極寒の異世界(3)
「街だ……」
猛吹雪の中を歩き続け、ようやく目的地にたどり着いた。
ポツポツと灯りがついているのは確認できるが街の規模はわからない。
とにかく一番近い灯りへと近づいていく。
「すみません! 誰かいませんか?」
ドアをノックして大声を出す。
猛吹雪の中ではこうでもしないと中には聞こえないだろう。
悠長に街の中を探索している余裕はない。
すぐにでも暖を取らなければ自分もフミコも限界である。
その建物はどこかドーム状の白い家だった。
奥を見れば通路のようなトンネルで多くの半球状のドーム型の建物と繋がっている。
吹雪の中に溶け込んでいるあたり、氷や雪で家を作るイヌイットのイグルーに似ているかもしれない。
「どちら様で?」
ドアが開き中から住人が顔を出す。
「旅の者です。よろしければ少し暖を取らしてくれませんか?」
聞くと顔を出した住人はこちらの格好を見て少し悩んだように見えたが、すぐにドアを開けて中に入るように促してくる。
「早く入んな」
「すみません、ありがとうございます」
礼を言って中へと入る。
中は思っていたよりも広く、そして壁には一面に動物の毛皮が張ってあった。同じく床にも毛皮が敷いてある。
入り口エントランスから別の部屋まで続く通路はトンネルで真っ直ぐではなく少し曲がった造りになっている。
天井の高さは2メートルほどで、中に入れてくれた住人の格好が毛皮のポンチョのような衣服なのも相まって益々イヌイットの集落を連想してしまう。
「あの、もしかしてこの家って材料は雪だったりします?」
「そうだよ、旅の方には珍しいかい? 普通どこもそうだと思うが一体どこから来たんだい?」
住人に言われて質問したことを悔やんだ。
まずはこの地域のことを知らなければと思って聞いたが、どうやらこの地域では住居の建築に資材は使わないようだ。
そしてそれは知ってて当然の常識で、どこでもそうだと思い込んでるらしい。
「あぁー、まぁーずっと遠くの方から来たもので……はは」
「ふーん。雪を使わないで家なんか造れるもんかね?」
住人が不思議そうにこちらを見てくるが、むしろこっちが雪だけで家を造る大胆さに関心するんだが?
そういえば、イヌイットが雪の家のイグルーを造るのは狩りをして生計を立てている民族ゆえに数日で拠点を変えてカヤックや犬ぞりで大移動するためだからだったっけ?
だとすると、この集落は現在の活動拠点ってだけで街ではないのだろう。
何にせよ、この猛吹雪ではすぐに出発はしないはずだ。
住人の案内で通路を進むと恐らくは一番奥の最も広いスペースにたどり着いた。
部屋の中で煮炊きをしたり、焚き火をしたりと雪で造られた建築物であるにも関わらず、その部屋はものすごく暑かった。
案内してくれた住人に礼を言うと彼は毛皮のポンチョを脱いで半袖になったので、自分とフミコも防寒具を脱ぐ。
「ふー……やっと落ち着けるよ」
「そうだな。まずは一休みしてここの情報を集めないと……とはいえ、この猛吹雪じゃ聞き込みは厳しいな」
そう思って脱いだ防寒具や荷物を部屋の隅に置くと1人の少女が近づいてきた。
「ねぇねぇ! 見たことない服装してるけど、どこから来たの?」
その少女は獣皮製の衣装を着ていた。
そういえば自分たちが着ていた防寒具はアノラックというが、元ネタはイヌイットの民族衣装アノラックでフードつきのアウターウェアのルーツだったか……そんな事を思い出しているとどう返答するかに思考が回らずつい考えなしに言ってしまう。
「日本だよ」
「ニホン……?」
言ってからあれ? これって大丈夫かな? と慌てるがもう取り消しようがない。
この異世界の、というかこの地域の基礎情報を得るまでは逆にこっちが質問攻めされる要素は言わない方がいいのだ。
しくったなと思ったが、しかし少女は目を輝かせる。
「もしかしてニッポン!? ニッポンなのね!?」
「へ?」
少女がまさか食いついてくるとは思わなかったので驚いてしまう。
どういうことだろう? 日本に反応した? ということは彼女は転生者か転移者か召喚者の知り合いだろうか? もしくは本人か……何にせよこの猛吹雪の中を家々を訪ねて回ることにはならなそうだ。
「ひょっとして日本を知ってる?」
「うん! アドラの好きな人がそこから来たって言ってたの! あ、あたしアドラ! よろしくね!!」
アドラと名乗った少女は笑顔で手を差し出してくる。
これはすんなりと話が進みそうだと差し出された手に握手しようとすると、フミコが素早い動きでこちらより早くアドラと握手を交す。
そして一瞬ジト目でフミコがこちらを睨み、すぐに笑顔でアドラに挨拶する。
「あたしはフミコ。よろしくねアドラちゃん! こちらはかい君、あたしのパートナーなの」
フミコの「他の女と絡むな」オーラに苦笑して握手しようと出した手を引っ込める。
でも彼女、さっき好きな人が日本から来たって言ってたじゃん……そんな目くじら立てる必要なくない?
ケティーに対する態度もそうだが、ほんとフミコにこんな行動取らせるとは一体自分は精神世界でどんな言葉をかけたんだ?
ますます、実は無我夢中だったので覚えてないのです、ごめんなさい! ところで自分何て言いました? と聞けない雰囲気になってくな……
まぁプロポーズに近い告白ちっくな言葉なんだろうが、どうにかして知る手段はないものだろうか?
この異世界の転生者か転移者か召喚者がそんな能力を持っていればいいのだが……期待はしないでおこう。
「まぁ! フミコとカイは恋人なのね! うらやましいわ! アドラもタクとそういう関係になれたらいいんだけど」
「ブホォォォーーーーー!!」
アドラが両手で頬を押え体をクネクネさせながら言ったので思わず拭いた。
いや、いきなり何勘違いしちゃってるんですのこの子?
当然否定しようとしたが、この流れで否定すると確実フミコの反応が大変なことになる。
自分が精神世界で何を言ったのか思い出せない以上、下手な否定はフミコを傷つけることになりかねない。
ど、どないせいっちゅーねん!
(まぁ、別段この異世界でそういう関係だと勘違いされてても問題はない、どうせ転生者なりから能力を奪い、殺せば自分たちの記憶は消えるのだから……でも)
この勘違いを否定しない場合、フミコは自分たちがそういう関係だとこちらも認めていると思い込むだろう。
その認識のまま、誤解を与えたままこの先も旅を続けていいものだろうか?
(難しい問題だな。やっぱ棚上げにしてずっと後回しにはできないよな)
時間が経てば経つほど、事実を知った時にフミコが悲しむ気がする。
そんなフミコは見たくない。やはり決断しなければならないか?
そう思った時だった。こちらの内心の苦悩など知る由もないアドラが笑顔でパンと両手を叩き。
「そうだ! ちゃんと紹介しなきゃね! 同郷の人が来たって知ったらタクも喜ぶと思うし、ちょっと待ってて!」
言ってアドラはどこかへと元気よく駆けていった。なんというか天真爛漫な子だな……
アドラが去って行った後、さてどうするか? と思いフミコの方を見ると、ニターっとした緩みきった表情で笑っていた。
何やら小声で「かい君と恋人、やだなーそう見えちゃうよねー? 隠しきれないよねー? 見る人にはわかるんだねー? あたし達お似合いだもんねー?」と言っている。
その緩みきった幸せそうな顔を見て、この子の幸せを壊してはいけないと思い、本当の事を話そうと決心した気持ちは崩れ、問題は先延ばしになったのだった。
しばらくしてアドラが誰かの手を引いて戻ってきた。
アドラに連れてこられたのは男性で背格好もそれなりによく、引き締まった体をしていた。
そんな男性をアドラは隣に置いてこちらに紹介してきた。
「彼がタク。ニッポンから来たっていう旅人なの! 今はここで寝床を提供する代わりに仕事を手伝ってもらってるわ!」
紹介された男性は困った表情を浮かべながらも自己紹介をする。
「どうも、喜多村卓也っす。まさか自分と同じ日本からここまでやって来る人がいるとは驚きっす! どうもよろしくっす!」
そう言ってアドラからタクと呼ばれている喜多村卓也が握手をもとめて来た。
なのでこちらも手を差し出して握手する。
「こちらこそよろしく! 俺は川畑界斗。で、こっちはフミコ。色々旅をして回ってるんだ」
「へぇーそれはすごいっすね! 是非旅の話聞かせて欲しいっす!」
握手を交しながら言葉を交すが、なんでこの人こんなにも先輩に話しかける体育会系部活の後輩のノリなんだろうか?
そう思ってるとアドラが笑顔で喜多村卓也にこう付け加えた。
「カイとフミコは恋人なんだって! カップルで旅するなんて羨ましいよね! ね!」
「ブホォォーーー!!」
アドラが笑顔でぐいぐい喜多村卓也に迫る。
そんなアドラに喜多村卓也は困った笑顔を浮かべ、自分はフミコと反対方向を向いて思わず吹いた。
このアドラって子、少し厄介かもしれんな……ちなみにフミコは緩みきった表情を更に緩ませていた。
「そ、そうっすか! さすがっす!」
「何がさすがなのかわからないが、俺のことはカイトって呼んでくれ」
「了解っす! 自分のことはタクヤって呼んで欲しいっす!」
喜多村卓也がそう言うとアドラをはじめ、部屋の中にいた全員がどっと笑いながら喜多村卓也につっかかりだす。
「おいおい、どうしたんだタクヤと呼んでくれなんて? お前以前言ってたじゃないか! 自分は有名人でニッポンではみんな略して自分のことキムタクって呼んでたって! なのにキムタクじゃなくてタクヤって呼んでってどういうこった?」
笑いながら言う周囲の反応に喜多村卓也が慌てて否定しだす。
「いや、ちょっと! それは違うって前に言ったじゃないっすかー!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ喜多村卓也をみて、思わず握手を解いてすーっと後ろに下がって距離をとった。
「ん? キムタク?」
「ちょっとカイトさん、何で距離取ってんすか? 何で哀れな生き物を見る目で見てるんすか? ほんのちょっとした出来心っすよ! ほら日本人なんて絶対他にいないと思ってたからつい自分の名前略したらそうなるからって出来心っすよ!」
喜多村卓也改めタクヤ改めキムタクが必死に弁解する。
ちなみに隣でフミコが首を捻って頭上にはてなマークを浮かべていた。
そりゃ弥生時代人にはわからんよな……
「キムタク……」
「だからマジで違うんすよ! カイトさん、このことは忘れて欲しいっす!!」
「ねぇ、キムタクって誰?」
フミコが聞いてきたので説明することにした。現代日本には某有名アイドル事務所があってだな……
そこまで言ったところでタクヤが強制的に話題を変える。
「と、ところでカイトさん腹減ってないっすか? この吹雪の中大変だったっしょ? ご飯食べましょう! ご飯!! カイトさんの旅の話も聞きたいし、ささ! 食べましょう!!」
そう言ってタクヤは鍋の元へと自分を強引に引っ張っていく。
「フミコもアドラと一緒に食べよう! アドラ、フミコとカイの恋人旅の話聞きたい!!」
そう言ってアドラもフミコを鍋の元へと連れて行く。
アドラに言われてフミコは「仕方ないな~」と上機嫌だった。
しかし、フミコの根本的な疑問は解決していない
なのでフミコはポツリとこう漏らした。
「だからキムタクって誰だよ?」
うむ、この異世界から次元の狭間の空間に戻ったら現代知識の一環として芸能界の情報を与えるべきかもしれん。
これから先の異世界でも似たようなことは起こるかもしれないしな……




