ドルクジルヴァニア防衛戦(40)
「にしても恐ろしい威力よね……ていうかこんな大技あるならなんで最初から使わなかったの?」
双環柄頭短剣による攻撃によって地面に空いた大穴を見てドリーはそう口にするが、思わずため息をついてしまった。
「なんでって……ウイルスで弱ってない状態で放っても超スローモーションにする衝撃波で防がれるだけでしょ」
「そうかな? わたしには相手がそれを放つ前に殺せるだけのスピードはあるように思えたけど?」
「祝詞を唱えて呪力を練るのに時間がかかりすぎるからまず無理」
フミコの言葉にドリーは「そうかな?」と言いたげな顔をするが、これはこの異世界での魔法が詠唱を行わなければ発動しない事も絡んでいるのだろう。
確かに無干渉地帯には多くの異世界からの転生者なりが存在しているため、無詠唱での魔法を行う者も少なからず存在するし、ドリーのようにマジックアイテムを使えば詠唱なしで魔法に似た攻撃を行う事も可能だが、基本的にはこの異世界では貴族も亜人も詠唱を行わなければ魔法は放てない。
そして、より強力な魔法を放つには効果を上乗せするという意味で長い詠唱を行わなければならないのだが、フミコの双環柄頭短剣による攻撃の祝詞はそれらに比べると遙かに短い。
にも関わらずこれだけの威力を発揮したのだ。ドリーが発動までの時間が短いと感じるのも当然だろう。
しかし、例えこの異世界基準では祝詞が短いとはいえ、やはりギガント・ジャマーが超スローモーションにする衝撃波を放つ前に攻撃を喰らわせるのは難しいだろう。
ウイルスによるギガント・ジャマーの弱体化と連係攻撃によるダメージがなければ双環柄頭短剣による攻撃は効果がなかったはずだ。
フミコは自分の実力不足を痛感しながら付け加える。
「それに、こんな大技普段からポンポン使ってたら切り札の意味ないでしょ? 全方位に手の内バラしてどうするの」
そんなフミコの言葉を聞いてドリーが前に聞いた話を思い出す。
「あぁ、そうか……これは以前負けた相手への対抗策だったわけか。んー、でもそうだとするとフミコよかったの? 仮にもその復讐する相手が見てるかもしれないのに切り札を使って……その相手がどういった能力を持ったやつなのかはわからないけど、この状況を監視してないとは言い切れないでしょ?」
「……そりゃね」
ドリーの指摘は最もであり、同じ指摘はカイトからも以前受けている。
とはいえ、切り札も温存しすぎると、その効果が実戦でどれほど役立つかがわからない。
訓練や検証実験だけではなく実際に使ってみなければわからない事も多々あるのだ。
双環柄頭短剣による攻撃は広範囲への無差別攻撃、あるいは複数いる敵グループへの全体攻撃だ。
この攻撃の着想がどこから来たかといえば、それはドリーが言った通りフミコがかつて敗れた相手、ザフラへの対抗措置である。
フミコはザフラとの戦いでザフラが使用したスキル『サモン、パラレルシフト』によって数が増えたザフラに枝剣で呼びだした緑色の大蛇6匹をぶつけるも数が足りず、結果、相手に幻覚を見せるスキル『ハルシネイション』をくらって敗北してしまった。
この教訓から当初はその対抗策として、どれだけザフラが数を増やそうと取りこぼしがないように広大な範囲を呪力で一変に焼き払う方法を考えていた。
だが、これは強力すぎて触媒となる双龍環頭大刀が耐えきれずに一度使用すると粉々に砕けてしまうという欠点が使用後に発覚してしまった。
何より、あまりに強力すぎる呪術のため使用後は脱力して戦闘不能に陥ってしまう。
連発できない使いどころが極めて難しい秘奥義となってしまったのだ。
そこで別の方法を模索していたところにカイトが頼んでもいなかった双環柄頭短剣を造ってプレゼントしてくれたのだ。
フミコはカイトの自分の事を想うその気持ちに感動し、絆の深さを確認して改めて惚れ直したところでふと閃いた。
そうだ、一変に広範囲を焼き払うのではなく、その威力を分散させればいいのだ! と。
広範囲から狭い範囲を焼き払う使用に変更し、それをザフラがしたように無数に増やせばいいのだ! と。
そうする事によって威力は同じでもコストパフォーマンスは抑えられ、触媒となる双環柄頭短剣を失わず疲労による使用後の戦闘不能も避ける事ができた。
これは使える! とフミコは確信した。
ザフラが今の戦闘を見ていたかどうかは正直わからない。
だが、初めてザフラと戦った時にこちらに放ってきた異様なまでの殺気を考えれば、彼女がおとなしくじっと観戦しているとは考えにくい。
この戦いをザフラが見ている可能性は低いだろう。
仮に見られていたとしても手の内を完全に明かしたわけではない、この秘奥義は応用がきく。
何より自分はこれだけの大技を持っているぞ! というザフラへの牽制にもなるだろう。
(何にしても、この技はまだまだ改良の余地がある……それがわかっただけでも十分だ)
フミコはそう思って皆に声をかける。
「みんな! はやくかい君の元に向かおう!!」
「言われなくたってそのつもりよ!」
「当然です!! 待っててくださいカイトさま! 今カイトさまのココが向かいますよ!!」
「はい! 急ぎましょう!!」
「いつまでもここにいる意味もないしね!」
「うん……急ぐべき」
皆が頷き、そして先を急ぐ。
「ギガント・ジャマーは複数フェイクシティー内に潜伏してる事になるぞ!」
タイムリープ能力で霊魂のような透明の待機中モードの姿になって宙を浮遊しながら思考を巡らせていたが、その可能性に気付くと焦りが生じて、いても立ってもいられなくなった。
冷静に考えればタイムリープ能力を使っている以上、今は時間が止まっている状態なのだから焦る必要はないのだが、通信妨害を受けて仲間と連絡がつかなくなっている事が余計に思考を鈍らせる。
「どうする? どこまで時間を戻す? どの地点まで戻せば潜伏された事実を潰せる?」
必死に考えるが現状ではギガント・ジャマーがどの段階で侵入してきたかの判断がつかない。
その判断材料を待機中の今は持ち合わせていないのだ。
ならば一旦リセットする意味でも時間を大幅に戻そうかとも思ったが、それをするには消費するDPがあまりに大きすぎたようだ。
「っち! 許容範囲外か!」
日の出の時刻より前に時間を戻そうとするが、スクロールバーが動かず表示されているDPの数字が赤く点滅し警告音が鳴った。
そうなると戻せる時間の範囲内で最良の手を打たないといけない。
「何にせよ装甲戦闘車の連中や戦車部隊の連中がやられる前にここには辿りつかないといけないな……」
そう考えて戻す時間の地点までスクロールバーを動かす。
戻ってきたのは出現したギガント・ジャマーの元へと向かっている最中の時間だ。
この時点ではまだ信号弾が上空にはあがっていない。
そしてもう鑑定眼でギガント・ジャマーのステータス値を覗き見る必要もない以上、現場へ一刻も早く辿り着く事だけを考える。
移動速度を増すべくいくつかの補助魔法を付与し、風の魔法と火の魔法に飛行魔法を駆使して弾丸のように現場へと飛んでいく。
「間に合え!!」
その甲斐あってか、目にも止まらぬ速さで現場に到着した。
まるでミサイルが着弾したかのような爆音と粉塵を撒き散らして着地し、地面を陥没させる。
「なんとか間に合ったか!?」
慌てて周囲を見回すと、ウォーリア装甲戦闘車が少し離れた場所に停車しており、その砲塔から乗員が身を乗り出して信号拳銃を頭上に掲げて、今にも信号弾を打ち上げようとしているところだった。
なので慌てて叫ぶ。
「撃つな!! それより今すぐここから離れろ!!」
信号弾を打上げようとしていた乗員は呆気に取られた顔をしていたが、そんな彼に悠長に説明している暇はない。
だからとにかく叫ぶしかない。
「いいから!! 早く離脱しろ!! 運転手に言え!!」
「え!? あ、はい!!」
慌てて砲塔内に戻っていく乗員を見て背後を振り返る。
そこには気味の悪い笑みを浮かべるギガント・ジャマーの姿があった。
「よう、さっきみたいにはいかねーぞ?」
タイムリープ能力の事を知らないギガント・ジャマーにそれを言っても何の事かさっぱりだろうが、それでもこちらからすれば、さきほど殺されたばかりなのだ。
そして、このギガント・ジャマーが自分への意趣返しでカストム城門撤退時の真似事をしてくるのもわかっている。
だからまずはその対策を取らなければならない。
「いくぞクソッタレのバケモノ!! これでもくらえ!!」
叫んで懐からアビリティーユニットを取り出してレーザーの刃を出す。
ギガント・ジャマーも気味の悪い奇声をあげると大きく裂けた口をさらに大きく広げてこちらに向かって目には見えない衝撃波を放ってきた。
捕らえた空間を超スローモーションにする攻撃だ。
もしくはそれを反転させた、捕らえた攻撃を超ハイスピードにして跳ね返す攻撃か。
どちらにしてもその攻撃は目には見えない。
カストム城門での経験を生かすなら、ここは闇魔法のダークミストで跳ね返すのがベストだろう。
だが、当然ながらギガント・ジャマーはその対策を何かしらしているはずだ。
ならば、ダークミストは使うべきではないだろう。
では使うべきは何か? 答えは簡単だ、それは……
「すべてを押し流せ!! ウォーターブレード!!」
レーザーの刃が青白く光り輝き、その周囲に大量の水が出現してレーザーの刃に纏わり付く。
そしてギガント・ジャマー目がけて水の剣を振るうとその剣先から大量の水が溢れだし、巨大な波の壁となって津波のごとくギガント・ジャマーへと襲いかかる。
自身を呑み込まんと迫る巨大な波の壁を見て、しかしギガント・ジャマーは大きく裂けた口をさらに歪ませてニヤリとする。
当然だ。そんな攻撃は超スローモーションになってギガント・ジャマーには届かない。
もしくは超ハイスピードにして跳ね返すか。
何にせよギガント・ジャマーにとっては脅威にならない攻撃、そのはずだった。
しかし……
「残念だったなバケモノ、お前の負けだ」
巨大な波の壁はギガント・ジャマーの前まで来ると突如その速度を増し、恐るべき濁流となってギガント・ジャマーを襲う。
驚いたギガント・ジャマーは反応する事ができず、気味の悪い奇声を発して濁流に飲み込まれた。




