魔導書の世界(8)
読者リーダーたちの本拠地である「栞突き刺さる頁」。
この場所は主に2つのエリアに分けられている。
そのエリアとは女性エリアと男性エリアだ。
そう、栞突き刺さる頁では男女が完全にエリアで切り離され、分断されているのである。
そして、エリアで分断されているという事は栞突き刺さる頁に滞在している間は男女がそれぞれのエリアに滞在するため、基本的に男女が接触する事はないし、する必要もない。それは何故かというと、互いのエリアを行き来する必要がないからだ。
それぞれのエリアにはちゃんと必要物資が用意されていて、飲食店や娯楽施設、修練場に研究所なども揃っており、向こうのエリアに行かなければ手に入らない、体験できないというものは基本的に存在しない。
だからこそ、栞突き刺さる頁に戻った読者たちはそれぞれのエリアから出て向こうのエリアに行く事がないので男女が交流する機会がないのである。
唯一男女が接触し、交流できる可能性がある場所は栞突き刺さる頁の玄関口たるエリアエントランス。
そう、カイトたちが最初に訪れ、別れた場所である。
あの空間だけは共通の入り口となっているため、男女が嫌でも顔を合わせる空間となっているのだが、あの場所に好んで長く滞在する者はほとんどいない。理由は至極簡単、あそこにいると嫌でも異性を目にしてしまうからである。
ゆえに、誰もがエリアエントランスを速足で駆け抜け、互いのエリアに退避するように入り込むのだ。
と、ここである疑問が浮かぶだろう。
嫌でも異性を目にするから玄関口に滞在するのを避けるとはどういう事だろうか? と……
普通に考えれば、学校の寮生活じゃあるまいし、ここまで男女の生活空間がきっちり分けられ、接触するのも厳しく制限されていると少なからず反発がでるはずだ。
中には異性のエリアに忍び込んだりする者が現れたり、こっそり異性をエリア内に招いて逢引する者も現れたりするだろう。
しかし、そういった事案は一切発生していないらしく、それどころか、男女共にこのシステムに不満がまったくないというのだ。
とはいえ、読者たちも頁の探索には数名のグループを組んで向かうらしい。
それならば、明日の打ち合わせや今日の探索の反省などを行うために男女が交流できる場所は必要だと思うし、そういったスペースの設置を求める声が出てもおかしくないはずなのだが、そんな声は一切あがらないという。
というよりも、そもそも男女が打ち合わせや反省会を開く必要がないのだ。なぜならば……
「は? なんで男なんかとグループ組まないといいけないわけ? 気持ち悪い……」
フミコの質問に八重野伊代は心底嫌そうな顔で答えた。
そしてすぐに何かを察した表情になると。
「っは! もしかしてフミコちゃんもココちゃんもあの一緒にいた男に何か弱み握られて脅されてるの? あいつに強姦されたあげく、その時の様子を撮影されてて言う事を聞かないといけなくなってるとか!」
そんな事を言い出した。
これをフミコは。
「いや、そんな事はないけど。むしろかい君には襲ってもらったほうが既成事実ができて完全勝利なんだけど」
速攻で否定するが、しかし。
「安心してフミコちゃん!! 怖かったよね? 辛かったよね? 苦痛で仕方なかったよね? でもここにいれば安全だよ!! 男どもはここには絶対に入ってこれないから!! フミコちゃんとココちゃんの自由を縛るクソでクズでカスな男どもはもういない!! ここはフロンティアだよ!! だから心配しないでフミコちゃん! ココちゃん! 私がふたりをゲスな男どもから守る!! ふたりには指一本触れさせないよ!!」
八重野伊代は興奮気味に鼻息荒くそんな事を言ってフミコとココの手を取りぶんぶんと振ってくる。
これにはフミコもココも引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
そして、助けを求めるようにあーちゃんと呼ばれた少女に目を向けるが、そのあーちゃんも「わかってますよ」と言わんばかりの表情を浮かべてうんうん頷いている。
あ、ダメだこりゃ……
そんなフミコの心情など無視して八重野伊代はフミコとココの手を取って立ち上がると。
「よーし、みんなで新入りのフミコちゃんとココちゃんをクソな男から絶対に守ろう!!」
そう叫んで、あーちゃんと呼ばれた少女以外の女性陣に呼びかける。
これに応えるように、同フロア内にいた複数の女性たちがみな拳を突き上げ叫ぶ。
「当然でしょ!! 男はクソ!! 死すべし!!」
「餓えた性欲狼は皆殺しだ!!」
「この世界に男はいらない!! 強制排除だ!!」
「「「「は・い・じょ!! は・い・じょ!!」」」」
「「「「きょ・せ・い!! きょ・せ・い!!」」」」
そんなフロア内の空気にフミコはますます引き攣った笑顔を浮かべ、ココはドン引きした表情になる。
え? 何この人たち……どんだけ男嫌いなの?
それとも全員この魔導書に来る前の世界で暴行事件や強姦被害にあってるか未遂を経験してる人たちなの?
だからこんなに怨嗟振りまいてるの?
どういう事?
フミコは彼女たちの空気に困惑していたが、それは同じく別エリアにいるカイトも同じであった。
「えっと……カイトくん、君は一体何を言っているんだい?」
自分をこの男エリアへと連れ去った長身イケメン、セフィラ・ルイージはこちらの質問に対し、頭が痛いと言わんばかりの態度でため息をつくと。
「女性陣とグループを組む? その事に一体何の意味があるんだい? あんな被害にもあってもいないくせに冤罪を押し付けてくる連中とつるもうだなんて……詐欺にでもあいたいのかな? この困ったちゃんは……」
そう言って隣にいるフリードに目を向ける。
そのフリードも呆れたと言わんばかりに首を振ると。
「カイトさん、ちょっとボクにはカイトさんが何を言ってるか理解できないっすけど、あんな自分勝手でわがままで協調性のない女どもなんかと組まなくても十分に頁は稼げるっすよ!! 現にルイージさんは稼いだ頁数ではトップクラスなんすから!!」
そう言って笑顔で長身イケメン、セフィラ・ルイージの肩に手を回し、自らの元へと引き寄せる。
そんなフリードの行為をセフィラ・ルイージは鼻で笑うと。
「コラコラ、何をやってるんだいフリード? 新入りのカイトくんの前で……もしかしてカイトくんの話ばかり聞いて相手にしてもらえなくて嫉妬したのかい?」
そんな事を言ってフリードの顎をくいっと持ち上げる。
「まったく、悪い子だ」
「ルイージさん……」
そして、そのままフリードに顔を近づけると。
「これはお仕置きが必要だな」
無駄にイケボイスでそんな事を囁き、キスをしようとしだした。
これにフリードは顔を真っ赤にして。
「だ、ダメっすよルイージさん、カイトさんが見てるっすよ!」
慌てて抵抗しようとするが、しかしセフィラ・ルイージは。
「かまうものか! 見せつけてやろうじゃないか、僕たちの絆を……というか、みせつけたいんだろ? それにダメという割には体が抵抗していないぞ?」
そんな事を言ってフリードの唇を奪った。
うむ、俺は一体何を見せられているんだ?
目の前で繰り広げられたあまりの光景に思考回路がショートした。
とりあえず、こいつらがBL世界から召喚された野郎どもだというのはわかった。
なので、もう少し話ができそうなまともな人間はいないかと周囲に視線を向けると。
「うほっ! いい読者……やらないか?」
「ちょっと……お尻ばっかり攻めないでよ」
「ここが……いいのかい?」
いたるところでハッテンしていた。
なんやここは? いつの間にかBLの世界に来ていたのか?
そしてある事実に気付く。
(ちょっと待て!? 女性陣と協力しないのか? と聞いた時のこいつらのこの反応、それに周囲のこの状況……それだけじゃない、現時点で唯一のターゲットである八重野伊代が俺に見せた反応とフミコとココに見せた反応……男女が完全に隔離されてるエリアの存在……まさかこの世界には俺にフミコ、ココしかノンケがいないんじゃないか!?)
どういった理由でそうしているのかは現時点で不明だが、魔導書は好んでゲイやレズを読者として招待している可能性が高い。
そして自分たちは魔導書に招待されたわけではない不法侵入者だ。
そんな自分たちが周囲にノンケであるとバレたらどうなるか……想像して青ざめてしまう。
(という事は……この世界に長期滞在するのは危険だ!! 俺の貞操だけじゃない!! ノンケとバレたらフミコとココも何をされるかわかったもんじゃないぞ!)
とにかく情報収集は後回しにして、至急ふたりと合流しなければ!
そう思いスマホを取り出して連絡をしようとした時だった。
「よう、新しい異世界を楽しんでるか? GX-A03の適合者」
背後から聞き覚えのある声がした。
思わず背筋がゾッとし、後ろを振り返ると。
「っ!! てめー!!」
全身フルプレートの西洋甲冑に身を包んだ男が立っていた。
それが誰か言うまでもない、そいつは……
「ハーフダルム!!」
「あぁ、遊びに来てやったぜ?」




