討伐クエストをこなそう!(3)
自分とハンスはヨランダの執務室を後にした。
そして二人して廊下を歩く中でハンスが尋ねてくる。
「なぁ、今回の依頼、どう思う?」
「ん? どうとは?」
「内容だよ、正直思うところはないか?」
「思うところねぇ?」
そう言われても、考えたところでこちらとしては別段、何か腑に落ちない点はない。
ヨランダが信用ならないのはいつもの事だし、今回の事も何か自分達には言っていない別の思惑はあるんだろうが、だからと言ってそれを暴いたところでどうなるわけでもないだろう。
何よりヨランダが何かしら悪巧みを考えていたとして、それによって自分達に何かしらの危機的状況が訪れない限りは自分はそれを止める気はない。
確かにカグからこの異世界に限っていえば、この異世界の事情に絡んでもいいとは言われているが、だからと言って積極的に厄介ごとに首を突っ込む気はない。
自分は異世界渡航者だ。当然の判断である。
それに今回の討伐クエストは至極真っ当な道理も通る依頼に思えた。
ユニオンを不審に思うところはないようにも思えるが、ハンスは違ったようだ。
「別段、普通の依頼に思えたけど、何か引っかかるところがあるのか?」
そう問い返すとハンスが「ヨランダの過去について知ってるか?」と尋ねてくる。
当然ながら自分はあのタヌキおやじの過去など知るわけもない、なので首を横に振るとハンスが教えてくれた。
「ヨランダはユニオンギルドマスターに就任するより遙か昔の若い頃、そうまだ駆け出しだった頃に所属していたギルドでウラス・ヨルドと同僚だったんだよ」
「へ? 今なんて?」
「だから若い頃、ヨランダとウラス・ヨルドは同じギルドに所属していたんだよ」
ハンスの言った言葉を一瞬理解できなかった。
なので一瞬固まってしまったが、すぐに我に返る。
「はぁ!? ちょっと待て! ウラス・ヨルドはカルテルの幹部だよな? 眼帯つけたセフィラーとかいう。それがなんでヨランダと同じギルドに?」
「そりゃウラス・ヨルドが裏切ってカルテルに寝返ったからだろ。というよりかは、ユニオンに潜入していたスパイだったって話だけど」
「ま、まじか……でも、だとしたらウラス・ヨルドがキーアイテムを奪いに来るって事も事前に知ってたのか? ユニオントップとカルテル幹部が内通していたと……やはり談合」
そこまで言うとハンスは苦笑いしながら「それはない」と手のひらを振り。
「ウラス・ヨルドの言動に関しては恐らくずっと監視してたんだろうな……そうしていた理由は相手がカルテルの幹部だからとかではなく、恐らくは私怨だな」
そう断言した。
「私怨?」
「あぁ、ヨランダとウラス・ヨルドはかつて同じギルドに所属していたけど、そのギルドはウラス・ヨルドによって壊滅させられているんだ。その直後にユニオンが市内に所有している複数の倉庫の中からいくつかの重要なアイテムが盗み出されている。恐らくはギルドを介して情報を掴んだウラス・ヨルドが奪ったんだろうな。そして用済みになったギルドメンバーは殺された」
「だから私怨か……その時、生き残った者として復讐の機会を窺ってたのか」
「まぁ、それもあるだろうけど最大の要因はその殺されたギルドメンバーの中に、当時ヨランダが想いを寄せていた女性が含まれていた事なんじゃないかな? ちなみにその女性はウラス・ヨルドの恋人だったらしい」
ハンスの言葉を聞いて思わず目を細めてしまった。
「マジか……まさかあのタヌキ、昔の痴情のもつれをいまだに引きずってるんじゃないだろうな?」
呆れたように言うとハンスが苦笑しながら両手をあげて「さぁ?」といったジェスチャーをする。
「ヨランダとその殺された女性とウラス・ヨルドとの間に痴情のもつれと言えるほどのドロドロした三角関係があったかはわからないけど、ヨランダが恨みを持ってるのは間違いないだろうな。他のギルドメンバーが殺された事以上に」
「だから私怨か……」
こちらがそう言って納得するとハンスは一瞬振り返って執務室を睨み付ける。
「でもそれなら自分の手で決着をつければいいだろうに、どうして討伐クエストという形で俺たちに依頼を出すんだ? そこが気にくわない……それに確実性で言うなら俺たちよりもS級ギルドを使えばいいだろうに、なんでS級ギルドを出さない? いや、もしかしたら動かしてるのか? それを隠すために俺たちに?」
そうブツブツと言いだしたハンスを見て、フェイクシティーでの戦いがまだ続いていた時に伝書鳩が届けてきたメッセージを思い出す。
「S級ギルドねぇ……確かここに襲来したギガントたちはそいつらが対処するって話だったけど、でも実際はハンスのギルドがやっつけたんだよな?」
ドルクジルヴァニアに襲来したギガント・カイザーたちの顛末については執務室内で聞かされた。
ギガントどもの最上位の個体8体をたった5人で仕留めたと聞いた時は驚いたが、しかしその5人の中にはフミカも含まれている。
彼女の実力を考えれば、それも不可能ではないかと納得してしまった。
とはいえ、それでも気になる事があったので、それを尋ねてみる事にする。
「あぁ、まだ信じられないかい?」
「いや、フミカの実力はわかってるから、そんなフミカが所属するギルドなんだしそれくらいはするんだろうなとは思うけど……でも、それにしてはドルクジルヴァニアに戻ってきてからずっと不思議に思ってたんだけど、どこにもギガントどもの死体がないんだよな……居住エリアには破壊された建物だったりと襲撃された痕跡はあるんだけど、肝心のギガントどもの死体が見当たらない……まさかもうすべて解体し終えたのか? 8体だけとはいえ、あれだけの巨大なバケモノの死体を?」
この疑問をぶつけるとハンスはふんと鼻で笑い。
「ではそちらはどうだったんだい? フェイクシティーだっけ? その最終防衛ラインに設定した草原地帯には今もギガントどもの死体が山積みになって死臭が漂ってるのかい?」
逆に質問された。
なので素直に答える。
「まぁ、半数は俺が焼き払ったかな? とはいえ、まだまだ草原地帯やフェイクシティー内に無数の死体が放置されてるはずだ」
「そうか」
それを聞いてハンスは小さく笑うと。
「だとしたらこれからユニオンは大変だな。当分はギガントどもの死体の解体依頼がメインになるな……これはブレイクギルドの出番……と言いたいところだけど、君はそう呼ばれるのは嫌なんだっけ? だとしたら君はギガントの死体の解体依頼は積極的に受けないとみる。やれやれ、となると素材採集をメインとするギルドや狩猟ギルドがこれからポイントを多く獲得する事になるか」
そう言ってうんうんと頷く。
「まぁ、俺のギルドも君のギルドもすでにAランクギルド……ランクアップポイントは必要ないし、Aランク以下のギルドにボーナスを与えるって意味でサボってもバチは当たらないか」
ハンスはそう言って話を終わらせようとしたので、とりあえず目を細めてハンスを睨む事にした。
するとハンスは頭をポリポリと掻きながら。
「あー、やっぱ言わないとダメか?」
そう尋ねてきたので無言で睨み続ける事にした。
そんなこちらの態度にハンスは大きくため息をつくと。
「はぁ、あまり詳しい事は言いたくはないけど……収納魔法に収めているんだよ」
そう白状した。
「収納魔法?」
「そう、聞いた事ないだろ? 確かにこの無干渉地帯には常識では考えられない異能を持った者がいくらでもいるけど、でも少なくとも純粋なこの世界の魔法……系統魔法と自然魔法にそんな魔法は存在しない……イレギュラーな魔法だ。だからあまり他人に知られたくないんだ」
「なんで知られたくないんだ? 少なくとも無干渉地帯に……ユニオンにいる分にはたとえイレギュラーであっても目立ちはしないだろ?」
そう言うとハンスは大きくため息をつく。
「そうもいかないんだよ……少なくとも俺たちは無干渉地帯の外に出てよく他国に遠征する。他国からくる行商人とも関係を築く。そういった立場では下手な情報開示は命取りだ。わかるだろ?」
「なるほど、言われてみれば確かに」
「他国で面倒ごとに巻き込まれてもユニオンは基本、自分の身は自分で守れの姿勢で何もしてくれない、ならば保身のためにはこちらの情報はできる限り隠しておかなければならない……たとえユニオンの者であってもな」
ハンスはそう言って周囲を見回して警戒する。
恐らくはヨランダをはじめとしたユニオン職員にもこの事は隠しているのだろう。
きっとギガントどもの死体の処理に関しては適当な事でごまかしているはずだ。
「だからこの事は他の者には内緒にしておいてほしい……くれぐれもギガント・カイザーたちの死体に関しては企業秘密って事で勘弁してくれないかな?」
「わかったよ。これ以上は聞かない事にする」
「すまない、助かる」
なのでこちらが頷くとハンスは感謝を述べた。
そして、今度はこちらが質問する番だと言わんばかりにハンスはニヤリと笑って。
「そういえば君のとこのギルド名の意味についてだけど、フミカから聞いた話ではわかる人にはわかるって話だったんだが、それってどういう意味かな?」
そう尋ねてきた。
ハンスの質問に目を細める。
(こいつ……ジャパニーズ・トラベラーズの意味を聞いてきた? この異世界ではこの言葉は何か意味を成す言葉ではない……地球の英語を理解してない限りは、とりあえず適当に言葉を並べてみましたという風にしか思わないはずだ。なのになんで意味を知りたがる? もしかして、気付いてるのか? 英語に? その意味に?)
しかし、鑑定眼でハンスのステータスを覗いたところで、やはり転生者、転移者、召喚者を示すマークは見当たらない。
鑑定眼で見たステータス上では彼はターゲットではないのだ。
とはいえ、そのステータス値がどこか不自然なのも事実。
何より、収納魔法なんてこの異世界ではイレギュラーな異能が使える時点でハンスは転生者、転移者、召喚者でないと説明がつかない。
にもかかわらずステータスにはそれらのマークが一切ない。
それどころか、ステータス上には収納魔法の情報も記載されていない。
これに関しては彼の仲間であるギルドメンバーが収納魔法の担い手の可能性もあるが、自分の中でハンスを見る目が変わりつつあった。
真剣な表情をこちらに向けるハンスを見て鼻で笑うと。
「どういう意味ってそのままの意味だよ。この言葉がわかる人にだけ意味が理解できる。そういう名前さ。ひょっとして何か思い当たる事でもあるのか?」
そう答えてカマをかけてみる。
ハンスは数秒沈黙した後。
「いや、ちょっと気になっただけだよ。忘れてくれ……」
そう言って、この話題を打ち切ろうとした。
しかし、ここで話が終わってしまっては探りを入れづらくなる。
なので、今度はこちらがギルド名について尋ねる事にした。
「そうか……なら逆に聞くが、そっちのギルド名の明星の光って一体何だ? 何の星のどんな光の事を言ってるんだ?」
明星、それは地球では金星の事をさす。
夕方、西の空に一際明るく輝く金星を「宵の明星」、そして明け方、東の空に一際明るく見える金星を「明けの明星」と呼ぶが当然ながらこの異世界においてそんな言葉も星も存在しない。
似たような意味合いの言葉をちらっと酒場で聞いた事はあるが、間違いなく明星ではなかったはずだ。
さて、ハンスは一体何と答えるか?
自分の質問にハンスは口を開き、ギルド名の由来を語る。
「あぁ……これは俺が好きな星の別名でね。その星が夜明け前の幻想的な時間……薄らと夜空が白んでいく朝の訪れを感じさせる時間帯に一際明るく輝く時に放つ光、そんな光に自分達もなろうって意味でこのギルド名にしたんだ」




