フミコの次元の狭間の空間入居初日
ここは次元の狭間の空間、数多の異世界を巡る異世界渡航者・川畑界斗の活動拠点である。
その空間は1人で使うにはかなり広く、まだまだ施設を追加できるスペースはいくらでもあった。
そして、此度の疑似世界騒動において、なんと! 数多の異世界を巡る旅路に新たな仲間が加わったのだ!!
その名もフミコ!! ヒロイン降臨である!!
というわけでフミコの部屋というか、就寝施設というか、家が必要だろうということでフミコのプライベートスペースを作ることになったのだが……
「え? なんでかい君と別々なの?」
フミコが不満な表情でとんでもない事を言い出した。
「いや、そりゃそうでしょ」
「え? でもかい君の家はあるんだよね?」
「そりゃね、コテージのようなあっこ。あ、コテージってわかる? とりあえずあそこの中に自分の部屋だけ再現されてる。自分の部屋ってのは本来の日本での我が家での自室のことね」
そこまで言って、しかしフミコは「ん?」といった表情をしていて、理解が追いついてないようだった。
おかしいな? 真っ先にラーニングマシーンで簡易的に知識を授けたはずなのに……
しかし、直後フミコがとんでもない事を言い出す。
「あたしはかい君と一緒に寝たいんだけど」
「ブホォーーーーーーー!!!!」
思わず吹いた。
え? フミコさんマジですか? 本気で言ってますか?
「あの? フミコさん? さすがに年頃の男女が同じ屋根の下、布団を共にするのはね……うん、いや、その、俺も理性を保てる自信がないといいますか、ねぇ?」
そう言うとなんだかフミコが寂しそうな表情をするので、ここは漢としてちゃんと要望通りしないといけないのでは? と思い始めるが、そんな心の中の欲情に駆られた魂を脳外に排出すべく煩悩退散を一生懸命唱える。
自分は精神世界でフミコに無我夢中で何を言ったのか思い出せない。
そんな状態で流されるまま関係を持つのはまずい気がする。
他に誰もいない空間で真面目だと笑われるかもしれないが、この一線を越えてしまうともはや人類から猿に退化するような気がしてならない。
人類は理性を保てる脳があるからこそ人類なのだ。うむ。
「と、とにかく!! 俺の部屋は狭いし色々大変だからフミコの家は必要だよ! ほら服とか諸々大事でしょ?」
慌てて言うが伝わってるかはわからない。
だがフミコは渋々といった感じで承諾する。
はぁ、なんだがこの先大変そうだな……そんな予感がする。
アビリティーユニットをメンテナンスするための施設からタブレット端末を取ってくる。
本来、次元の狭間の空間内に施設を追加する時はメンテナンス施設で行うのだが、施設の外でタブレット端末を使いながら実際にどういう感じになるかな? と見ながら施設追加をすることもできるのだ。
なので広場でまだ施設がないトレーニングルームの横にフミコの住まいを追加するためタブレット端末片手に現場に来ているわけだが。
「フミコ、どんな家がいい?」
訪ねるとフミコは少しだけ考えた後。
「お任せで!」
と、こちらに丸投げしてきた。
マジか? いいのか? というかお任せが一番困るのだが?
さて、ここで問題。フミコの家を作るにあたり一体何が正解だろうか?
1、まさに弥生時代の文化に合わせて竪穴式住居。
2、まさに弥生時代の巫女に合わせて高床式神社。
3、現代のプレハブの仮設式住居。
4、現代のコテージ。
5、テント。
さぁ~てどれだ?
わからないので1番から順番に一度仮配置してみるよ?
1番、まさに懐かしいというか一番親近感が湧くだろう! と思ったが……
「これどう?」
「………」
無反応だった。
あんれ~? おかしいぞ?
よ、よし気を取り直して2番だ!
まさに弥生時代巫女のお立ち台でしょ! テンション上がってくれるんじゃね? と思ったが……
「これはどうかな?」
「………」
無反応だった。
むむむ? おかしいぞ? もしかして自分の時代にはもう興味がなくなったかな?
なら、ここからは現代コンボだぜ!! きっといい物件が見つかる!
某CM曲は歌わないぞ? まずは3番いってみよう!
「どう?」
「………」
やはり無反応。
なぜだ? おかしいぞ? 何もヒットしていない? バカな!?
しかし、次は確実にくるぜ!! そうに違いない!! 本命4番いってみよう!
「これなんかよくない?」
「………」
眉1つ動かさなかった。
表情に変化がない……マジか?
コテージですよ? 別荘の定番ですよ?
え? まさか………そうなのか? 本当にそうなのか?
まさかの5番なのか!?
最後の砦、テント! 果たしてその反応は!?
「これはどう………」
「かい君……」
初めてフミコが表情を見せた。
笑顔でこちらを向くと。
「ひょっとしてあたしのことバカにしてる?」
軽く眉間にしわが寄っていた。
めっちゃ怒ってますやん!!
とりあえず平謝りして2番の住居をフミコにプレゼントした。
■フミコと施設案内~倉庫編
次元の狭間の空間でのフミコの家を作ってからその他の施設を説明して回ることにした。
これから共に過ごすわけだし、まずは一通り案内しないと。
というわけで施設群を回るわけだが……
「ここが倉庫ね、一様今は冷蔵しなくていい食料だとか諸々ぶっ込んでるけど……」
そこまで言って、そう言えばフミコがつけてる翡翠の首飾りには翡翠の数だけ収納できるんだから倉庫は使うことないか? と思ったが。
「ここに荷物とか置いていいの?」
「プライベートな物は自室に置いといたほうがいいと思うけど、そうじゃないなら」
「そっか、じゃあこれ置いとくね」
そう言って、何か土器のような壺を置いた。
「それ何?」
「お酒」
「………はい?」
「ん? だからお酒。えっと、かい君の時代の言葉だと発酵酒だっけ?」
「発酵酒……だと!?」
フミコが放ったワードに思わず固まってしまった。
おいおいマジかよ!? 発酵酒?
まぁ、それはいい、ただの発酵酒ならな……
だがしかし、フミコは弥生時代の人間だ。思い出せ、弥生時代のお酒の造り方を!
当時のお酒は米なんかの穀物を口に含んで噛んで、それを甕なんかに入れて発酵させるのが一般的だったとか何とか。
これは、最も原始的な酒造りの方法で、要は一度食べた物を出して発酵させた飲み物だ。
うむ、これは少し……いやかなり人によっては難色を示すかもしれない。
特に潔癖症の方なんかは軒並みアウトだろう。
まぁ、これに限らず古今東西、製造方法や原材料を知らなければよかったと思う食べ物、飲み物は沢山あるが……だが、それ以上に重要なことがある。
今、フミコが出した発酵酒を誰が造ったか? ということだ。
「フミコ……その発酵酒はもしかして、フミコが造ったのか?」
恐る恐る聞くとフミコがコクっと頷く。
マジか! つまりその酒は……
「えっと……飲む?」
「………あのですね、現代日本では未成年の飲酒は禁じられてましてね……」
とりあえず丁重にお断りした。
いや、フミコが造ったのならいいんだ……あのニギハヤヒだとか知らないおっさんやらが造ったのでなければ!
むしろフミコ作の発酵酒なら喜ぶべきだろうが、ここは現代日本の法律に従おう。
何か目覚めてはいけない境地に達しそうだし。
■フミコと施設案内~食堂編
倉庫でのあれやこれが終わってから広場を横切って食堂へとやってきた。
「ここが食堂ね、ご飯を食べるところなんだけど。奥で調理もできるから……」
とキッチンも案内しようとして疑似世界での例のフミコ料理を思い出す。
あれが弥生時代飯がまずいのかフミコの料理の腕が壊滅的なのかわからないが、本能がこれ以上はまずいと告げる。
「まぁ、飯については俺が作るからフミコはここでご飯を食べるとだけ覚えといて」
「え? かい君あたしもご飯作るの手伝うよ?」
当然と言えば当然だが、フミコは自分も料理すると言い出した。
さて、どうする? フミコを傷つけず説得することができるか?
考えたが妙案は浮かばなかった。
「気持ちはありがたいけど俺にはパーフェクト・クッキングっていう能力があるんだ。だから俺が作ったほうが効率がいいから」
「……そう。わかった、じゃあご飯は任せるね」
フミコがなんだか寂しそうに言った。
そんな顔を見ると心が傷むが、しかしこればかりは仕方がない。
美味しい食事は1日を過ごす上でとても大事だ。
「じゃあ、料理しない代わりにこの食材置いとくね!」
そう言って発酵酒の時と同じくどこからか大量の食材を台の上に置く。
恐らく翡翠の中に収納していたものだろうが、何か色々雑穀だとか生魚だとか何かの肉が大量だった。
雑穀についてはよくわからない穀物が多く、魚や肉についても明らかに傷んでいた。
そういや翡翠の収納は時間の流れが外の世界と同じで傷みやすいってカグが言ってたっけ?
パーフェクト・クッキングを使えば傷んだ魚や肉の使い道もわかるかもしれないが、ほとんどは捨てることになりそうだ。
あと穀物類は一体どうしましょう?
そういえば、弥生時代は稲作が始まって食に改革がもたらされたとはいえ、固い穀物が多くしっかり噛まないといけないから弥生時代の食事時間は今より長かったって授業で習ったな……
あの穀物達は大丈夫だろうか?
「あ、ありがとう……使わせてもらうよ、はは、これは美味しい料理ができそうで楽しみだー」
若干棒読みなのは勘弁いただきたい。
とにかく生ものは後に選別が必要だが今は使ってない大型冷凍庫にぶっ込んでおく。
「さて、次行こうか!」
■フミコと施設案内~温泉編
食堂を出て温泉へとやってきた。
トイレに関してもこの広い次元の狭間の空間内においてトレーニングルームとここにしかないという状況なため場所を覚えておいてもらうためにも必要だろう。
ちなみに食堂や他の施設にトイレを追加しようとしたら「ポイントが足りません」と謎のメッセージが出るのだった。
ポイントって何だよ? アビリティーユニットの機能を追加するのもポイントがいると言ってたがそれのことだろうか?
とにかく温泉施設をフミコに案内するが、そこで衝撃の一言が。
「え? 水浴びじゃなくて湧いた湯に入るの?」
温泉を見てフミコがビックリした顔をした。
まじか……いや、そうだろうなって思ってはいたが、やっぱ川で水浴びだったのか。
とはいえ、地域差もあるのだろう。
遺跡によっては縄文時代のものでも地中から湧いた湯を貯めるための大石がほぼ環状に並んでおり、硫化物の臭いが鼻をつく、硫黄質の湯が湧いていたことは確実な遺物があるという。
恐らくはフミコのいた地域はそういった源泉のない地域で、川で水浴びしか選択肢がなかったのだろう。
もしくは遠征しないと源泉にたどり着けなかったか。
何にせよフミコにとっては風呂は衝撃だったようで、何やらソワソワしていた。
そういやボディーソープやらシャンプーやらリンスやらも女性用のものを用意しないとだよなー。
化粧品やら肌をケアする的なのもいるんだろうか? しがない男子高校生にはわからないとです……
それを考え出すとキリがないが弥生時代人だからそんなの知らないだろうし、いらないだろって考えはよくないよな?
正直、精神世界では気にならなかったが疑似世界に戻ってきてからはフミコを抱き寄せる度に少し臭いが気になったし……うん、後で売店で買うか。
あと真っ暗な空間しか見れないから風情も何もないが露天風呂であるため開放的ではあるが、フミコも使う以上は覗き防止の壁を追加したほうがいいのか?
いや、自分とフミコしかいない空間でこれもおかしな話なんだが……
そして風呂以上に衝撃を受けていたのがトイレだった。
トイレの登場にはこれにも地域差があり、縄文時代から川で余を足す習慣があったが弥生時代も引き続きそれが続いたところもあれば環壕に捨てていたところ、下水道のような遺跡が発掘されているところなど様々だ。
フミコのいたニギハヤヒの国がどれに当てはまるかはわからないが、便器にひどく感動しているあたりお察し案件だろう。
あと扉の外からしか確認していないが、いや、決して聞き耳を立てていたわけじゃないがウ○シュレット初使用時の反応がまるっきりウ○シュレット初体験の外人そのものだった。
ちなみにウ○シュレットはTOTOの、シ○ワートイレはINAXの登録商標名称だから温水洗浄便座って言わないとダメだぞ。
■フミコと施設案内~コインランドリー編
温泉施設を出るとすぐ横のコインランドリーへ入る。
2つ目の異世界で雑貨屋の能力を奪って自室の衣類が解放されて、衣類の洗濯が必須になってから追加した施設だが、洗濯室と呼ばずお金も払わないのにコインランドリーと呼んでるのは少しでも街で生活してる雰囲気を作るためだ。
ずっと1人だといくら趣味がない自分でもそのうち気が滅入ると思って作ったものだったが、フミコという異性とこれから過ごす上では正解だったのかもしれない。
ちなみにフミコは自動で衣服を洗ってくれる、乾燥もしてくれることに驚いてずっと興奮しっぱなしだった。
まぁ、弥生時代の人間からしたら衝撃的だよな、この施設は。
■フミコと施設案内~アビリティーユニットをメンテナンスするための施設編
コインランドリーを出てメンテナンス施設にやってくる。
ここはアビリティーユニットをメンテしたり次元の狭間の空間内のメンテや施設を追加する場所だからフミコには関係ないように思えるが、次の異世界の言語を簡易ラーニングできるマシーンはここにあるので教えておかないといけない。
とはいえ、フミコはすでに基礎的な知識をここで簡易ラーニングしている。
なので、今は別の要件だった。
メンテナンス施設の内部を拡張して医療施設であるメディカルセンターを追加したのだ。
理由は簡単。フミコの体を検査するためである。
現代と違って弥生時代は当然医学など全く発達していない時代。
平均寿命も40歳程度だったと考えられるほどである。病気や疾患など調べなければならない。
特に体の内部に至っては寄生虫である回虫の調査はしなければならない。
回虫は現代において世界で最も駆虫に成功した寄生虫の例とされるが、そんな現代人と違って弥生時代ではまだまだ現役のはずだ。
当然フミコも感染しているだろう。回虫の寄生率はかなり高いため早急に検査して発見し駆除しなければならない。
とはいえ、回虫の寄生が花粉症やアレルギー性鼻炎に効果があるという学説もあるため一概に駆除が正しいのかは素人にはわからない。わからないが駆除するに越したことはないだろう。
メディカルセンターでフミコの状態をチェックし終えると、その日は安静のためフミコをさきほど作ってあげたフミコの家に帰した。
色々と治療なりがあったため、明日以降は栄養面などご飯のメニューを考えないといけない。
■フミコと施設案内~トレーニングルーム編
翌日、復活したフミコを連れて施設案内を再開する。
とはいえ、もうそこまで紹介する場所もないのだが一様ここは教えておかないといけない。
何せフミコの家の隣になる大きな施設なのだから。
「それにしてもほんと大きいね、この建物」
「まぁ外観は東京ドームほどあるからな」
言ってからフミコにその例えはわからないかと思ったが以外にもフミコはへぇーと頷く。
あれ? 東京ドームをご存じ? あ、簡易ラーニングのおかげか。
すげーな簡易ラーニング、なんでそこを教えるかな?
もっと他に教える知識があるだろ?
「それで、あたしもここは使えるの?」
「もちろん! 自由に使っていいよ」
「中はどうなってるの?」
「まぁ、見た目以上に中は広いよ? 正直物理法則が崩壊してるからね……AR機能を使って対人、対怪人、対怪物戦闘を疑似体験できる戦闘シミュレーションルームにウエイトルーム、各種格闘技のトレーニング施設を参考にした部屋や射撃場。米軍露軍の特殊部隊の訓練施設を模した部屋や警察の特殊部隊の訓練施設とか。あとロッククライミングやボルタリング施設も追加したな。乗馬訓練の施設も」
「えっと……??」
「あ、ごめん。たぶん見た方が早いよな?」
言ってトレーニングルームの中を案内する。見た目以上に中が広いためすべて回るのに結構な時間を費やした。
ちなみにフミコが最も興奮していたのは施設内のプールとシュワールームだった。
水浴びはここでしていい? と風呂代わりにしたがっていたので温泉に入ろうな? と説得した。
競泳訓練してる時に裸の女の子が水浴びにくるなんて状況はさすがにまずい。
■フミコと施設案内~謎の巨大な宇宙船のようなもの編
トレーニングルームを見て回った後、広場の奥の閉ざされたゲートの前へとやってきた。
とはいえ、ここから先は「まだ解放されてないスペース」という謎の理論で行けないため紹介する必要はないのだが、一様は説明しとかないといけない。
「あの大きいの何なの?」
「何だろうな? 俺にもわからん」
フミコが閉ざされたゲートの先にあるSF映画やSFアニメに出てきそうな謎の巨大な宇宙船を指さして言ったが、こちらもあれの正体がわからない以上答えようがない。
これもあれか? ポイントでどうにかするのか?
ほんとポイントって何だよ?
「まぁ、ここはこの先には今は行けませんよってことで……」
「はぁ……まぁ、そういうことなら」
興味がある人間なら巨大な宇宙船に興奮して何とか近くに行けないか? 間近で見れないか? って食いつきそうなもんだが、弥生時代人にはSFロマンというものはなく受けなかったようだ。
さほど興味を示さず自分と共にあっさりとその場を後にした。
■フミコと施設案内~売店編
広場の奥の閉ざされたゲートから広場に戻ってくるとプレハブ小屋が目にとまる。
そのプレハブ小屋の横にはリヤカーが数台置かれており、何やら布が被せてあった。
そしてプレハブ小屋の入り口には看板が掲げられており、汚い殴り書きでこう書かれていた。
「異世界行商~旅する商店へようこそ!」
それを見てフミコが首を傾げる。
「かい君これって?」
「あぁ、売店だな」
「売店?」
「この次元の狭間の空間はこのままでも生活に支障はないが、それでも何か必要な物が欲しい時はここで買えるんだよ。まぁ買うのは主に食材とか日用品の消耗品ばかりだけど」
あと本やらゲームやら玩具やら映画のDVDやらと娯楽品も売ってるが自分は特に興味がないので買っていない。
食材は今は足りてるので大丈夫だと思うがフミコの日用品、服やらそれこそお風呂の用意など買わないといけないだろうと思い中へと入る。
中は驚くほど広かった。
外観が小さなプレハブ小屋なのに対して、中はその数倍の広さがありホームセンターやスーパーのように、食材の棚や日用品の棚、本棚、娯楽棚と分かれている。
その光景にフミコが驚いて口を開けたまま、キョロキョロと周囲を見回している。
その姿を見て思わず吹きそうになったが、なんとか笑いを堪える。
まぁ、こんな光景弥生時代じゃ拝めないもんな!
そう思って買い物カゴを取りフミコの日用品をそろえるべく商品を探し始めると奥から1人の少女が手を振りながらやってくる。
「いらっしゃ~い! 川畑くん元気にしてた?」
やってきたのは小柄で金髪碧眼、少しクセ毛がかった後ろ髪をポニーテールでまとめている少女だった。
彼女の名はケティー・マーシャント。
とある異世界において旅商人の娘であった彼女は立派な旅商人となるべく父と離れ修行していたのだが、幼少期に定住していた村で幼馴染みだった少年と再開し、何やかんや彼が抱えている事件に巻き込まれ、竜の少女と幼馴染みの少年を取り合う間柄となり、色々あって今はとある異世界から飛び出して数多の異世界を股にかける異世界行商人となったのだ。
「ケティー久しぶり! 今日はいてくれてよかったよ。無人のレジにお金だけ置いて行くのは申し訳なくてさ」
「ははは、川畑くんはほんと真面目だね? 前にも言ったけどここにある商品はある意味すでにそっちが全部お買い上げしたものだから遠慮しなくていいのに」
笑顔で答えるケティーだが、どうにも言葉通りには受け取れなかった。
カグ曰く前もってすでにお金をケティーに一括で払っているらしく、ここにある商品はすべて気にせず持っていっていいらしい。
お金というかゲームセンターのコインのようなものを誰もいない時はレジに置いていくが、あくまでそれは減った在庫を補充する際の目安なだけのようなので極論を言えば別段置かなくてもいいらしい。
しかし、そんな便利さになれてしまい、それが当たり前になると地球に帰還した時や、それこそ訪れた異世界で万引きまがいの行為を無意識でやってしまいかねない。
なので、ここは節度を保っているわけだ。
「ところで今日は何を買いに来たの?」
「あぁ、新しく仲間としてフミコが加わったからさ。フミコの日用品を揃えないと……あ、紹介が遅れたな。この子がフミコ。背景を説明するのが難しいんだが……まぁ、俺の世界での古代の巫女ってところかな?」
言ってフミコとケティーを引き合わせるが、どうにもフミコの反応が薄かった。
一方のケティーはニコニコ営業スマイルをしている。
「へぇ、あなたが川畑くんの仲間になった子なのね? 私はケティー、色んな異世界を回ってる行商人よ。よろしくね!」
ケティーが自己紹介をしてフミコに手を差し出すが、差し出された手を見てしばらくフミコは黙っていた。
その事に営業スマイルのままケティーが首を傾げるが、やがてフミコも手を出して握手を交すと。
「はい、フミコです。よろしくお願いしますケティーさん、ところでかい君とはどういう関係ですか?」
笑顔だが抑揚のない淡々とした言い草でフミコがケティーに尋ねる。
聞かれたケティーは営業スマイルを崩さず淡々と答える。
「ただの商人と客の関係ですよ? 他にどう見えます?」
「そうですか、そうですね? ならあまり親しくする接するのやめてもらえます? かい君が勘違いしたら大変なので」
「ん~お得意様と仲良くするのは商売人として当たり前と思いますけど? それのどこがいけないのかしら? 接客業ってご存じ?」
「それが何なのかわかりませんけど。かい君にはあたしっていうパートナーがいますから、妙な気を起こすような行為は慎んでもらえますか?」
「ん~古代の巫女って話だけどまだ商売って概念がない時代の方なのかしら? それならまずは人の文明というものをまず勉強すべきでないかしら?」
「はい?」
「それに第一、このぐらいの接客態度で川畑くんが私に妙な気を起こすとしたら、それはあなたに川畑くんを引き留める魅力がまったくないってことじゃないの?」
「……ちょっと今のどういうことですか?」
お互い笑顔で握手しながら段々とヒートアップしていく。
あれ? これなんか雲行きが怪しくね?
「かい君ちょっとこの人とじっくり話したいことがあるので外に出ますね」
「奇遇ね、私もちょ~っとあなたに言いたいことがあるの。川畑くんはゆっくり買い物しててね?」
2人が笑顔で言うと外に出て行った。
えっと……どうしようか?
とりあえず何も見なかったことにしてフミコに必要な日用品を選んどくか……
本当なら同じ女性のケティーにフミコの日用品について相談したかったがあの様子じゃちょっとな……
仕方なく棚に並んだ商品を物色することにした。
外から聞こえる音には耳を貸さないことしよう。
うん、平和が一番。
それから数時間、店から外には出られなかった。




