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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
6章:極寒の異世界

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極寒の異世界(5)

 翌朝、目覚めるとすでに住人の多くは狩りへ出向くための準備をしていた。

 そんな光景を目をこすりながら見て、氷の家の驚くほどの暖かさと快適な寝心地に日本でも北海道や東北、信州などでかまくらで作ったホテルがあったのを思い出す。

 あれも思いの他暖かく寝心地がいいと評判らしいから、雪国では木や石や鉄骨で一軒家を作るよりこのスタイルが本当にあってるのだなと関心する。


 そうして借りた寝床を片付けていると別の部屋で寝ていたフミコとアドラがやってきた。


 「かい君おはよう!!」

 「おはようフミコ、よく眠れた……かと聞くのはヤボだな?」


 そう言ってフミコに呆れた顔を向ける。

 当の本人はあくびをしながら、目をごしごしと擦ってアドラと一緒に目の下にクマを作って眠たそうにしている。

 2人は昨日のご飯の時から仲良くずっと喋っていた。

 そのまま寝床に行っても眠らずに一晩中ガールズトークを繰り広げていたのだろう……

 随分仲良くなったものだ。


 「で、何か聞き出せたか?」


 小声で聞くとフミコは「ん?」という表情を見せた。

 あ、この反応はダメだこりゃ……


 「もしかして、一晩中楽しくお喋りしてただけなのか?」

 「えーっと、そんな事ないよ? アドラから色々聞けたよ? 2人の出会いとか、どこ出掛けたとか……」


 フミコが視線を宙に泳がせながら言った。

 いや、それをお喋りしてただけと言うのだが?

 予想通りガールズトークで盛り上がっただけで収穫なしか……


 まぁ、これは仕方がない。

 フミコに何か聞き出せないか? と頼んだわけではないし、自分だって昨夜はタクヤから肝心の能力については聞き出せなかった。


 だからフミコが悪いというわけではないが、一応は釘を刺しておく。


 「あのなフミコ。別に何か収穫を必ず持って来いとは言わないけどさ、俺らは異世界に遊びに来たり観光しに来たり、友達作りに来てるわけじゃないんだから、そこんところ理解しといてくれないと次から留守番しといてもらうよ?」


 そう言うとフミコが慌てた表情となる。


 「そ、それは嫌だよ!!」

 「だったら少しは気を引き締めてくれよ? それにあまり現地の人間と仲良くしすぎるのは良くない。後で辛くなるだけだぞ?」


 言って思い出す。

 最初の異世界でのラーゼの言葉を……


 「よくも! よくも! よくも! よくも!!! よくも私の大事な人を!! 私が世界で一番大事にしていたものを奪ってくれたな!! 絶対に許さない!!」


 思い出す。

 ラーゼの怒りと憎しみと悲しみでグチャグチャになったあの顔を。


 「嫌だ!! お願いだから奪わないで!! 私の大切な気持ちを!! 奪わないでよ!!!!」


 思い出す。

 泣き崩れて悲痛な叫びをあげた姿を。


 それだけじゃない……

 2つ目の異世界での雑貨店の常連客の女の子に3つ目の異世界での店で働く現地民の女給……


 彼女たちの反応を見て理路整然としていられる方がおかしいだろう。

 仲良くなったら尚更、必ず訪れるその反応に心が耐えられなくなる。


 だから、異世界渡航者があまり異世界で交流を持つのはおすすめできないのだ。


 「わかってるよ……」


 フミコはどこか寂しそうな表情で言った。

 まだフミコはそういった反応を向けられることを経験していない。

 話だけでは実感できない事もある。


 さて、どうしたものかな? と悩んでいるとタクヤが爽やかな笑顔でこちらへとやってくる。


 「おはようっす! グッスリ眠れたっすか?」

 「あぁ、おかげさまでな。女子組は違うみたいだが……」

 「あはは……みたいっすね?」


 タクヤが眠たそうなフミコとアドラを見て苦笑する。


 昨夜は遺跡の事とこの世界への関わりのことで少しタクヤを攻める形になってしまったため、最後は言葉を交さず眠りについたが、この様子だと昨夜の事で頭にきたとか怒ってるとか、そういうのはなさそうだ。


 良くも悪くも一晩寝ればさくっと忘れてケロっとできるタイプなのだろう。


 「ところでカイトさん達今日はどうするんすか? 自分らはこれから狩りに出掛けますけど」


 そう言うタクヤにあえて聞いてみる。


 「行くのは狩りだけなのか?」

 「そうっすよ?」

 「南の遺跡には行かないのか?」

 「ブッホッ!?」


 タクヤが思わず吹いたのでその反応を見て確信した。

 当然と言えば当然だが、昨夜の話で諦めるほど意思は弱くないようだ。

 今から行く狩りのついでなのか、狩りに行くフリをしてなのかわからないが、タクヤは南の遺跡に行くつもりなのだろう。


 「な、なんの事やら?」

 「……別に隠す事ないだろ? それに昨日は攻めたわけじゃない」

 「ならどうして」

 「どう思ってるのか、考えてるのか聞いてみたかっただけだ。別段糾弾しようとは思ってない」


 そう、この世界の事情に関わる気がない、関われない以上は南にある最後の遺跡を越えた先にある未来には興味がない。

 昨夜、南の遺跡を越えたその先の可能性に触れたのは、タクヤがどう考えてるかを探るためだ。

 犠牲者が多く出る未来を選ぶかもしれないから止めようという意図ではない。


 なので、後はどこまでが許容範囲なのか? を見極めなければならない。

 能力を奪うには能力を視る必要があるが、その能力を普段からほいほい披露してくれる者と、ここぞという時にしか見せない者もいる。


 後者の場合、それなりの舞台を用意する必要がある。

 今回の異世界に限って言えば、それが南の遺跡だろう。


 では、南の遺跡を転生者が攻略してしまった場合、それは次元の亀裂にどれだけ影響を及ぼすか?

 影響次第では南の遺跡に行くのを止めなければならない。


 その判断材料になり得るのが、この異世界の世界情勢とタクヤの考えだ。

 世界情勢に関していえば、ほとんど判断材料がない。

 何せ南の遺跡の先に関して何もわかっていないのだから……

 これに関してはケティーに多少なりとも聞いておいても良かったなと今にして思う。


 ならば後はタクヤの考えだ。

 タクヤは南の遺跡を抜けて南下すれば、地球と同じく豊かな大地に出会えると考えている。

 しかし、それは昨夜自分が指摘した通り、南下した先での戦争を招く恐れがあるだろう。


 とすれば、まだ南の遺跡の攻略までは許容範囲ではないか?

 そう判断した。


 わかりやすく考えると、タクヤをゲームなり漫画なりの主人公と考える。

 そしてタクヤのこれまでの経緯とこれから先の考えている事をフローチャートにしてみるのだ。


 そうすると、この極寒の地(始まりの地)で多くの遺跡を発見、攻略し南へ向かう遺跡への道を開いた。という展開は、南下して豊かな土地を得る。そのために戦争なり、交渉なりを南の土地の人間と行う。という展開に比べれば極めて序盤の展開だろう。


 ならば、まだ南の遺跡を攻略しても次元の亀裂にはさほど影響を与えないはずだ。

 故に、じっくり能力を観察しても損はないだろう。


 「で、今日どうするか何だけど。俺たちも狩りに同行しても構わないか?」

 「それは構わないっすけど」


 タクヤはそう言ってアドラの方を向くとアドラは目を輝かしてヤッター! と叫んでフミコに抱きついた。




 防寒具を着込んで外に出ると、昨日とは一変して天気は快晴だった。

 それ故に一面銀世界で日の光の照り返しが眩しい。

 サングラスがなければ目がやられていただろう。


 猛吹雪の中では集落の全体像がわからなかったが、今見ると雪の家の数がかなり多い。

 移動しながら狩りで生計を立てる民族故にそこまで人数は多くないと思っていたが、パッと見た限りでは小さな集落や村というよりは町レベルの規模はありそうだ。


 そんな中、自分とフミコの前にはタクヤとアドラの他に数人の若者が集まっていた。

 彼らはタクヤの狩りの仲間で遺跡探索のメンバーでもある。


 よく見れば、それぞれが豪華な装飾が施された槍なり剣なり弓なりを携えている。

 それらこそ、遺跡の最深部に納められていた聖具らしい。


 「聖具はそれぞれに特殊な力、まぁ言うなれば『魔法』が備わっていて、これを解放することで圧倒的な力を振るえるんす!」

 「でもアドラの杖が一番強いんだよ! なんか色々使えるし」

 「色々?」

 「そう! すごいんだから!」

 「アドラの聖杖ドルゴナグは他の聖具と違って属性が1つだけじゃないんすよね」

 「属性って……聖具はそれぞれ別々の属性が付与されてるってことか」

 「そうっす。でもアドラの聖杖ドルゴナグだけは特別ですべての属性が使えるんすよね……正直チートすぎてずるいっす」


 そう言うタクヤにアドラが抱きついて「そんな妬まなくても、アドラこの力はタクのために使うよ?」と言ってイチャつきだした。


 そんな2人を見て他の面子はまた始まったとばかりに冷めた目を向け、フミコだけが「さすがアドラ! ラブラブだね!」と盛り上がっている。


 うん、この感じで大丈夫なんだろうか?

 しかしアドラの杖がチートというからには、むしろその能力が欲しくなってくるのだが……

 ではチートでないならタクヤはどんな能力なのだろうか?

 そう思ってタクヤを見ると、タクヤは背中に背負っていた革のベルトを取り外す。


 「あ、自分の聖具はこれっす」


 そう言って背中から引き抜いたのは豪華な装飾が施された両刃斧、ダブルビットアックスだ。


 「聖斧アジャール。付与された属性は地。まぁ大地の加護ってところですかね?」


 そう言って重そうな両刃斧の聖斧アジャールを軽々と担いで肩に乗せ、タクヤは屈託のない笑みを浮かべた。




 狩りへはそれぞれのグループが担当する区域へと別々に向かう。

 自分たちのグループは当然ながら南へと向かうわけだが、狩り場までは大きなソリに乗って数十匹の犬に引いてもらって移動する。

 いわゆるイヌゾリだ。


 イヌゾリにも牽引する仕方で種類がいくつかあるが、ここの方法はファンタイプと呼ばれるもので、犬1頭ずつ直接ソリにリードを繋ぐ方法だ。

 この方法は地球ではカナダ北部のイヌイットの古い伝統的方式で、名前の由来は1頭ずつ個別に繋いでいるため、犬たちが広がって走れるため、その様子が扇のように見えることからファン(扇)と言われるようになったとか。


 そして、このファンタイプは犬2頭ずつを縦のラインでつなげるタンデムタイプと違って統制して走らせるわけではないので各々の能力を存分に発揮させ進むため、スピードは出るが細かい調整は技術がいる。

 そこはマッシャーと呼ばれる操縦者の腕次第なわけだが……


 「うほぉぉぉぉぉ!!!! やっぱイヌゾリ最高っす!!!」


 タクヤが叫んでソリを操縦していた。

 大丈夫かよ? と最初は思ったが、意外にも犬たちとも息ぴったりで軽快に進む。


 流れる景色とソリの軋む音、頬に当たる冷たい風、そして聞こえてくる犬たちの息づかい。

 どこか雪国のレジャー観光に来たような錯覚を覚えてしまう。

 いかんいかん! 本題を忘れてはならない! そう気を引き締める横ではフミコとアドラ、それと別の女の子の女子3人がキャッキャとガールズトークを展開していた。


 おい、こいつら……このゆるい感じで大丈夫なのか?

 何はともあれ、時折休憩を挟みながら、犬たちを休ませる名目で犬とじゃれ合いながら、一行は狩り場に到着する。


 「ソリはここまでっす!」

 「こいつらはどうするんだ?」


 ワンワン吠えて雪上で走り回っている犬たちを見てタクヤに聞くが、犬はここに繋いで置いて行くと言う。

 狩り場に出現するのは魔獣で犬たちでは太刀打ちできないのだとか。

 なので狩りが終わるまではここで待っていてもらうらしい。


 狩りが終われば再び戻ってきてイヌゾリで遺跡へ向かうという。

 まぁ、直接遺跡に向かえばいい気もするが、そこは建前上獲物は捕っておかないといけないらしい。


 「そういえば獲物って何狩るんだ?」


 聞きながらアノラックのポケットからアビリティーユニットを取り出す。

 そして、そういえば昨夜はタクヤの話を聞くだけでこっちの事は何も話してなかったなと思い出す。

 まぁ、そこらは能力をいざ奪うって時でいいだろう。

 そう思ってアビリティーユニットを手にして違和感に気付く。


 「ん?」


 なんだがグリップがひどく冷たい。

 そりゃ、こんな氷点下の世界なんだから当然だとも思うが、どうもそういったレベルではない気がする。


 「なんだ?」


 とりあえず動作確認しようとグリップのスイッチを押してレーザーの刃を出そうとした時だった。

 自分とフミコを除いた面々の雰囲気がガラっと変わる。


 「来たっすよ!」

 「へ? 何が?」

 「魔獣……獲物っすよ!」


 そう言ってタクヤたちの視線の先を見ると、白毛の大きなトラがいた。

 ホワイトタイガーかと思ったが、よく見れば口からサーベル状の長い牙が飛び出している。


 「あれは……ホワイトサーベルタイガー?」

 「まぁ、地球で考えたらそんなところっすね! マガムスイロドゥス。それが奴の名前っす!」


 そう言うとタクヤは聖斧アジャールを構える。

 他の面子もそれぞれ聖具を構えた。

 すると1匹のマガムスイロドゥスの後ろから数匹、群れをなすように姿を現す。

 それを見てタクヤが言った。


 「さぁ、狩りの時間っすよ!!」


 言われて、こちらも違和感はありながらも戦闘準備に入ろうとアビリティーユニットのボタンを押す。

 しかし……


 「ん? あれ……?」


 反応しない。


 「おかしいな? ん?」


 何度もボタンを押すがレーザーの刃が出ない。


 「おいおいおい、まさかこれ……故障した!?」


 思わず血の気が引いた。

 そんなこちらの事情など知らずマガムスイロドゥスの群れは遠吠えをあげ、こちらに襲いかかってきた。

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