ドルクジルヴァニア防衛戦(25)
ギガント・ジャマーは何とか体を起こした自分を見て気味の悪い嗤い声をあげた。
その反応は自分をカストム城門で戦った相手だと認識していると見るべきだろう。
カストム城門からの撤退時にダークミストで攻撃を跳ね返し超スローモーションで動きがほぼ止まっていたギガントどもに特大の一発を放ったが、あれではやつを殺せてなかったという事だ。
(あの時は撤退する事が最優先だったから攻撃した後どうなったかは確認してなかったが、航空画像を解析して生死は確認しておくべきだったか)
今更そう思ったところでどうにもならない。とにかく今は目の前の事に集中だ。
タイムリープで時間を戻すにしても、もう少し情報が欲しいところである。
なので今はとにかく体勢を立て直さないといけないのだが、体が思うように動かなかった。
それは当然で、激痛耐性のおかげで痛みを感じないから気にしていなかったが、今の姿は全身血まみれで、いたるところから血が吹きだしており、左腕にいたっては本来曲がることのない方向に折れ曲がって骨が突き出していた。
思わず目を瞑りたくなるような光景であり、もし激痛耐性がなかったら悲痛な叫び声をあげていただろう。
まだ即死していた分、ギガント・レックスにやられていた時の方が自身の死体を見下ろすだけましだったかもしれない。
そう思いながらも、どうにか立ち上がって目の前のギガント・ジャマーを見据える。
ボタボタと血が足下に滴り落ちるが、気にせず右手を目に突き出す。
「召喚……」
だが、召喚陣が発動する事はなかった。
「……っち! ここまでのダメージをくらうと召喚は使えないのか」
ならばと簡易錬成で周囲の瓦礫から投擲槍を即席で造りあげる。
とはいえ、できあがったそれは、誰が見てもギガントにダメージを与えられるとは思えないような代物だった。
そこら中に散乱してる瓦礫をとりあえず適当にかき集めてまとめましたといった具合の見た目をしているそれを見て、思わず苦笑してしまう。
(やれやれ、今の状態だとこれが精一杯ってわけか……現状では治癒魔法は扱えてもほぼ回復はしない。そもそも、今の状態じゃ魔法もまともに放てない。万能薬は瓶が全部割れてしまってるし銃器も扱える状態じゃない……ほんと、絶望的すぎてタイムリープがなかったらと思うとゾッとするぞ)
それでも、タイムリープ能力もDPを消費し体に負荷をかけ続ける。
ずっと使い続けられる能力ではない。
「まぁ、ともあれ、突破口の糸口くらいは掴まないとな!!」
叫び即席で造った投擲槍を空中に浮かばせて、そのままギガント・ジャマーに向かって一気に飛ばした。
しかし、そのスピードはとても速いとはいえず、目でゆっくりと追える程度のものだった。
ゆえにギガント・ジャマーも避ける仕草を見せず、余裕たっぷりといった仁王立ちで投擲槍をその身に受けた。
「っち! 無傷かよ!」
あれで倒せるとは思っていなかったが、それでも舌打ちしまう。
とはいえ、収穫がなかったわけではない。
投擲槍がぶつかった腹部にはある変化が起きていた。
ぶつかった瞬間、体の表面を覆うドロドロとした粘液に波紋が浮かび上がり、腹部全体に波及していた。
それが何を意味するかはこれから検証しなければならないが、とにかくギガント・ジャマーはすべての攻撃を超スローモーションにする空間で受け止めて跳ね返すわけではないようだ。
「小さな発見はあったが……続けてもう一発……放って検証する力はさすがに……ないか……」
激痛耐性のおかげで痛みや疲労感は感じないが、それでも体は致命傷を負っている。
体は思うように動かず、動かそうとするたびに力が抜けていく。
やがて出血のしすぎが原因だろうか? 意識が遠のき始めた。
もはやまともな思考を行う事ができず、足下がふらつき始める。
(やば……意識が……これ以上はさすがに無理か)
そして、そのまま景色がぐるっと一回転する。自分が転んだのだと気づくのに数秒を要した。
そんな自分の姿を見てギガント・ジャマーが可笑しく笑っているのだろう。
気味の悪い嗤い声が遠くから聞こえてきた。
そして、その声はだんだんと小さく聞き取れなくなっていく。
抗うように手を伸ばそうとするが体は動かない。
やがて世界から音が消え失せ、次の瞬間には視界が暗転した。
気がつけばタイムリープ能力で霊魂のような透明の待機中モードの姿になって宙を浮遊していた。
眼下を見下ろせば、そこではギガント・ジャマーが瓦礫の山を嗤いながら何度も踏みつけている。
恐らくそこはさきほどまで自分が倒れていた場所だろう。
最後に視界が暗転したのはギガント・ジャマーに踏み潰されたという事だ。
「まったく、楽しそうに人の死体を何度も踏みつけやがって……よっぽどカストム城門で俺にやられたのが気にくわなかったんだな」
呆れてため息をついた後、さきほどの攻撃について考える。
「まぁ、さっきのは見るからに無害ってわかったから何もしかなったってのもあるんだろうけど、戦車や対空砲火レベルの火力なら一定範囲の空間を超スローモーションにするあれを盾に使って跳ね返してくるんだな。ならさっきみたいな、一見無害に見える攻撃に何かしら仕掛けておけばどうにかなるか?」
そこまで考えてから気づく。
最初にギガント・ジャマーと遭遇し、信号弾を放って周囲にいる部隊にその存在を知らせた装甲戦闘車部隊がどういった結末を迎えたかを。
「いや、そもそも自身に対して放ってきた攻撃をすべて跳ね返すなら、装甲戦闘車部隊も同じように跳ね返された攻撃でやられたはずだ。けど、俺がここに来た時に見た光景はそうじゃなかった。今の俺の死体のように踏み潰されていた。放った倍のスピードで跳ね返された砲弾による破壊の跡もなかった……つまり、あのカウンターは俺がいたから放ったって事か」
でも、一体どうしてだろうか?
そう考えてから、ある仮説が浮かび上がる。
「まさか……あのカウンター攻撃、俺の真似をしたのか?」
普通に考えれば、どれだけ無数の砲撃をくらっても一定範囲を超スローモーションにする事ができるなら、砲撃を放ってきた戦車もろとも超スローモーションにして封じてしまえばいいのだ。
そうすれば、わざわざ反転させて跳ね返すという手間をとる必要はない。
実際、装甲戦闘車部隊は砲撃を行った後に超スローモーションにする空間に閉じ込められ、抵抗できずに踏み潰されて全滅している。
にも関わらず、戦車や自走対空砲の攻撃は跳ね返した。
これはやつが自分の姿を確認したからに違いないだろう。
自分がカストム城門でやつの攻撃をダークミストで跳ね返した。
その事に対する仕返しなのだ。
「まったく、執念深いやつだな……となれば、時間を戻してもやつは俺の姿を確認するたびにカウンターを仕掛けてくるわけだ」
しかし、これはうまく誘導できれば装甲戦闘車部隊や戦車部隊、自走機関砲部隊の被害を減らす事ができる。
問題は装甲戦闘車部隊が壊滅する前にやつの元にたどり着けるのかってところなのだが……
「まぁ、こればかりは賭けにでるしかないか……できればもうやりたくはなかったんだが」
唯一間に合う可能性があるとすれば、80cm列車砲にタックルをかまそうとしていたギガント・レックスの目の前まで一気に移動したあの方法だ。
とはいえ、80cm列車砲に向かった時と今回では距離や遮蔽物などまったく条件が違うのだが……
しかし、こればかりは泣き言を言わずにやってみるしかないだろう。
後は腹をくくるかどうかの問題だ。
その上で、さきほどの投擲槍をくらったギガント・ジャマーの腹部に発生した反応について考える。
即席の簡易錬成で造った投擲槍がぶつかった瞬間、ギガント・ジャマーの体の表面を覆うドロドロとした粘液に波紋が浮かび上がり、それは腹部全体に波及していったのだが、少し引っかかる事があった。
「まぁ体全体がドロドロした気味の悪い粘液で覆われてるやつだからな……攻撃があたった場所に波紋が発生するのは別段不思議な事でもないんだろうが……」
とはいえ、その発生した波紋が収まるのが速すぎる気がした。
いくら気味の悪い謎の粘液とはいえ、一度水面に発生した波紋があんなに速く消えるだろうか?
確かにやつは元は次元の迷い子である未知の生命体。こちらの常識など通じぬ体組織なりをしているだろう。
それでも、あの体を覆うドロドロの粘液が成分はともかく液体だというなら、少し異常なような気もした。
「そもそも、あの表面のドロドロとした粘液は何なんだ? 本当に液体なのか?」
頭をひねりながら眼下のギガント・ジャマーの表面をじっくりと観察する。
「うーむ……見れば見るほどに気持ち悪い……なんで俺はドロドロした気味の悪い粘液をじっと見てんだ? 吐きそ」
見るごとに気分が悪くなってくるが、そこである可能性に気づいた。
「ん? 待てよ? ドロドロとした粘液……? そういえばこいつのスキルって……」
ギガント・ジャマーの元へと向かう途中に遠目に見た鑑定眼、その時確認できたスキルを思い出す。
「電子戦、侵食、群体……まてよ? そもそもフェイクシティーの外壁から遠く離れた場所にいたこいつがいきなりフェイクシティー内部に現れたのには疑問があった。だからこいつは最初からフェイクシティー内に潜んでいて、ジャミングでドローンの映像を改竄してライブ映像と偽の映像をすり替えていたと思っていたけど、もしかして違うのか?」
群体というスキルがどういったものなのかは鑑定眼でも判別できない。
あくまで鑑定眼は相手のステータス値と所持スキルや特殊能力を確認するだけであって、その所持しているものが具体的にどういったものかまではわからないのだ。
だから推測するしかないのだが、これまでの事を考えるに大きな勘違いをしていた可能性がある。
そもそも電子戦、侵食、群体以外のスキルや特殊能力が文字化けしている時点で気づくべきだったのだ。
パムジャのステータス値を覗いた時も文字化けを起こしていたため、次元の狭間が絡むとそういったバグが起こるのだとばかり考えていた。
しかし、それ以外の理由があったとしたらどうだろうか?
例えば、一度の鑑定で数え切れないほどの数の相手のステータス値を同時に覗いてしまっていた場合、共通するスキルや特殊能力以外は表示が追いつかないといったケースもあるかもしれない。
しかし、そんな事が発生しうるだろうか?
単一の生物のステータス値を覗いたにも関わらず、同時に数え切れないほどの生物のステータス値を覗いてしまうなんて事が?
しかし、ないとは言い切れない。可能性があるとすればそれは……
「まさかこいつ……そもそも、ギガントっていう単一の巨大生物じゃなく、群体性生物として密集して巨大化したギガントなのか?」




