魔導書の世界(10)
「へぇ、みんな出身地……というか、元いた世界はバラバラなんだ」
情報を引き出すべくフミコはベンチに座ってサンドイッチを頬張りながら八重野伊代から話を聞いている。
そんなフミコに八重野伊代は笑顔でこの世界、というか魔導書や読者について上機嫌で得意げに話していた。
そんなフミコと八重野伊代の隣にはココとあーちゃんと呼ばれている八重野伊代の仲間の少女が腰掛け、あーちゃんが手にしたサンドイッチをココに食べさせていた。
その光景は傍から見れば完全な餌付けである。
この餌付け行為、最初はココも「ココに食べさせていいのはカイトさまだけです!! カイトさま以外の人間がココに食べさそうだなんて100年早いです!! しっし!」などと言って拒否していたが、結局はあーちゃんに懐柔されてしまい、今は完全にあーちゃんのペットと化していた。
「はーい、ココちゃん。さっきとは別の味のやつですよー」
あーちゃんはそう言ってバックの中からサンドイッチを取り出し、笑顔でココの口元へと持っていく。
それを見たココは涎を垂らしながら興奮気味に大きく口を開け。
「これは今度もまた美味しそうなやつです!! はやくココに食べさせるです!!」
「はいはい、まったくそんなに慌てなくても、ちゃんと食べさせてあげますよ? ふふ……ココちゃんかわいい」
あーちゃんは笑顔でココにサンドイッチを食べさせ、ココは笑顔でむしゃむしゃと頬張る。
そんな2人を見てフミコは呆れたといわんばかりの表情になった。
「ココ……いくらなんでも変わり身速すぎでしょ」
そう口にしたフミコの隣で八重野伊代は嫉妬に狂った表情で取り出したハンカチを噛みしめて血走った眼をして。
「わ、私のあーちゃんに何特性手作りサンドイッチ食べさせてもらってるの? 私でも滅多にしてもらえないのに!! うらやま……けしからん!! 実にけしからん!! あーちゃんは私のものなのに!! ココちゃんずるい!! そしてココちゃんに食べさせてあげてるあーちゃんずるい!! 私もココちゃんに食べさせたい!! ぐぬぬ!! というか、このてぇてぇ光景を見せつけられて私は一体どうすれば?」
そんな事をブツブツ早口で言っていた。
八重野伊代のその姿にフミコは若干引き攣った笑顔を浮かべながら。
「ところで元いた世界はバラバラって話だけど、それって原則1つの世界から1人しかこの魔導書には召喚されないって事なの? それとも、このエリアはそうってだけで他のエリアには同じ世界の出身者はいるの?」
そう訊ねると、八重野伊代は不満そうに頬を膨らませながら。
「読者が死なない限り、魔導書は1つの世界から1人しか招待しないよ。だから同郷が存在する事はまずないかな」
そう口にして、ココに餌付けしていたあーちゃんも頷き。
「魔導書は自らに記された記録をできるだけ多くの者に閲覧してもらいたい。それだけじゃない、ただ見てもらうだけじゃなく、より多くの価値観から記録に触れてほしいみたい。だから1つの世界から複数人を招待するのではなく、無数の世界からそれぞれ1人ずつ選抜してるみたいね」
そう付け加えた。
「ふーん……まぁ、色んな価値観の人がそれぞれの価値観で記録を見る事にどんな意味があるかはわからないけど、魔導書はそれを望んでるってわけか」
フミコはそう言って少し考え込み、こっそりとポケットに手を入れてスマホを手に取り、今聞いた話を自分なりにテキストにまとめ、カイトへとメッセージを送信する。
そうしてからふと疑問に思った事を訊ねてみる。
「でも、より多くの価値観に記録に触れてほしいって意味じゃ、同じ世界でも時代や文化が違う人間を召喚してもいいんじゃないの? なんでそれはダメなんだろう?」
フミコのこの疑問に八重野伊代とあーちゃんは顔を見合わせ。
「さぁ? なんでだろう?」
「何かしら制約があるのかもしれませんね……魔導書とはいえ、無制限に他世界の人間を招待できるわけでもないでしょうし」
そう口にした。
どうやら、このあたりのルールは読者でもわからないらしい。
だとすれば、このふたりが知らないだけで、実は同じ世界の別の時代、別の文化圏の人間も召喚されてる可能性はゼロじゃないわけだ。
何せ、読者たちは男女が完全にエリアで別れ、互いに交流する事もなく敵対しているのだ。
こんな状態では本当に1つの世界から1人だけしか召喚されていないかなんて確認しようがないだろう。
(とはいえ、少なくとも女性エリア内では出身世界は重複してない……だったらこの話は信じてもいいか。そうなるとターゲットは伊予ただひとり)
フミコは隣に座る八重野伊代をちらっと見て考える。
(とはいえ、あたしは異世界渡航者じゃないから伊予から能力は奪えない。そうするにはかい君と伊予を引き合わせるしかないけど……できるの? こんな男女が完全にエリアで分断された状態で)
フミコは視線を八重野伊代から周囲へと向ける。
同じフロア内にはいくつかのグループがいて、それぞれが談笑なり、ミーテングなりを行っていたが、中には抱き合ったり、キスしたりと明らかに度を超えたコミュニケーションを取っているグループもいた。
そんなフロア内の様子を見て、さらには八重野伊代やあーちゃんのこれまでの行動を思い返してフミコはため息をつきたくなった。
(そもそも、なんで男女で完全にエリアが分かれてるわけ? それだけじゃない、なんでここにいるのは同性愛者ばっかりなわけ? 意味わからないんだけど)
そのあたりについても聞いておくべきなんだろいうか? 踏み込んでいいものだろうか? フミコは色々と悩んだ結果、まずはあたりさわりのないところから探る事にした。
「ところで読者の仕事は魔導書が自らの中に残した世界の記録の閲覧……つまりは世界のはじまりから終わりまでの歴史を疑似体験する事……だったっけ?」
「そうだよ、どれだけの膨大な量が保存されてるかは不明だけど、それぞれの頁に記録された時代にその当時に起きた歴史を揺るがす大事件を頁の中の入り込んで追体験し、条件をクリアする事で頁を読破した事になる。読者たちはその読破した数を競い、1年ごとに順位を決定、そしてトップランカーにはそれぞれ報酬が与えられるんだ」
「報酬ね……ちなみにそれって何なの?」
この問いに八重野伊代はニヤリと笑うと。
「望むものなら何でも」
そう答えた。
その回答に思わず眉をひそめてしまう。なので。
「何でも? それって言葉通りの意味?」
そう訊ねるとあーちゃんが。
「まぁ何でも言っても、さすがに限度があるけどね? そうだな……魔導書が叶えられる範囲でってのが正解かな? たとえばこの栞突き刺さる頁内で使える莫大なお金だったり、豪邸や広大な土地だったり、すでに読破された頁の中でお気に入りの時代や場所があった場合、そこに住める権利だったり……そんなとこかな? あとはより強力な武器が貰えたりとか」
そう答えてくれた。
ようするに、読者たちが来年も頑張ってもらえるようインセンティブを与えるというだけの話で個々人の願いを叶えるといった類ではないようだ。
そんな中で気になったワードがあったので、そこについて訊ねてみる。
「なるほど……ところで最後のより強力な武器って?」
「あぁ、まぁ頁に記録されたその当時に起きた歴史を揺るがす大事件を追体験するんだから、その性質上、戦闘が避けられないパターンは多いよね? 戦争だったり、要人の誘拐事件だったり、魔獣討伐だったり……」
そう口にする八重野伊代だが、どうにも納得がいかなかった。
「読者たちも戦闘するって事? 記録の中の人たちに混じって? でも歴史上の事件でしょ? いくら戦闘に加わっても結果は変えられないんじゃないの?」
なのでそう訊ねると。
「まぁ、それはそうなんだけど。そもそも私たちは魔導書が記録しているこの滅んだ世界の歴史の結果を知らないわけだしね? だから何をどう頑張ったら歴史と違えるかなんて誰にもわからないんだ」
八重野伊代はそう前置きした上で。
「それに、たとえ結果を知ってたとしてもどういうわけか、こっちがどれだけ頑張っても歴史の結果というか記録に残された事実は変わる事はないんだよね……まぁ当然といえば当然なんだけど、変えられる可能性がある結果を生み出しても、結局は歴史通りの結末に修正される」
そう口にした。
「何それ? それってやる意味あるの?」
「まぁ、追体験だからね? そして条件をクリアしないと頁の読破にはならない、読破できないとその歴史を揺るがす大事件からは解放されないんだ」
「解放されないとどうなるの?」
この問いには八重野伊代ではなく、あーちゃんが答える。
「その頁に一生閉じ込められる事になるのよ」
その言葉に思わず背筋がぞっとした。
「それって……ここにも戻ってこれないって事?」
恐る恐る訊ねると八重野伊代は大きく頷き。
「まぁ、そうなるね。追体験のメインイベントがはじまる前なら引き返す事も可能だろうけど……一度メインイベントがはじまってしまったら、条件をクリアするまでは抜け出せない。つまりはそこで死を待つ事になる」
そう答えた。
その答えでようやく報酬の意味を理解した。
「……だから、そうならないために条件をクリアできるようにより強力な武器を?」
「まぁ、そうなるかな? あとは、追体験とはいえ、戦争なり、闘争なりの最中に命を落とす事だってあるから」
「え? ちょっと待って? 戦争だったり、戦闘とはいえ、それは過去の出来事でしょ? それを追体験して、なんで今のあたしたちが死ぬの?」
理解できないといった具合の反応を見せるフミコに八重野伊代は苦笑いを浮かべながら。
「過去の出来事を追体験とはいえ、そのイベント中はその時代に溶け込むわけだからね、当然じゃない? そういうわけだから、生き残るためにもより強力な武器がいるんだよ」
生き残るために頁数を稼ぎ、トップランカーとなってより強力な武器を報酬として得る。
そして、その武器でさらに頁数を稼ぐため、危険な頁に身を置く。
どうやら思った以上に読者の仕事とは命がけのようだ。
そうして頁数を稼ぎ続けた先に引退後の余生を送る安寧の地となるであろう、お気に入りの頁での余生が待っているのだろう。
そして、それを得るためにはやはりトップランカーとなって報酬を得なければならず、やはり頁数を稼がなければならない。
(魔導書は自らが保存した滅んだ世界の記録を閲覧させるために色んな世界から人々を召喚するたけど、話を聞いてるとやってる事が本当に記録を閲覧させるのが目的なのか疑わしくなるな……)
そう思いながら、もうひとつ気になった事を訊ねた。
「頁の読破に歴史上の事件に加わって戦闘が必須ってのは理解したけど、でも……武器を求めるのはそれだけが理由なの? ほら、伊予に助けてもらったけど、あの大きな虫。あれも滅んだこの世界の歴史に関わってるの?」
この問いに八重野伊代とあーちゃんは真剣な表情となり。
「あれはダニ……頁読破とは別件の、読者が対処すべきもうひとつの仕事……そう、あれは私たちの敵だよ」
そう口にした。




