旅の始まり(2)
突如として出現した巨大な怪獣の攻撃によって地球人類の文明が滅亡の危機にさらされてから2日が過ぎた。
かろうじてインフラが維持されている地域はあるものの、もはや国家と呼べるものが世界にどれだけ存在しているのかわからなかった。
2日前に現れたあれは無数の尻尾のようなものを地面に埋め込んでおり、それは世界中に繋がっているようだ。
地面に埋め込んだもので繋がっているのか同じ個体なのか別個体なのかわからないが、日本以外にも多くの国であれは出現しているらしい。
らしいという曖昧な表現を使っているのはその情報が本当に正確な情報なのか定かではないからだ。
今日になってようやくネットが復旧したが昨日は完全にネットはダメだった。今も避難所でラジオから流れる情報を頼りにしている現状である。
今わかっていることは日本国政府は非常事態を宣言、戦後初の防衛出動が発令され陸海空自衛隊があれに対して攻撃を行ったが傷一つつけることができなかったらしい。
それどころか陸自1個大隊が壊滅し、空自は戦闘機、早期警戒機、輸送機、救難ヘリを多数損失。海自も護衛艦が多数轟沈した。
在日米軍も出動し攻撃を行ったが再編が必要なレベルの壊滅的被害を被ったようだ。
しかし在日米軍の再編は容易ではないだろう、今や世界中で同様の事態が起こっている。
あくまで噂レベルでどこまでが真実かわからないが、アメリカ、ロシア、中国、フランス、イギリス、イスラエル、インド、パキスタンの核保有国はすでにあれに対して核攻撃を行ったらしい。しかしまったく有効打を与えられなかったようだ。
核が通用しない以上、もはや人類に勝ち目はないのでないか? そう思えてくる。
ラジオの情報だけでは噂レベルの核攻撃を行ったことしか伝わってこなかったが、ネットが復旧したことによってその他の情報も断片的に伝わってきた。
アメリカは核以外にも通常兵器では最強と言われるMOABを使用したが効果はなかったようだ。
ロシアも同じくサーモバリック爆弾を、中国も燃料気化爆弾を使用したがあれに打撃を与えることはできなかったらしい。
核、そして核を除く通常兵器で最強の爆弾すら通用しない以上もはや人類に勝ち目はないように思える。
そんな絶望的な状況から、さらに人類をどん底に落とすかのような出来事も起こり始めていた。
地震の直後の爆発でできた地面の巨大な亀裂からあれは出現したが、今でも頻繁に起こる小規模な余震の直後に地面に亀裂が走り、人と同じ背丈か少し高いくらいの怪物があふれ出てくるようになったのだ。
これらは世界中でも出現しているようで軍隊が対処しているが、まったく歯が立たないらしい。
この避難所の近くでも多数出没しているらしいが警察の機動隊や自衛隊が交戦はするものの住民を逃がす時間を稼ぐので精一杯であるらしい。
「ほんと、この先どうなるんだろうな……」
避難所になっている名も知らぬどこかの学校の校庭に出てため息をついた。
あれから2日逃げ続けてここにたどり着いたが、自分の学校ももしかしたら避難所になっているのだろうか?
それともすでに廃墟になってるか跡形もなくなっているのか……
自宅は一体どうなっただろう? 家族とは連絡が取れない。
災害時の伝言板にメッセージは残しているが無事だろうか?
そんなことを考えている時、余震が起こった。
「………!! まさか、嘘だろ!?」
すぐに揺れはおさまったが直後、避難所となっている学校の校庭に巨大な亀裂が走り不気味な光が亀裂からあふれ出す。
そして、その光の中から奇形な怪物が続々と現れだした。
「なんで、こんなところに」
「じょ、冗談じゃねーぞ!! ここは小さなただの避難所だぞ!? 自衛隊も警察の機動部隊もいなけりゃ自警団気取りの反社の連中もいないんだぞ!? なんでそんなところに来るんだよ!!」
誰かが絶望に駆られ誰に対してでもなく、この理不尽な状況に怒号を吐き散らした。
だが、それでどうにかなるわけでもない。
皆パニックとなり我先にと逃げ出す。
しかし逃げ切れるわけがない。怪物たちは逃げ惑う人達に次々と襲いかかっていく。
一瞬にして避難所は地獄と化した。
その残酷で絶望しかない光景を見てもう逃げることを諦めた。
どうせ必死に逃げたところでどうにかなるわけではない。
逃げ延びたところで結局は怪物どもに殺される。
ならばもう逃げるという行為に意味はない気がする。
諦めから足は止まっていたが、ふと視界に小さな女の子が映り込んだ。
この大混乱の中だ、逃げる際に転んで親とはぐれたのか一人でただ泣いている。
そしてすぐ後ろには怪物が迫っていた。
「くそ!! ふざけんな!!」
どうにかできるわけではないとわかっていながら体が自然と動いた。
無意味な行為だとは思う。あんな怪物に敵うわけがない。
それでも理屈なしに体は動いていた。
自分でもこんな正義感があったんだと驚いているくらいだ。
怪物が巨大な腕を振り回した、その直前に小さな女の子をその場から突き飛ばす。
直後、怪物が振り回した巨大な腕が直撃し、体中に激痛が走りその場から吹き飛ばされた。
おそらく全身の骨が粉々に砕けているだろうし、このまま地面に激突すれば命を落とすだろう。
数秒の出来事のはずなのにやけに頭が冴えて思考が巡っていた。
死の直前には走馬灯が駆け巡るとはいうがそんなことは一切なく、ただ風景がスローモーションのようにゆっくりと見て取れた。
まさに死を受け入れる時間を天が与えたかのような不思議な感覚、しかしすぐに異変に気づく
「なんだ? どうなってるんだ?」
いつまで経っても地面に落ちる気配がなかった。というか空中でどういうわけか静止していた。
「一体何がどうなって?」
周囲を確認しようにも体が動かなかった。
このままして地面に落下しても衝撃で即死だろうが、それでも空中で突然身動きが取れなくなるのはかなりつらい。
視界に入る範囲の状況もまるで時間が止まったかのようだった。
そう、すべて止まっているのだ。
「まったく無理をしよる……間に合って良かったわい」
どこからか老人の声がすると思ったら、目の前に白いローブを着てアタッシュケースを持った長い白髪と長い白髭を生やした老人が立っていた。
(な、なんだ? さっきまで目の前にこんな爺さんいなかったはず)
困惑するこちらを無視して老人はアタッシュケースを持っていない方の手で髭をいじりながら何やらブツブツと独り言を言い出す。
「しかしまさか予想に反してここまで次元の迷い子が沸いてくるとはのう……猶予はそう長くはないということかの……」
「爺さんあんた一体誰だ? 何で動けてるんだ?」
驚くことに言葉が発せられたため疑問を口にする。
その言葉を聞いて老人がニヤリと笑った。
「おいおいおい、神に向かって爺さんとは大した口をきくな?」
「は? 神?」
何言ってるんだこのジジイは? と思ったが、老人は調子を崩さずこう言った。
「そうじゃ。わしは貴様ら人類が言うところの神じゃ」
そう言って老人は不敵に笑った。