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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
13章:緊急クエストをこなそう!

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ドルクジルヴァニア防衛戦(36)

 リーナは翼をはためかせ、天井付近を旋回しながらこちらを見下ろしているベータワン・ジャマーを睨みながら密かにTD-66にUSBメモリのようなものを手渡す。

 それはケティーがアバム社から持ち帰ってきた分析結果のデータが入ったメモリであった。


 『お嬢様、これは?』

 「ケティーお姉ちゃんがアバム社ってところから持ち帰ってきた、あいつのサンプルデータの解析結果だって。これはそれを元にして作った抗原虫薬なんだけど」


 そう言ってリーナはTD-66に小さな小瓶を見せる。


 『なるほど、つまりそれの中身をやつに打ち込む事ができればエマを助けられるというわけですね?』

 「うん、そうだといいんだけど……でも、時間もなかったから治験? っていうのをできてないんだって。だから本当に効くかどうかはやってみないとわからないんだ」


 リーナがそこまで言うとTD-66は自分にUSBメモリが渡された意味を理解した。


 『そういう事ですか、つまりは再度わたくしにもこのデータを分析してほしいという事ですね?』

 「うん、お願いできる?」

 『もちろんです! 任せてくださいお嬢様』


 TD-66は頷くと今にもちぎれて落ちそうな左腕をゆっくり動かして渡されたUSBメモリを首の付け根に差し込む。

 そしてデータの再分析を開始した。


 とはいえ、ベータワン・ジャマーによって通信障害を引き起こされている今、自身の体内メモリのみで演算処理を行わなくてはならない。

 何かしらの結論を導き出すには少し時間がかかるだろう。


 そんなTD-66はリーナに尋ねる。


 『ところでお嬢様、その抗原虫薬ですが、どうやってエマに打ち込むのですか? それとも今のあの姿の状態でも打ち込んでも大丈夫なのですか?』


 この問いにリーナは困った表情を見せると。


 「それがわからないんだよね……さっきも言ったけど、ケティーお姉ちゃんは治験? ができてないって言ってるし……エマの体に打ち込まないと効果がないのか、今のあの姿に打ち込んでも効果があるのか……そもそもこの薬が効かないのか、それがわからないんだよ」


 そう答えてTD-66の方を見た。

 TD-66は少し考え込んだ後。


 『それでは下手に攻撃を仕掛ける事はできないですね。慎重にタイミングを見計らって、エマの体が姿を見せた時に仕掛けないと』


 ヨハンに合図を出しながら答える。

 これまでの戦闘でベータワン・ジャマーは何度かドロドロとした粘液の下に隠されたエマの体の一部をさらけ出している。

 そして、そういった時は大抵が、こちらの攻撃を体の一部を大幅に変化させて防御する時だ。


 ならば、エマの体の一部をさらけ出させるにはヨハンとTD-66で同時に大規模な攻撃を仕掛け、ベータワン・ジャマーに防御体勢を取らせる必要がある。

 ヨハンもすぐにTD-66の意図に気づき、頷くと魔剣を構えた。


 そんなヨハンを見てTD-66はリーナに告げる。


 『だからわたくしとヨハンで、やつがエマの体の一部をさらけだすように仕掛けましょう。もちろん、確実に打ち込める場所まで近づけるように全力でサポートしますのでご安心を』


 TD-66のその言葉に、しかしリーナはもう一本の瓶である聖水の櫃の欠片を見せると。


 「ありがとう。でも大丈夫だよ、ケティーお姉ちゃんがこれを渡してくれたしね! わたしだってやれるってところを見せないと!」


 そう息巻いた。

 TD-66はそんなリーナの反応に慌てて諫めようとするが、しかし。


 「でも、やっぱりティーくんとヨハンお兄ちゃんにお願いしようかな。やっぱり戦闘はわたしにはまだ早いだろうし」


 リーナはそう言ってTD-66にウインクしてみせる。


 「お願いね」

 『はい、任せてくださいお嬢様!』


 そんなリーナにTD-66は今にもちぎれそうな左腕でサムズアップしてみせると、ヨハンに向けて小さなガジェットを放り投げた。


 「おっと! ティー?」


 それを慌ててキャッチしたヨハンはTD-66が投げてきたものが何なのかわからず困惑していたが、やがてそのガジェットからTD-66の音声が聞こえてくる。


 『ヨハン、聞こえますか?』

 「おわ!? なんだ通信か? なんでこの距離で?」


 思わずヨハンはTD-66の方を向くが、TD-66はリーナと何やら話し込んでいる。

 どういう事だろうか? と首を傾げるヨハンだが、構わずガジェットからはTD-66の音声が聞こえてくる。


 『いいですかヨハン、もしこの音声が聞こえていたら、何も聞こえていないフリをしてそのまま敵と対峙しながら今から言う事を聞いて下さい』


 その言葉にヨハンは(反応してしまったけど、まずいかな?)と不安になるが、構わずTD-66の音声は続ける。

 恐らくこれは録音されたものなのだろう。ベータワン・ジャマーによって通信障害が起こっているのだ、当然リアルタイムでの通信は今はできない。

 そして、この録音された音声はどういう技術かはわからないが、恐らくヨハンにしか聞こえていない。


 だからヨハンはベータワン・ジャマーを警戒するフリをしてTD-66の言葉に意識を集中する。


 『お嬢様が持ってきたデータの分析が終わりました。そのガジェットにはその詳細が詰まってます』


 TD-66のその言葉にヨハンはもう分析終わったのか! と驚き、思わず顔に出そうになるが、何とか堪える。


 『側面にスイッチがあるのでそれを押してもらえれば、ヨハン、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一体どういった技術なのだろうか? というかそれは大丈夫なのだろうか?

 一瞬ヨハンは青ざめた表情となるが、TD-66は続ける。


 『お嬢様が持ってきた抗原虫薬ですべてが終わる保証はありません。そこでヨハン、あなたにはその分析結果を見てほしい』


 ヨハンは言われるままガジェットの側面にあるスイッチを押し、分析結果を見てみる。


 (こ、こいつは!!)


 その分析結果にヨハンは驚きを隠せなかった。

 そんなヨハンにTD-66は語りかける。


 『これはあくまで()()()の話であり、そして()()です。お嬢様が持ってきた抗原虫薬で片が付くならそれでよし、ダメな時はこれに賭けるしかない。そういった話です。しかし、ものがものだけに成功する確率はわたくしでも演算できません。そもそもヨハンが()()を召喚できるかもわたくしには判断できません。だから、たとえできなかったとしてもヨハン、あなたを攻めたりはしません、また別の方法を分析結果のデータを元に思考します』


 TD-66のその言葉にヨハンはピクっと反応する。


 できなかったとしても?

 この僕がこれを召喚できないと?

 ティーはそう思ってるのか?


 ヨハンの中で闘志に火が付いた。


 「上等だティー、やってやろうじゃないか!! 召喚士の腕の見せ所だ!!」


 気合いを入れるため手のひらで頬をパンと叩くとヨハンは魔剣を構え直してベータワン・ジャマーを見据える。

 そして叫んだ。


 「ミラ、君の大事な妹は絶対に助け出す!! だから見守っててくれ!! いくぞティー!!」


 それに呼応するようにTD-66も『わかっています!!』と叫ぶと。今にもちぎれそうな左腕を頭上に掲げて30mm単砲身機関砲をぶっ放つ。

 これをベータワン・ジャマーは旋回しながら回避するが、ヨハンが魔剣を振るって回避する先へと衝撃波を放つ。


 ベータワン・ジャマーは気味の悪い叫び声をあげると急降下してこれを回避、そのまま一気にTD-66目がけて飛んでくるが、そんなベータワン・ジャマーに向かってTD-66が30mm単砲身機関砲を撃ちまくる。

しかし、その弾丸はベータワン・ジャマーが肩から生やした巨大な膜に防がれて本体には届かない。


 そして、急降下してきたそのスピードにヨハンの放つ魔剣の衝撃波は追いつけず、ヨハンの攻撃は当たらない。


 「ち! あのスピードに当てるのは無理か!」


 魔剣を振るいながら叫ぶヨハンをベータワン・ジャマーは無視して、まずはTD-66とリーナを葬るべく猛スピードで迫るが。


 「そっちから来てくれるなら好都合だよ!! これでもくらえ!!」


 リーナが一歩踏み出し、叫んで迫り来るベータワン・ジャマーに向かって聖水の櫃の欠片を思い切り投げつけた。

 しかし、ベータワン・ジャマーは大きく裂けた口をさらに大きく開き気味の悪い奇声を発し、目には見えない衝撃波を放つ。


 捕らえた者の動きをスローモーションにする攻撃でリーナが投げつけた聖水の櫃の欠片を無力化しようとするが、しかし。


 「その攻撃は通じないって事を忘れたのか!?」


 ヨハンが叫んで魔剣を振るう。

 先程までの衝撃波を放つ攻撃と違い、その一振りは一瞬で目には見えない捕らえた者の動きをスローモーションにする衝撃波を消し去る。


 その事にベータワン・ジャマーは気味の悪い雄叫びを上げ、そのまま聖水の櫃の欠片へと突っ込んだ。

 当然、猛スピードで聖水の櫃の欠片へと突っ込めば瓶は割れてしまう。

 その事によって薄黄色い液体が空気中に拡散して爆発し、黄色い光が格納空間全体を覆いつくした。


 その光で目をやられ、薄黄色い液体をすべて浴びたベータワン・ジャマーは気味の悪い奇声を発すると、そのまま墜落し、苦しみながら床をのたうち回る。

 苦しそうな声をあげるベータワン・ジャマーの体からは「シュー」という何かが溶けるような音と湯気が立ちこめ、そしてその体を覆っていたドロドロした粘液のようなものがボトボトと地面に落ちていく。


 すると、ドロドロした粘液のような表面の下に隠れていたエマの体が徐々に姿を現していく。


 「エマ!! 待ってて!! 今助けるから!!」


 そんなエマの姿を見て、リーナがたまらず抗原虫薬が入った瓶を片手にエマの元へと走って行く。


 『いせませんお嬢様!! まだ決着がついたわけではありません!! 危険です!!』

 「リーナちゃん下がるんだ!!」


 TD-66とヨハンの静止も聞かず、リーナは走る。

 そしてエマの元まで辿り着いたリーナが懐から注射器を取り出し、抗原虫薬が入った瓶に針を差して薬を抽出。

 そのまま半分姿を見せたエマの体に刺そうとしたところで。


 「っ!!」


 まだエマの体半分から剥がれていなかったドロドロした粘液が一気に膨張、巨大な膜となってリーナを取り込むべく襲いかかってくるが。


 「邪魔しないで!!」


 リーナは注射器を素早くエマの腕に刺すとヒップホルスターから拳銃ベレッタ ナノを引き抜き、巨大な膜に撃ちまくる。

 通常だったら、その銃撃をベータワン・ジャマーはもろともしなかっただろうが聖水の櫃の欠片をモロに浴びた影響なのだろう、リーナの銃撃をくらって巨大な膜は驚いたように下がっていく。


 『お嬢様!!』


 その隙にTD-66が今にもちぎれそうな左腕を失うのを覚悟で巨大な膜に向かってタックルを放つ。

 TD-66のタックルをくらって巨大な膜はバラバラになってそこら中の床に飛び散った。


 『今です!!』


 TD-66の叫びにリーナは頷くとエマの腕に刺したままだった注射器に手を出して、一気に押し込む。


 「ちょっと痛いかもしれないけど我慢して!!」


 リーナによって注射を打たれたエマは一瞬ビクンと体全体を痙攣させるが、直後、まだエマの体半分を覆っていたドロドロした粘液が一斉に床へとボタボタと音を立てながら溶け落ちていく。

 そして、体からドロドロした粘液がすべて溶け落ちると意識を失ったエマがそのまま床へと倒れ込んだ。


 「エマ!!」


 そんなエマをリーナは抱き起こして声をかける。


 「エマ!! 大丈夫!? ねぇ! エマってば!! エマ!! 返事して!! 返事してよ!! お願いだからエマ!!」


 意識のないエマにリーナは涙を流しながら必死に声をかけるがエマからの返事はない。

 その事にリーナは泣きながら、エマの胸に顔を埋める。


 「エマ……嫌だよ。死んじゃ嫌だよ……あたしの唯一の……はじめてできた友達なのに……こんなの嫌だよ」

 『お嬢様……』


 TD-66がリーナとエマの元へと近づいたその時、今まで意識がなかったエマの指がピクっと動いた。


 「っ!!」


 その事にリーナが反応する。


 「エマ!?」

 「……うっ……リー……ナ」

 「エマ!! よかった気がついたんだね!! よかった……本当によかったよ!! う、うわーん!!」


 エマはゆっくりと目を開けて焦点が定まっていない目でリーナを見る。

 まだうまく体を動かせないのか、首を動かすのがやっとといったエマをリーナは泣きながら抱きしめた。


 「心配したんだから!! 本当に心配したんだからね!! でもよかった、よかったよーー!! うわーん!!」


 泣き続ける。そんなリーナにエマは「ごめん……」と謝ると。


 「あの……なんか腕に……違和感が……あるんだけど……何か……刺さってない? 取って……ほしいんだけど……」


 そう訴えた。

 泣きながら意識が戻ったエマを抱きしめていたリーナはそのエマの訴えにエマの腕を見て。


 「あ……」


 思わず間の抜けた声をあげた。

 そこにはまだ注射器が刺されたままだったのだ。

 リーナはすぐにこれを引き抜き、ぽいっと真横へと捨てた。


 「痛っ!! ちょっとリーナ!?」


 思わず抗議の声を上げたエマに何事もなかったかのように注射用保護パッドを張るとリーナは再び涙を流し。


 「エマー!! 無事でよかったーー!!」


 再度抱きしめる。

 そんなリーナにエマはジト目を向けるが、すぐに小さく笑うと。


 「心配かけて……ごめんねリーナ」


 そう言ってエマもリーナを抱きしめ返した。




 ベータワン・ジャマーは消滅し、寄生されていたエマも無事に戻ってきた。

 しかし、これですべてが終わったわけではない。


 まだトリコリスモナス・ベータ+1はそのすべてが死滅したわけではないのだ。

 聖水の櫃の欠片をくらい、抗原虫薬によってその数は大幅に減ったが、まだ挽回できるだけの数は生きながらえている。


 そして、トリコリスモナス・ベータ+1は新たな寄生する相手をすぐに見つけた。

 格納空間に迷い込んだ1匹の羽根虫だ。

 その羽根虫に生き残ったトリコリスモナス・ベータ+1が寄生すると一気に増殖、ベースが羽根虫とは思えないほどに大きくなる。


 「っ!!」

 『やはりまだ生き残ってましたか!! お嬢様、それにエマもわたくしの後ろに隠れてください!!』


 人間サイズとまではいかなくとも、犬ほどの大きさになった、復活したベータワン・ジャマーを見てTD-66が叫ぶが、ベータワン・ジャマーはTD-66とリーナ、エマのほうを見ていない。


 ベータワン・ジャマーとしてもリーナが持ってきた薬とそれを打たれたエマには興味がないのだろう。

 むしろ自分を殺す事ができる天敵、警戒すべき相手だ。

 そしてTD-66は無機物のため寄生できない……そうなれば、弱った今の状態では争う相手ではない。


 では、どこを狙うべきか?

 残る選択肢はひとつだ。

 ベータワン・ジャマーは寄生する相手をヨハンに絞る。


 犬ほどの大きさのベータワン・ジャマーはTD-66にリーナ、エマを無視してヨハンへと襲いかかる。

 ヨハンはそんな向かってくるベータワン・ジャマーを見て小さく笑うと。


 「まぁ、そうなるよな」


 そう言って手にしていた魔剣を手放す。

 その事によって召喚契約が解除され、魔剣は消滅した。


 つまりは今、ヨハンは丸腰の状態である。


 「ヨハン? ……あんた、何やってるの?」


 そんなヨハンを見てエマが信じられないといった表情をするが。


 「いいよ寄生虫、そんなに僕に寄生したいなら…この体くれてやる!! ただし、できるものならだけどね!!」


 ヨハンはそう言って迫るベータワン・ジャマーに対して抵抗する姿勢を見せず、むしろ両手を広げて受け止めようとする。

 そんなヨハンの行動にエマが思わず悲痛な叫びを上げる。


 「ヨハン!! バカな真似はやめて!!」


 しかし、エマの叫びも虚しくヨハンの体は目の前に迫ったベータワン・ジャマーの体から飛び出したドロドロした粘液でできた巨大な膜に包まれて呑み込まれてしまう。


 「そんな……い、いやーーー!!」


 地下の格納空間にエマの悲痛な叫び声だけが響き渡った。

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