ドルクジルヴァニア防衛戦(35)
ケティーはアバム社から持ち帰ってきたUSBメモリのようなものをモニター画面の前に設置された機材に差し込むと、リエルとリーナのほうを向き。
「結論から言うとあいつの正体は寄生虫なのよね、しかも極微細な目には見えない小さいやつ」
そう答えた。
同時にモニター画面に詳細な分析結果が映し出される。
「寄生虫やて? あのエマちゃんの体を取り込んでるドロドロしたやつの正体がか? ホンマかいな」
眉を潜めるリエルにケティーはモニターに映し出された分析結果のひとつを見せる。
「まぁ、そう思うよね? でも解析の結果はそうなんだよね。群体性生物と言っていいのか微妙なところなんだけど、寄生する相手の体内に潜む共生体に寄生してそれを乗っ取り増殖、内側から群体を形成して、やがて体全てを呑み込むみたい」
「まじかいな……」
青ざめた表情になったリエルはモニターに映しだされた寄生虫、トリコリスモナスの拡大写真に目を向ける。
その横でリーナは焦った表情でケティーに尋ねる。
「ケティーお姉ちゃん! それってエマは大丈夫なの? 助からないって事なの?」
心配するリーナの問いにケティーは「まさか!」と笑い飛ばすと。
「安心してリーナちゃん! エマちゃんは絶対に救い出すから!! そのために色々と薬品開発してたんだからね!」
そう言って懐から小さな小瓶を取り出し、リーナとリエルに見せつける。
「それは?」
「抗原虫薬。これでエマちゃんにとりついてる寄生虫をやっつける事ができるよ! ……たぶん」
ドヤ顔でケティーがそう言うとリーナは明るい表情となったが、しかしリエルは眉を潜める。
「ケティー、なんか最後に小声でたぶんって言わへんかったか?」
「さぁて? なんの事かな?」
「ちゅーか、回収したサンプルの寄生虫は死んでたんよな? っちゅー事はその抗原虫薬が有効かはまだ実証されてへんのとちゃうか?」
「ぎく」
痛いところを突かれたとばかりにケティーが一瞬、動きを止めて視線を明後日の方向に向けた。
そんなケティーを見てリエルはため息をつきながら「それでも商人かいな」と呟いた後。
「その抗原虫薬がエマちゃんに取りついとる寄生虫に効くって保証はどこにあるんや? 何を根拠に?」
そう尋ねるとケティーはモニターに映し出されたいくつかの分析結果のひとつを指さす。
「まぁ、確かにそう思うよね? 実際、サンプルは死んでる以上、検証はできない。ただし、遺伝子解析をした結果、似たような遺伝子配列の似たような寄生虫のサンプルは存在したのよね」
「似たような寄生虫? うちの世界に?」
ケティーの言葉にリエルは意外そうな顔をするが、ケティーは「あんたがそういった事に興味ないだけでしょ」と言ってそのまま話を続ける。
「で、その寄生虫に対する抗原虫薬は存在するわけだから、後は応用よね。遺伝子配列に合わせてどうたらこうたらって……ここから先は専門外だからちんぷんかんぷんで説明されても何言ってるか全然理解できなかったけど、とにかく薬は完成したってわけ。生きたサンプルを持っていけなかった以上、実験体に寄生させてから薬を投与して効果があるか、副作用はあるかって検証はできてない、治験なしのいきなり本番って形にはなるけど……それでも、現時点ではこれがエマちゃんを助け出せる唯一の方法だよ」
そうケティーは断言した。
そんなケティーを見てリエルはやれやれといったジェスチャーを見せると。
「なるほどな、それやったらその抗原虫薬に賭けるしかないな」
そう言ってリーナのほうを向く。
リーナは力強く頷くと。
「わたしはケティーお姉ちゃんを信じる!」
そう言ってヨハンとTD-66がベータワン・ジャマーと戦っている地下空間の様子を映したモニター画面に目を向ける。
さきほどからモニター越しで見る地下での戦いは激しさを増しているように思えた。
姿を変化させて激しく動き回るベータワン・ジャマーにヨハンとTD-66が翻弄されているように見える。
地下空間に並べていたTD-66のオプションパーツすべてを予備の格納空間に慌てて批難させたため、何もないだだっ広い空間にTD-66を補助する武器がひとつもないのだ。
一方のベータワン・ジャマーは姿を変化させ続けている。
早く何とかしないとエマもそうだが、ヨハンとTD-66も危ない。そう思えてきた。
「ケティーお姉ちゃん!その薬、はやく地下に届けないと!」
リーナがそう言うとリエルが機材のひとつに手をつけ準備に取りかかる。
「ちょい待ちや! 今その抗原虫薬を安全に地下に送る降下装置を……」
リエルがそう言ったところで、モニター画面に映しだされているTD-66がベータワン・ジャマーの攻撃をくらって、その体の装甲に火花が散り、軽く後ろによろめいた。
それと同時に、モニター画面とは違った箇所からブチっという嫌な音が室内に響く。
「えぇ!? うそやん!!」
直後、リエルが思わず叫び、ケティーとリーナがリエルの方に視線を向ける。
そんな2人のほうにリエルは恐る恐る振り返ると。
「今ので断線してもうたわ、マジか……オワタ」
そう漏らした。
「だ、断線って……え? ティーと連絡するための有線って超極薄で線の長さも相当あって耐久性もあるんじゃなかったの!?」
驚いたケティーに対してリエルはすました顔で。
「せんでええのにフラグ……回収しよったわ、まったく。困った子やで」
などと明後日の方向を見ながら言いだした。
「そんな事言ってる場合か! これじゃ、地下に抗原虫薬送ってもティーはこれが何かわからないじゃない! かくなる上は相手に知られるのを覚悟でスピーカーで知らせるしか……」
そう言うケティーに対してリエルは少し困った表情になると。
「いや、それなんやけどな? どうにも地下であいつらはしゃぎすぎとるみたいでな?」
言いずらそうにそうきりだした。
「?」
「なんや地下に物資を送る昇降リフトも動かんのや……困ったでこれ」
リエルの告白にケティーは思わず「はぁ!?」と叫ぶ。
「え? それじゃどうするの? どうやって抗原虫薬届けるの?」
「うーん……階段で地下まで下りていって直接手渡し?」
リエルのその提案にケティーは激昂する。
「はぁ!? そんなの危ないじゃない!! できるわけないでしょ!! 今地下では戦闘中なのよ! そんなところにノコノコ出て行って何かあったらどうするの!? それに戦闘に巻き込まれるだけじゃないよ!! 敵の正体は寄生虫って言ったでしょ! そんで地下の監視カメラの映像見てたらわかるでしょ! エマちゃんだけじゃなく私たちだって寄生されちゃうかもしれないのよ!! そのリスクわかってるの!?」
ケティーのその言葉にリエルは「まぁ、そうなんやけどな?」とたしなめるようとするがケティーは収まらない。
そんなケティーとリエルのやり取りを見ていたリーナは当初はどうしようといった具合にオロオロとしていたが、やがて意を決した表情になると。
「ケティーお姉ちゃん! リエルお姉ちゃん! いつまでも言い争ってないで今は薬をティーくんに届ける方法を考えないとでしょ!!」
そう2人に向かって怒鳴った。
ケティーとリエルはリーナに怒鳴られて一瞬固まってしまうが、リーナはそんな2人を見てすぐに決断する。
「もういい! 私がティーくんのところに薬を持って行く!! ケティーお姉ちゃん、それ貸して!!」
リーナはそう言ってケティーの元まで走って行き、その手から抗原虫薬を奪い取るとそのまま地下の格納空間へと続く非常階段へと走って行く。
「あ!? ちょっとリーナちゃん!?」
「何やってんねや!! 危ないで!!」
そんなリーナをケティーとリエルは慌てて追いかけようとするが。
「うるさい!! もうふたりには頼らない!! エマはわたしが助けるんだ!!」
リーナはそう叫んで非常階段を駆け下りていった。
ケティーとリエルは非常階段の手前まで走って行くが、全速力で非常階段を駆け下りていくリーナの後ろ姿を見て考えを改める。
「はぁ、何やってんだろ私」
「ここはもうリーナちゃんに任せるしかないんちゃうか? うちらは全力でサポートするしかないで」
「サポートって……どうやって?」
ジト目で睨んでくるケティーにリエルはスマホを見せると、スマホを操作しだす。
「忘れてへんか? スマホだけは通信障害受けてへんねんで? つまりや、こういう事ができるっちゅー事や!」
リエルがスマホを操作しだしたと同時にリエルの横にドローンが飛行してきた。
「それって!」
「スマホで操作できるドローンや。まぁ、子供向けのトイ商品やけどな? でも、まさかそんな幼稚なドローンがここでは唯一通信障害を受けずまともに動く頼もしい存在やねんで、笑える話や」
そう言ってリエルは苦笑するが、しかしケティーは違った感想を述べる。
「まぁ、実際戦地ではハイテク機器よりも原始的なもののほうがタフで実用性があって重宝されるしね。下手に高度にネットワークされて複雑化したハイテク兵器よりも、誰にでも扱えるレトロでシンプルなもののほうがいざって時は役に立つのよ」
「まぁな……せやけど、技術の進歩の意味って何や? って思ってまうな」
リエルはそう言ってケティーに手を差し出す。
「ほい、そんじゃケティー、あの瓶渡しや……何やっけ? 聖水のなんちゃら」
「聖水の櫃の欠片の事? あれ残り少ないって言ったでしょ?」
「なんや、まだ未練たらたらやな?」
「あぁ!?」
「そう怒るならほら、早う! ここが使い時やで? あれ使えばあいつの体半分は一旦は消せるんや。そしたらエマちゃんの体が姿見せんねんで? 抗原虫薬使うチャンスはそん時くらいしかないんちゃうか?」
「っ!!」
リエルの指摘にケティーは思わずはっとした。
実際、抗原虫薬をどう効果的に使うかまではケティーも考えていなかったのだ。
だがリエルは効果的に使う方法をこの短時間で思いついていたようだ。
ケティーは思わず嘆息すると。
「わかったよ、はい。ちゃんとリーナちゃんに届けてよ」
そう言ってリエルに聖水の櫃の欠片を手渡す。
受け取ったリエルはニヤリと笑うと。
「言われんでもそうするっちゅーに」
そう言ってドローンに聖水の櫃の欠片を吊し、非常階段へと飛ばした。
「はぁ……はぁ……はぁ……エマ、待ってて! 私が絶対に助け出すから!!」
リーナは全速力で階段を駆け下りる。
そんなリーナの後ろにリエルが飛ばしたドローンが迫ってきた。そしてリーナに追いつき並走すると腹面に吊り下げていた聖水の櫃の欠片をリーナに見せつける。
「はぁ……はぁ……はぁ……これって……ケティーお姉ちゃんの」
全力で駆け下りながらもリーナはその聖水の櫃の欠片に手を伸ばしドローンからそれを受け取る。
するとドローンからリエルの声が聞こえてきた。
『リーナちゃん、さっきはゴメンやで! それにリーナちゃんに危険な役目押しつける形になって申し訳ないわ』
「リエルお姉ちゃん」
『せやから全力でリーナちゃんをサポートするわ、任せとき!!』
そんなリエルの声にリーナは笑顔を浮かべると。
「うん、ありがとう! リエルお姉ちゃん、それにケティーお姉ちゃんも!!」
そう感謝を述べて駆け下りるスピードをあげる。
そしてようやく非常階段の終点、地下の格納空間の入り口が見えてきた。
「よし!! やるぞーー!!」
リーナはより一層気合いを入れて階段を駆け下りる。
ヨハン、TD-66とベータワン・ジャマーの戦いはベータワン・ジャマーが優勢といった形で進んでいた。
中に取り込まれているエマの事を考えれば強くでれないヨハンとTD-66に対し、ベータワン・ジャマーは気にせず全力で襲いかかってくるのだ。
防戦一方になりがちなのは致し方ないのだが、それ以上にベータワン・ジャマーはようやく体の扱い方に慣れてきたのか、時間が経つ度に動きが良くなっていた。
その事にヨハンとTD-66も焦り出す。
「さすがにこいつはまずいな」
『えぇ、戦うスペースを確保するためにオプションパーツすべてをこの場から退避させたのは失敗だったかもしれませんね……このままでは消耗する一方です』
そう言うTD-66はすでに斬り落された右手だけでなく、左腕も半分取れかけた状態となっている。
何かしらのオプションパーツを装着しなければ、TD-66の戦闘能力は下がっていく一方だろう。
しかし、オプションパーツの要請をリエルにしようにも通信用の有線が断線してしまい、今は上と連絡が取れない状態となっていた。
さて、どうしたものか? とTD-66が思った時だった。
こちらの想定よりも速いスピードでベータワン・ジャマーが天井付近からカギ爪を突き出して急降下してきたのだ。
『っ!!』
その狙いはTD-66の左腕。今にも取れそうなこれを完全に斬り落し、無力化しようというのだ。
『しまった』
それがわかっていても一瞬の隙をつかれ、TD-66は対応が遅れた。
もはや両腕の喪失は避けられない。そう思った時だった。
「ティーくんに手を出すな!! この寄生虫がぁぁぁ!!」
壁に設置されていた非常出口の扉が開き、そこからリーナが飛び出してきたのだ。
リーナは走りながら護身用の拳銃ベレッタ ナノをヒップホルスターから引き抜き、TD-66に向かって急降下してくるベータワン・ジャマーに撃ちまくる。
その射撃はとても精度がいいとは言えず、どれもベータワン・ジャマーにかすりもしなかったが、驚いたベータワン・ジャマーは一旦急降下をやめ、再度天井付近まで急上昇する。
その隙にリーナはTD-66の元まで走って行く。
「ティーくん!! 大丈夫!?」
『お嬢様!? 何をしているのですか!? ここは危険です!! はやく上に戻ってください!!』
リーナがやってきた事にTD-66は焦りを見せるが、リーナは首を横に振る。
「ううん、私もエマを助け出すために戦うよ!」
『お嬢様!』
「安心して! ちゃんとエマを助け出す手段を持ってきたから!!」
そう言ってエマはTD-66に笑ってみせた。
そして手にした2つの瓶をチラっと見せる。
それが何なのか、TD-66にはまだわからないが、しかしTD-66は頷いた。
『わかりました。なら、わたくしはお嬢様を全力でお守りします! だからお嬢様はお友達を、エマを助け出してください』
TD-66のその言葉にリーナは拳を握って見せて答えた。
「当然、そのために来たんだから!! だからティーくん、それにヨハンお兄ちゃん! エマを取り戻しにいくよ!!」




