占星術の世界(11)
エリス・ベアリーは語る。
それはまだこの世界で人類が環境問題など気にせず世界の至るところで安全に生活できていた頃、この世界には200近い国々があり、人類は繁栄を極め栄華を誇っていた。
しかし人類文明がこの世の春を謳歌するという事は、それだけ星が蝕まれるという事である。
人類は文明の発展によってこの星を自分たちの住みやすいように改造する術を手にし、それによって星の環境は瞬く間に激変していった。
結果、わずか数年で大地は荒れ果て、草木が育たなくなり、空気は汚れ、水は毒となった。
しかし、これは繁栄の代償としてある種仕方がない事と誰もが受け止め、深刻に捉えるものは少なかった。
確かに環境は悪化したが、それならばまた環境に手をつけて人が住みやすい様に改良すればいいと、その程度にしか考えていなかったからだ。
そしてそれをできるだけの技術力が自分たちにはある。そういった傲慢な思考にこの世界の人々は陥っていた。
だから誰も問題視しなかった。
これまで環境問題は確かに世界的な議論にはなっていたが、それでも「このままではまずい」と言われながらも何十年も問題なく人類は世界各地で暮らせていた。
だから環境問題など杞憂だという意見が大多数だったのだ。
明日、突然人が住めなくなる環境に変化するかもしれないというのに……
そんな人類が危機感をまったく覚えていない中、一人の占い師が人類滅亡の日を占星術によって導き出す。
彼の名はノルラルトムス、人類文明が崩壊した「落日の日」以降の歴史家によって大予言者と呼ばれることになる人物である。
その大予言者ノルラルトムスは生前に3つの予言を残しており、そのうちのふたつはすでに的中しているという。
まずひとつは人類文明が崩壊する日。
これは「落日の日」と呼ばれ、この日以降、人類はまともな文明レベルを保てなくなったという。
つぎの予言が人類が歴史を放棄する日。
この歴史を放棄するとはつまり、記録を残す事を止める事を意味し、この日以降、人類は個人的なものは除き、目に見える形での公的な資料を一切作らなくなった。
これは地球でいうならば石器時代やそれ以前の先史時代を思い浮かべるとわかりやすいだろう。
その当時にも人々の生活の営みにおいて、問題解決のため群れや集落ごとの結びつきや交渉などはあり、その様子を描いた洞窟内の絵画などは確かに残ってはいるが、これを歴史的資料とは到底呼べないのである。
ゆえにその当時の出来事を描いたとされるそれらの絵画や石器に掘られた記号などは考古学的な地質資料であり歴史を記録したものではないのだ。
そして、歴史を記録したものが存在しない以上、そこに歴史は存在しない。
地質調査や年代測定で、その当時の気候や環境の変化は観測できるが、それだけである。
その時代に生きた人々がその時何をしていたのか? どんな問題に陥り、どういった行動を起こしたのか? そういった事はまったくわからない、いわゆる空白の時代という事になるわけである。
そんな人類が後の世に歴史を残さなくなる事も予言していたノルラルトムスの最後の予言。
それは一体何なのか? というと……実はこれに関してははっきりとした事はわかっていないらしい。
ある人は人類が絶滅する日だといい、ある人は人類が復興する日だとも言う。
あるいは大地が崩壊し、人類だけでなく世界全土が終焉を迎える日だとする人もいれば、空から無数の箱舟が大地へと降りてきて、生き残った全人類を空の彼方にある新天地へと連れて行ってくれると唱える人もいるのだとか……
どうしてこんなにも3つ目の予言のバリエーションがあるかというと、ノルラルトムスの最後の予言が失われたからに他ならない。
予言が失われるとはどういう事か? というと、生前に彼が書いた著書である「ノルラルトムスの予言集」は現存しているものの、たった1冊だけであり、その唯一現存する1冊も最後の数ページが欠損しており、その欠損した部分に書かれた内容こそが最後の予言に関する部分なのである。
そこに書かれていた内容が何であったのか、それを知る者はすでにこの世にはいない。
なにせノルラルトムスが生きていたのも、この著書が出版されたのも遥か昔の話なのだ。
この著書を読んだ者などとっくの昔に墓の下だ。
その墓すら、今の終末を迎えたこの世界では存在すらしていないだろう。
何にせよ、書いた者も読んだ者もすでにこの世にいない以上、欠損した数ページの内容はそれまでに書かれていた内容とノルラルトムスの思考パターンから想像するしかないのだが、当然、人が人の思考パターンを研究して答えを導き出す以上、その答えが絶対的に正しいという保証はない。
何せ人の思考パターンは千差万別、それを解読し解釈するパターンもまた千差万別、当然人によって解釈違いが発生し、無数の答えが産み落とされるわけである。
これでは3つ目の予言に関して人類全体での対策などできるわけがない。
そんな中、エリス・ベアリーの師である先代の長官の占星術によってある未来が示される。
それは今後、この世界に失われたノルラルトムス最後の予言を復元できる救世主が現れるであろうというものであった。
そして、その救世主は3人いて、そのすべてが別の世界から渡ってくるというのだ。
この先代の星詠みの結果を最初は誰もが鼻で笑い信じなかった。
星詠みによって資源が底を尽きる日が判明した今、ノルラルトムス最後の予言を復元する事に意味はない。
資源が尽きる日がわかったという事はその日を最後として人類がこの世界から姿を消すのと同義だからだ。
なのに、今更ノルラルトムス最後の予言を復元して何になる? なぜ復元できる者が救世主なのだ?
誰もがこの星詠みに関してだけは聞く耳を持たなかった。
元より資源分配のための行動統制には関係のない星詠み結果であり、それについて考える意味も余裕も人類にはなく、この反応は当然と言えた。
そうして先代の長官がこの世を去り、後をエリス・ベアリーが継いだ頃、その人物は現れた。
管理外人類であった彼は占星術とは違う不可思議な術を使い、都市近郊の大地の一部を浄化したのだ。
その出来事に誰もが驚き、目を見張る。
その管理外人類によって複数の土地の土壌汚染が改善し、人類は都市の外に畑を耕せる土地をわずかとはいえ取り戻せたのだ。
この事実に都市を管理する立場の者や一部の市民から彼は救世主だ! と騒がれるようになる。
しかしその管理外人類は一体何をしたのか?
彼曰く大地を浄化したのではなく魔術で過去の状態に「復元」したという。
何をどうすればそんな事が可能なのかわからないが、失われたノルラルトムス最後の予言を研究している者たちからはある期待が彼に寄せられる。
それは言うまでもなく欠損した「ノルラルトムスの予言集」最後の数ページの復元である。
汚染された大地を過去の状態に復元できたのだ。ならば書物の復元など造作もないであろう。
それに先代の長官もいっていたではないか! 復元できる救世主が現れると!
こうして皆の求めに応じ、エリス・ベアリーは彼に「ノルラルトムスの予言集」最後の数ページの復元を依頼する。
だがそんな時だった……時を同じくして彼と同様に大地の汚染を浄化できる新たな管理外人類が現れたのだ。
その新たな管理外人類は先に現れた管理外人類と違い、異様な外見と雰囲気を醸し出していたが、彼が浄化した土壌の広さは先に現れた管理外人類の規模をはるかに上回っていた。
その事実を知った誰もが先代の長官の星詠みを思い出す。
3人のメシア、その2人目が彼なのだと。
そうして都市の上層部は満場一致で彼にも「ノルラルトムスの予言集」最後の数ページの復元を手伝ってもらうよう依頼する事を決めた。
これを受けてエリス・ベアリーが新たにやってきた管理外人類に復元の依頼を伝えると彼は。
「いいぜ? ただしその予言書の修復は都市の外でやる。文句はねぇよな?」
そう言って「ノルラルトムスの予言集」を手に、先にやってきた管理外人類を連れて連合都市アルトゥールの北部に広がる荒野へと向かっていったという。
それが数日前の出来事であり、それ以来ふたりからの連絡は一切ないという。
探しに行こうにも、ふたりが向かった荒野は都市近辺ではもっとも土壌が汚染された危険地帯であり、誰も近づけないという。
そうして、どうにかふたりの探索に向かえないか占星術で方法を模索していたところ、エリス・ベアリーが新たな管理外人類が連合都市アルトゥールにやってくるという星の導きを得たのだ。
こうしてエリス・ベアリーは部下にカイトとフミコをここに連れてくるように指示し、今に至るという事である。
しかし、エリス・ベアリーはまだ他の誰にも伝えていない事があった。
新たな管理外人類が連合都市アルトゥールにやってくるという星の導きのそれ以降の未来は暗黒に染まって詠めないという事を……
エリス・ベアリーが語ったふたりの管理外人類の話。それを聞いて確信する。
その最初の管理外人類は間違いなく地球からの転生者か転移者だろう。
つまりはそいつに接触して、その予言書の復元の様子を見る事ができればいいわけだが、同時にその管理外人類が新たにやってきた管理外人類と一緒に都市の外に出て連絡が取れなくなったという話に焦りを覚える。
(ふたりめの管理外人類って、まさか……)
ここに来るまでにリーナ(成長ギャル化版)が言っていた言葉に前の世界で戦った時のハーフダルムの言葉を思い出し冷や汗が頬を伝う。
嫌な予感がするが、別人である可能性もある。念のためエリス・ベアリーに尋ねてみた。
「なぁ、そいつはひょっとして鎧を着てなかったか?」
しかし、エリス・ベアリーは首を傾げ。
「鎧ですか? いえ……そんな恰好ではなかったですね。なんというか汚れたローブのようなものは羽織ってましたが」
「汚れたローブ?」
そう答えた。
確かハーフダルムは自分とカストム城門で戦った時、古代ローマ兵の鎧を着こんでいた。とはいえ殺した自分を蘇生させた時は別の格好もしていた。
もしかしたら、エリス・ベアリーと会った時はあの時の聖職者のような恰好をしていたのだろうか?
でもあの祭服はかなり豪華だった印象でとても汚れたローブではなかったような気がするのだが……
そう思い、エリス・ベアリーに尋ねる。
「その汚れたローブを着たやつは自分の事をハーフダルムと名乗りませんでしたか?」
「ハーフダルム? いえ、そのような名前ではなかったですね……」
この問いにエリス・ベアリーはそう答えると。
「たしか彼はアシュラと名乗ってましたね。あと自らを多次元の王だとも」
予想外の名前を発した。
「なっ!? あ、アシュラだって!?」
思わず大声を上げた自分にフミコもエリス・ベアリーも驚くが、そんなふたりの反応を気にしている暇はない。
この世界で遭遇する相手はハーフダルムであり、この地で再戦する事になるものだとばかり思っていたが、それは間違っていたようだ。
(いや、そもそもハーフダルムとアシュラは行動を共にしているような口ぶりではあった。カストム城門でギガントの封印を解く直前のハーフダルムの誰かと話しているような独り言。あの相手は間違いなくアシュラだろう。クソッタレ! まさか先輩の仇といきなり出くわす事になるなんて!)
心の中だけで悪態をついていたつもりだったが表情には出てしまっていたようだ。
そんな自分を見てエリス・ベアリーが恐る恐る尋ねてくる。
「あの、ひょっとしてお知り合いですか?」
「いえ……知り合いではないです。名前を聞いた事がある程度で」
エリス・ベアリーの態度を見て苦笑しながらそう答え、気合いを入れ直して返答した。
「わかりました。要するにそのふたりを捜し出してここに連れ帰ってきたらいいわけですね? 任せてください! 必ず連れ戻してきますよ!!」




