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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
6章:極寒の異世界
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極寒の異世界(2)

 異世界に足を踏み入れて僅か数秒。 

 即座に次元の狭間の空間に戻ってきた自分たちを見て、残橋に立っていたケティーがポカンとした顔をしていた。


 「え? もう帰ってきたの? 早くない? しかもなんか凍えてるし……」


 自分もフミコもあまりの寒さで言葉を発する余裕がない。

 一瞬で頭や肩に積もった雪も溶け出し、本格的にズブ濡れになって寒いったらありゃしない。


 「と……とにかく……フミコは……ま、まず温泉に……入ってくるんだ」

 「う……うん。か……かい君は……?」

 「お……俺はト……トレーニング……ルームの……シヤ、シャワーに……」


 あまりの寒さに言葉が喋れてるか自分ではわからなかったが、フミコがブルブル震えながらも寒さで紫色になった唇を動かして「じゃああたしもそっちで一緒に」と言ったあたり言葉は発せられているようだ。


 ケティーがため息をつきながらフミコの首根っこを掴んで「はいはい、行くよフミコ」と温泉に引きずっていく。

 それを確認してこちらもトレーニングルームへと向かった。


 トレーニングルーム内の温水プールで体を温め生命の危機を脱した後、プールの脱衣所に設置してあるベンチに腰掛けてダラーっとしながらジュースを飲んでいた。

 うむ、やはり念のため温水プールも追加しておいて正解だったようだ。

 シャワーのお湯だけでは命の危険があったかもしれん……


 「それにしても、あの吹雪一体どうしたもんかな?」


 飲み干したジュースの缶をゴミ箱に捨てて廊下に出るとフミコとケティーが待っていた。


 「ちょっといつまで休憩してるの? 遅いじゃない!」

 「そうか? というか温泉からあがるの早くない? そっちはどんだけダッシュで出てきたの? もう少しゆっくりしてもいいのに」


 そう言うとケティーが呆れた顔でフミコを見る。


 「いや、だってフミコが早く上がってトレーニングルームに行くって言うもんだから……」

 「だって……そうすれば一緒に入れるかと……」


 フミコがもじもじして照れながら言った。

 うむ、長湯しなくて正解だったようだ。


 「一旦ミーティングルームに行こう。まずは対策を立てないと」


 フミコの反応は見なかったことにしてトレーニングルーム内のミーティング施設に向かう。


 外観は東京ドームほどの大きさのトレーニングルームはそれだけでも相当な大きさなのだが、内部空間はその外観以上に広い。

 当然これは次元の狭間という物理法則が当てはまらない空間故なのだが、その広すぎる空間に数多く存在する施設での訓練の評価をまとめて行うことができる会議室のような部屋がある。

 それがミーティングルームだ。


 そのミーティングルームに設置された椅子に腰掛けて、先程一瞬で帰ってきた異世界について話し合う。


 「正直、あの吹雪の中進軍はできないよな」

 「うん……命の危険があるよ?」


 フミコは両手で自分の肩を抱いてガクガクと震えている。

 思い出しただけで寒気がしたのだろう。かく言う自分もそうだ。

 あのホワイトアウトの中、探索などとてもできない。


 「でも、探さないといけないのよね? 転生者か転移者か召喚者」


 ケティーの言葉にそうなんだよな~とため息をつくしかない。


 「ケティー、防寒具ってある?」

 「うん、あるよ。店に防寒対策の登山装備一式」

 「じゃあ、ひとまず寒さ対策はクリアと思って……問題はあの吹雪の中をどうやって探すかなんだが……」


 いくら防寒具があったって無闇に吹雪の中を歩き回るのは危険だ。

 地形も何もわからない場所をホワイトアウトの状況で当てもなく歩くなど、世界最高級の経験と知恵と技量を持った登山家や冒険家でも遭難、行方不明死になる未来が不可避なのだから。


 「スピード重視で探索するならある程度方向だけ決めて素早く戻ってくるって手もあるが……さすがにスノーモービルとか雪上車とか除雪車はないよな?」

 「それはさすがにね……」


 ダメ元で聞いてみたがケティーは苦笑する。

 まぁ、そりゃそうだよな……となるとやはりあの異世界の地図が欲しい。


 「う~む。死を覚悟して突き進むしかないのか? 八甲田雪中行軍遭難事件の二の舞だぞ……」


 悩むが強行軍しか選択肢はない。その結論に達しかけた時だった。

 ケティーが悩んだ表情をした後、ため息をついてこう言ったのだ。


 「仕方ない……本当なら私はあまり深入りしすぎちゃダメなんだろうけど、手伝ってあげる」

 「え? それってどういう」

 「防寒具なんかの物資の提供までは本来の私の仕事の範囲内だから問題ないけど、そこから一歩踏み込んで手助けしてあげるってこと!」


 そう言うとケティーはウインクして見せた。

 その申し出はとてもありがたかったが隣のフミコの放つ邪悪なオーラが恐ろしい。

 これは素直に申し出を受けていいものだろうか? フミコのご機嫌を取るという意味でも……


 「それは助かるが一体何をするんだ?」


 聞くとケティーがふふんとした顔で懐からムーブデバイスGM-R79を取り出す。


 「これを使うのよ」




 トレーニングルームを出てケティーの売店に向かい防寒具一式を揃える。

 「かい君家にあたしも行く!」というフミコをケティーに任せ、一度それぞれ自室に戻り防寒具に着替える。


 アイゼン、ピッケル、ハーネス、ストック、シュリンゲ、カラビナ、ユマール、エイト環、タイブロック、ロープマン、スノーシュー、アノラック、厚手手袋、防寒帽子、羽毛服、羽毛ズボン、登山靴、サングラス、ヘッドランプにザックの中はシュラフや水筒、双眼鏡、発煙筒などなど……完全にエベレスト山頂クラスに挑戦するかのような登山姿だった。


 ちなみに自分が青、フミコが赤、ケティーが黄色のアノラックを着ていた。


 「で? ケティーも付いてくるってことなのか?」


 自分たちと同じく防寒具を着たケティーに尋ねるがケティーは首を振る。


 「さすがにそこまではちょっと厳しいかな? でもどの異世界なのかさえわかればサポートはできるから」


 そう言ってケティーは桟橋で自分とフミコに「ここで待ってて」と言って次元の狭間の空間に自分たちを残し、1人桟橋の先の異世界へと歩いて行く。


 桟橋の先の空間の歪みの中にケティーの姿が消えるとフミコと顔を見合わせる。

 一体どうするのだろうか?

 数秒の後、桟橋の先の空間の歪みからケティーが戻ってきた。


 へぇ~こっち側からだと戻ってきた時こう見えるのか~と関心していると、ケティーが元気よく「ただいま!」と言ってこっちにやってくる。


 「いや~ほんとに猛吹雪で視界ゼロだね? これは無計画に歩き回らない方がいいよ?」


 言いながら体の至る所についた雪を払い落とす。


 「しかしそれだと一体どうやって探索するんだ?」

 「ふふ~ん、だから言ったでしょ? これを使うって」


 ケティーは言ってアノラックのポケッットからムーブデバイスGM-R79を取り出す。

 ガラケーのようなその折りたたみ式ガジェットをパカっと開き、液晶画面を確認する。


 「ふむふむ……やっぱりそうだ。座標的に間違いない。あの異世界は以前訪れたことがあるね!」


 ケティーの言葉に自分もフミコも驚く。

 ということはケティーはムーブデバイスGM-R79であの吹雪の世界に自在にいけるという事だ。

 つまりは情報収集を頼める!?

 しかし、そんなこちらの考えをケティーは苦笑しながら否定する。


 「あぁ、さすがにムーブデバイス(これ)を使って、先行して情報収集は無理だよ? 多分ムーブデバイス(これ)で移動すると以前訪れた場所に着くし、そこは同じ世界でも桟橋の先で繋がってる場所とはまったく違う地域だろうから……」


 ケティーの言葉にそんなにうまくはいかないかと肩を落とす。

 地球で言うなら桟橋の先が日本の地方都市に繋がってるとして、ケティーがムーブデバイスGM-R79で移動した先がアフリカなり南米だった場合、そんなところで日本の地方都市の情報なんて当然集められるわけがない。

 現代の地球のようなグローバル社会の時代が到来してなかったら尚のことだ。


 「ということは結局は振り出しか……」


 そう言うとケティーが人差し指を立てて口の前でチッチッチと振る。


 「言ったでしょ? どの異世界なのかさえわかればサポートはできるって」

 「でもムーブデバイスGM-R79だと関係ない地域にしか行けないんだろ?」

 「まぁね……でも場所さえわかれば色々と検索ができるのよね~」


 そう言ってケティーはムーブデバイスGM-R79のボタンをポチポチを押し出す。

 そして液晶画面を見て「ビンゴー」と呟いた。


 「あの異世界の世界地図を今読み込んでるからちょっと待ってね」

 「え? 世界地図!?」


 ケティーは軽い調子で言ったがその言葉に衝撃を覚えた。

 そんなものがすぐ手に入るならどれだけ旅が楽になるか!

 しかし、こちらの衝撃とは裏腹にケティーは何でもない風に言う。


 「驚くほどのことかな? そもそも旅商人には必須アイテムだし、地図がなきゃ仕入れ先にも、探索場所にも、売り出し先にも行けないよね?」


 ケティーの言葉に「ごもっともです」とか言いようがなかった。

 

 「はい、今川畑くんのスマホに地図送ったから」


 言われてアノラックのポケットからスマホを取り出すとケティーからメッセージが届いていた。

 メッセージを開くと地図アプリが起動する。


 「その地図を見る限りだと近くに街は1つしかないから、そこを目指せばいいんじゃないかな? 桟橋の繋がる先って転生者か転移者か召喚者かわからないけど、転生者なりとゆかりのある場所なんでしょ?」


 笑顔で言うケティーには感謝しかない。これさえあればあのホワイトアウトの中を進むことに変りはないが確固とした目的地へと足を踏み出すことができる。


 「ありがとうケティー! 本当に助かる!」

 「いいよいいよ! お礼はまた帰ってきてからしてもらうから! そうねぇーデートとかしてもらおうかな?」


 無邪気な笑顔でケティーが言った。

 直後、隣にいたフミコが「あぁ!?」とどす黒いオーラを放つ。

 おっと、これはまずい展開では? と慌ててフミコの手を取り。


 「あははははは……まぁ、お礼はまた後日な! とにかく助かった!! では行ってくる!!」


 とケティーに笑顔で手を振るとフミコの怒りが爆発する前に桟橋の先の空間の歪みの中へと入っていく。

 それを見送ったケティーはため息交じりに。


 「ちぇ、はぐらかされちゃったか……はぁ、私も仕事に行きますか」


 そう言って桟橋を後にする。

 その言葉が2人の耳に届くことは当然なかった。




 猛烈な吹雪が視界を遮り、耳にも風が吹き付ける音しか届かない。

 そんな中をスマホの位置情報を頼りに進む。


 はぐれてもすぐ見つかるようにと目立つ原色の青と赤のアノラックにしたが、この吹雪の中ではたとえ原色でも一瞬で見失いそうだ。

 後ろを歩くフミコとはぐれないようにロープでお互いを繋いでおいたのは正解だったようだ。


 「ねぇ!! かい君!! あとどれくらいなの!?」


 後ろでフミコが叫ぶ。

 振り返ればかなり疲れているように見えた。


 「地図アプリの位置情報によればもうすぐだ! あと少し、頑張れるか!?」

 「うん大丈夫!!」


 防寒具やサングラスに表情は隠されてるが、恐らくは笑顔で答えてるのだろう。

 しかし、それはこちらに心配かけたくないという思いからくるやせ我慢の可能性は高い。

 自分も位置情報のおかけでゴールを確認しながら進んでいるから気持ちを保てているだけだ。


 何も指標がなければ今頃は雪に埋もれて凍死していたかもしれない。

 何にせよ早くたどり着かなければ……


 ホワイトアウトの中を目的の街へと向かってただひたすらと進む。

 体力、気力の限界が訪れる前に……


 そうして冷たく吹き付ける猛吹雪の先に街の灯りが見えたのだった。

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