ロストシヴィライゼーション・コア(3)
開いた壁の中を覗き込む。しかし中の構造がどうなってるかはここからでは確認できなかった。
何せ闇に包まれていて外からでは判断できないのだ。
空洞なのか、複雑な迷路になってるのかすらわからなかった。
「まぁ、突入するしか選択肢はないんだが……」
爆薬で開けた穴の横で慎重に中を覗き込んで思う。
やっぱ懐中電灯なり松明なりいるよねと……
しかし手元に懐中時計はないし松明にできそうな手頃な木はなかった。
「レーザーブレードで照らしながら進むしかないか」
できればアビリティーユニットはライフルモードにしておきたかったが仕方ない。
そう思った時だった。フミコがちょんちょんと肩を突いてきた。
「どうした?」
「灯りならあたしが灯せるけどどうする?」
「え? まじ?」
フミコの提案にどこからか戻ってきたカグも同意する。
「ふむ、それのほうがよいじゃろうの。この中ではそちらのほうが安全じゃ」
「なんで?」
「レーザーブレードで照らしながら進むにはスペースを確保する面でお薦めできんわい。仮に狭い通路で戦闘になった場合どうなる? 貴様1人だけならいざ知らず仲間がいれば尚のことな」
言われてみればそうれはそうだ。
なので灯りに関してはフミコに任せることにする。
「わかった。じゃあ頼めるか?」
「うん、任せて!」
フミコは笑顔で頷くと首にかけている翡翠の首飾りに手を当てる。
すると首飾りの装飾の一部である勾玉が眩しい緑色の光を発する。
「まじか……あの首飾りの勾玉どうなってんだ?」
「ほっほっほ。鬼道じゃ最もポピュラーな呪術じゃと思うがの?」
「鬼道……? なんだそれ?」
「魏志倭人伝の記述を知っていればわかることじゃと思うが、まぁ現代人が知らなくて当然かの?」
「まーた歴史を勉強せいって話か?」
「わかってきたじゃないか、結構結構! じゃが、現代の資料で調べても鬼道を知ることはほぼ不可能じゃがの……あれは現代日本が遠い過去の歴史の彼方に忘れさった技術じゃ」
だったら調べるだけ無意味だなと結論付け、このことは深く考えないようにした。
今は先に進めればそれでいい。
フミコが勾玉を掲げて壁の内部を緑色の光で照らす。
足下を確認しながらカービン銃H&K HK416を構えてゆっくりと内部へと足を踏み入れる。
すると拍子抜けするほどに中の空間は何もなかった。
もっと複雑な迷路になってるかと思ったが、驚くほどに巨大な空洞となっている。
おかげでフミコの照らす緑色の光が奥まで行き届かない。
「本当にまるで何もないな……この施設は本当に建築物として機能してるのか?」
「これだけ広くて何もないとどう進んだらいいか逆に迷うね」
警戒して周囲に銃口を向けながら進むが広すぎて光が一定以上広がらないため安全が確保できてるのか自信がない。
フミコも勾玉を色んな方向に向けて光を照らす位置を変えたりするが、この無限とも思えるほど広大な空間の中では意味を成していなかった。
どれだけの距離を進んだかわからないが、やがて床に奇妙な記号が浮かび上がる。
「なんだ?」
ようやく現われた変化に一目散に食いつき片膝をついて床に触れて確認する。
「これは床のデザインじゃないよな?」
「明らかにさっき浮かび上がったもんね、何かのまじないかも」
フミコが言って勾玉で照らすと床に浮かび上がった奇妙な記号も光を発する。
「なんだ!?」
慌てて一歩下がって身構えるが、床に浮かび上がった奇妙な記号が発する光に飲み込まれてしまった。
「!?」
思わず目をつぶり右腕で顔を覆う。すぐに光は収まり、ゆっくりと目を開けて右腕を下げると、そこは明るい空間だった。
とはいえ何もない殺風景な広大なスペースで、明るいか暗いかの違いだけでさきほどまでと違いはないようにも思える。
そこは無機質な青白い光を放つ床しかない広大なスペースだった。
部屋なのかどうかすらも怪しい、あまりに広すぎて壁というものが見えないからだ。
当然見上げても天井は確認できない。
そんな、建物の中なのか? と疑いたくなるようなスペースの中にポツンと宙に浮かぶ小さな椅子があった。
そこには深くフードを被った何者かが腰掛けていた。
「……………来たか忌々しい。土足で余の居城に侵入してくるとは!! 相変わらず礼儀知らずなやつめ!!」
深くフードを被った何者かが拳を椅子の取っ手に叩きつけながら怒りを露わにする。
「…………勇者め! ここでも!! ここでも余の安寧を脅かそうと言うのか!! 許さん!! 許さんぞ!! 殺してやる!! 絶対に殺してやる!!!」
叫んでそのおぞましいまでの素顔をフードから晒す。
肉はただれ、ところどころが腐っている。
むしろ骸骨にかろうじて皮と腐った肉が残っているといった印象だ。
しかし、赤く光る眼だけはまだ死を受け入れていない。そういった印象を受ける。
「てめーがこの疑似世界を生み出してる元凶か。ったく腐敗臭はしねーがとんでもない奴だな!」
まるでゾンビのような姿に一瞬驚いたが、まぁ次元の迷い子の一種と考えればどうってことはなかった。
H&K HK416を構え様子を窺う。とはいえこれだけ広大なスペースだとカービン銃を使う必要はないだろう。
アサルトライフルに変更するか? と一瞬考えるがわざわざ敵の目の前で隙を見せる必要もないだろうし、まずはこのままで行くか。
そう思った時だった。宙に浮かぶ小さな椅子から何者かが立ち上がる。
「………おのれ忌々しい勇者め! どうしてそこまで余を追いかけてくる!!」
赤く眼を光らせて何者かが叫ぶが、こちらとしては勘違いも甚だしいのでため息しかでない。
「あのな? 何か勘違いしてるようだが俺は勇者なんかじゃないし、てめーを追撃しにきたわけでもねーぞ? まぁてめーを倒さない限り先に進めないから倒すことに変りはないがな」
「…………なんだと?」
「恐らく聖剣の能力を使った時に勘違いしたんだろうが……俺は勇者でも何でもない。」
「…………ウソをつくな!! 余にはわかる!! 貴様が使った力から勇者の波動を感じたぞ!!」
「だから勇者じゃないと言ってるだろ? 確かに聖剣の能力は勇者が持っていた能力だが俺はそれを奪っただけであって俺自身は勇者でも何でもない」
「…………奪っただと?」
「あぁそうだ。勇者から奪った。そして殺した。そういう旅をしているからな」
自分で言って胸くそ悪くなったが事実だから仕方がない。
すると何者かが眼を赤く光らせて笑いだした。
「………クックック! アーハッハッハッハ!! 奪った? 殺した? 勇者から? アーハッハッハッハ!! 素晴らしい!! 実に素晴らしいっ!! 気に入ったぞ貴様! 余の配下に加えてやろう!! 喜べ! それだけの功労だ、待遇は最高級にしてやる!!」
何やらおかしな事を言い出した。
なんだか頭が痛くなってくる。
「断る。なんでてめーの配下にならなきゃいけねーんだ? そもそも俺が倒した勇者とてめーが思ってる勇者は多分別物だぞ?」
「………何?」
「てめーがどこの誰かは知らないが、てめーと違って俺は勇者に恨みがあって殺したわけじゃねー。そして旅の邪魔だからてめーだって今からぶっ倒す! そこんとこ勘違いするなよ?」
「………あぁ?」
こちらの言葉に何者かの態度が明らかに変わった。
ほとんどガイコツに近い表情が掴めないただれた肉しかない顔ゆえに分かりづらいが確実に怒り心頭しているのだろう。
何者かの纏うオーラが変わった。
「………貴様一体何者だ?」
問われてどう答えようかと迷った。
何せ自分は意気揚々と名乗れるような肩書きは持ってはいない。
そして自分自身を自慢げに名乗ろうとも思っていない。
だからこう答えた。
「異世界渡航者……転生者、転移者、召喚者から能力と命を奪うただの簒奪者だ。」
自分で言って反吐が出そうだった。
そして再確認する。自分がいかにクソッタレな旅をしているかを。
世に言う英雄。それこそ目の前の何者かが忌み嫌う勇者からはほど遠い存在だ。
「………異世界渡航者? 転生者から能力を奪う簒奪者だぁ?」
何者かは言って肩を震わせながら笑う。
「………クックック! アーハッハッハッハ!! そうかそうか!! 貴様は勇者とは違えど目的は同じか!! 余の力を奪いにきたわけか!!」
「は? 今なんて言った?」
何者かの発言が理解できなかった。
力を奪いにきたのかだと?
確かに能力は奪えるがそれは異世界転生者、転移者、召喚者に限った話だ。
純粋な異世界の人間なりの能力は奪えない。
しかし、何者かの言葉を肯定するようにカグが耳元で囁く。
「あやつ、転生者じゃの」
「は? どういうことだ?」
カグの言葉が理解できなかった。
だってここは異世界ではなく疑似世界のはずだろ?
なのに転生者とはどういうことだ?
困惑しているとカグが小声で説明してきた。
「落ち着け、あやつは勇者に負けて異世界から追放されたわけじゃが、勇者と対立する立場に転生していたということじゃ。つまりは……」
「能力を奪える?」
カグは頷いて肯定する。
「ただしあやつの損傷、劣化は激しい。当然じゃの……異世界から次元の狭間に追放されたんじゃ、意識を保ってるほうが不思議なくらいじゃ。恐らくはすでに体は死んでいる。今存在しているのも魂の最後の残りカスで動いとるといったところじゃろう。だから能力を奪っても全盛期のすべての能力を使えないかもな」
「なるほどね、それでも戦力アップにはなるな」
「もちろんじゃ」
それを聞いて少しはやる気が出た。
すでに死んでる存在なら遠慮する必要はない、気にせず能力をいただくとしよう。
「転生者だったのかてめー。もしかしてと思うが地球出身か?」
こちらの問いに何者かは笑いながら答える。
「………クックック! そうだとも、余は地球から転生した。なるほど貴様も地球人か! 東洋人っぽいと思っていたがそうかそうか! クックック!! よく聞け異世界渡航者!! 余は魔王!! 魔王グベル様なるぞ!!」
そう言って疑似世界を生み出している元凶、魔王グベルは両手を高々と掲げて笑いながら語り始めた。
魔王グベル。彼はどこぞの異世界の悪の親玉に転生する前はアメリカ合衆国のフロリダ州の人間だったようだ。
名はリチャード・アンダーソン。ヒスパニック系で住んでいた場所はマイアミだ。
とはいえ、裕福か普通か貧困かで言えば彼は貧困の部類の人間だった。
そのためかスラム街で育った彼は物心ついた時から仲間達と共に犯罪の日々に明け暮れた。
殺人、窃盗、誘拐、暴行、レイプ、ドラッグ、密売、車両盗難……一通りの犯罪は経験しギャングとの関係も良好。しかし、銀行強盗の失敗から彼は捕まり刑務所に服役する。
服役してからも刑務所内での揉め事や幾度の脱獄騒ぎの末、ついに彼の死刑が執行される。
電気椅子に座らされる最後の瞬間まで彼は自分を担当した弁護士の無能さを喚き散らしていたが、目を覚ました時には人ではなくなっていた。
自身が見知らぬ異世界に人とは違う異種族として転生し、強大な力を宿していると気がついた時は笑いが止まらなかった。
試しに近くの人間の村を襲ってみたが、誰も自分には敵わなかった。
この力はどこまで強力なのか? それを知るため人以外の集落も襲い、また襲い、また襲い、誰も自分には手が届かないと悟った。
そう、自分は誰も恐れることはない最強の存在となったのだ!
笑いが止まらなかった。もはや敵など存在しない。
この世界はすべて自分のものだ! 刃向かう者は殺せばいい、気に入った物は奪えばいい、気に入った女は犯せばいい。
こうしてリチャード・アンダーソンというかつての名は捨て、グベルと名乗るようになる。
気ままに街を襲い、富を奪い、女を犯し、食を平らげる。それがグベルとなってからの日常だった。
やがて彼を慕い、頭を垂れて従う者たちも多く現われだした。
そうなると欲はどんどんと膨らむ。
自分を慕う者や恐怖から付き従う者たちを従え領主の館を襲い、館を奪う。
領主を殺し、財宝を奪い、領地と民を奪い、領主の娘や領民の娘たちを陵辱し性奴隷とし、若い男たちは奴隷として酷使する。
この事件はすぐに国中に知れることとなりグベルの領地の保有を認めない王国は軍を派遣するがこれを返り討ちとする。
それどころか逆にグベルは王国を滅ぼすため王都に軍勢を率いて進軍し王都を蹂躙、王城は燃え都は陥落してしまう。
王都のすべての財宝はグベルに没収され、主要な交易品や交易ルートはグベル配下の手に落ちる。
刃向かう者は奴隷とされ国王や主要貴族は処刑となり王女や貴族の令嬢はグベルの性奴隷として連れ去られる。
もはやグベルに刃向かう者など誰もいなかった。
周辺国からは畏怖の念をこめて魔王と呼ばれるようになる。
しかし、悪事はいつまでも続かない。
やがて隣国に魔王グベルを倒すべく立ち上がる者達が現われる。
勇者一行だ。
強力な魔法や武具を行使する彼らは瞬く間に魔王が支配する地域を開放していき、ついには魔王グベルの居城まで攻め込む。
とはいえ、勇者と魔王グベルの実力は互角だった。
決定打がお互い打てない中、勇者一行は仲間たちの協力の下魔王グベルをこの世界から次元の彼方に追放する魔法を発動。世界から魔王グベルを追い出した。
こうして、魔王グベルは次元の狭間へと追い出され2度目の死を迎えたのだ。
そう、そのはずだった……しかし。
「余は運がいい! 追放された地に自身の王国を築き、再び決起するその時に備えることができた! そう、再びあの世界に戻るためにな!!」
言って高らかに笑う魔王グベルを見て呆れて物が言えなかった。
なんというか心の底からクズだなこいつっていう感想しか出てこない。
なのでカグの方を睨む。
「なんじゃ? わしには関係ないぞ?」
「神とやらがこういう転生云々を管理してるんじゃないのか? なんでよりにもよってこんなクズを魔王として転生させてんだ?」
「転生するやつすべてが神の承諾を得てるわけなかろう?」
「そうかい、どっちにしろこんなクズ野郎はさっさと倒すに限るな……まぁその前に能力は奪わせてもらうがな!」
言って魔王グベルへとH&K HK416の銃口を向ける。
魔王だが何だか知らないがこれ以上クズの話を聞く気はない。さっさと引導を渡してやる!




