フミコ/ココ/八重野伊代vsザフラ(8)
「フミコちゃん!!」
炎の巨人がその剛腕を振るうのを間近で見ていた八重野伊代は悲鳴にも近い声をあげるが、そんな声が掻き消されるほどの轟音がこの場を支配する。
フミコが炎の海に沈んだのを確認したザフラは楽しそうに空を仰いで笑う。
「さぁ焼け死ね簒奪者ぁぁぁぁ!!! 魂の髄まで焦げ腐って灰になれぇぇぇぇ!!! 燃えろ燃えろ! ひゃはははははは!!」
そんなザフラの笑い声を聞いた八重野伊代は。
「黙れよ殺人鬼、不快な声をあげるな」
そう口にしてザフラを睨む。
しかしザフラはそんな八重野伊代の視線など気にしない。
軽く鼻で笑い。
「そう粋がるな肥し。心配しなくても、てめーもすぐに灰にしてやるよ」
そう言って手にしていたクファンジャルを八重野伊代へと向ける。
すると、その動きと連動するかのように炎の巨人も八重野伊代のほうを向く。
そして、炎の巨人は八重野伊代に向かって威嚇するように雄叫びをあげた。
直後、猛烈な熱風が炎の巨人から発せられ、周囲に散乱する瓦礫を吹き飛ばしていく。
しかし、八重野伊代は動じない。
ただ怒りに満ちた目でザフラを睨み続ける。
「黙れって言ってるだろ。あーちゃんだけじゃなくフミコちゃんまで……絶対に許さない!!」
そう口にして拳を握りしめる八重野伊代を見てザフラは鼻で笑うと。
「だったらどうする?」
そう訊ねた。
これに八重野伊代は。
「決まってるだろ……おまえを殺す!!」
そう返して杖をザフラへと向ける。
その杖の先にはすでに無数の魔法陣が浮かび上がっていた。
そんな八重野伊代を見てザフラは。
「できるかな?」
そう挑発するが、これに八重野伊代は舌打ちすると。
「何上から目線で構えてやがる! こっちはトップランカーの読者やってるんだ! なめるなよ殺人鬼!!」
そう言って攻撃を放つべく、無数の浮かび上がった魔法陣を起動させる。
これを見たザフラは控えている炎の巨人に指示を出す。
「やれイフリート。……あぁ、そういえばここは男嫌いの女ばっかりで構成された女性エリアだったな? ならイフリータのほうがよかったか? 同じ幽精に殺されるのでも女性型ならまだ納得できるだろ?」
馬鹿にしたような口調で語るザフラの命を受け、炎の巨人イフリートは八重野伊代に向かって炎の拳を振り落とすが。
「黙れよ殺人鬼!! そんな下らない配慮するより前に、自分の身の心配でもしてろ!!」
八重野伊代はそう叫んで強力な水の攻撃魔法をイフリートに向かって放った。
凄まじいまでの勢いで噴射する水の攻撃魔法をイフリートはかわす事ができず、直撃をくらい一瞬よろめいた。
そんなイフリートへと八重野伊代は無数に展開した魔法陣から次々と強力な水の攻撃魔法を浴びせ、押し返していく。
そうして、次から次へと魔法陣を出現させ、水魔法を放ち続けながら叫ぶ。
「どうだ殺人鬼!! すぐにおまえの切り札を消し去ってやるぞ!! 大体どれだけ強力な魔人だろうとイフリートなんて弱点が水だってバレバレな火属性の魔人を切り札として切ってこの場の全員を同時に始末できなかった時点でおまえの負けなんだよ!!」
この八重野伊代の言葉を聞いたザフラは首を傾げる。
「火属性? 水が弱点? 何言ってるんだお前? ……ひょっとしてそれはギャグで言ってるのか?」
「何?」
「何を勘違いしているかは知らないが、イフリートは火属性でもなんでもないぞ? そもそも火属性? あぁ……炎を纏った姿をしているからそう思い込んだのか、残念なやつだな」
ザフラはそう言って鼻で笑ったと同時に、八重野伊代の水の攻撃魔法の飽和攻撃を受けていたイフリートが雄たけびを上げ、八重野伊代の水の攻撃魔法をすべて弾き返した。
「なっ!?」
イフリートが水の攻撃魔法を弾き返し、周囲一帯が蒸気に包まれる中、イフリートは弱った素振りなど一切見せず、再び炎の拳を八重野伊代に向けて振り下ろした。
イフリートという存在は炎の魔人として描かれる事が多い。
これは1974年にアメリカで発売された世界で最初のRPGであるテーブルトークRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」において炎属性のキャラクターとして登場してしまったが故の結果だ。
そう、この「ダンジョンズ&ドラゴンズ」において炎属性のキャラとして有名になってしまったが故に、その後に生まれるファンタジー作品においても「イフリートは炎属性」が定着化してしまう原因となってしまったのだ。
だが、これは無理もないだろう。
何せ「ダンジョンズ&ドラゴンズ」はすべてのファンタジーRPGの原点なのだ。
世界中で愛され、最も多くの人にプレイされたこのTRPGのイメージを覆し、新たなイフリート像を作るのは難しい。
何より影響力が凄まじいのだ。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」登場以後のすべてファンタジー作品において、このイメージは絶対的なものとして定着している。
たとえ「ダンジョンズ&ドラゴンズ」をプレイしていなくとも、その内容を知らずとも、「ダンジョンズ&ドラゴンズ」が築きあげたイメージはどの作品にも影響を与え、その魂が受け継がれているのだ。
だから極論を言えば「ダンジョンズ&ドラゴンズ」をプレイしていなくても、ファンタジーRPGをプレイしていればその亜種をプレイした事になり、結果的に「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の世界観を体験していると言えるだろう。
とりわけ、日本のJRPGはこの影響が顕著である。
そして昨今の世界的な日本の漫画アニメを筆頭としたジャパンサブカルブームによってJRPGも世界中に浸透しており、「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の影響がより顕著なこれらの普及によってこのイメージがより一層覆せない状況となっている。
まさに欧米ナイズされた次は日本ナイズされた現地とはかけ離れたイメージの固定化が進んでいるわけである。
「イフリートが炎属性? はん、何をどう解釈したらそうなったかは知らないが、イフリートは炎だろうと洪水だろうと雷だろうと、なんでも引き起こせるぞ? 何せ 幽精だからな」
ザフラのその言葉が最後まで届いたかどうか、八重野伊代はイフリートの振り下ろした炎の拳に押しつぶされた。
だが……
「そう……だったら特に気にせず、ただ攻撃すればいいわけね?」
ザフラの背後からフミコの声がした。
「っ!!」
これに驚いたザフラはすぐさま振り返りクファンジャルを振るう。
この斬撃をフミコは右手に構えた銅剣で弾き返し。
「これでもくらえ!!」
そのまま左手に構えた銅剣でザフラの首元を狙う。
「っち!! 生きてやがったか簒奪者!!」
これをザフラクファンジャルを振るって弾く。
「っ痛!!」
その衝撃でフミコは苦悶の表情を浮かべた。
よく見ればフミコの左手には若干の火傷の跡が見える。つまりはイフリートの攻撃を完璧には防げなかったのだ。
とはいえ、それでも銅剣は振るえる。
痛みを堪えフミコは両手を振るい2本の銅剣でザフラに斬りかかる。
これをザフラは『サモン、パラレルシフト』で呼び出したもう一人の自分に受け止めさせ、イフリートに指示を出す。
「やれ!!」
しかし、イフリートが動くよりはやくフミコは銅剣を振るって現れたもう一人のザフラを押し返すと2本の銅剣を重ね合わせ枝剣を生み。
「まずはそのイフリートとやらを倒す!!」
緑色の大蛇を放った。




