極寒の異世界(7)
マンモス、それはゾウ科マンモス類に属する1万年前に絶滅した大型の哺乳類だ。
大きな体に巨大な牙が特徴で、その長さは種類によって異なるが3~4メートル、時に5メートルの長さのものもある。
マンモスで最大級だったと言われるのが4~5メートル級のステップマンモスにコロンビアマンモスだ。
とはいえ、日本人がマンモスと言われて想像するのはケナガマンモスというやや小型の種で、実際のマンモスの多くはケナガマンモスほど毛が長くなく短毛であった。
そんなマンモスは、気候変動による環境の変化や病原菌による伝染病での死滅説があるものの、絶滅の原因の最大の理由に人類の狩猟があげられる。
繁殖能力が他の動物と違ってそこまで高くないマンモスは人類の狩りの道具の進化による狩猟精度の向上によって劇的に数を減らしていったというのだ。
こう書くとマンモスはただ図体がでかいだけの格好の獲物のように思うかもしれないが、決してそのような事はない。
同じゾウ科で言うなら銃火器が発達する世までゾウは戦象として恐るべき破壊力、行軍力、運搬力を発揮していた。
ゾウは神経質なため大きな音に敏感で当然火にも臆病で嗅覚が敏感なゆえに悪臭にも耐性がない。ゆえにゾウ使いの騎乗者がいないと常に暴走する危険があった。
さらに足下が足の付け根などの皮膚の柔らかい部分が弱点なうえに、足場の悪い場所を嫌う傾向にある。
しかし、皮膚は硬く頑丈で、そうでない部分に像専用の鎧を被せれば完全たる移動要塞となる。
ゾウの背に乗った弓兵や槍兵が戦場を支配し、戦象の群れの突撃にはどれだけの歩兵が槍で待ち構えてもはね除けられ、初陣の部隊や新人の多い練度の低い軍隊、初めて象を見る兵らは恐怖に駆られ壊走してしまうという。
さらにゾウの最高速度は時速30kmに達し、臆病な性格も興奮剤さえ使えば一心不乱に敵陣に突撃する恐怖の巨躯となるのだ。
それゆえに大砲などの強力な火器が登場するまでは戦場を直進的にしか進めないとは言え、縦横無尽に我が物顔で蹂躙できたのだ。
そんなゾウ科の外見をした、魔獣が小高い丘の下を悠々と歩いている。
地球のマンモスの5メートルなんて比ではない。10メートルはあろうかという規模だ。
「マンモスって言いたくなる気持ちはわかるっすよ! 実際、似たようなものっていうか地球のゾウ科じゃないっすけどゾウ科でしょう」
緊張の面持ちで言うタクヤの言葉は説明になっていなかったが言いたいことは伝わった。
異世界ゆえにゾウ科という言葉はないし遺伝的繋がりはないが似たカテゴリーになるのだろう。
「あれはトリゴンベヒモス。この一帯で最も危険な魔獣っす」
「……だろうな」
確かに、今見る限りは1匹しかいないが、あんなものの群れに集落が襲われたらひとたまりもないだろう。
為す術なく蹂躙されるだけだ。
「ただ、トリゴンベヒモスは危険な分、狩れれば貴重な資源になるっす」
緊張しながらもタクヤはニヤリと笑う。
それはそうだろう。あれだけの巨体、狩れればかなりの量の肉が手に入る。
それにあの体毛、防寒具なんかを作るには打って付けだし、量も多い。
そして象牙、あれが漢方薬として使われるのか調度品として加工されるかはわからないが、かなり高価なものができあがるだろう。
他にも骨やら何やらも使用用途はいくらでもある。
まさに宝の山だ。
恐ろしい相手ではあるが、見つけた以上は狩れる状態であるなら見逃す選択肢はない。
「じゃあ、あれを狩るのか?」
「他に選択肢はあるっすか?」
タクヤの返答にまぁ、そうだよなと頷く。
こういった狩りの連発の果てにマンモスは絶滅したのだろうか? とフミコよりもさらに遠い過去に消え去った動物に思いを馳せながら、銅矛を持つ手に力を入れる。
「で? どうやって狩るんだ?」
「そうっすね……方法は色々あるんすけど」
言ってタクヤがアドラを呼ぶ。
アドラはフミコと緊張感なくお喋りしていたがタクヤに呼ばれてウキウキでこちらにやってきた。
「何何?」
「大物っすよ!」
「うわぁー! ほんとだトリゴンベヒモスだー!」
アドラは丘の下の雪原を歩くトリゴンベヒモスを見て目を輝かせる。
そんなアドラにタクヤが指示を出す。
「前に試した方法で行くっすよ!」
「おっけー! 任せといて!! タクにカッコイイとこ見せるからね!」
アドラは笑顔で答えると他の面々へと伝えに走って行った。
それと入れ違いでフミコがやってくる。
「なんか大物でもいたの?」
「あぁ、トリゴンベヒモスっていうマンモスもどきの魔獣だってさ」
「マンモス?」
「あぁ、フミコにはわからないか……」
日本にも当然ナウマンゾウやムカシマンモス、ケナガマンモスが生息していたが弥生時代には当然どれも絶滅している。
フミコが知っているはずがない。
「とにかくでかい魔獣だよ。今からそれを狩るんだと」
「へぇ……それでアドラご機嫌だったんだ」
「まぁ、この極寒の世界じゃ最上級の獲物だろうしな」
「確かに……デカいね。何あれ?」
そんなフミコとの会話を聞いていたタクヤが疑問を投げかける。
「そう言えば結局お二人の事はほとんど聞けてないっすけど、カイトさんと同じくフミコさんも日本出身なんすよね? それにしては知識が今ひとつ追いついてないような気がするんすけど?」
タクヤの言葉にそれはフミコをバカにしてるのか? と言いそうになるが仕方ないだろう。
防寒具のおかげでフミコはいつもの弥生時代の巫女姫全快の服装ではない。
だから同じ日本人でも現代知識やらに欠けてるフミコは知識が欠落してるように見えるのだ。
「まぁ、そう思うのも無理はないよ。フミコは確かに同じ日本人だが時代が違うんだ」
「へ? 時代が?」
「あぁ、フミコの生きていた時代は弥生時代だからな」
「や……弥生時代!?」
タクヤは驚きのあまり思わず大きな声を上げてしまい、慌てて口を押えて身を隠す。
ゾウ科は大きな耳のおかけでとても耳が良い。
彼らは独自の低周波も使って10キロ離れた仲間とも会話できるという。
さらに大きな足の裏で色々な情報を感じ取れることから奇襲をかける場合は慎重にならなければいけないのだ。
それゆえに、さきほどの大声はどう考えてもこちらの存在をバラしてしまったに違いない。
タクヤがそーっと顔を出して雪原を覗き込む。
自分も気になったので覗いてみると、トリゴンベヒモスが動きを止め顔をこちらに向けていた。
どう考えてもバレている。
トリゴンベヒモスが長い鼻を前に振り上げ口を開き、獰猛な雄叫びを上げた。
更に後ろ足2本で一瞬立つと前足2本を力強く地面に叩きつけ大きな地響きを轟かせる。
まさにトリゴンベヒモスが交戦状態に入った証だろう。
「あーくそ! 最悪っす! これじゃ奇襲できないっすよ!!」
「完全に待ち構えてる状態だもんな! これ正面突破できるのか?」
「まぁ、やるしかないっすね!!」
言ってタクヤは聖斧アジャールを引き抜くと大声で叫ぶ。
「みんな申し訳ないっす!! 作戦変更!! 足下から切り崩していくっすよ!!」
叫んでタクヤは一気に小高い丘を駆け下りていく。
そんなタクヤに続く形でこちらも丘を駆け下りる。
「しかし、あのマンモスやろう。パオーンって鳴くわけじゃないんだな?」
「そりゃゾウじゃないっすからね? あとフミコさんが弥生時代の人間って話、後で詳しく聞かせてくださいっすよ?」
「あぁ、そうだな! だが、今はマンモスやろうを狩るのが先だ!!」
「当然っす!!」
言ってタクヤはさらに駆けるスピードをあげると、途中で大きくジャンプする。
そして聖斧アジャールを大きく振りかぶり。
「これでもくらうっすよ!!」
その勢いのまま聖斧アジャールの刃でトリゴンベヒモスの顔を斬りつけた。
トリゴンベヒモスは悲鳴をあげて数歩後退する。
地面に着地するとタクヤは叫んだ。
「援護頼むっす!!」
するとどこからかアドラが姿を現し聖杖ドルゴナグをくるくると振るってトリゴンベヒモスへと杖先を向ける。
「タク任せて!! タクの道はアドラが切り開くよ!!」
直後、聖杖ドルゴナグの杖先に虹色の光が現われる。
虹色の光は鏃の形となって増殖、それらが一気にトリゴンベヒモスへと襲いかかる。
しかしトリゴンベヒモスはそれらを長い牙と長い鼻を振るってたたき落とす。
直後、トリゴンベヒモスの背後に聖剣を持った少年が現われ、風を纏った聖剣を振るってトリゴンベヒモスの後ろ足を斬りつける。
ゾウ科の弱点は足下だ。固い皮膚を攻撃してもはじき返されるのが関の山、さらに剛毛をはやすマンモスもどきなら尚更弱点以外への攻撃は無駄だろう。
さらに横脇から聖槍を携えた少年が強力な紫電迸る突きを後ろ足に放ち、別の場所からは聖弓を構えた少女が炎の矢を放つ。
さらに水を纏わせた聖鎌で老人が前足を切り裂くと、アドラが再び聖杖ドルゴナグを頭上に掲げる。
「はぁぁ!!! これだけあれば十分でしょ!!」
叫ぶとトリゴンベヒモスの足下の雪が一気に蒸発し、泥だらけの地面が現われになる。
その地面に虹色に輝く紋章が浮かび上がり、虹色の無数の刃が紋章の中に出現する。
それらの刃はすべてトリゴンベヒモスの4本の足へと殺到し切り裂いていく。
この連続した足への集中攻撃にたまらずトリゴンベヒモスは悲鳴をあげて倒れ込んでしまう。
そんなトリゴンベヒモスにトドメを刺すべくタクヤが聖斧アジャールを大きく振り上げ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その両刃に雪原の下に隠れていた周囲の岩を引き寄せ、集めて行く。
やがて斧というより巨大な岩石の塊のハンマーか、もしくは巨人の拳のようになったそれを倒れたトリゴンベヒモスへと振り下ろした。
「くらいやがれっす!! 岩塊斬!!」
振り下ろされた巨大な岩石の塊は容赦なくトリゴンベヒモスの頭に死の打撃を与え、10メートルはあろうかという巨体はそのまま生命活動を停止した。
「ふぅ……終わったっすね!」
タクヤは刃から岩石が飛び散って元に戻った聖斧アジャールを地面に突き立てると額の汗を拭った。
直後、アドラが笑顔でタクヤに抱きつき、そのまま雪原に2人して倒れる。
そんな様子をようやく丘から駆け下りてきたフミコと共に眺めて2人してため息をつく。
「これ俺らも必死で駆け下りてきた意味あった?」
「……そうだよね。なんだが出遅れた感というか、何もしてなくて申し訳ない気持ちっていうか……」
フミコの言葉に賛同して頷く。
ほんと、タクヤたちに任せて丘の上にいて良かった気がする。
フミコから借りた銅矛を握りしめながら、なんだが複雑な感情がこみ上げてきた。
だが、一様は遺跡にたどり着く前にタクヤの能力、聖斧アジャールの地属性の力は見れた。
つまり、今この瞬間にでもアビリティーユニットとアビリティーチェッカーを取り出せばタクヤの能力を奪うことができる。
(どうする……? このままここで決めるか? それとも遺跡まで付き合うか?)
楽な道を選ぶなら今しかないだろう。タクヤが戦闘が終わって完全に油断している今が。
だが、それでいいのか?
他にタクヤの仲間がまだ戦闘可能な状況で?
とはいえ、さきほどの戦闘を見るに、連携での討伐だったがタクヤの戦闘力はそれなりと見ていいだろう。
だとすれば面と向かって事情を話した後でやりあって勝てるのか?
そう悩んでいると、地響きがした。
その事にタクヤとアドラ、その他の面々も緊張の面持ちとなる。
見れば雪原の向こうから数匹からなるトリゴンベヒモスの群れがこちらに向かってきていた。
ゾウは人間には聞こえない独自の低周波で10キロ先の仲間と会話できるというが、トリゴンベヒモスも似たような事ができるのだろう。
きっと仲間に助けを求めたのだ。
救援は間に合わなかったが、だからと言って仲間の仇を見逃すとは思えない。
トリゴンベヒモスの生態についてはわからないが、そこまで甘くはないだろう。
「さて、どうするタクヤ?」
迫り来る巨体の群れを前に、タクヤは立ち上がって聖斧アジャールを構える。
「どうするも何も、やるしかないっすね!」
タクヤの言葉にアドラをはじめとした他の面々も聖具を構えてトリゴンベヒモスの群れを迎え撃つのだった。




