奪者!」
そう言って両手を広げて戦闘態勢に入った。
そんなザフラを見てフミコは大きくため息をつくと。
「最後の手段って人間を捨てる事かよ、くだらない」
そう吐き捨て。
「ザフラ、色々言いたい事はあるけど、それでもひとつだけ言っとく事がある」
ザフラを指さし、言い放つ。
「あん?」
「あんた、あたしの事、簒奪者簒奪者ってしつこく言うけどさぁ。その割にはかい君に対する恋慕が感じられないんだよね? かい君の事GX-A03の適合者ってアシュラやハーフダルムってやつらと同じ呼び方してるし、その時点であんた、かい君に興味ねーだろ! そんなやつがかい君の隣に立ちたい? 反吐が出るわ!! あんたが恋焦がれてるのは異世界渡航者の隣に並び立ってる自分自身の姿だろ!! かい君に興味なんかないんだろ!! だったら今のままで、異世界渡航者アシュラの仲間のザフラで十分だろうが!!」
「て、てめー!!」
「そんなやつがかい君の隣に立ちたいなんて言う資格はないし、そんなやつにかい君の隣は渡さない!! あたしが簒奪者? ふざけるな!! 被害妄想も大概にしろ!!」
フミコのこの言葉にザフラは紛糾し、一気にフミコへと殴りかかる。
「簒奪者ぁぁぁ!! きさまぁぁぁぁ!!!」
そんなザフラを睨みつけ、フミコは右手を突き出し。
「望み通り決着をつけてやるザフラ!! あんたはここで倒す!! 切り札をまだ持ってるのはこっちも同じだ!! 言っただろ! あんたの敗因は情報のアップデート不足だってな!!」
鞘に収められた装飾付大刀である双龍環頭大刀を手にする。
「さぁ穢れを祓いたまえ!!」
フミコの叫びとともに双龍環頭大刀が引き抜かれ、そしてフミコとザフラの強大な呪力が激突し、周囲一帯にすべてを吹き飛ばしてしまうほどの衝撃波が走り、何もかもを薙ぎ払っていく。
こうしてその場の何もかもが消え去り、そしてザフラとの戦いに決着がついたのだった。




