邪神結社カルテル(11)
「あらあら、それを許すと思ってるの?」
ルーニャから地図を受け取ったカイトがその場から離れるのを見て、パルアはカイトへと杖を向けようとするが。
「させると思ってるわけ?」
ルーニャが素早く反応した。
腰からナイフを引き抜くと一気にパルアとの距離を詰めてパルアへと斬りかかる。
「ち! 山賊風情がいきがってんじゃないわよ!」
「そう思うんだったら反撃してみたら? できないでしょうけどね!!」
「こいつ!!」
ルーニャに懐へと入り込まれたパルアは杖を振るう事ができず、ルーニャが振るってくるナイフをかわす事しかできなくなった。
なので、ルーニャの斬撃をかわしながらパルアは邪教徒たちへと叫ぶ。
「仕方ない、あんた達!! 逃がすんじゃないよ!!」
しかし、パルアのその命令は邪教徒たちには届かない、当然だ。
何せ彼らはすでにココたちによって倒されているのだ。
この場を去るカイトたちを止められる者など誰もいない。
その事に気付いたパルアは舌打ちすると大きく後ろへと跳躍してルーニャから距離を取り、杖を地面に向けて横殴りに振るった。
すると杖先から熱線が放たれ、地面を横一閃に抉っていく。
それを見てルーニャは追撃をやめた。
ルーニャが追撃してこないのを見てパルアは一息ついて杖をルーニャに向けたまま周囲を見回し悪態をつく。
「まったく……何が精鋭揃いの第三管区の信徒たちよ、役に立ってないじゃない! 使えない連中ね」
そんなパルアを見てルーニャが鼻で笑った。
ルーニャのそんな態度にパルアは苛立ちを見せる。
「何がおかしい?」
「はん、おかしいに決まってんでしょ? 誰が好き好んでサイコパス女に付き従うわけ? まともな人間だったらお断りに決まってんでしょ。大方、第三管区のお荷物押しつけられたってとこじゃないの? そんな事にも気付かないなんて、頭大丈夫?」
「こいつ……山賊風情の分際で」
苛立ったパルアの言葉にルーニャはニヤリと笑うと。
「山賊風情ね……そうやて他者を見下してるから誰も付いてこねーんだよ、このサイコパス女が」
そう吐き捨てて眼鏡を取り、おさげ髪をほどく。
そして、肩に手を当てて腕をぶんぶんと回し、軽いストレッチを済ませると。
「もうカイトさんは行ったし問題ないな……ふぅー猫被るのも疲れるわ」
そう言って首に手を当ててゴキゴキと鳴らすと、その態度はさきほどまでと打って変わってガラが悪いといった印象を受けるものになった。
そんなルーニャに対して山賊たちは。
「いや、本性まったく隠せてなかったよな?」
「ボス、誰がどう見ても手遅れだったですぜ?」
「やめろ、お前ら察してやれ! うまく猫被ってやり過ごせたと思い込んで自分を騙してるんだ、そうしなきゃ、精神がもたない」
そう口にするが、そんな山賊たちをルーニャは睨み付ける。
「おい、お前ら、何好き放題言ってくれてんだ?」
「すんません」
「ち、まぁいいや……とにかく今はあのサイコパス女だ。さっさとぶっ殺してカイトさんの後を追うぞ」
ルーニャがそう言うと山賊たちも頷いてそれぞれが武器を手にする。
そんなルーニャたちの様子を見てパルアはため息をついた。
「呆れた……勝てると思ってるわけ?」
「あぁ、思ってるね! むしろ負ける要素がないな? サイコパス女!」
「はん、山賊風情がどの口で言う」
そう言ってパルアは杖をルーニャたちのほうへと向けるが、しかしルーニャはニヤリと笑うと。
「サイコパス女、その杖、もうそろそろ打ち止めなんじゃないの?」
「っ!!」
そう指摘した。
ルーニャの発言にパルアが思わず動きを止める。
そして眉をひそめた。
「お前、なんでそれを?」
「そりゃ一目でわかるさ。その杖、もう禍々しいオーラ放ってないじゃん」
「……」
ルーニャに言われてパルアは杖を一旦下げると懐に手を突っ込み、小さな巾着袋を取り出した。
そして巾着袋を広げるとその中身を手にしている杖に向かって振りかけた。
果たして、その巾着袋の中身はなんだったのか?
異臭を放つ、謎の粉末が杖の表面へとふり注ぎ、そして杖から再び禍々しいオーラが放たれた。
「ふふ……まさかストックを使う事になるなんてね?」
パルアはそう言って不敵に笑うと杖を再びルーニャたちへと向ける。
ルーニャはそんな杖を見て鼻で笑うと。
「で? 今度は何人分補充したんだ? まったくとんだサイコパス女だな」
そう尋ねた。
するとパルアから余裕の表情が消え、ルーニャを睨み付ける。
「お前、どうして」
そんなパルアとは打って変わってルーニャは小馬鹿にした表情を浮かべると。
「わかるさ、だって私はそういったものを感じ取れるからな?」
そう言ってパルアが持つ禍々しいオーラを放つ杖を指さした。
「その杖、人の霊魂を無理矢理憑依させてるんだろ? そしてその霊魂が放つ怨念を媒介に強力な魔法を放っている……憑依させてる霊魂があんたへの恨みつらみのヘイトを振りまいてるところをみるに、大方憑依させてるのはあんたが殺した相手の霊魂じゃないのか? しかも男か……あぁ、自分好みの男に近づいて誘って騙して殺して魔法の肥料にしてたのか。とんだサイコパス女だな?」
「っ!!」
ルーニャの指摘にパルアは驚き目を見張る。
「なぜそれを? この魔法の事はごく一部のカルテル上層部しか知らないはず」
「でもベルシにはバレてたんだろ? だから捕まって魅了で親衛隊にされた」
「黙れ! それはお前も同じだろ!」
「確かにな……だから知ってるんだよサイコパス女」
「は?」
「ベルシにあんたの事を教えたのは私だからな? 順番としては私が先にベルシに捕まって魅了で親衛隊にされて、そしてベルシにあんたの情報を提供した。まぁ、魅了にかかってた以上、ベルシの言いなりだから拒否する事は不可能だから私を恨むのは筋違いだぞ?」
そうニヤニヤしながらルーニャが言うと、パルアはさらに困惑する。
「ちょっと待て! その理屈だと、お前はベルシに捕まる前からこの魔法の事を知っている事になる! 一体お前はどこでその情報を!? 山賊風情がカルテル上層部やセフィラたちと接点があるなど」
「まぁ、私にカルテル上層部や幹部のセフィラ持ちとの接点なんてないな? 当然だろ? 連中が使い捨ての駒か消耗品程度にしか思っていない山賊に声をかけたり、重要な情報を漏らすわけないじゃないか」
「だったら、なんで!」
そう叫ぶパルアに向かってルーニャは右手を突き出すと。
「ここスロル山は古代遺跡ってだけあって、記憶が途切れかかってるけどかなりの数の霊魂が彷徨ってるよな? 人や獣ともにな」
その右手の先にゆらゆらと鬼火のようなものがいくつも浮かび上がった。
それを見てパルアは驚き目を見張る。
「なっ!? お前それは!!」
「驚くような事か? 同じように殺したやつの霊魂を杖に憑依させてるサイコパス女のくせに」
パルアの驚く様を見てルーニャは口元を歪めると。
「でも確かに、殺した相手の体の一部をすり潰して媒介となる呪物を作らないといけないサイコパス女とは格が違うかもな? だって私はそんな呪物なんかなくてもそこら中に彷徨う霊魂を使役できる……ゴーストテイマーだからな!」
叫んで、突き出した右手を横凪に振るった。
するとルーニャの前にいくつも浮かび上がっていた鬼火が半透明の実態を持たない異形の姿へと変化する。
それは狼の姿をした魔物であったり、翼を生やしたバケモノであったり、鎧のようなものを纏った兵士であったりした。
このスロル山中腹に彷徨う無数の霊が実体化とまではいかないまでも、人の目に見える形で姿を現したのだ。
そしてルーニャはそれらに指示を出す。
「さぁ、生前の恨み、あいつにぶつけろ!!」
それを聞いて幽霊たちが一斉にパルアへと襲いかかった。
「ち! 死に損ないどもが!! 失せろ!!」
パルアは杖を振るって幽霊たちに向かって強力な熱線を放つ。
それを見てルーニャは山賊たちに叫んだ。
「さぁいくぞお前ら!! 山賊の底力を見せる時だ!!」
「おぉぉぉ!! わかってらぁぁ!!」
「言われなくてもカルテルは全員ぶっ殺すぜボス!!」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
「山賊舐めんなコラぁぁぁ!!」
ルーニャと共に山賊たちはパルアへと襲いかかっていく。
ルーニャたちとパルアの戦闘が繰り広げられている丁度その頃、ルーニャから中腹の地図をもらったカイトたちは山頂へと向かう階段を目指していた。
「うーん、どうやら中腹から山頂に向かう階段は全部で5つあるみたいだな」
通路を走りながら地図を確認する。
ルーニャたちとパルアが戦っている空中庭園の先には天井が吹き抜けとなっている高い壁に囲まれた細い通路があり、それを抜けると外周に設置されたいくつかの小部屋に別れ、その小部屋を抜けるとその先に頂上へと向かう階段があるのだが、中には階段がない行き止まりの小部屋もあるようだ。
地図があって助かった。
でなければ一個一個の小部屋を調べて回らなければならないところだった。
そうなると必然的にカルテルの邪教徒どもとの無駄な戦闘も増えてしまう。それだけはなんとしても避けたい。
そんな山頂の古代遺跡入り口までは体力を温存しておきたい身としては、まさに中腹の地図とそこに記載された連中の戦力分布図は宝の地図と同義だ。
これを元に分岐点に到達する前に作戦を練らなければ……そう思っていると。
「ちょっとかい君? 話があるんだけど?」
フミコが話しかけてきた。
「どうしたフミコ? 今地図を見ながらこれからどうすべきか考えてるんだけど」
そう言って、思考に集中しようとしたところでガシっとフミコに肩を掴まれた。
「かい君!」
「フミコ、だから今はって……おぉ!?」
振り返ると怒り心頭といった様子の負のオーラを纏ったフミコがそこにいた。
「ど、どうした?」
「どうしたじゃないよ、かい君!! さっきのは一体どういう事!?」
鬼気迫る表情で詰め寄ってくるフミコの圧に思わずたじろいでしまったが、激怒して迫ってきたのはフミコだけではなかった。
フミコの隣にはココとドリーも立っており、よく見ればその後ろにはフミコたちほどではないものの、シルビアも少しムッとした表情を浮かべている。
一体何だろうか? 自分が何をしたというのだろうか?
さっきのとは一体何だろうか?
困惑しているとフミコたちが一斉に声をあげる。
「「「「山賊共同体の総統をするってどういう事 (ですか) !? わたしたちを捨ててあの山賊女のところに行く気 (なんですか) !? 答えて!! かい君!! (カイトくん(さん)(さま)!!)」」」」
4人に詰め寄られて、ようやくルーニャがさきほど言った事に対する怒りとそれに対する説明を求められている事に気付く。
いや、あれは自分も寝耳の水だったんだが?
というか、ルーニャとはさきほど久々に再会したばかりで、今まで接点など何もなかったし、何ならその存在を失礼ながら完全に忘れていたというか、出会ってた事すら記憶から消え去りそうになってたくらいなんだが?
そんな、一度脱獄させただけの間柄で、それ以来絡んでもいない関係なのに弁明も何もないだろ……どないせいっちゅーねん!
そう、思って視線を横に移すとハンスが気持ちはわかると言わんばかりの同情の目をこちらに向けていた。
そして、その隣ではフミカが両手を口に押えて必死に笑いを堪えていた。
うん、相変わらずだなあんた……
とにかく、誰か助け船を送ってくれ! この子たち絶対俺の言い分冷静に聞いてくれない!
そう思ってヨハンやシーナたちにも視線を向けるが、ヨハンは無言で視線を逸らし、シーナとキャシーは。
「シルビア! ここで怒ってますアピールできなきゃ正妻戦争から脱落しちゃうぞ! 頑張れ!! 追求するんだ!! 未来の夫の不貞を!!」
「シルビアなら……できる! 信じてる!」
と謎のエールを送っていた。
おい、あんたらこの子ら止めんかい!
結局それから数十分、フミコたちからの追及が終わる事はなかった。




