極寒の異世界(4)
タクヤの案内で鍋の元へとやってきた。
ちょうどいい機会なので鍋料理を突きながら色々と話を聞くことにした。
ちなみに鍋の中身の肉は独特な臭いを発していたが、これが何の肉かは聞かない方がいいだろう。
この異世界に生息する独自の動物だろうが、たぶん地球人の自分は聞いてもわからないだろうし、知らなくていいことだろう。
そういえばイヌイットは確かセイウチやアザラシ、鯨、トナカイなんかを狩ってその生肉を保存して鍋で煮込むが、ここも似たようなものだろうか?
一方、フミコもアドラに連れられて鍋料理を振る舞われていた。
アドラがフミコに自分との馴れ初めを聞いていたので聞き耳を立てたがよく聞こえなかった。
精神世界で無我夢中だったため、フミコに何を言ったか覚えてない最低な身としてはチャンスだと思ったのだが、そう上手くはいかないようだ。
まぁ、とは言うものの実際フミコが語る分には事実からはかけ離れた脚色が施されているだろうが……
人の主観は自分に都合のいいように美化されて記憶されるものだ。
フミコが語る話もその可能性は高い。
さて、そんなわけで謎の肉鍋を突きながらタクヤの話を聞く。
ちなみに、ここでも成人は14歳だから酒は飲めると地酒を進められたが何の酒かは聞かないことにしよう……
そう言えば、イヌイットは酒を製造する技術がなかったが白人と接触してから酒を覚えアルコール依存症になる人が続出したとかって話があったな……
この酒も外部から持ち込まれた物だったりするのだろうか?
そんな事を考えながら鍋から謎の肉をつまみ食す。
うん、クセが強いし匂いもヤバイ……マジで何の肉だろう?
「で、タクヤはどうやってここに来たんだ?」
「ん~自分は日本では高校中退してガテン系のバイトしてたんすけど。ある日作業現場の近くで自分らのトラックが近所の園児に誤って突っ込んじゃったんすよね……慌てて園児を助けようと飛び出してそのまま轢かれちゃったんすけど、気がついたらこの世界にいたんすよね」
そう言ってタクヤはクセのある肉を笑顔で頬張っていた。
よく美味しそうに食えるよなと関心する。
それはさて置き、なるほど、タクヤは異世界転生者のようだ。
トラックに轢かれて異世界に来る。割とオーソドックスなパターンでもある。
さて、問題はここからだ。
その異世界転生者、喜多村卓也がこの異世界で一体何をしようとしているか?
この極寒の地と何か関係があるのか?
そこを聞くことにする。
「まぁ、トラックで撥ねられて事故死ってのは災難だったがタクヤはこの世界で一体何をしてるんだ?」
「あぁ、そうっすね。ここでは狩りを手伝ってるんすよ。狩猟者ってやつっすね。まぁ、それとは他にやってる事もあるんすけど」
「他に?」
「えぇ、そうっす! 言うなればこの世界の成り立ちの調査ってやつです」
「歴史を調べてるのか?」
「そうっすね。不思議なことに、ここの人達自分たちの祖先についてまるっきり興味がないんすよ。伝承とかもないですし……まぁ移動しながら狩りをして生活してるから墓もないわけですし仕方がない部分もあるんでしょうけど、埋葬した場所さえ覚えてないって言うんすよ? 変じゃないっすか?」
タクヤはそう言うが、それを薄情と感じるか、定位置に住居を構えず移動しながら生活する民族故に合理的と考えるかは立場によって異なるだろう。
捉え方は人それぞれだ。
「で、狩りのついでに色々と調べて回ることにしたんすよ。何か昔の事を知れる手がかりはないかって」
「何かわかったのか?」
「えぇ、それが雪に埋もれたりとしてますけど、結構な数の遺跡があったんすよね」
タクヤが言うにはそれらの遺跡には決まって何かの紋章のような記号が刻み込まれていたという。
そして、遺跡の中には妙な壁画も多数あったというのだが、それが意味するところはわからないらしい。
何せ、この集落の誰もご先祖などの伝承を知らないのだから。
「遺跡があって、その中に壁画がある。かつて文明があって何かが起こってこうなったって証拠じゃないっすか!」
「まぁ、普通に考えたらそうだな……で、それを皆に言ったのか?」
「言ったっすよ! でも、誰も興味を持たないんすよ! 変じゃないっすか?」
まぁ、移動しながら狩りをして生活している彼らからしたら、同じ場所にずっと留まって調査しなければならない問題に興味はないだろうな……
その遺跡の謎が解けた。過去の何かがわかったところで彼らに何か徳があるとは思えないし、それを調査している間の生活が保障されてるわけでもない。
社会インフラが確立してる文明圏の生活とはわけが違うのだ。当然の反応だろう。
しかしタクヤには納得がいかなかったようだ。
「誰も遺跡や過去のことに興味を示さないのはおかしいっすよ。そこで遺跡に興味があるメンバーを集めて遺跡を調査することにしたんす」
その面子がアドラをはじめとした、集落の若い衆だったようで。
アドラたちの協力のおかげで色々と遺跡についてわかってきたようだ。
遺跡にはそれぞれ聖具と呼ばれる強力な武具が最深部に納められており、それを回収することで「何かの力」が解除されるという。
その「何かの力」については分からないが、遺跡から聖具を回収するたびに体に感じる違和感が膨らんでいったのだ。
そして先日、いつものように遺跡から聖具を回収した直後、今までと違った違和感を体に感じたらしい。
その違和感に不安を覚えながらも自然と頭が理解したという。
最後の遺跡が出現したのだと……
「なんでそう思う?」
「こればっかりはどうにも説明できないっすね! なんというか、そう感じるとしか言えないっす」
「……聖具を回収するうちに、それに連動する情報が知らぬうちに頭に叩き込まれていたというわけか」
言うなれば次元の狭間の空間の簡易ラーニングのようなものだろう。
理屈ではないのだ。
「それで、その最後の遺跡に向かうのか?」
「当然っす! 恐らくっすけど、その最後の遺跡へ行けば新世界への扉が開く……そんな予感がするんすよ!」
「新世界……? なんだそれは?」
直後、タクヤは一瞬周囲を見回して自分たちの話を盗み聞きしている者がいないか確認する。
そしてさきほどより声のトーンを下げて会話を続けた。
「カイトさんはこの異世界をどう思うっすか?」
「ん? どうって?」
「この極寒の環境のことっすよ!」
「……まぁ猛吹雪の中だから周囲の状況はよくわからなかったが、厳しい冬ってのはわかる」
「まぁ、普通はそう思うっすよね? でもこの異世界には季節はないっす」
「季節はない? つまりずっと冬ってことか?」
「そうっすね……ここに来て1年経ちますけど、春夏秋を感じたことはないっすね」
「……つまり、この異世界は氷河期ってことか?」
しかし、その返答にタクヤは首を振る。
「それは自分も考えたんす……でも恐らくそれはないっす」
「どうしてそう思う?」
「空を観測したんすよ」
「空?」
「星の位置や流れていく角度に月と呼んでいいのかわからないっすけど、とりあえずこの星の衛星っすね。それの角度だとか……後は日の出入りの角度やなんかすね。それを調べたんすよ」
「ほう……」
この異世界転生者、高校中退でガテン系でバイトしてたと言うから頭のデキはそんなにだと思っていたが、意外と頭いいのか!
少し関心してしまう。
「もちろん、地球と同じと考えちゃダメですけど、計算方法なりは応用できるはずなんす! それで地道に観測して導き出した結論は……ここは北極圏、もしくは南極圏っすね」
タクヤはそう断言した。
なるほど、確かに北極圏、南極圏は冬が長く春秋がなくて夏が短い。
日照時間が短かったり白夜や極夜を観測したのもその結論を後押ししたようだ。
しかし、それだと夏がないのが説明がつかない。
タクヤは1年いて、春秋以外に夏も感じてないと言った。
しかし当然、北極圏と南極圏にも夏は存在する。
その疑問をぶつけると、タクヤは持論を展開した。
「これはあくまで自分の考えっすけど、やっぱ最後の遺跡が関係してるように思えるんすよね……」
「どういうことだ?」
「遺跡があることも知らず、それを知っても興味を示さない。たぶん過去を知ろうとしないことも、遺跡がそういう影響を与えてる気がするんす。聖具をすべて回収して、今まで存在してなかった最後の遺跡が出現したのと同じように、遺跡が発覚しないように夏も吹雪いて年中冬になるように隠蔽工作を行ってる感じがするんすよね……」
「隠蔽工作って……一体誰が何の目的で?」
「そこまではわからないっすけど……それも最後の遺跡に行けばわかると思うんすよね」
タクヤの発言は一聞すれば陰謀論に取り憑かれた根拠のない言論に聞こえる。
だが、ここは異世界。
そしてタクヤは転生者。能力はわからないが転生特典を持っている。
うまく説明はできないが、本質を大雑把に見抜く力があるのだろう……
(これが日本なら笑い飛ばすところだが、ここだとあながち間違ってないんだろうな……)
しかし、そう思うからこそ聞いておきたい事がある。
「なぁタクヤ。仮にタクヤの言うように隠蔽工作が成されてたとして、お前はどうするつもりなんだ?」
「へ? どうするって……」
「隠蔽工作を解いて何をしたいんだ?」
「そりゃ、ここの皆の暮らしを豊かにしてやりたいんす! 皆には世話になってるっすからね! 恩返しではないっすけど……最後の遺跡、南の山脈にあるんすよね。たぶん、南の門じゃないっすけど、門を越えたらこの吹雪と雪と極寒の世界から脱せられる。そんな気がするんす! 自分はそこに皆を連れていってやりたいんすよ! 1年中雪と格闘しなくてもいい、毎日狩りと採集で安定しない食料事情とも違う、安定した生活が送れる……そんな暮らしを提供してあげたいんすよ!!」
タクヤは力説する。
きっとグローバル社会じゃない時代の地球のグリーンランドやシベリア圏、アイスランドなんかに飛ばされたらここは極寒しかない世界だと思うだろう。
でも実際は違う。
南下すれば緑豊かな草原や命育む森や湖、壮大な海に灼熱の砂漠に何もない壮大な荒野に湿気の多い熱帯雨林がある。
世界はこんなにも広い! それを教えたいと言うのだ。
それを聞いて、納得した。
ようやく理解した。
なぜ、異世界転生者、転移者、召喚者が次元の亀裂を拡大させるのかを……
(そういう事か……結局、この世界の為と言いながら自分しか見えてないってことなんだな……)
「なぁ、タクヤ。それはここの皆が望んだことなのか?」
「へ?」
「今の生活を皆は不便だって嘆いてたのか? そしてお前に懇願したのか? 助けてくれ、もっといい暮らしをしたいんだと助けを求めたのか?」
「それは……」
「そうじゃないんだろ? ここの皆はきっと今の生活に満足してる。今のままで十分幸せでこれ以上を欲してはいないはずだ! タクヤ、確かに皆を幸せにしてやりたい。もっといい暮らしを送らせたいって思う気持ちは素晴らしいことだと思う。でもな、お前のやろうとしてることは独りよがりなんじゃないのか? 入らぬお世話なんじゃないのか?」
「……カイトさんはそう思うんすか?」
「少なくとも今の生活に不満があるわけじゃない人達に無理矢理便利さを押しつけるのは関心しないな? それは文化の向上と同時に堕落も生む諸刃の剣だ。必ずしもこちらが望んだ結末になるとは限らない。タクヤの意に反して破滅するかもしれないぞ?」
便利さを手に入れて、どう変化するかは彼ら次第だが、それは彼らが望んだ上での変化でなければならない。
こちらが勝手に押しつけて、彼ら自身が望んでもない変化の先に責任を負わないのは横暴だろう。
それは地球の中世以降に起こった宗教と文化の侵略と植民地への道筋と何ら変わらない。
「それだけじゃない。もしタクヤの言うように極寒の地でない南へここの皆が行かないように隠蔽工作がなされていた場合、なぜそのような隠蔽工作が行われたのか? っていう背景を考えなければ取り返しがつかなくなるぞ?」
「それは最後の遺跡に行ってみなければわからない事じゃないっすか?」
「行けば後戻りできなくなったらどうする?」
「それは……」
言葉に詰まったタクヤを見てため息をついた。
こうやって後先考えず色んな異世界で転生者や転移者、召喚者が突っ走ったから地球はあんな惨状になったんだな……
「じゃあ可能性の話をしよう。あくまで仮説だ。考えられる可能性は2つ。1つはかつてここの皆の祖先は南に住んでいたが、戦争なりで負けこの極寒の地に逃げおおせてきた。そしてこれ以上追撃されないよう南への入り口を閉ざす門を造り、不用意に近づかぬようその存在を語り継がぬようにし、意識からも背けるように仕向けた。この場合、南の遺跡の先の世界はかつてと状況が変化してる可能性がある。つまりは交渉が必要になるだろうが、安心して南下できるかもしれない。問題は2つ目の可能性。元よりここの祖先は豊かな土地を求め、南下して略奪をしていたかもしれない。それを食い止めるため、ここの連中が南下してこないよう南側の住人が閉じ込める形で門を造り、南にある豊かな土地の記憶を奪い。ここに彼らを封じ込めている可能性だ」
「な……」
2つ目の可能性の話をするとタクヤが少し怒った表情になった。
無理もない……自分がお世話になった、助けたい人達を悪く言われたと思ったのだろう。
だが、これはあくまで可能性の話だ。
そして、どっちが善でどっちが悪か何てものは思想や立場、立ち位置で簡単に反転する。
だから善悪の定義に実際意味はない。
「略奪でなくとも疫病を封じ込めている可能性もある。つまり、最後の遺跡を突破したことによって南側の住人と戦争になる可能性があるってことだ。仮にそうなった場合にタクヤ、お前は責任を取れるのか? ここの皆が望んだわけでもない行動の結果、降り注いできた災いに」
「そ……そんな事は……」
タクヤは言葉を続けることができなかった。
無理もないだろう、そこまで深くは考えていなかったはずだ。
南に行けば暮らしが今より豊かになる。
そんな短絡的すぎる発想しか持ち合わせていなかったんだから。
そんなタクヤを見てこれからどうするか考える。
今のまま説き伏せたら多分、タクヤは最後の遺跡に行くのは諦めるかもしれない。
そうでない可能性のほうが高いが、まぁおとなしくはなるだろう。
しかし、俺たちの目的を考えればそれでいいのか?
能力を視ない限り、タクヤから能力は奪えない。
どういった能力の持ち主かわからないが、普通の狩りで使うとは思えない。
使うとすれば最後の遺跡を攻略する時だろう。
(ここは素直に遺跡に行かせるほうがいいのか?)
さて、どうすべきか? 迷ってるうちに夜は更けていき今夜はここで泊まることとなった。
とりあえず今晩はじっくり寝て、明日の朝判断するとしよう。
こうして異世界渡航において初めての異世界での宿泊をすることとなった。




