ドルクジルヴァニア防衛戦(38)
ベータワン・ジャマーとの戦闘が終わった地下の格納空間では今、ドローンによって洗浄と消毒作業が行われていた。
そんな中でリーナ、ヨハン、TD-66、エマは警備コントロール室には戻らずこの場に留まっており、ドローンたちによる消毒作業を見守っていた。
とはいえTD-66はかなりの損傷を負っていたため、応急処置の修理が現在施されている。
そしてエマとヨハンに関してはトリコリスモナス・ベータ+1が死滅したとはいえ、もう大丈夫だという保証はないため、簡易の検査を行う事になったのだ。
本当なら次元の狭間の空間のメディカルセンターに連れて行って精密検査しなければならないところではあるが、次元の狭間の空間に連れて行くにしてもまずはエマとヨハンが他人と接触しても大丈夫だという証拠を示さなければならない。
安全が担保されるまで隔離は致し方ない事なのだ。
しかし、体力が回復し、元気が戻ってきたエマにとってはそんな理屈知った事ではなかった。
「ねぇ? いつまでここにいないといけないの? はやく上に戻ろうよ!」
「エマ、もうしばらくの辛抱だよ。検査の結果が出るまでそんなに時間かからないって言ってたでしょ?」
「それはそうだけど……それでもなんかここ落ち着かないの!」
リーナに不満を口にするエマだが、リーナもその気持ちは同じだった。
本来ならTD-66のオプションパーツとその他の機材で埋め尽くされているはずの空間は今、何もない殺風景な広大な空間となっている。
複数台のドローンがあちこちを消毒して回っているとはいえ、空間全体を埋め尽くすほどではない。
なので、空間の広さも重なってどこか落ち着かなくなるのも無理はないだろう。
(うーん……開放的じゃない殺風景で何もない、あまりに広すぎる空間に少人数で放り込まれると孤独という圧迫感で押しつぶされそうになるって話を聞いた事あるけど。こういう事なのかな? わたしは特に気にならないけど……)
リーナはそう思って少し離れた場所で検査の結果を待っているヨハンを見て、エマに提案した。
「ねぇエマ、検査の結果が出るまでヨハンお兄さんと何か話してきたら? 気が紛れるかもしれないよ?」
「は、はぁ!? リーナいきなり何言い出すの?」
「だって、ここには暇潰しになるようなものないし」
「だったらリーナと話すよ! なんであのバカとなんか……話す事なんか何もない!」
そう言ってエマはぷいっと顔を逸らしてしまうが、リーナは意地悪そうに笑ってエマを焚き付けようとする。
「本当に? もっと仲良くなるチャンスだよ?」
「なんでヨハンと仲良くならなくちゃいけないの?」
「仲良くなりたくないの?」
「絶対嫌だ」
そんなリーナとエマの会話はヨハンとTD-66には丸聞こえであった。
何もないだだっ広い地下空間なのだ、無理もない。
だからふたりの会話の内容にどう反応すべきかヨハンが困っているとTD-66が。
『エマの元に行かないんですか?』
そう尋ねる。
ヨハンは思わずため息をついた。
「嫌がられて罵倒されるだけだよ。容易に想像がつく」
『さきほどはひとりにはしない、この先も守っていくと言ってたはずですが?』
「影ながら見守るって意味だよ、エマはきっと僕がずっと傍にいると嫌がるだろうし」
『なるほど、つまりはこれからずっとストーカー行為を行うと』
「ティー、言い方……」
そう言ってヨハンは遙か頭上の天井を見上げた。
「検査結果はまだかな?」
ヨハンたちが検査結果を待ているその時、警備コントロール室ではケティーとリエルがある準備をおこなっていた。
それは……
「さて、データの入力は終わったで! これであとは打上げて予定時刻に起爆すりゃ」
「フェイクシティーとその周囲一帯にウイスルがばら撒かれる!」
「せや、それであのドロドロした粘液で覆われたギガントどもはしまいや!」
そう言ってケティーとリエルはモニター画面から目を離し、互いにニヤリと笑う。
そのモニター画面にはある演算結果が映し出されていた。
それはフェイクシティー上空の風向きと風速データから導き出された、上空でウイルスを撒き散らした場合、どれくらいの範囲に散布されるかを示したものだ。
ヨハンがベータワン・ジャマーを倒した後、TD-66はケティーとリエルに経緯を説明し、ヨハンもウイルスを小型のケースの中に召喚してそれをドローンで警備コントロール室まで運んだのだ。
TD-66が分析した結果ではこのウイルスは変異の有無にかかわらず、すべてのトリコリスモナスに有効であるらしい。
ならば、これを周囲一帯にばら撒けば、少なくともギガント・ジャマーは無効化できるはずだ。
ギガント・ジャマーがいなくなれば通信状況も復旧する。
これからギガントどもが大量にフェイクシティー内に押し寄せてくる中で、通信の確保は欠かせない。
となればウイルスをばら撒かない選択肢はない。そこでケティーとリエルは効果的にウイルスをばら撒いてギガント・ジャマーを一網打尽にするタイミングを演算していたのだ。
そして、その演算結果が出た今、すぐにでも準備に取りかからなければならない。
「まずはスマホでメッセージを一斉送信して皆に通知しないとね」
「まぁ、寄生虫にしか効かへんウイルスやねんから、いちいち知らせんでもええとは思うけどな? 仮に戦闘中とかやったら、それどころやなくてメッセージ見いひんのとちゃうか?」
「それはそうかもだけど、事後報告はまずいでしょ」
「終わってからメッセージ確認しても同じやと思うけど?」
「通知した時間の問題だよ」
ケティーがそう言うとリエルはニヤリと笑う。
「なんかアリバイ作りしてるみたいやな」
リエルのその言い草にケティーは思わずため息をついてしまった。
「アリバイって……別に悪い事してるわけじゃないでしょ? ギガントを倒すんだから、みんなのためだよ」
「せやな。ちゅーてもやる事はウイルス撒き散らして死滅させるなんてサイコな事やねんけどな」
「目的は手段を正当化しないって言いたいわけ? 毒魔法の散布もウイルスの散布もこの異世界においては違法行為じゃないでしょ?」
「ま、せやな……それに人体に害はない。問題なしや」
そう言って笑うリエルにリーナは呆れた表情を向けた。
「ならなんでサイコなんて言ったの?」
「ま、とにかく準備に取りかかんで!」
ケティーの言葉を無視してリエルは攻撃の準備に取りかかった。
しばらくしてギルド拠点の屋根の上にはケティーとリエルの姿があった。
重い荷物を背負ってよじ登ったせいなのか、服はいたるところが汚れている。
だが、ふたりはそんな事は気にせず、背負ってきた荷物を屋根の上に置いて準備に取りかかる。
「弾頭の取り付け完了っと!」
そう言ってケティーは背負ってきたバックの中から取りだしたミサイルの先にウイルスが収められた弾頭を取り付け、同じくバックの中に入れてきた携帯式のミサイルランチャーの筒の中にミサイルを装填する。
そんなケティーに近くで同じ作業をしていたリエルが声をかけてきた。
「こっちもバッチリや! いつでもいけんで!!」
サムズアップして見せるリエルにケティーは頷くと立ち上がって携帯式のミサイルランチャーを肩に担いだ。
「よし! じゃあやろうか!」
「っしゃあ! 任せときや!!」
同じくリエルも立ち上がってミサイルランチャーを肩に担ぐ。
本来ならこういった役目はTD-66が担うのだが、今は応急修理の真っ最中だ。
ならば自分達がやるしかない。
ケティーとリエルはそれぞれ違う方向にミサイルランチャーを構えるとタイミングを合わせてウイルス入りミサイルを上空へとぶっ放つ。
上空へと飛翔していくミサイルを見上げてリエルはミサイルランチャーを真横へと捨てて一息つくが、すぐにポケットからテレビのリモコンのようなガジェットを取り出す。
それはケティーも同じで、腕時計の時間を見ながらリモコンのようなガジェットについているボタンを押すタイミングを探っている。
そして、その時が訪れた。
「リエル!! 今!!」
「ほいさ!! そんじゃ派手に弾けやウイルスたち!! ぽちっとな!!」
ケティーが叫んでリエルに知らせ、リモコンのようなガジェットについているボタンを押す。
リエルも同じくボタンを押し、それと同時に上空を飛翔していたミサイルがその場で自爆して周囲一帯に爆風と爆音を撒き散らす。
ケティーとリエルが持っていたリモコンのようなガジェットはふたりがミサイルランチャーで放ったミサイルを自爆させる装置だったのだ。
本来であれば、ミサイルを打つ前に起爆するタイミングの時間や高度をプログラミングすべきなのだが、そういったプログラムの入力にかかる時間を短縮するため、今回手動で自爆させる手段を選んだのだが、よくよく考えればこれはかなり危険な賭けであった。
ギガント・ジャマーが拠点の外では健在な事を考えればリモコンでの自爆もジャミングされてもおかしくはなく、時間をかけてもプログラミングで自爆するタイミングを指定したほうが実は安全で確実だったのだが、まぁ結果オーライという事だろう。
何にせよ目標地点の上空でミサイルは自爆し、弾頭に搭載されていたウイルスは周囲一帯にばら撒かれた。
そして、その効果はすぐに現れる。
「こんのぉぉぉぉ!! 今度こそ脳天貫いてやるです!!」
ギガント・ジャマーに向かってココが拾った瓦礫を投げつける。
それと同時にココの周囲に衝撃波が放たれ、まるで弾丸のような恐るべき速さで瓦礫がギガント・ジャマーへと向かっていく。
しかし、これをギガント・ジャマーは大きく裂けた口をさらに大きく開いて奇声を上げ、捕らえた相手を超スローモーションにする目には見えない衝撃波を放って受け止めようとするが。
「それはさせないっての!!」
ドリーが首にかけていた『水の精霊石』に手をかけ叫ぶ。
直後、地面から噴水のように水が勢いよく飛び出し、ギガント・ジャマーが放った捕らえた相手を超スローモーションにする目には見えない衝撃波に激突する。
当然、地面から飛び出した水は恐ろしいほどの勢いがあったとはいえ、目には見えない衝撃波にぶつかった事によってその勢いは超スローモーションとなった。
しかし、おかげで目には見えない衝撃波は超スローモーションの水の壁となって可視化される。
どこまで進めば危険か、どこまでが安全かが誰の目にも明らかとなった。
同時にフミコも両手の銅剣を重ね合わせ、緑色の大蛇を呼びだしてそれで地面を砕く。
「はぁぁぁ!!」
その時に発生した瓦礫を緑色の大蛇を使って水の壁へと飛ばし、水と一緒に超スローモーションとなって岩の壁を築き上げた。
「今!!」
「はい!! 任せてください!!」
フミコの呼びかけに応えてシルビアが水と岩で作られた壁まで一気に走る。
そして岩の壁の前でシーナとキャシーがふたりしてシルビアが走ってくるのを待っていた。
「行くよシルビア!!」
「任せた……」
そんなふたりの元にシルビアが飛び込む。
「うん! お願い!!」
飛び込んできたシルビアの片足をスクラムしたシーナとキャシーの両手がキャッチし。
「「いっけぇぇぇぇ!!」」
勢いよく持ち上げて上へとシルビアを投げ飛ばす。
シルビアもタイミングを合わせて投げ飛ばされる瞬間にふたりの手を踏み台にして蹴り出しジャンプする。
そして上空でシルビアは闘気を纏い、ギガント・ジャマーの頭上まで飛び上がったところでその拳にすべての闘気を集中させ、ギガント・ジャマーの顔面目がけて拳を放つ。
「相変わらず自分の周囲はガラ空きですね!! これで終わりです!! 餓狼衝破拳!!」
シルビアの放った拳がギガント・ジャマーの顔面にヒットし、ギガント・ジャマーがよろめく。
それを見て素早くシルビアはギガント・ジャマーの肩を蹴ってその場から離脱する。
それと同時にココが放った瓦礫が岩の壁と水の壁を貫き、超スローモーションになる空間をもろともせず突き進み、そのままよろめくギガント・ジャマーの肩へと激突した。




