地球からの転生者(12)
闇魔法、ダークペイント。
それは空間全体をキャンパスに見立て、黒い魔力を塗りたぐる魔法であり、その用途は実に多岐にわたる。
人によっては暗算が必要な場面で複雑な計算式をカンニングペーパーよろしく空間に書き出す者もいれば、障害物を書き出して相手を妨害するものや、時間稼ぎに使うものもいる。
また、倒壊しそうな建物の補強に使用したり、魔物の落書きをして、それを実際に魔物として使役するパターンもある。
それ以外にも便利な使い道がたくさんある、まさに万能魔法であるが……とはいえ、当然ながら欠点がないわけではない。
それが一体何か? と言えば……消費する魔力の量の異常さだ。
この闇魔法は一回使うごとに、とんでもない魔力を消費するのである。
そう、たった数秒行使しただけで、魔力の総量が少ないものは即座に魔力が底をつき、魔法を維持できなくなって倒れてしまうほどに……
だからこそ便利な魔法ではあるが、気軽に使える魔法ではないのだ。
そんな魔法によって、辺り一面、見渡す限りすべてが真っ黒に染まっていた。
とはいえ、自分とフミコ、それにカリウスとマリというヒト4名は例外である。
そして、そんな人間以外にも真っ黒に染まっていない例外的な場所があった。
それが自分の真横とカリウスの目の前。そこだけがなぜか黒く染まっておらず真っ白だったのだ。
その黒く染まていない真っ白なそれは、人ひとりが通れるほどの大きさの四角い形であり、何やら空間が歪んでいるようにも見える。
そう、それこそがまさにカリウスが使うワームホールの出入り口だ。
そんな誰の目にも見える形で露見したワームホールを見てカリウスは舌打ちすると。
「確かに……これが誰の目に見える形で晒されてしまうのは正直僕としては好ましくないな? けど……」
そう言ってニヤリと笑う。
「だから何だというのだ? 確かに手品のタネがバレてしまうのは手痛いが、だからといって形勢が逆転するわけじゃないぞ? だってそうだろ? 手品のタネを知っているのと、その手品を攻略したはイコールにはならないんだから」
そして禍々しいオーラを放つ鉄の棒を軽く振り、トントンと肩を叩くと。
「だから……どうという事はない。タネがわかっても君は後手に回るしかない。そして僕は、そんな君をただいたぶるだけだ」
そう言ってカリウスは自身の目の前にあるワームホールに入ろうとするが……
「はぁ……お前、ここにきてまだ理解してないのか……ワームホールの出入り口が露見してしまっているっていう意味を」
そう言ってカイトはダークブレードを振るった。
リーナのアドバイス通り、ダークペイントによってワームホールの出入り口は露見した。
それは自分の真横とカリウスの真正面にあり、ここからカリウスが攻撃を仕掛けてくるのは明白であった。
となれば、どこから仕掛けてくるかわかっている以上、攻撃を受け止めるのは簡単だが、それでは結局後手に回る事に変わりはない。
また、カリウスがワームホールを使って逃げようと考えた場合でも、その出口がわかっているだけではみすみす逃がしてしまう事になる。
ならばどうするか? 答えは簡単、極めてシンプルだ。
出入り口はもう見えているのだ。ならば出口を潰せばいい。
こんな風に……
「空間断絶剣!!」
叫んでダークブレードを振るう。
直後、真っ黒に染まった景色の中にぽつんと浮かぶ、真っ白なワームホールの出口が空間ごと断絶された。
そして、すぐに真っ白なワームホールの出口は消滅する。
そして、消滅したワームホールの出口と連動するように、カリウスの目の前にあった入り口も同時に消滅、今まさにその入り口の中に入ろうとしていたカリウスは見えない壁にぶつかって弾かれたように「がぁ!?」と声を上げ、後方へと吹き飛び地面に倒れるが、すぐに起き上がって周囲を確認。
ワームホールが消滅した事を確認すると驚き目を見張る。
「なっ……そんなバカな!! 消えている、だと!? 一体どうなってやがる! 僕以外にあれを消せるわけがないはずだ!!」
そんな困惑するカリウスへとダークブレードの剣先を向けて言い放つ。
「自分以外に消せるわけがない、ね? けど俺は消したぞ? そう、空間ごと斬り裂いて消したんだ、この闇魔法でな?」
それを聞いたカリウスは信じられないといった表情を浮かべる。
「は? 空間ごと斬り裂いただと!? 貴様、何を言ってやがる! セフィラーでもないのにそんな事!!」
「そういう魔法だからな? 闇魔法ってのは……ま、だからこそ魔族の秘術だとか魔王の力だとか色々言われるんだろうけどな……でも、この異世界には魔王はいないし、闇系統の魔法も存在しないから想像しずらいか」
「ふざけるな!! そんなデタラメ、あってたまるか!!」
「あるんだよこれが……世界は広い、てめーが知らないだけで世の中には系統魔法、自然魔法、セフィロトの力以外にもたくさんの異能があふれている。それをただ知ろうとしないだけだ。というよりか、この無干渉地帯に住んでいる人間のほうが、周辺国の人間よりよっぽどその事に気付いてるはずだけどな?」
そう言ってやるとカリウスは舌打ちして。
「イレギュラーの連中か」
そう吐き捨てて眼帯をとんとんと突く。
それはワームホールを生み出すサインだ。
直後、真横にワームホールの出口が出現する。
「たしかにイレギュラーは厄介だ。系統魔法にも自然魔法にもない魔法を行使し、カルテルが把握していないセフィロトの力を行使しやがる……けど、それでもイレギュラーの連中は必ずセフィラーに負けてきた……そう、負けてきたのだ! セフィロトの力を……侮るなよ!!」
カリウスはワームホールに飛び込もうとするが、それよりもはやくダークブレードを振るい、空間断絶剣でワームホールを消滅させる。
「がぁ!?」
再びカリウスは後方へと弾かれ地面に倒れるが、すぐに起き上がって眼帯をとんとんと突く。
懲りずに何度もワームホールを発生させ、それをこちらは何度も消滅させる。
そんな攻防が何度が続いた後、カリウスはついに歯噛みしながら眼帯を押さえるだけでワームホールを発生させなくなった。
悔しそうな表情でこちらを睨んでくるカリウスを見てため息をつき、言い放つ。
「これでわかっただろ? もうてめーに勝ち目はねー。いい加減理解したらどうだ?」
そう言われるのが屈辱だったのか、カリウスは何も言い返さず、ただブルブルと体を震わせるだけだった。
そんなカリウスを見ていると、フミコが隣にやってきた。
「かい君、いい加減とどめをさしたほうがいいんじゃない? これ以上、こいつにかまっても仕方ないよ。それに、こいつからは能力を奪えないんでしょ? だったら、さっさと倒したほうがいいんじゃない? 厄介ごとになる前に」
フミコの言う事はもっともであった。
カリウスを圧倒している今のうちに勝負を決めないと、眼帯を外されたらどう状況が転ぶかわからない。
プライドがそうさせるのか、カリウスはまだ眼帯を外していないのだ。
そして、眼帯を外し、セフィロトの力を真に解放した時に何が起こるのか……
厄介な事になるのは間違いないだろう。
「そうだな、フミコの言うとおりだ。いつまでもこいつにかまっているわけにもいかないい。決着をつけるか」
フミコの意見に同意してダークブレードを振るおうとするが、しかし……
「あまり調子に乗るなよ? 僕を本気で怒らせるとどうなるか……思い知らせてやる!!」
そう言ってカリウスはこちらに憎悪を向けた視線を向けると、眼帯を押さえていた手を一瞬離し、そして今までのように眼帯を突こうとはせず、完全に眼帯を外そうとした。
「っ!! まずい!!」
カリウスのその行為に慌ててダークブレードを振るう。
空間断絶剣が放たれ、カリウスの腕が空間ごと切断される。
「がぁぁぁぁぁぁ!?」
悲痛な叫びをあげるカリウスだが、しかしその指先はわずかに腕が空間ごと切断される直前に眼帯に触れていた。
そして、一瞬ではあるがその指先は眼帯をカリウスの顔から外し、緑色に光る魔眼を外気に晒す。
直後、衝撃波が周囲に広がり、自分とフミコを取り囲むように360度、周囲一帯すべてに数えきれないほどのワームホールの出口が出現する。
「なっ!?」
「これ全部出口だと!?」
周囲を見回し、驚く自分とフミコを尻目に腕をひとつ失ったカリウスは、一旦後方に下がると禍々しいオーラを放つ鉄の棒を構え直し。
「どうだぁぁぁぁ!! どこから僕が出てくるのかぁぁぁぁ!! それともそのすべてから複数の僕が飛び出してくるのかぁぁぁぁぁ!!! 想像つかないだろうぉぉぉぉぉぉ!? ふははははははは!!! どうだぁぁぁぁぁぁぁ!? さぁぁぁぁぁ!!! 悩み、焦りながらぁぁぁぁ僕になぶり殺されろぉぉぉぉ!!!! ぐははははははは!!!!」
そう叫んで目の前のワームホールに突入する。
「っち!! フミコ!! 集中しろよ!!」
「わかってるよかい君!!」
カリウスがワームホールに突入したと同時にアストラルシールドを展開、同時にフミコの周囲にも何重もの魔術障壁を展開させる。
出口が見えている以上、どこからくるのかはわかってはいるが、その選択肢が多すぎては逆に身動きができなくなる。
これは少し選択を失敗したか? と思った直後だった。
「しねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
「っ!!」
真横からカリウスが振るう禍々しいオーラを放つ鉄の棒が飛んできた。
これに即座に反応する事ができず、脇腹に鉄の棒の一撃をくらってしまう。
「ぐっ!!」
アストラルシールドを展開していて正解だった。
普通の魔術障壁だったら紙切れ同然に砕かれて防御もままならず骨を砕かれていただろう。
とはいえ、アストラルシールドを展開していても、多少ダメージを軽減できた程度であり、激痛で意識が飛びそうであった。
そのまま、10メートルほど吹き飛び地面に激突、無数の石や岩が転がる大地を数メートル転がった。
「かい君!!」
カイトの真横に現れたカリウスがカイトを鉄の棒で殴り飛ばしたのを見てフミコは悲痛な叫びをあげるが、そんなフミコを無視してカリウスは再び眼帯に触れ、さらにワームホールを出現させようとする。
恐らくはカイトにさらなる追撃を仕掛けるつもりだろうが、しかしそれをフミコが許さない。
「お前っ!! よくもかい君を!! 絶対に!! ぜっっっーたいに許さない!!」
目の前でカイトを殴り飛ばされて怒り心頭のフミコがカリウスに怒鳴ると、その手に銅鐸と棍棒を出現させる。
そして……
「よくも!! よくも!! よくもぉぉぉぉぉ!!!」
叫びながら棍棒で銅鐸を激しく叩く。
ドン! ドン! ドン! と憎悪をこめて、怒りの感情に任せて激しく。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!? 耳がぁぁぁぁ!! 耳がぁぁぁぁぁぁ!!」
そんな音を至近距離で聞いて、無事でいられるわけがない。
何せそれはただの鐘の音ではない……呪力を拡散する銅鐸の音色。呪音なのだから。
怒り心頭のフミコが銅鐸を激しく叩くたびに、地面に倒れ耳を押さえるカリウスは悲鳴をあげ、ビクンビクンと痙攣する。
そんな光景がしばらく続いた。
「痛たたたた……くっそーやりやがったな、あのやろうめ!」
数十メートルほどカリウスに殴り飛ばされて、一瞬意識が飛んでいたが、すぐに目が覚めた。
殴られた脇腹はかなり痛むが、しかしそうも言ってられない。
自分が離脱した以上、残ったフミコがカリウスに狙われる。
さっさと起き上がって戦線に復帰しなければ! そう思って痛みをこらえ、何とか起き上がったのだが……
「は?」
目に飛び込んできた光景は荒ぶる和太鼓奏者……ではなく、銅鐸を鬼神のごとく勢いで激しく叩きまくるフミコと、その音に合わせるように狂ったような動きで地面をのたうち回るカリウスという見た者が困惑する状況だった。
「え? 何これ? どういう状況? 一体何がどうなってるの?」




