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旅の始まり(3)

 「神だと? 気でも狂ったか爺さん」

 「言いおるの貴様、しかしこの状況を見てもまだそう思うかの?」


 神を自称する老人の言葉に押し黙るしかなかった。

 確かに老人以外の時間が止まっている今の状況は常識の範疇を超えている。

 しかし、常識なんてものは2日前にすでに平穏な日常と共に瓦解している。

 何が起こっても不思議ではない。


 「もし自分が神だって言うなら神様らしくあの巨大な怪獣をなんとかしてくれよ。こんな状況で神頼みが聞けないっていうなら誰も神を信仰しないぞ? あとあんたが時間を止めて俺にだけ語りかけてるっていうならまずは地面に下ろしてくれないか?」

 「ほっほっほ! 言われてみればそうじゃな! まずは地面に下ろしてやらないとな! それ」


 神を自称する老人は軽い口調で笑いながら人差し指をこちらに向けてくる。すると急に体が動くようになり、そのまま地面へと落下した。


 「うお!? 痛ってー」

 「受け身くらいちゃんと取らんと怪我するぞ?」

 「すでにあばらが何本か折れてそうな気がするが……あれ? なんともない」


 小さい女の子をかばって怪物に殴られた時点で骨が砕けたようにも思えたが体中を触って見てもなんともなかった。

 そんな困惑する様子を見て神を自称する老人は愉快そうに笑った。


 「ほっほっほ! 怪我なら治しといてやったわい、どれ信じるようになったかの?」

 「……にわかには信じられないが、体がなんともないことは事実のようだな」

 「なんじゃいその言い草は? 神に感謝せんとは無礼な奴じゃまったく。まぁ信仰心の少ないこの国じゃ仕方ないかの。」

 「………で? その神様が一体何の用だ? 俺みたいな信仰心のない人間を助ける前にこの今の地球の状況をなんとかするのが先じゃないのか?」


 そう、神だと言うならこんな地獄のような光景をなんとかするのが神じゃないのか?

 それこそ信仰心の強い国や地域やらが祈ってるんじゃないのか?

 自分よりももっと熱心な信者を救うべきじゃないのか?

 信じる者は救われるって言葉がでたらめになるぞ?

 だが、神を自称する老人はそんな事は気にしていないようだ。


 「すべての人間を救うことは不可能じゃ。それにすべての人間の祈りを聞くことも叶えることもな」

 「神が聞いて呆れるな」

 「仕方ないじゃろ? 誰かの幸福は誰かの不幸じゃ……全人類の願いを叶え全人類を幸せにするとは、行為そのものが矛盾するものじゃ」

 「そうかい、ならせめて()()()()をなんとかしてくれよ。それくらいならできるだろ? 神を自称するならな」


 ここからは見ることはできない、()()()()()()()()()()()()()()()()を指して言ったが神は首を横に振った。


 「()()をどうにかすることはできん」

 「おいおい、神を自称しといてそれはないだろ? この世のすべては神が創作したものなんじゃないのか?」

 「何か色々と勘違いしとるようじゃが……そうじゃなまずは()()について話すか」


 神を自称する老人はアタッシュケースを持っていないほうので白髭をいじりながら少し考え込むような仕草をした。


 「しかし、どう説明すればよいかの」

 「そんな悩むようなほどややこしいものなのか、()()は?」

 「ふむ、そうじゃな……まずは()()の名前じゃが、()()の名はジムクベルト。簡単に言えば次元の狭間に漂う獣……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ」

 「………は? 神ですら殺せない高次元の存在?」


 何を言い出すかと思えば、()()は神をも超越した存在だと言う。

 この神を自称する老人は適当なこと言ってるのではないかと思ったが、続けて老人はこんなことを投げかけてきた。


 「そもそも、この世界は……この宇宙は一体どうやってできたと思う?」

 「は? 一体何を言い出して」

 「考えたこともないかの?」

 「そりゃビッグバンか何かで何百憶年か前に出来たんじゃないのか?」

 「ビッグバン説か……地球人類の大多数が考える定説じゃな」

 「……違うのかよ?」

 「現時点での地球文明の知識レベルと技術力で推し量るならその仮説にたどり着くのは至極全うと言ったところじゃが」

 「なんかそこはかとなくバカにしてないか?」

 「では聞くがビッグバン説の言うところは何もない何も起こらない無の空間にあった圧縮されたエネルギーがある日インフレーション期と呼ばれる膨張を起こし物質と光が誕生したとしている。本当にそうだと思うか?」

 「科学者でも何でもない、ただの高校生に聞かれても困る。知識もないんだ、わかるか」

 「確かにそうだな、では切り口を変えよう。どうして何もない何も起こらない無の空間に宇宙の素になる圧縮されたエネルギーがあるんだ? そしてなぜそれが突如膨張した?」

 「いや、だからわからんて……俺一様文系だし理系はさっぱりなんだ」


 小学生の時から理科が苦手だった自分にとっては尚更だ。

 それを聞いた神を自称する老人は呆れた表情になった。


 「理系文系の問題ではなく探究心の問題だと思うがね……とにかくこの理屈でいけばビッグバン以前のことは説明できない、まぁ説明はできるが素粒子がプラスとマイナスを繰り替えし時間という概念は……と貴様が言うところの理系の難しい話になるわの」

 「なら俺には理解できんぞ」

 「まぁ、要するにざっくり説明すると貴様でもわかる単語でゆるーく説明するとだな、ビッグバンが起こる以前の圧縮されたエネルギーはブラックホールの中で圧縮されてたわけだ。貴様らの解釈ではブラックホールの特異点で重力は無限の密度を持つんじゃろ? これはアインシュタインの提唱じゃったかの?」

 「へぇーそーなの?」

 「それも知らんのかい」

 「いや、理系苦手マンに言われても……」

 「話が進まんの……要するに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということじゃ」

 「それって……」

 「早い話が大きな宇宙の中で生まれた小さな宇宙といったところかの? そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 「まさか、その中でも宇宙が誕生してる?」

 「そう、そうやってどこまでも果てがなく宇宙は、世界は生まれていく」


 気が遠くなる話だ。

 この宇宙はどこかの宇宙のブラックホールの中で生まれ、そのどこかの宇宙もまたどこかのブラックホールの中で生まれたもの……

 ではその始まりは一体どこなんだろうか?

 また自分たちの宇宙の中のブラックホールの中にもある宇宙の中にもさらにブラックホールがあり……まるで終わりが見えない。

 天井がなければ床もない、想像が追いつかないスケールの話だ。

 例えるなら合わせ鏡を覗き込んでその果てを見ようとするようなものだ。


 「じゃあ、あんたが言う高次元の存在って」

 「この宇宙よりもっと上の宇宙の存在と捉えてもらって結構じゃ」

 「もっと上の宇宙か……そしてその事実を把握して、更にブラックホールに入り下の宇宙に行くことができると……なら確かに地球人類からすればそれは神に等しい存在だわな」

 「ようやく信じるようになったかの?」

 「神と認めたわけじゃないがな」

 「ま、そこのところは実際どうでもよいがの」

 「いいのかよ」


 信仰心がないだの言ってた割には何だこの爺さん。

 だが、今の話を信じるなら知識などは地球人を超越してるだろうが地球人類が考えるところの創造主たる神ではないだろう。

 宗教の言うところの神は人類を創りだした存在なのだから。


 「神とは都合の良い言葉じゃ、実際この世界の文明レベルが気づいてないだけで知識があれば下の生まれたての宇宙に介入して、生命の起源たる原子を意図的に一カ所に集めて生命が芽吹く惑星を生み出すことも可能。いくらでも神になることができる」

 「理論上はそうだろうが、それが簡単にできたら苦労しないだろ」

 「まぁデジタル世界の創造止まりではそうだろう。コンピューター上のデジタルデータのシミュレーターでさえ満足に扱えないようではな……話が逸れたな、要するに()()はわしの宇宙よりもより上の宇宙の存在なのじゃ」


 神を自称する老人はそこで一旦言葉を句切った。

 こちらに考えをまとめさせるためだろう。

 地球が存在する宇宙より上の宇宙、高次元とも表現していたが。

 そこの存在である神を自称する老人は地球に出現するあれはさらに高次元の存在であると言う。

 そして神を自称する老人には倒せない。


 これがより高次元の存在であるからなのか、地球人類が知識で劣っているのと同じくこの老人とその世界の存在がより高次元の存在に対抗する知識がないからなのかはわからない。

 どちらにしろ、この神を自称するこの宇宙よりも上の宇宙の存在という老人はジムクベルトというらしい()()に対抗する手段を持ち合わせていないようだ。


 「結局お手上げってわけだな……()()を……ジムクベルトを倒す術はないと」


 勿体ぶって出てきた割には、俺なんかにそんな話をして一体何がしたかったんだこの爺さんは。

 そう思ったが、神を自称する老人はアタッシュケースを持ってない手で白髭を弄りながらニターと気味の悪い笑みを浮かべる。


 「いや、手がないわけじゃないぞ?」

 「は?」

 「手がないならわざわざここまで来ることもなかろう」

 「それを先に言えよ」

 「まずは説明せんとじゃろ? まだ説明は終わっとらんが……手っ取り早く言えばジムクベルトを倒すことはできんが追い出すことはできる。そしてそのために必要なことを貴様にやってもらう。そのためにわしは来たんじゃ」


 神を自称する老人はアタッシュケースを俺の目の前に突き出した。


 「貴様がこの世界を救うのだ」


 そう言って老人は不適に笑った。

 その笑みはとても人類を救おうという慈悲深い神様のものとは思えない、かけ離れていたものだった。

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