5.5章:神々の会合.Ⅱ
何の変哲もない丸いテーブルと椅子が3つ並べられている広く薄暗い空間があった。
多くの支柱が乱立しているその空間は神々の会合施設。
そこに置かれた3つの椅子の内、2つにはすでに誰かが腰を下ろしている。
中国神話の女神、「九天玄女」白亜とゾロアスター教最高神アフラ・マズダーに従う七柱の善神、聖性アムシャ・スプンタの一柱スプンタ・マンユ「スプル」だ。
無言で椅子に腰掛ける2人は会話を交すことなくただもう1人は来るのを待っている。
やがて暗闇と静寂を打ち払うように足音が響いて近づいてくる。
「ほっほっほ。待たせたかの?」
姿を現したのは異世界渡航者、川畑界斗からは信用されていない神、カグであった。
姿はカラスの姿ではなく老人の姿をしている。
老人の登場にスプルはため息をつく。
「爺さん、せめて呼び出すなら呼び出した者の責任として最初に来て出迎えるということができないのですか?」
スプルの指摘に白亜も頷く。
仮面をつけているため表情は窺えないが機嫌のいい顔はしていないだろう。
「すまないの。何せ後処理が大変での?」
言いながら椅子に座るカグの様子はどう見ても大変そうだったようには思えない。
「さて、今回は協力感謝する。おかげでGX-A03の適合者は無事仲間を得ることができた」
満足そうに言うカグを見て「そりゃどうも」と軽く答えたスプルに対して白亜はどうにも無粋な態度のままだ。
「ほっほ。白亜としては不満な結果じゃったかの?」
「ふん、別段仲間ができたことはどうでもいい。ただこの結末はお前の望んだ通りか?」
白亜の問いにカグは首を傾げる。
「はて? 一体何が言いたいのかわからんの?」
「とぼけるな! 確かに誰を選ぶか、どう転ぶかは本人の意思に任せると決めたが、よりによって仲間として選んだのが彼女だけというのはおかしいだろ?」
言われてカグは苦笑するだけだった。
以前の会合でGX-A03の適合者に仲間を与えると決めた際、疑似世界に存在を確定させれば仲間にできる見込みがある者を複数配置することで一致したがどこにどう配置するかで色々と意見が分かれた。
更にGX-A03の適合者の仲間にするのだから職業や性別などどうすべきかでも意見が分かれ、結局広範囲にランダムに配置することとなった。
その内訳も老若男女、種族もバラバラで誰を選ぼうとも恨みっこなしの公平性であるはずだった。
剣士、魔導師、賢者、僧侶、戦士、狂戦士、アサシン、モンク、拳闘士、大盾使い、召喚師、錬金術師、ウイッチ、アーチャー、ハンター、シーフ、忍者、侍、ビショップ、シャーマン、テイマー、ライダー、レンジャー、シューター、ガンマン、リッチ、機械兵etc…
これらが疑似世界にランダムに配置され、誰を何人仲間にしても問題ないようにしていた。
後はGX-A03の適合者次第だったわけだが、最後の最後でカグが仲間候補を追加したのだ。
古代の巫女姫を……
最初は白亜もスプルもカグのお遊びだろうと思った。
異世界から次元の狭間に流された者の存在を確定させて仲間にするのと、自身の世界の、更に時間軸すら絡んでくる太古の人間の存在を確定させ仲間にするなど難易度が高すぎるからだ。
しかし、蓋を開けてみればGX-A03の適合者は仲間は1人しか選ばず、その1人もまさかの古代の巫女姫だった。
これをどう捉えるか?
最初から結論ありきだったと思われても仕方ない結果だ。
そんな白亜の追求に、しかしカグは曖昧に答えるだけだった。
「誰が仲間になろうと、どういった経緯があろうと選んだのは本人じゃ、違うかの?」
「んなことはわかってるよ! 問題はそこじゃない」
「ふむ……まぁ、疑念を抱きたくなる気持ちはわかるが、ではGX-A03の適合者から彼女を取り上げるかの? それこそ神に対して修復不可能なほどの亀裂を生むと思うがの?」
ニヤニヤと意地汚く笑うカグを見て白亜が舌打ちする。
すでに亀裂を生んでるのはお前だろと小声で罵倒を飛ばすが、それ以上は何も言わなかった。
「それで? 今回は一体何を話し合うつもりで? 仲間を与えたばかりで特に議題はないはずだが?」
スプルの指摘に白亜も同意する。
「そうだ。しばらくは様子見だろ。まぁ疑似世界の主の能力を解析して、こちらが仕組んだことだとバレるかもしれないがな?」
仮面で表情は窺えないが白亜が楽しそうに言う。
疑似世界の主だった魔王グベルに次元の狭間に漂う多くの異世界の失われし文明の欠片を引き寄せる力を与えたのは他でもない彼らだ。
グベルはこの力を与えられなければ、疑似世界など形成できるわけがないし、そもそも次元の狭間に追放されて魂の残りカスとはいえ自我を保ってなどいられなかった。
次元の狭間に漂う多くの異世界の失われし文明の欠片を引き寄せる力は神々がグベルに今回の舞台を用意する為に貸し与えた力、ゆえにグベル本来の能力ではない。
GX-A03の適合者はグベルから能力を奪ったが、その中から当然次元の狭間に漂う多くの異世界の失われし文明の欠片を引き寄せる力など見つかるはずがない。
グベルは劣化、損傷が激しかったため奪った能力も使えるものは少ないがそれでも、疑似世界を生み出していた力がないことには疑問を感じるだろう。
だが、そんなリスクもカグは気にしないようで。
「まぁ、そこはどうとでもなるじゃろの。すでに神に対して信用は抱いていないんじゃ、ならばもう問題にすることはないじゃろ?」
「爺さん本当にそれでいいのか?」
「職務怠慢もいいところだぞ?」
白亜とスプルが呆れるもカグはあくまでGX-A03の適合者がいくら疑念を抱いても結局やつは何もできないというスタイルを崩さなかった。
「ほっほ。では本題に入ろうかの? 話し合うのは他でもないこれから先向かう予定の異世界の順番についてじゃ」
カグの議題提示によって神々の話し合いが始まった。
3人の神々はこれからの予定を議論し、数時間の後カグの締めの言葉によって会合は終わる。
「ではこれで失礼させてもらうぞ?」
そう言って最初に立ち去ったのはカグだった。
招集した本人でありながら最後にやってきて最初に出て行く。
なんとも身勝手な老人だ。
しかし、そんな老人とは対照的に白亜とスプルはすぐにはその場を立ち去らなかった。
「やれやれ、本当に忙しない老人だ」
スプルは言って手元の携帯端末に目を落とす。
小さな液晶画面がついたそのガジェットを弄りながら白亜へと問いかける。
「どう思う?」
「何が?」
「GX-A03の適合者」
その問いに白亜は答えなかった。
なのでスプルは話題を変える。
「サブプランの候補者捜しは順調かい?」
「………聞いてどうする?」
「心外だな? ユニットを開発するのは誰だと思ってる?」
「なら聞くが開発は順調なのか?」
白亜の問いにスプルは苦笑する。
それが順調でないのは誰もが知ってることだ。
「基礎理論と設計図はできあがってるがサンブルが足りない以上、ここから先はGX-A03の適合者からのデータ待ちだ」
「だろうな……」
言って白亜も席を立ち、暗闇へと去って行こうとする。
その背中にスプルが投げかける。
「聞いてもいいか? GX-A03の適合者が軌道に乗り始めた今、どうしてまだサブプランに拘る? そこまで執着する理由はなんだ?」
これは当然の疑問だ。
本来のメインプランが神々の思惑から外れだした今、本来のサブプランであるGX-A03の適合者がサブではなくメイン扱いへと変りつつある今、更にサブプランの派生に拘るのはなぜなのか?
問われた白亜は振り返ることなくこう答える。
「本家がご破算となった時、替え玉は多いに越したことはないだろ? 保険は必要だ」
それだけ言うと白亜は暗闇の中へと消えていった。
スプルは椅子に座ったままため息をつく。
「本家がご破算となった時のため替え玉は多い方がいい……ね。なぁ白亜、その本家ってのは一体どっちだ? 神々の手を離れ暴走を始めたメインプランか? それともGX-A03の適合者か?」
そこまで言ってスプルは手元の携帯端末に目を落とす。
その携帯端末の液晶画面に映しだされたアビリティーユニットGX-A03に似てるがどこか違う設計図を指でなぞり口元を歪ませる。
「さて、果たしてどう転ぶかな? 量産型計画は……」
携帯端末を懐にしまうとスプルも立ち上がって会合の場を後にする。
顔をつきあわせて、すり合わせを行いながらも3人の神々の思惑は違った未来を見据えていた。




