地球からの転生者(4)
次元の狭間の空間内にあるトレーニングルーム。
外観だけ見ると東京ドームほどの大きさがあるその施設の内部は、次元の狭間という物理法則が当てはまらない空間であるがゆえに、外観以上に広い面積を有している。
そんな施設の中にはトレーニングルーム内で行った訓練の評価をまとめて行ったり、トレーニングプランを話し合ったりする事ができる会議室のような空間、ミーティングルームがあるのだが、そこに今ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>の面々が集まっていた。
とはいえ、ギルドメンバー全員が集まっているわけではない。
カイトが地球という別の世界から来た異世界渡航者だという事実を告げていないメンバー。ドリー、シルビア、キャシー、シーナ、エマはこの場にはいない。
ミーティングルームに今いるメンバーはカイト、フミコ、ケティー、リーナ、リエル、ヨハン、ココの7人、それとTD-66は現在、次元の狭間の空間内にあるトレーニングルームとは別の施設である整備施設でメンテ中であるが、オンラインのモニター越しで参加していた。
そんな彼らがミーティングルームで話し合っている内容とは……
「難儀やな、まだ他に異世界転生者がこの世界にいるっちゃうーわけかい。で、そいつを見つけ出さん限りは次の異世界には行かれへんっちゅーわけやな?」
「あぁ、そうだな」
「それ、振り出しに戻ったんと一緒やん! めんど……」
リエルがそう言うと、ケティーがうんざりといった表情で同意する。
「ほんとそうだよね、また手がかりなしの一からの捜索になるし……正直、今からだとそれは厳しいよ?」
ケティーの言う事はもっともであった。
何せこれまで、ドルクジルヴァニアに潜伏しているであろう転生者・転移者・召喚者を見つけ出すためにギルドユニオンに加入して、向こうが気付いてこちらに接触してくるようなギルド名にして名前を売り出してきたのだ。
結果、ギルド<明星の光>との共闘にこぎつけ、そのギルド<明星の光>のギルドマスターであるハンスにたどり着く事ができたが、そこに至るまでにかなりの時間を有している。
そして、これだけ名前を売っても「もしかして同じ地球出身の方ですか? え? マジで日本人なの?」と向こうからこちらに接触はしてこなかった。
つまりは、まだどこかに潜んでいる別の異世界転生者も、同じようにこちらが共闘にでもこぎつけない限りは向こうから接触してこないという事だ。
では、まだどこかに潜んでいる異世界転生者を見つけ出すにはどうすればいいか?
セオリー通りにいけば、これまで訪れてきた異世界同様に根気よく、世界の命運に携わる出来事や世界全体でなくとも、一国やその地域に影響を与えるような活躍を見せている人物、突然現れた英雄などを捜し出すしかないが、現状それは難しい。
何せギルドの名前を売って、向こうからこちらに接触してくるようにするため、異常な速さでのランクアップを果たしたのだ。
この活躍ぶりは、本来であれば自分たちが相手を捜し出す時の指標にするレベルである。
つまりはまだどこかに潜んでいる異世界転生者がどれだけ目立つ活躍をしても、自分たちの活躍でそれをかき消してしまうのだ。
これでは見つけようがない……何とも頭が痛い問題であった。
ケティーの言葉に「うーん……そうなんだよな~」と唸っているとフミコが。
「そもそも、別の異世界転生者も同じようにギルドユニオンにいるの?」
そう疑問を口にした。
フミコのこの言葉に誰もが黙ってそのまま唸ってしまう。
そう、まさに問題はそこであった。
まだどこかに潜んでいる別の異世界転生者がギルドユニオンの所属ではなく、ドルクジルヴァニアにもいないとなると、その転生者を発見できる可能性はぐんと下がる。
何せ自分たちはギルドユニオンのトップランカーであるAランクギルドにまでのし上がったのだ。
そんなギルドの事を当然、他の敵対組織は情報収取しているだろう。
つまりは異世界転生者を捜し出すために密かに接触したり、組織に潜入して調査というのがしにくくなっているのだ。
キャプテン・パイレーツ・コミッショナーに関しては海賊団ブラックサムズと友好な関係は築けているが、組織内にいるかもしれないという不確定な状態の、いるかどうかもわからない転生者を捜し出す協力を得られるか? と言うと、そこまでの間柄ではない気がする。
そして空賊連合と邪神結社カルテルに関しては完全につてはない。
ラスノーフ監獄を脱獄させた面々もこの件に関しては協力を得られても力にはならないだろう。
そして、これは無干渉地帯内に異世界転生者がいた場合の話であり、仮に無干渉地帯に接する周辺国に別の異世界転生者がいた場合、もうどれだけの時間を有するか見当がつかない。
それこそ、数年単位でこの異世界に閉じ込められる可能性もある。
思わず頭を抱えたくなった。というか、あの神を自称するカラスはなんでヒントのひとつも寄こさないんだ?
次元の狭間の空間が入り口を設置する場所は転生者・転移者・召喚者がいる場所の近くだから、着いた場所がヒントとは言っても、その転生者が2人いて、もう一方がまったく違う、遠く離れた行き来もできないような場所にいた場合、それはもうノーヒントと同じではないか!
これでよく、十分に情報提供してると言い張れるものだ。今度みっちり問い詰めてやる!
ちなみに、その神を自称するカラスのカグは鳥捕りネットを内側から強引にこじ開け脱走、現在は行方不明である。
そんなカラスにヒントを期待しても仕方がない。なので、ダメ元でケティーに聞いてみた。
「なぁケティー、周辺国に商売で行った事あるんだよな? なんかそれっぽい情報聞いたことないのか?」
この質問にティーは。
「うーん……それっぽい話は特にないかなー? 大陸中央はキナ臭い話は飛び交ってるけど、それは基本的に複数国家間での戦争になるかもって話だけで、誰もが知ってる名の知れた英雄が台頭してるわけでもないしね……別の大陸に関しては特に平時って感じで有事になりそうな気配もないし、転生者が目立って活躍できそうな機会はないかな? 商売に関しても、地球のオーパーツな技術を持ち込んで大繁盛してるって情報もないし……」
そう言った後で。
「強いて言うなら無干渉地帯と接してるハウザ諸王国郡の中の小さな王国に平民令嬢ってハウザ諸王国郡の一部では有名なご令嬢がいるけど……彼女は違うような気もするしなー」
そう顎に指をあてながら、思いだそうと難しい顔をして答える。
そのケティーの言葉に思わず反応してしまった。
「え? 何それ? 平民令嬢? どういう事? 平民なの? それとも成り上がった貴族なの? どっちなの?」
「へ? あぁ……平民令嬢ってのは庶民からの愛称だね。一様はその小さな王国の中では由緒正しき侯爵家のご令嬢なんだけど」
「なんだ、それじゃ貴族令嬢じゃん。だって成り上がりの子爵とかじゃなくて侯爵家なんだろ?」
「でも、その子は魔法が使えないんだよね」
「だったら平民じゃん! だってこの世界では貴族しか魔法が使えないんだろ? 平民は魔法が使えないから平民なんだから」
まるでミ〇クボーイのネタのようなやり取りをしてしまうが、ここから話が奇妙になる。
「そう、その子は平民出身、でも侯爵家のご令嬢なんだよね。養子ってやつ」
「つまりは侯爵家に跡継ぎがいなかったから貴族からでなく平民から養子をとったって事? でもなんで男じゃなくて女の子を? 跡継ぎにするには不自然じゃないか? うーむ、これは怪しいな……転生者の臭いがする」
「いや、侯爵家にはちゃんとれっきとした跡継ぎの男の子がいるんだよね……しかも平民令嬢より幼い子が……だから平民なのに侯爵家跡継ぎの義姉なんだよね」
「何それ? もうわけがわからないよ! どういう事なの侯爵家!」
そんなやり取りをケティーをしていると、自分の隣にいたフミコが最初はジト目でこちらをじっと見ていたが段々と不機嫌になっていく。そして……
「ちょっとかい君! ケティーとばっかりしゃべりすぎ!」
と頬を膨らませながら抗議してきた。
そんなフミコを見たケティーがニヤーとした表情を浮かべ、構わず話を続ける。
これに怒ったフミコが会話の妨害してくるが、しかし平民令嬢談義は終わらない。
まさにいつも食堂で巻き起こっている日常の光景であったがそんな中、リーナだけはひとり深刻な顔でうつむいたままであった。
しかし、意を決したように顔をあげ。
「マスター!!」
大声をあげ立ち上がる。
そんなリーナに皆の注目が集まる中、リーナが何か言おうとしたところで。
ブルルルルルル!!
ミーティングルームに警報が鳴り響いた。
これは次元の狭間の空間ではなく、ドルクジルヴァニアにあるギルド本部に至急の案件が舞い込んできた時に鳴るように設定したアラームであった。
「なんだ!?」
突然の事にスマホをポケットから取り出すと、そこにあるメッセージが表示された。それは……
「は? ギルド<明星の光>のメンバーのマリがユニオンを裏切ってカルテルのセフィラーらしき人物と厳戒態勢のドルクジルヴァニアを脱出した? どういう事?」
一体何が起こっているのか? 状況が飲み込めず困惑するしかなかった。




