占星術の世界(4)
「それは?」
ケティーが見せてきたカード、その表面に書かれた『特別優遇証』という文字から、そのカードが何であるか、ある程度の予想はできるが、それでも一様尋ねてみる。
するとケティーはドヤ顔で。
「ふっふっふ、聞いて驚け! これは連合都市アルトゥールの中枢に面倒な手続きなくアクセスできる権限を持った夢のようなカードなのだ!!」
そう言い放ち、まるで水戸黄門における「静まれ、静まれ! この印籠が目に入らぬか!!」と悪代官に印籠を見せつける助さん、格さんのようにカードをこちらに見せてきた。
うん、まぁそんなところだろうとは思ったよ。
あまりの予想通りの答えに微妙な反応を示しているとケティーがむすっとした表情になって抗議してきた。
「ちょっと川畑くん? 反応薄いんだけど?」
そんなケティーに苦笑いを浮かべ。
「まぁ、そんなところだろうなとは思ったし……」
そう口にしてから。
「それに商売するのにうま味がないと言ってたけど、それにしては戸籍の事を解消できそうなものを所持してるあたり、一度はこの世界でガッツリ商売しようと試みたんだろ? だからそんなカード持ってるんじゃないのか?」
そう尋ねてみる。
これにケティーはやれやれといった仕草を見せると。
「死にゆく世界での商売なんかに興味はないよ。ただ、本当にこの世界にうま味はないのか? それを確認するために中枢に潜る必要があっただけ、それだけだよ」
そう言ってカードをこちらに渡してきた。
「はい、これで連合都市アルトゥールのどこでも入りたい放題! 役人への根回しも必要なくなるよ! ふふん、こんな夢のようなアイテムを提供する私に感謝する事ね!」
「あぁ、ありがとう! 大事に使わせてもらうよ」
得意げに言うケティーからカードを受け取るが、しかし次の瞬間。
「それじゃお礼に今度デートしてもらおうかな? というか、前回のお礼のデートもまだなんだし、これは泊りがけの連泊デートプランが必要だね!」
そんな事を言い出した。
おいおい、なんちゅう事言い出すんじゃい、この子は!?
思わずフミコのほうに視線を向けると、案の定殺気に満ちた禍々しいオーラを放ちだす。
こ、こいつはまずいですよ! そう思った直後、空気を察したケティーがため息をつくと、珍しくフミコを煽る事はせず。
「もしくはデ〇ズニーランドの年間パスの金額あたりを徴収しようかな?」
などと言い出した。
これには思わず。
「金取るんかい!」
とツッコんでしまったが、ケティーはその反応を見て笑い。
「うそうそ! タダでいいよ! どうせこの先、この世界で商売をする事は絶対にないしね。死にゆく世界の中枢に入れるカードなんて持ってても意味ないし。だからそれは川畑くんにあげる。まぁ、この世界を去ったらもう必要なくなる代物だけどね」
そう言って話題を打ち切った。
ケティーがこの後デートの話題を持ち出す事はなかったので、フミコとケィーの再びの喧嘩は回避されたのだが、しかし引っかかる事がひとつあった。それは……
(戸籍データで全人類が管理されている世界なのに、戸籍がない自分がこのカードひとつで中枢に潜り込めるとはいったいどういう事だろう? 本当にトラブルなく事を進められるのか?)
そう疑問に感じたのでケティーに尋ねてみた。
「なぁケティー、それでこのカードは結局どういうものなんだ?」
するとケティーは。
「うーん、そうだなぁ……何事にも例外はあるって事かな?」
そう口にした。
「は? どういう事だ?」
「この世界は占星術で全人類の行動を統制管理してる。そうしなければ残り少ない限られた資源を平等に分配できないからね。そうしてレーニンやスターリン、毛沢東もビックリな社会体制ができあがったわけだけど……でもね、全人類を完全に統制管理なんてできるわけないんだよ。絶対に一部の人間は隠れてやましい事をする。まぁ、人間は煩悩の塊みたいな生き物だしね?」
そうあきれ顔で言うケティーはある言葉を口にした。
「管理外人類……通称エイリアン」
「エイリアン……」
「そう、ある意味でこの世界にとって最も忌むべき存在かもね? 何せ、残り少ない資源を戸籍データを元に全人類に平等に分配するのを阻害してるんだから」
「……貯蔵してある資源は戸籍データをもとに分配される。けど、戸籍データにはない人類がもっといるとなれば、彼らにも資源を分配すると残り少ない資源がさらに減る。そりゃ戸籍データで管理されてる人間からすればたまったものじゃないよな? それに一部の人間がやましい事って言ったが、それって」
これにケティーが頷き答える。
「えぇ、隠し子だね。それも、都市のインフラ機能を維持する役職などに就いてる、ある意味で一般市民よりも権力がある者が占星術での統制管理から外れて、権力を振りかざして勝手に増やしてる」
「やっぱりか……」
それを聞いて思わずため息をついてしまった。
うん、どの世界でもスケベな役人はスケベなようだ。それはまもなく終焉を迎える滅亡寸前の世界でも変わらないらしい。
反抗できない、弱い市民を捕まえて強姦を繰り返し、その結果認知していない子供が増えるというわけだ。
そして、そんな認知されない子供たちは資源が残り少ない、この死にゆく世界では受け入れられる事はない。
生まれた子供を認知すれば、それだけ全人類に分配される資源も減るのだ。
それは資源の枯渇日を早める事を意味する。
絶対に誰も許可しないだろう。
ゆえに認知されない子供達は都市の外に捨てられるか、都市の地下に押し込まれて隠されるかという末路を辿る。
そこまで新生児が邪魔なら殺せばいいという考え方もあるが、下手に殺せば死体の処理など多くの労力がかかり、占星術で行動を統制管理されたこの世界では中々に厳しいのだという。
用は犯罪の足跡を多く残してしまうという事だろう。そしてその後処理には必ず資源を消費する。
その点、都市の外に捨てれば、後は野獣が処理してくれるし、地下に押し込めて隠せば表ざたになる事はないというわけだ。
何とも酷い話ではあるが、まだ地下に隠して生かしてくれているだけましなのかもしれない。
そんな彼らの食料は、恐らくは無理矢理産ませた母親に分配される食料をさらに分配しているのだろう。
都市としても戸籍データに登録されている市民に必要な分の分配はおこなっているのだ。
その分配された食料をその後、彼らがどうするかは都市の関与するところではない。
たとえ占星術による行動管理で「これだけ食べなさい」となっていても、その半分しか食べていなかったからといって、それを追求する事を都市はしないのだ。
終末を迎えた世界とはこういうものなのだろう。
分配された量よりも少ない量しか食べていなかったら、栄養失調で倒れる日も早まるだろう。
しかし、誰かが死ねば、その分残った市民に分配される量は増えるのだ。
それはむしろ喜ばしい事、そういう思考回路になっているのだ。
だからエイリアンの存在をどうにかしようとする市民はまずいない。
エイリアンとその母が共に死んでくれれば自分が長生きする可能性が増えるのだから……
とはいえ、無鉄砲な市民や役職の低い者が生み出してしまったエイリアンは都市の外に捨てられて、その後どうなるかは知った事ではないが、都市の地下に押し込められたエイリアンに関してはあまり無下にできない事情があるという。
それは、リスクを冒してでも都市内に隠してしまうほどにエイリアンを生み出した役人がそのエイリアンに情が湧いてしまったのか、それとも強姦して無理矢理孕ませた母親のほうがお気に入りだったから母子ともに囲い込むのか……
何にせよ周囲がそれに気づいても指摘したり、通報できないほどにその役人の地位が高い場合が多いのだ。
とはいえ、大抵は地下に押し込められるという劣悪な環境の中で母子ともに命を落とし、長生きなどできないのだが、中には例外的に長生きし、父親たる役人をサポートするエイリアンも数名ほどいる。
そんな彼らはしかし、エイリアンである事に変わりはなく戸籍データは当然持ってはいない。
『特別優遇証』とは、そんな彼らに例外的に戸籍データ持ちと同じ権限と権利を与える代物なのだ。
「はぁ……確かにあまり持ってて気持ちのいいものじゃないな。この世界が片付いたらさっさと捨てよう」
まったくケティーは、そんなこの死にゆく世界の闇ともいうべき代物をどうやって手に入れたのだろうか?
そう思いながらも、この事に関してはこれ以上はあまり深く突っ込まない事にした。
うん、これ以上聞くともっととんでもない話が飛び出してきそうだ。さすがにこれ以上はキャパオーバーである。
なので別の話題に切り替える。
「そういや、ケティーが商談に行った後は俺とフミコだけになるけど、追加でもうひとり増やせないか今試してみるかな?」
そう軽い感じでつぶやくと、これにフミコが即座に反応した。
「か、かい君!? あたしだけじゃ不満なの!? あたしはむしろこれ以上かい君との時間を誰かに邪魔されたくないんだけど!?」
これにケティーが口元を押さえてププーと笑いながら。
「まぁ、フミコだけだと確かに心配だよね? 川畑くんの懸念もわかるよ。うんうん」
そんな事を言い出したものだからフミコが「あ?」と即座に反応した。
だから君たち、すぐに喧嘩するのやめなさいって……
「いや、別にフミコが頼りないとかそういうのじゃないんだ。何かあった時に仲間は多い方がいいだろ? 前の世界でもヤーグベルトなんてクソヤバい奴相手に俺とハンスの二人だけで戦うはめになったし、マリとの戦闘だって、俺とフミコ以外にもう一人いたらもっとスムーズに事を進められてたかもしれないしな」
そう言って右手の人差し指に嵌めてある指輪を見る。
その指輪は相互再帰の指輪。
海賊団ブラックサムズのリーダーであるフレデリカを召喚できるマジックアイテムだ。
とはいえ、それはあくまであの世界にいた場合の話だ。
今のように別の世界にいた場合でもフレデリカを呼び出せるのかは未知数である。
果たして違う世界にいても彼女を呼び出せるのか?
この指輪をもらった時にフレデリカに聞いた時は「そんなの試した事がないから知るか!」と爆笑されたが、それを今検証してもいいかもしれない。
そんな自分の考えをフミコとケティーは察したのか、ふたりして。
「「それは使っちゃダメー!!」」
と止めてきた。
その圧に押されて思わず。
「お、おう? わかった。これは使うのはやめとくよ」
そう口にしてしまった。
まぁ、別の世界にもフレデリカを呼び出せるのか? の実験はまた別の機会にするとしよう。
しかし、そうなるとケティーの力を借りずに仲間を増やす方法はと言えば。
「召喚……そうだな、召喚で仲間を呼び出せるか試してみるか」
召喚。元はヨハンの能力であるが、自分は銃火器や乗り物などの装備品ばかりを召喚していたが、本来の使用者であるヨハンは魔物を中心に召喚していた。
魔物が呼び出せるのであれば仲間を呼び出せてもおかしくはないだろう。そう思いギルドメンバーの誰かを召喚してみる事にした。
(とはいえ、今日はみんなギルドの仕事に行ってるんだよな……だから自分とフミコ、ケティーだけで今ここにいるわけだし。なのに呼び出して大丈夫か?)
そう考え、仕事じゃないメンバーを呼び出す事にする。
そうなると学術ギルド<アカデミー>の学力試験を受けているリーナとエマ、そしてエマが試験を抜け出してサボらないか監視しているヨハンという事になるが……
(まぁ、エマとヨハンのふたりは今はそっとしておいてやるべきなんだろうな。だとしたら召喚するのはリーナちゃん……試験中だったら申し訳ないけど、まぁ呼び出せる事だけわかればすぐに試験会場に戻せばいいわけだし)
そう思ってから右手を前に突き出し、そして叫んだ。
「召喚……こい! リーナ=ギル=ドルクジルヴァニア!」
直後、突き出した右手の先に魔法陣が浮かび上がり、その中から一人の人物が飛び出してきた。
それを見て仲間の召喚に成功したと確信したが、しかしすぐにその考えを否定する。
「は?」
「へ?」
「え?」
魔法陣から飛び出してきた、召喚された自分を見て、自分だけじゃなく、フミコやケティーも驚きのあまり、目を丸くしてしまう。
そんな驚く3人の目の前で、召喚されたその人物はキョロキョロと周囲を見回す。
どうやら召喚されたその人物は自分の身に何が起こったのか理解できていないようだった。
「え? え? 何何? これどういう事なん? マジ超意味わかんなんだけど? あーし、一体どうしちゃったわけ?」
そう言って困惑するその召喚された人物は明らかにリーナではなかった。
そう、まず年齢が違う。
幼いリーナと違い、その人物は自分たちと同い年のように思えた。
そして何より体つきがまったく違う。何というか、出るとこは出るというスタイル抜群な見た目であった。
そして巨乳、その上露出の高い衣服を着こんでいる。
うん、こんな服、リーナちゃんが着るわけないよな! というか着させねーよ!! あの子にはちゃんとした服装でいてほしいのだ。
まぁ、ちゃんとした服装ってなんだ? って問われると答えられないんだが……
というか、どこかしら全体的にギャルっぽさを感じるのだが、この子は一体?
そう思っていると、フミコとケティーがものすごい形相でこちらを睨んできた。
「かい君? 誰こいつ?」
「川畑くん? 説明してもらえるかな?」
「いやいやいや! 知らないよ!! 俺にだって何が何やらさっぱりなんだけど?」
そんなふたりの圧に押されていると、こちらの会話を聞いて自分たちの存在に気付いた召喚された子が、こちらへと振り返り。
「え? その声ってマスターにフミコお姉ちゃん? それにケティーお姉ちゃんも? え? 何何? てかマスターたち何か若くない?」
驚いた表情でそんな事を言い出した。
「は? ちょっと待て今なんて!?」
召喚された子のその言葉に驚き、そして。
「というか、君は誰だ?」
そう尋ねると、召喚された子は。
「あれ? これってまさかあの時の?」
そう呟いて何かに気付いたようだ。
「そうだ! 絶対そうじゃん!! え、マジヤバい! ついにこの時が来たんだ!! 超感激なんだけど!!」
そしてニヤリと妖艶に笑うと。
「あーし? あーしはリーナですよ、マスター!」
そう名乗ったのだった。




