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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
6章:極寒の異世界

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極寒の異世界(1)

 ここは次元の狭間の空間における食堂。時間は恐らく朝。

 恐らくという表現を使っているのは次元の狭間はいつでも真っ暗なため朝昼晩の区別がつかないためだ。

 明かりの変化がなければ時間の流れを感知しにくい。


 とはいえ、次元の狭間には光を発する天体や時間の流れという概念がないためこれは仕方がないことではある。

 時間とはそれを観測する者がいて初めて成り立つ概念である為、そんな者が本来存在しない次元の狭間では不要な概念であるからだ。


 とは言っても異世界にたどり着くまではここで生活する以上、時間の流れも明りも必須事項だ。

 一様はメンテナンス施設で次元の狭間の空間内の明暗は調整できるため、時間の流れを忘れないためにも自動調整で地球と同じ流れで明暗するようにしている。


 なので次元の狭間の空間の外側の暗黒としか言い様がない景色さえ気にしなければ感覚的には朝なのである。

 そして実際のところはどうであれ朝に食堂にいる以上は当然朝食を摂っているわけだが、どうにも空気がよろしくない。

 その原因は他でもない2人の少女だった。


 「ん~おいしい~! さっすが川畑くん! 朝からこんなおいしい料理食べられるなんてほんと幸せだわ」

 「それはどういたしまして……まぁ実際は奪った能力のおかげなんだけど」


 言いながら隣をちらりと見ると大層機嫌が悪そうなフミコがジト目でこちらを睨んでいた。

 うーむ、どうしたらいいんだこれ?


 広い食堂にはいくつもの長いテーブルと沢山の椅子が並べられているのだが、現在もっともキッチンに近いテーブルに腰掛けている。

 隣にはフミコが座っており、向かいにはケティーが座ってご機嫌で朝食を摂っていた。


 食べながら笑顔で話しかけてくるケティーに対し、フミコはさきほどから無言でこちらをじっと睨んでいる。

 ひょっとしてお口に合わなかったかな? とかいう無粋な質問はしない。

 機嫌が悪い原因はわかっている。そう、向かいに座っている異世界行商人ケティーが一緒に朝食を摂っていることが気にくわないようだ。


 「パーフェクト・クッキングだっけ? すっごい便利な能力だよね? でも料理を実際に行うのは川畑くんなんでしょ? 勝手に能力で料理が出てくるわけじゃないんだから謙遜することないと思うけどな~」


 そう言ってニコニコ笑顔で料理を頬張るケティーとは対照的にフミコは無言でこちらを睨み続けて黙々と食している。

 さて、ほんとどうしたものかな? と悩んでいると、ついにフミコが口を開いた。


 「ところで、なんでケティーはここにいるわけ?」

 「ん? いちゃ悪い?」

 「昨日商品仕入れに行くって言ってどこかの異世界に行ったばかりじゃない! なんでもう戻ってきてるわけ?」


 鋭い目つきでフミコがケティーに問い詰めるが、ケティーは気にせず軽い口調で返す。


 「そりゃ仕入れが終わったからでしょ。案外話がすんなりまとまったからね~」


 そう言ってケティーは満面の笑みで食事を続ける。

 その事にフミコは物凄く嫌そうな顔で舌打ちすると「別に戻ってこなくてもいいのに、なら次の取引先にでも顔出しとけ」と小声で言っていた。


 うん、ほんとフミコってケティーのこと嫌いだよな……

 とはいえ、ケティーは気にしてないというか相手にしてない感じだが、この空気がいつまでも続くのはまずいよな?

 なんとかしないとなーと最近は毎日考えているが妙案は浮かばなかった。


 というか、ケティーも最近は食事は必ず一緒に摂るようになっている。

 以前は売店にいても用事が済めば挨拶だけしてすぐにどこかの異世界に旅立っていたが最近はそうではない。

 フミコがここに来る前はこんな事はなかったのだがなんでだろうか?


 まぁ食事という面に関して言えばパーフェクト・クッキングの能力を得てすぐに疑似世界の騒動が起き、フミコが加わったことを考えれば、別段いい食事にありつけるようになったから滞在時間が延びただけで、フミコが原因ではないんだろうが。

 どうもこの2人の間では何かしらあるらしい。


 (いやー、ほんとこういう状況で俺はどう振る舞えばいいんだろうな?)


 悩んで色々考えてみるがわからん。

 うん、所詮俺は周囲に無関心なコミュ症高校生ですよ……トホホ。

 なのでこの問題はとりあえず後回しにすることにした。


 「ところでケティーの異世界へと渡航する能力は俺らとは別口の技術というかシステムなんだよな?」


 厄介な問題を先延ばしにするという「恐らく一番やってはいけない放置手法」でフミコとケティーの仲をどう取り繕うか? という問題を頭の中から消し飛ばし、今まで気になっていたことを聞く。


 実際、ケティーと初めて会った時もこの事は気になっていたが、カグが「システムが違うから能力は奪えんぞ?」という釘を刺すような一言でそれ以上は踏み込めなかったのだ。

 別段気にする必要はないのだが、今はカグがいないのでこの機会に聞いてみることにした。


 聞かれたケティーは頷くと懐からガジェットを取り出す。

 それは手のひらに収まるサイズの物で、メタリックな表面をした機械だった。


 「そ、この次元の狭間の空間でゆっくり異世界の近くまで行って次元と次元を桟橋に繋げるなんて手法じゃない。このガジェットで()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()手法。これはそのためのツール、川畑くんの持ってるアビリティーユニットGX-A03とは異なるシステム。ムーブデバイスGM-R79」


 言って持っているガジェット、ムーブデバイスGM-R79のボタンを押す。

 すると向かいに座っていたはずのケティーの姿が消えた。

 そして数秒の後、また同じ場所にケティーが現われる。


 「今のが次元転移。一瞬だけどどこかの異世界に行ってたよ」


 そう言ってムーブデバイスGM-R79をテーブルの上に置くとケティーは食事を再開する。

 そんなケティーのマイペースぶりに苦笑してしまう。


 「……ここみたいに数週間なりかけて移動するのとわけが違うな。なんとも羨ましいシステムだ。行き先も決められるんだろ?」


 その質問にケティーは一旦食事を中断すると、テーブルの上に置いたムーブデバイスGM-R79を手に取り、両手でパカっと開ける。

 どことなくガラケーのようだったが、開けた中身もそのまんまガラケーのようだった。

 開けた中身は半分は液晶画面で半分はボタンがぎっしりと並んでいる。


 「それ折りたたみ式だったんだ」

 「そう、川畑くんの世界のケイタイ電話だっけ? それにそっくりでしょ?」

 「あぁ」

 「このボタンで座標を打ち込んで行きたい異世界を指定するの。そうすれば後は折りたたんで外のボタンを押せば即転移ってわけ。でも、川畑くんが考えるほど万能ってわけじゃないよ?」

 「そうなの?」

 「まぁ、タイムラグなしで移動できるって意味では川畑くん的には便利に見えるかもだけど。これには色々と制約があってね。すぐに異世界に移動できる代償に行った先で色々と制限されるんだ」

 「例えば何が制限されるんだ?」

 「ん~異世界によってバラバラだけど。行動範囲だったり接触制限だったり情報統制だったり。ある程度計画立てて行くけど、その時の思いつきで調達場所や調達物資が追加できないのよね……言うなれば予定にない行動はできない。あらかじめ提出した計画に基づかない行為は許可されないって感じ?」


 言うなればルールに従ってる限りは自由に色んな異世界を行き来できるが、それはあらかじめ決められた行動の範囲でのみということか。

 気ままに自由に異世界探索ライフ! っていうのはできないシステムってわけだ。


 「あと行ける異世界も制限があるね。私が本来いた世界より上位の次元の異世界には行けないの」

 「ん? 上位の次元の異世界?」

 「あれ? 聞いてない? 異世界が数多くある理由」


 ケティーに聞かれて、そう言えば地球でカグが言っていたことを思い出す。

 確かブラックホールの中で新たな宇宙が生まれ、そしてその宇宙の中でもまたって話だったか。

 つまりケティーの持ってるムーブデバイスGM-R79ではケティーが元いた世界の宇宙より下の宇宙か横の宇宙にしか行けないわけか。


 そんな会話を続けていると、さきほどからご機嫌斜めだったフミコがより一層不機嫌になり、ついに自分の足を思い切り踏みつけてきた。


 「っ痛! フミコ!? 何すんの!?」

 「かい君さっきからずっとケティーとばっか喋ってる!」


 そう言ってフミコは頬を膨らませる。

 そうすると怒っているのだが、どことなく小動物っぽかった。

 なので「うわ、なんだこのかわいい生き物は?」と思考があらぬ方向に行きかけたがすぐに気を持ち直す。


 「ごめん、ちょっと気になったから聞いただけだって」

 「あたしだってかい君と楽しくお喋りしながら食事したいよ! あたしも混じれる会話して!」


 フミコの懇願にそうだよな、フミコは今の会話には混ざれないよなと反省する。

 しかし、そのやり取りを向かいで見ていたケティーは。


 「え~でもフミコも混ざれる話題ってなったら埴輪の品評くらいしかなくない?」


 とんでもない事を言い出した。

 そしてその一言でフミコがついにキレた。


 「ケティーあんたね……いい加減にしろーーーーーー!!!!!」


 その後、フミコとケティーの取っ組み合いの喧嘩が始まった。

 うん、これで何回目だろうか?

 ほんと、この2人をどうすれば仲良くできるだろうか?



 「はぁ……はぁ……と、ところで川畑くん。もうそろそろ次の異世界に出かけるの?」


 取っ組み合いの喧嘩からしばらくして息を整えながらケティーが聞いてきた。

 ちなみに喧嘩の勝敗はつかなかったようだ。


 「まぁ、頭痛も治まったし、到着したってことだろうから片付けたら出発するつもり」


 言ってキッチンの流し場で3人分の食器を洗う。

 スポンジで皿をこすりながらフミコの様子を確認すると今はブスーっとしてテーブルに突っ伏していた。


 やれやれ、これは異世界に行ってケティーがいなくなってから何かしらフォローいれないとダメかな? と思考を巡らせる。


 するとケティーがキッチンの中に入ってきて布巾を取っていくとテーブルを拭きだした。

 あ、片付け手伝ってくれるんだ! と思ったらそのまま突っ伏してるフミコのところまで行き。


 「ちょっと掃除の邪魔だからどいてくれない? っていうか食べるだけで片付けも掃除もしないなんていい身分ね~?」


 なんか煽りだした。

 おいおいおい!? まさか喧嘩の続きするんじゃないだろうな? と戦戦恐恐としていると。


 「は? 何いい子ぶってるの? ここの掃除はあたしがするの!!」


 バっと起き上がってフミコも布巾を手に取ると物凄い勢いでテーブルを拭きだす。

 それを見てケティーは満面の笑みを浮かべ。


 「じゃあお掃除任せたわね! あ、お仕事取られちゃった~」


 そんな事を言い出した。

 こいつ、策士か……


 さて、そんなこんなで朝食と後片付けを済ませ、食堂を後にし広場へと出て出発の準備をする。

 とは言っても、フミコは必要な物は翡翠の首飾りに仕舞えるためほぼ手ぶらで、実際巨大なザックなどを背負うようなことはない。

 自分も持ってる荷物は少し大きめのウエストポーチを腰につけているだけだった。


 広場から桟橋へと移動し、その先の次元の狭間の空間の一番端っこである出口、あるいは入り口の前に立つ。

 すでに桟橋の先は歪んだ空間になっていた。

 異世界と繋がった証拠だ。


 「じゃあ行ってくる!」

 「うん! 頑張って! 私も2人が旅立ったら仕入れに出掛けるから」


 ケティーが笑顔で手を振り見送る。

 フミコはそんな自分とケティーのやり取りにブスーっとして頬を膨らませて不満を示すが、一様はケティーに声をかける。


 「じゃあ、行ってくるからケティーもさっさとどっか行ってよね!」

 「はいはい、フミコもガンバッテー」

 「なんで棒読み!?」


 フミコが怒るがここでまた喧嘩が始まっても困るので「はいはい行こうな」と促す。

 こうして空間の歪みを潜り、4つ目の異世界へと足を踏み入れる。


 踏み入れたのだが………


 「ん?」

 「へ?」


 2人してマヌケな声をあげた。

 異世界に足を踏み入れて1秒。世界が真っ白に染まった。

 ビューと猛烈な吹雪の音がし、凍てつく寒さが肌を襲い。

 まだ異世界に来て一歩しか踏み出してないのに足が雪に埋もれた。


 視界などない。銀世界、いや吹雪で視界ゼロ。

 次元の狭間が暗黒の空間に対して正反対の真っ白に染まった光景だった。


 「いやこれ無理!!!! 凍え死ぬわ!!!!!!」


 異世界に足を踏み入れてわずか数秒。

 死の危険を感じ、即次元の狭間の空間に戻っていた。


 これは大変な世界に辿りついてしまったぞ?

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