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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
13章:緊急クエストをこなそう!

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ドルクジルヴァニア防衛戦(34)

 全種族汎用型の変異種であるトリコリスモナス・ベータ。

 これの厄介なところはただ単にどの種にでも寄生できるところではない。寄生した種の特徴を即座に喰らう事が出来る点である。


 ヨハンが召喚したベアウルフに寄生したリコリスモナス・ベータはその体を乗っ取り、その姿をヒューマンベータ・ジャマーに変えた。

 とはいえ、見た目はヒューマンアルファー・ジャマーと変わらない。

 現にTD-66はヒューマンアルファー・ジャマーが増殖したと勘違いしているのだ。普通の人間がヒューマンアルファー・ジャマーとヒューマンベータ・ジャマーを見分けるのは困難だろう。


 そんなヒューマンアルファー・ジャマーとヒューマンベータ・ジャマーをヨハンが見分けられたのは鑑定眼のおかげだ。

 これでステータス値を覗かなければ恐らくは気がつかなかっただろう。ヒューマンベータ・ジャマーという存在とその特性に。


 (寄生した相手の特徴を喰らうスキルだって? だとしたらベアウルフから喰らった特徴は……)


 ヨハンは慌ててTD-66に叫ぶ。


 「ティー! 今すぐその場から離れるんだ!!」


 しかし、ヒューマンベータ・ジャマーはヨハンが叫んだと同時にその拳をTD-66に向かって振るう。

 すると、その振るった拳の先からベアウルフが持つ太くて強力なカギ爪が飛び出した。


 しかも、ただ飛び出しただけではない。

 その太くて強力なカギ爪はドンドン伸びてロングソードほどの長さとなったのだ。

 そして、そのままTD-66に向かってヒューマンベータ・ジャマーは長く伸びたカギ爪を突き出した。


 TD-66はこれをさきほど分離させて飛ばしたドローンをぶつけて回避しようとするが、ドローンはすぐにヒューマンベータ・ジャマーの放つジャミング波によって制御不能となり墜落する。


 『やはりジャミングしますか!』


 それを見てTD-66は冷静に防御の構えを取ってヒューマンベータ・ジャマーの攻撃を受け止めるが。


 『!?』


 ヒューマンベータ・ジャマーの振るった長く伸びたカギ爪を受け止めた右腕があっさりと斬り落されてしまった。

しかもその断面はとてもカギ爪で斬り落したとは思えないほど綺麗であり、その切れ味の良さにTD-66は驚いてしまう。


 『これは!?』

 「ベアウルフのカギ爪は研ぎ澄まされたどの剣よりも鋭利で危険なんだよ! それに一度獲物を狩ると決めたら爪が一気に伸びるから間合いが取れないんだ! 一度振るわれたら受け止めようとは思わずに回避に徹しないとダメだ!!」


 ヨハンはそう叫んで魔剣をヒューマンベータ・ジャマーへと振るい衝撃波を放つ。

 右腕を斬り落されたTD-66も、まだ健在である左腕に装着した30mm単砲身機関砲をヒューマンベータ・ジャマーへと向けてぶっ放した。


 これらの攻撃を見てヒューマンベータ・ジャマーとヒューマンアルファー・ジャマーはその体の表面を覆うドロドロの黒い粘液を一気に膨張させて、肩から飛び出る形で大きな膜を作りだした。

 その膜がヨハンの放った衝撃波とTD-66の放った機関砲の弾丸を受け止める。


 『体を変幻自在に変えられるというわけですか!』

 「っち! でも、体のベースとなってる寄生した相手の体までは変えられないみたいだね」


 ヨハンが指摘した通り、ヒューマンアルファー・ジャマーとヒューマンベータ・ジャマーは肩から飛び出る形で大きな膜を作った影響なのか、体の一部が剥がれ、そこからエマとベアウルフの体の一部が姿を見せていた。

 それを確認したヨハンは一か八かベアウルフに召喚主として指示を出す。


 「ベアウルフ! 体に纏わり付いてるそれを引きちぎれ!!」


 しかしベアウルフからの反応はなかった。

 やはり寄生されて、体の表面を覆われた時点でこちらの指示は届かない。

 ならばとヨハンは禁じ手を繰り出す。


 (出来れば召喚士としてこれだけはやりたくなかったが……仕方がない)


 ヨハンは魔剣を右手に持ち、左手を突き出して叫ぶ。


 「召喚契約強制解除……絶命せよ!! ベアウルフ!!」


 突き出した左手の先に魔法陣が現れ、そのままベアウルフのほうへと飛んでいく。

 ヒューマンベータ・ジャマーはこれを回避しようとするが、それよりも早く魔法陣がベアウルフの体に接触、そのまま絶命させた。


 ヨハンが行ったのは自身が召喚した生物を強制的に絶命させる技だ。

 本来であれば召喚獣は役目を終えれば、生きている限り自動的に元の場所へと送還されるのだが、時に召喚した生物が制御不能に陥って手が付けられなくなることが希にある。


 そのような暴走状態が引き起こる原因は様々なのだが、そうなってしまうといくら召喚士が指示を出してもどうにもならず元の場所への送還も不可能になってしまうのだ。

 この状態で放っておくと最悪の場合、召喚士が自ら召喚した相手に殺されてしまうハメになる。


 そういった事態を防ぐため、召喚士には召喚した相手を強制的にその場で絶命させる荒技があるのだ。

 とはいえ、召喚した相手が自分よりも格上だった場合、こちらが強制的に絶命させようと思ってもできないのだが……


 だからこそヨハンはドルクジルヴァニア地下大迷宮の盗賊ギルド<毒夜の信奉者>のアジトでスコペルセウスを召喚した際、その後どうにもできなかったのだ。


 「すまない……こちらが勝手に召喚しておいて一方的に使役しておきながら、こちらの都合で勝手に殺すなんて……こんな荒技を使う事になるなんて、召喚士失格だなまったく」


 そう言ってヨハンは少し落ち込んだ表情を一瞬見せるが、すぐに気を引き締めてヒューマンアルファー・ジャマーを見据える。


 ベースとなっていたベアウルフが死んだ影響なのか、ヒューマンベータ・ジャマーは地面に倒れると、その体の表面を覆っていたそのドロドロとした黒い粘液を床にすべてぶちまけた。

 そして床に倒れたベアウルフの死体が姿を現す。

 そんな光景を見てヨハンが目を細めた。


 「どうやらあのドロドロしたやつは死体には取り憑かないし動かせないみたいですね」

 『はい、という事は周囲に取り憑ける生き物がいなければやつは何もできない事になりますが……』


 TD-66はそこまで言ってヨハンのほうを向くと。


 『そうなるとヨハン、あなたは今すぐ戦線を離脱すべきではありませんか? あれがエマを取り込んでいるように、あなたに取り憑かない保証はないですよ?』


 そう提言してきた。

 これはまさにその通りで、反論の余地もない正論のはずだ。

 しかし、ヨハンは首を横に振った。


 「それはできない。エマが捕らわれてるのに、指をくわえてみてるだけなんてできないよ。そんなのミラに顔向けできない。ミラの大切な妹は僕が絶対に助け出す!」


 そう言ってヨハンはTD-66のほうを向き、逆に言い返す。


 「それにティーだってあいつに取り憑かれないって保証はないはずだけど?」

 『わたくしはドロイドです。生物ではありません。その危険性は低いかと』

 「そう決めつけるのは少し危険じゃないかな? 何せ通信障害を引き起こせる相手だよ? 何が起こるかはわからない……ケティーやリエルの分析結果がでるまではあらゆる可能性に警戒すべきじゃないかな?」


 ヨハンはそう言って意地悪く笑ってみせる。

 そんなヨハンの言葉を聞いてTD-66は小さく頷くと。


 『確かにあらゆるケースを想定しておくべきですね。ですが、それならばわたくしが放ったドローンはすでに乗っ取られているはずですが』


 そう指摘する。

 TD-66のその指摘にヨハンは少し考え込んだ後。


 「もしかしたら大きさが絡んでいる……のかな? 少し検証してみよう」


 そう言って右手に持っていた魔剣を左手に持ち直して右手を突き出し、新たに召喚を行おうとしたところで。


 「っ!!」


 ベアウルフの死体から剥がれて床にぶちまかれていたドロドロとした黒い粘液がブクブクと泡だってまるで沸騰したような状態になると、そのままヒューマンアルファー・ジャマーの方へと飛んでいき、その体に取り込まれる。

 一部見えていたエマの体は完全に隠れ、さきほどよりも少し体のサイズが大きくなったヒューマンアルファー・ジャマーがそこに立っていた。


 「分離した個体を再度取り込んで進化したって事か……」


 そんなヒューマンアルファー・ジャマーを見てヨハンが軽く舌打ちする。

 鑑定眼で見るそのステータス値はさきほどからは変化していた。

 何より名前がヒューマンアルファー/ベータ+1・ジャマー、通称ベータワン・ジャマーに変化している。


 変異種であるヒューマンベータ・ジャマーを取り込み、再度融合した事でヒューマンアルファー・ジャマーも変異したのだ。

 ヒューマンアルファー・ジャマーとヒューマンベータ・ジャマー、2つの特性を兼ね備える変異種に。


 それを物語るようにベータワン・ジャマーはその両手に巨大な鎌ではなく、ベアウルフの太くて強力なカギ爪を手の甲から生やし構えた。

 ヨハンはそれを見て冷や汗を流すが。


 「取り込んだ相手の特徴はずっと引き継げるってわけか……そうなるとこれから行う検証は少し危険な気がするけど」


 構わず右手を突き出して叫ぶ。


 「召喚……こい!! ミニュアデス!!」


 右手の先に魔法陣が浮かび上がり、そこからコウモリ型のモンスターのミニュアデスが飛び出した。

 そのモンスターの大きさは通常のコウモリと変わらず、墜落したドローンと大差はない。


 もしこの大きさのモンスターを乗っ取ろうとしなかった場合、ある一定以上の大きさがないとヒューマンアルファー・ジャマーは相手を乗っ取って増殖する事ができないという事になるが、逆にこれも取り込まれるとなると、ヒューマンアルファー・ジャマーはどの大きさの生物も乗っ取れる事になるが、一方でTD-66やドローンは乗っ取って取り込む事ができないのではないか? という仮説が現実味を増す。


 何にせよ、ミニュアデスを見てベータワン・ジャマーがどう動くかを見極めなければならない。


 「行け!! ミニュアデス!!」


 ヨハンの指示を受けてミニュアデスがベータワン・ジャマーへと襲いかかる。

 これに対してベータワン・ジャマーは背中から生えた無数の触手の1つをミニュアデスに向かって放つ。

 放たれた触手をミニュアデスはかわす事ができず、すぐに捕らえられてしまった。


 ベータワン・ジャマーはミニュアデスを捕らえた触手をすぐに体から切り離すと、その触手が暴れ回って逃げようとするミニュアデスの体に張り付いて全身をドロドロの黒い粘液で覆っていく。

 そしてみるみるうちにその体が大きくなっていった。


 とはいえ、ベースとなっている体が小さいためか人間サイズまでは大きくならなかった。

 それでも犬ほどの大きさはあり、ベースとなったミニュアデスの特徴を取り込んで背中からはコウモリの羽根が生えていた。

 そんな姿となったベータワン・ジャマーを見てヨハンはTD-66に声をかける。


 「ティー、さすがに検証はもういいかな? これ以上はあいつを強くさせるだけのような気がするし」

 『わたくしもそう思います。ここから先の召喚は控えるべきでしょうね』

 「だよな……それじゃあ! 召喚契約強制解除……絶命せよ!! ミニュアデス!!」


 左手を突き出し叫んでミニュアデスを絶命させる。

 ミニュアデスが死んだ事でパタパタと低空飛行していたベータワン・ジャマーは地面へと落下し、ベチャ! という嫌な音を立てて床にドロドロとした黒い粘液をぶちまける。


 床に落ちたミニュアデスの死体からドロドロとした黒い粘液が剥がれていき、それらは人間サイズのベータワン・ジャマーへと戻っていき、再びその体に取り込まれていく。

 そして人間サイズのベータワン・ジャマーの背中からドロドロとした粘液で覆われたコウモリの羽根が生えだした。


 そんな背中から無数の触手と羽根を生やし、両手からロングソードほどに伸びたベアウルフの太くて強力なカギ爪を生やしたベータワン・ジャマーはヨハンとTD-66を見てニヤリと笑うとコウモリの羽根を羽ばたかせて、低空飛行で一気に迫ってきた。


 『きます!!』

 「あぁ!! わかってる!!」


 これをヨハンとTD-66は魔剣と30mm単砲身機関砲を構えて迎え撃つ。




 ヨハン、TD-66が変異を続けるベータワン・ジャマーと戦っている最中、警備コントロール室ではケティーがアバム社から帰還を遂げていた。


 「リエル、リーナちゃん、お待たせ!! 解析結果の分析終わらせて来たよ!!」


 ケティーの帰還にリーナは笑顔でリエルは慌ててケティーに駆け寄る。


 「ケティーお姉ちゃん!! お帰り!!」

 「ケティー遅いで!! まぁ、向こうとこっちやと時間の流れがちゃうのはわかるんやけど……で? 成果はどないや?」

 「まぁまぁ、そう慌てない慌てない! 成果? それ聞いちゃう? 聞いちゃうかー仕方ないなー」

 「勿体ぶらんでええから! はよ!!」

 「はいはい、わかったって! まぁ、待ちなさいな」


 ケティーは得意げな顔をして懐からUSBメモリのようなものを取り出して、ふっふっふと笑いながらリエルとリーナにそれを見せた。


 「ここにやつを倒すためのデータが詰まってる。さぁあいつを倒してエマちゃんを取り戻すよ!」

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