極寒の異世界(8)
地面を揺らし巨躯の威厳を示しながら迫るそれらを見れば、普通の狩人の集団ならば恐怖に駆られるか諦めて逃げ出すだろう。
だが、タクヤをはじめとしたこの狩人の面子は強力な聖具を装備する集団である。普通の狩人の集団とは単純な攻撃力がまるで違う。
結論から言えば、逃げ出したのはトリゴンベヒモスの群れのほうで、タクヤ達は無傷でトリゴンベヒモスの雄1匹を狩り、残りは追い返すだけに留めた。
これはとても重要で、群れを全滅させてしまった場合、繁殖力が低いトリゴンベヒモスの今後の生態数にどう影響するかわからない以上、必要最低限の殺生にとどめないといけないのだ。
狩りによる乱獲が続き、トリゴンベヒモスが全滅してしまった場合、生態系が著しく変化してしまう。
そうなった結果、自分たちの生活がどう変化するか予想がつかない。
今まで当たり前に狩れていたものが狩れなくなったりと食料調達に支障をきたすかもしれないし、今まで脅威でなかった魔獣からの襲撃などもあるかもしれない。
生態系は一度崩れれば何が飛び出すかわからないパンドラの箱だ。
そして、一度壊れた生態系はそう簡単に元には戻せない。
今の生活を守るには狩りすぎず、狩りなさすぎずを貫かなければならないのだ。
その上で雄1匹に留めたのは、この雄が群れの中で最も老体だったからだ。
どの個体が若いのか、年老いてるのか、雄なのか雌なのか……このあたりの区別は長く狩りに携わってないとわからない。
雌は狩りすぎてしまうと雌の数が減って繁殖に支障がきたす。若い雄を狩りすぎると次世代の群れが生まれない。
故に群れに遭遇した場合、優先して狩るのは老体の雄だ。
とはいえ、そう簡単に事は進むわけではない。
当然老体の雄は群れのリーダーである場合がほとんどだ。
必死で若い個体は歴戦の長を守るだろう……だからこそ群れと遭遇しての狩りは難しい。
今回はタクヤを筆頭に皆が聖具を手にするからこそ無傷で終えれたのだ。
とはいえ、疲労は相当貯まっており、タクヤも今は肩で息をしている。
それは当然だろう。
自分とフミコも銅矛、銅剣で微力ながら手伝ったが、ほとんどが彼らの独壇場だった。
とりわけタクヤは聖斧アジャールを振るいまくって大技を連発。体力を消耗していた。
実際、トリゴンベヒモスの群れが逃げ出さなかった場合ヤバかったかもしれない。
それでも狩りは成功し、結果トリゴンベヒモスを2匹も狩ったことになる。
狩猟だけが目的ならこれ以上の成果はないほどだ。
だから本来ならここで集落に引き返すべきなんだだろう。
マガムスイロドゥスと違って巨躯すぎるトリゴンベヒモスは血抜きするにも解体するにも集落総出の協力がいりそうだ。
だから一刻も早く集落に戻って成果を伝えるべきなんだろうが、自分たちの目的はまだ先にある。
そう南にある最後の遺跡だ。
なので2匹のトリゴンベヒモスの遺体は一旦雪に埋めて保存しておく。
とはいえ、あまりに巨大なゆえに雪をかき集めて埋めるだけでも時間を要した。
まぁ、このあたりはじっくり時間をかけないと、トリゴンベヒモスの大量の肉を欲しがるのは何も人類だけではない。
この厳しい環境だ、大小関係なく肉食獣は群がってくるだろう。
後はどこまで彼らの鼻をごまかせるかだ。
「さて、それじゃあ遺跡に向かうっすよ!」
タクヤが額の汗を拭いながら皆に言う。
ここから遺跡までは距離があるらしく、再びのイヌゾリ移動だ。
壮大な雪原を再び爽快に走り抜ける。
荷台では再びフミコ、アドラ、もう一人の女の子が仲睦まじくガールズトークに花を咲かせている。
後がつらいから必要以上に親睦を深めるなと言ったはずなのにと思うが、一方でその光景を羨ましくも思ってしまう。
そんな自分の思考を心の片隅にしまって、荷台から見る流れゆく雪原の景色に目を奪われながらさきほどのトリゴンベヒモスの群れとの戦闘のことを思い出す。
あの戦闘でタクヤは地面に亀裂を作り、そこから石礫の投擲攻撃や地面の起伏を生み出しての岩の壁の盾。
地面を揺らしての攻撃や重力操作など多数の技を見せた。
そして、それらを使う度に消耗してるようにも見えた。
最初の異世界でのススムの聖剣もそうだったが、強力な技ほど体への負荷が多くあまり乱発はできないのだろう。
これが聖剣や聖斧といった聖具特有の現象なのか、転生者、転移者、召喚者に共通しての現象なのかはわからないが今後の参考にしてもいいかもしれない。
そして何より今タクヤは技の乱発で相当疲労が蓄積しているはずだ。
(遺跡についてからの展開次第だが、ひょっとしたら真正面からでもなんとかなるかもしれないな……)
何にしてもすべては南の遺跡に到着してからだ。
イヌゾリは更にスピードを増して遺跡へと向かっていく。
「はぁ~~~これはまた壮観っすね~~~~!」
タクヤが口を開いたまま上を見上げてありきたりな感想を述べた。
他の面々も似たように開いた口が塞がらないといった感じの反応だ。
目の前には最後の遺跡が聳え立っている。
まさに南の門という言葉がふさわしい遺跡だ。
城壁の要塞は山の谷間や渓谷を抜けさせないために築くというが、まさに南の山脈それ自体を覆わんとする規模の大きさだ。
しかも遺跡の入り口であろう巨大な扉へと続く道は雪に埋もれておらず、雪原も遺跡に近づくにつれて積雪量が減っている。
あの遺跡が積もる積もらないの境目なのか、それともただの偶然なのか。
何にせよ、目的の遺跡についにたどり着いたわけだ。
犬たちを遺跡近くの支柱に繋いで一行は遺跡の前まで行く。
あらためて間近で見てその大きさに圧倒される。
「はぁ~~~ほんとでかいっすね~~~」
「ほんとだね! アドラ、ここまで大きい建物見たの初めてかも!」
アドラがタクヤの横できゃいきゃい騒いでいる。
フミコも感心した顔で遺跡を見上げていた。
しかし、この遺跡驚くべきことに煉瓦や石、鉄筋でできているわけでなく氷のブロックでできているのだ。
まさに世界一巨大な氷の建造物といったところだろう。
とはいえ、触れてみると表面はそこまで冷たくはなく、手に表面が貼りつくことも体温で薄く溶け出すこともない。
いわゆる溶けない氷「アイスキューブ」なのだろう。
透明度もそんなになく、城壁の中を氷だからと覗けるわけではない。
「で、一体どうやって中に入るんだ?」
城壁の中心にある固く閉ざされた巨大な扉を軽くトントンと叩きながらタクヤに聞く。
するとタクヤは門の周りをうろうろとして何かを探す。
そしてある物を見つけた。
「これっす!」
タクヤが指さしたのは巨大な門から少し離れたところにあった小さな像であった。
それは一見何の変哲もないただの石像だ。
そう石像、遺跡が氷の構造物である以上はこれも氷像かと思いきや石像なのだ。
「これがどうしたんだ?」
「この石像の台に紋章が刻まれてるんす」
「あぁ、確かに」
言われて見れば、確かに台に何か紋章が刻まれている。
そして、その紋章はアドラの聖杖ドルゴナグが魔法を発動する際に浮かび上がる紋章そのものだった。
「つまり、この紋章が刻まれた場所に同じく紋章を浮かび上がらせれば遺跡への入り口は開くんす! 今までもそうだったっすから!」
タクヤがそう言ってアドラを促す。
するとアドラは笑顔で頷いて聖杖ドルゴナグを構えた。
「行くよ!」
アドラが聖杖ドルゴナグの杖先を石像の台に向ける。
すると虹色の紋章が石像の前に浮かび上がり、石像の台の紋章へと吸い寄せられていく。
紋章はそのまま台の紋章に飲み込まれ、石像の台が虹色に光り輝く。
そして……
バリバリバリ……と石像にひびが入っていき、そのまま石像が割れてしまった。
しかし、それで終わりではない。
割れた石像の中から魔獣のような何かが姿を現したのだ。
全身が白い毛に覆われ、二本足で立っている。
カモシカのような頭、ヒグマのような体格……それはまさに。
「こいつ……イエティか!?」
地球のヒマラヤ山脈に生息しているといわれているUMAの名前を口走ったが、タクヤが苦笑しながらも肯定する。
「そうっすね! こいつはイエティで間違いないっすよ! 何せ、この世界でこいつの存在を誰も知らなかったんすから! だからイエティって命名したんすよ!」
「なるほどな! で? こいつは一体何なんだ?」
「恐らくは遺跡のガーディアンっす! 今までの遺跡も必ず最初にこいつがでてきたっすから!! あとこいつ強いっすよ!!」
言ってタクヤたちは聖具を構える。
なのでこちらも銅矛を構え、フミコも銅剣を構えた。
そんなこちらの様子を見てイエティが吠える。その遠吠えはどこかユキヒョウに似ていた。
かつてエベレスト探検隊の調査でイエティの鳴き声はユキヒョウのものとの報告があがっているというが何か関連しているのだろうか?
何にせよ、遺跡内部へと入るためのイエティとの戦いが始まったのだった。