ドルクジルヴァニア防衛戦(24)
「ダメです! 他の部隊と連絡がつきません!!」
「くそ!! 一体どうなってやがる!?」
「どうします? 一旦後退しますか?」
「敵を前にして逃げるっていうのか!?」
車内の通信機器がまったく反応を示さなくなった事にウォーリア装甲戦闘車の車内は混乱していた。
通信ができないと細かな連携が取れない。
しかし敵は目の前にいる。
これからどうすべきか? 車内でも意見が分れた。
何せウォーリア装甲戦闘車はイギリス軍の歩兵戦闘車であり、本来の用途は兵員の輸送だ。
今回においてはフェイクシティー内に侵入してきたゴブリンやオーク、コボルトへの対処を想定して各ギルドにカイトが提供したのだが、これでギガントと対峙する事は想定していない。
あくまで装甲戦闘車はギガントに対処する戦車や自走対空機関砲をゴブリンどもから守る護衛部隊なのだ。
彼らメインでギガントと相対するには火力や多くの面であまりにも無謀すぎる。
確かにウォーリア装甲戦闘車には戦車同様、砲塔が備わっており30mmラーデン砲L21A1が主砲として備わっているが、このラーデン砲、強力な機関砲ではあるがウォーリア装甲戦闘車の砲塔の設計上、砲の俯仰は自動化されておらず手動で行わないといけない。
そして最大仰角+45度に最大俯角-10度まで砲身を動かすことができるとはいえ水平、垂直共に安定していないため、射撃は停止していないと行えないのだ。
だからこそ後退しながらの射撃はできない。
攻撃するならこの場に留まり、攻撃しないなら即座に移動しないとどうにもならないのだ。
ウォーリア装甲戦闘車の車内には歩兵戦闘車らしく対ゴブリン、オーク、コボルト要因の戦闘員が数名乗り込んでいた。
他の部隊と通信が取れないなら彼らを一旦降ろし、伝令として他の部隊へと向かわせる手もあるが、この状況下で車外に出していいものか判断に迷ってしまう。
どうすべきか悩んでいたがやがて車長は決断を下す。
「砲撃準備だ!! 停車するぞ!!」
「っ!! マジっすか?」
「あぁ、あと上に出て信号弾を放て!! それで他の部隊に連絡だ!!」
車長はそう言って砲撃のための準備に入る。
それを見て運転手はウォーリア装甲戦闘車を少し後退させ距離を取った後に緊急停止させた。
もう1人は急停止に体を揺らしながらも砲塔ハッチを開いて上半身を乗り出し、手にした信号拳銃を頭上に掲げて信号弾を上空へと放った。
そして、そのまま砲塔ハッチを閉じて車内に戻り、主砲のラーデン砲左側に取り付けられている副武装の7.62 mmチェーンガンの準備にかかる。
ウォーリア装甲戦闘車からあがった信号弾を合図として周囲に展開していたすべての装甲戦闘車が突如出現したギガントへの砲撃準備を整えた。
そして……
「よし、砲撃開始!!」
ウォーリア装甲戦闘車がギガントに向けて砲撃を開始した。
そして周囲に展開していた装甲戦闘車もそれに続く。
だが、それらの砲撃が目標のギガントに届くことはなかった。当然だ。
なぜなら、そのギガントは普通のギガントとは違うイレギュラー個体なのだから……
それの名はギガント・ジャマー。
ジャミング波を放ち、通信を妨害するなど電子戦を行う事ができるが、それ以上に厄介なのものをギガント・ジャマーは放つ事ができる。
それは……
ギガント・ジャマーは複数の装甲戦闘車が自身に対して砲撃を行ってきたと同時に大きく割けた口をさらに大きく広げて真上を見上げると、涎を垂らしながら気味の悪い奇声をあげた。
そして、勢いよく首を振って顔を振り回し、開いた口の中から衝撃波のような目には見えない何かを周囲に放った。
直後、目には見えない何かがギガント・ジャマーの周囲の空間を覆う。
その目には見えない何かに覆われて、周囲に展開していた複数の装甲戦闘車は動きを止めた。
より正確には恐ろしくゆっくりとしたスローモーションのような動きでしか動けなくなったのだ。
それは装甲戦闘車が放った砲弾も同じで、目には見えない何かで覆われた空間の中で装甲戦闘車が放った複数の砲弾が、まるで空中で止まっているかのような状態になっていた。
(な、なんだこれは? 一体どうなっている!?)
ウォーリア装甲戦闘車の車内で、誰もが困惑していた。
何せ思考は正常に働いているのに体が動かないのだ。
いや、動くことは動くのだが恐ろしくゆっくりとした動きでしか動けず、ほぼ静止しているのと変わらない状況だった。
放った砲撃も、空中で砲弾が静止しているのか? と思うようなゆっくりとした速度でしか進まず、むしろなんで砲弾は落下せずにいるのか不思議なほどだった。
この状況は一体何なのか? 誰もが疑問に思いながらも答え合わせができない。
何せ思考は正常に働いてはいても、体が超スローモーションでしか動かせないため、声を出すこともできず、外が今どういった状況なのか覗いて把握する事もできないからだ。
そうした状況の中、超スローモーションの世界で唯一動ける例外であるギガント・ジャマーがその一歩を踏み出す。
ズシンと大地を踏みしめて、周囲を揺らしながら歩き出す。
静止しているかのような、超スローモーションでしか動けない装甲戦闘車の車内にいる誰もがその事に気づくがどうする事もできない。
逃げようにも体が超スローモーションでしか動けないからだ。
頼みの綱の空中で静止しているかのような砲弾もハエや蚊を払うような仕草で軽く払いのけられてしまい、当たり前だがギガント・ジャマーの歩みを止めるには至らない。
装甲戦闘車の中にいた誰もが助けを求めることも、逃げる事も、抗う事もできず、そのまま踏み潰されて死んでいった。
数分もかからぬうちにその地区に展開していた複数の装甲戦闘車部隊は壊滅してしまった。
「クソッタレめ!! 事前情報なしであんなのに遭遇して戦闘にでもなったら悲惨な事にしかならねーぞ!!」
全速力でイレギュラー個体のギガントが出現した地点へと向かう。
カストム城門では咄嗟の判断でダークミストを放ち難を逃れたが、あれをまともにくらえばもう手の打ち用がない。
ギガントが出現した地点にいる部隊がそうなる前になんとかやつの元に辿り着いてダークミストを放たなければならない。
これは時間との勝負だ。
しかし……
「っ!!」
目指す目的地から信号弾が上空へと上がった。
そして、ここからでもギガントの姿を確認する事ができる。
間違いない、遠目に見てもあの姿はカストム城門で遭遇したギガントだ。
まだ少し距離が離れているが、鑑定眼でステータスを覗き見る。
やつの名はギガント・ジャマー、そしてそのステータス値はところどころ文字化けしていたがいくつかの保有スキル名は確認できた。
「電子戦スキルに侵食スキル、群体スキル? あの一定空間をスローモーションにするスキルは見当たらないが文字化けしているのがそうなのか?」
だとしたらギガント・ジャマーはまだまだ未知の攻撃方法を隠し持っている事になる。
何せ文字化けしているのはそれなりにあるのだ。
極力使いたくはないが、これはまたタイムリープ能力を乱発する事になりそうだ。
今日だけでどれだけDPを消費する事になるのか? そしてそれによる体への負荷はいかほどのものになるのか? もう考えたくもなかった。
だが……
「そうも言ってられないよな、急がないと!!」
しかし、その直後、ギガント・ジャマーが真上を見上げ、気味の悪い奇声を発した。
「っ!! クソッタレめ!!」
その奇声を聞いて移動する速度をあげる。
だが間に合わなかった……現場に到着した時にはすでにギガント・ジャマーが複数の装甲戦闘車をすべて踏み潰した後であった。
「くそ!! 間に合わなかった!!」
到着するやいなや、ペシャンコになって煙や炎をあげて転がる装甲戦闘車が目に飛び込んできた。
それを見て、思わず近くにあった瓦礫を叩きつけるが、怒りをぶつけたところでどうにもならない。
瓦礫が散らばり、炎をあげて崩壊する建物群など気にも止めず、ギガント・ジャマーはこちらに向かって歩いてくる。
そんなギガント・ジャマーを見上げて睨み付け、タイムリープで時間を戻して間に合うか考える。
だが、そんな思考を打ち消すように瓦礫を押しのける大きな音を響かせて、複数の戦車と自走対空機関砲がこの場に現れた。
「っ!!」
さきほどの信号弾を見て駆けつけてきたのだろう。
その現れた援軍を本当なら心強く感じないといけないところだろうが、ギガント・ジャマーの能力を考えたら今はそうは思えなかった。
(まずい!!)
なのでやつに近づくな! 引け! と叫ぼうとしたところで、到着した複数の戦車のうちの1両の砲塔ハッチが開き、中から乗員が身を乗り出して拡声器を手にすると大音量で周囲に声をかけた。
「全車傾注!! 無線が使えない以上タイミングは合わせられない!! だから全車直ちに砲撃開始だ!! それぞれのタイミングでいい!! 攻撃開始だ!!」
その拡声器の大音量にこちらの声はかき消された。
思わず舌打ちしてしまったが、直後、現れたすべての戦車、自走対空機関砲がギガント・ジャマーに向けて砲身の仰角を合わせ射撃準備に入る。そして……
T-90A、TR-85M1、PT-91、M-84AS、M-95 Kobraといった戦車がギガント・ジャマーに向けて砲撃を開始した。
自走対空砲に自走対空ミサイル砲である2K22 ツングースカとZSU-23-4 シルカもギガント・ジャマーの頭部目がけて射撃を開始する。
それだけでなく、フェイクシティー南部からは北部エリアから陣地転換してきた自走砲のカエサル 155mm自走榴弾砲も援護射撃を行う。
それらの一斉砲撃を前にして、しかしギガント・ジャマーは逃げようともせず、大きく割けた口をさらに大きく広げて真上を見上げ、気味の悪い奇声をあげると勢いよく首を振って顔を振り回し、開いた口の中から衝撃波のような目には見えない何かを周囲に放った。
「っ!! やっぱりそれを放ってくるか!!」
カストム城門で見た時と同じ攻撃だ。
あれをくらったら超スローモーションでしか動けなくなってしまい、体の自由を奪われてしまう。
前回同様、闇魔法のダークミストで跳ね返そうと魔法を発動しようとするが、しかし今回は様子が違った。
目には見えない何かはギガント・ジャマーの目の前にしか展開しなかったのだ。
これでは一定範囲の空間をスローモーション状態にする事はできない、効果があるのはやつの目の前のごくわずかな空間だけだ。
一体どういう事だろうか?
訝しんでいると戦車や対空砲、自走砲が放った無数の砲弾がそのギガント・ジャマーの目の前に展開した目には見えない何かに直撃する。
そして、そのままギガント・ジャマーの目の前で静止した。
いや、正確には静止してはおらず、ギガント・ジャマーの目の前に展開した目には見えない何かに触れた事で超スローモーションでしか飛翔できなくなっただけなのだが、その光景を見ている者からすれば、敵の目の前で砲弾がすべて空中停止したように見えるのだ。
そして、目の前で止まったそれらの砲弾を見てギガント・ジャマーがニヤリと笑った気がした。
なんだか嫌な予感がする。
「なんだ? 一体何を企んでやがる?」
これはダークミストを発動しておいた方がいいかもしれない。
そう思った直後、ギガント・ジャマーが右手を前へと突き出し、無数の砲弾を超スローモーションで空中停止させている目には見えない何かに軽く触れた。
直後、目には見えない何かがあらゆる意味で反転する。
空中停止していた砲弾の向きはギガント・ジャマーとは反対側、つまりは砲撃をくわえた戦車や自走対空砲、遠距離から撃ってきた自走砲側へと向き、そして捕らえたものを超スローモーションにする目には見えない何かは捕らえたものを超ハイスピードにする仕様に変化した。
すると何が起こるか?
その結果は言うまでもない……
誰もが何かの対処をする間もなく、目にも止まらぬ超ハイスピードで跳ね返された砲弾の雨に撃たれたのだ。
「な!?」
「がぁぁぁぁ!!!」
「うわぁぁぁ!!」
戦車や自走対空砲に乗っていた誰もが一体何が起こったのか理解する間もなく死んでいった。
跳ね返ってきた砲弾は戦車や自走対空砲の装甲を貫き、車体を貫き、エンジンや弾薬に引火して砲塔を吹き飛ばす。
すべての装甲車は見るも無惨な鉄の棺桶となって破壊された。
そして跳ね返ってきた砲弾の雨は周囲一帯を破壊し、いたるところで爆発がおこり、建物が倒壊していく。
爆音が鳴り響き、衝撃波が周囲に拡散する。
そして多くの建物が倒壊し、炎と煙が立ちこめる中、その光景を見てギガント・ジャマーは不気味な笑い声をあげた。
「ぐっ……クソッタレめ!!」
一連の爆発と倒壊に巻き込まれて瓦礫に一瞬埋もれたが、何とか覆い被さっていた瓦礫を蹴り上げて、ゆっくりと体を起こす。
激痛耐性のおかげで痛みに襲われる事はなかったが、痛みを感じないだけで体のほうは相当なダメージを追っていた。
現に今、起き上がろうとしても体が言う事をきかないのだ。
これは危機的状況だろう。
激痛耐性による痛覚遮断は思考を維持する上でこれ以上ない能力だが、一方で自身が置かれている状況を正しく認識できないといった弊害も持っている。
痛みは感じていれば脳が危機を感じ取れるが、それがなければ体の状況を把握できない。
激痛耐性も常時発動は危険だなと、そう思いながら何とか周囲の瓦礫を使って体を起こす。
そんな自分を見下ろすように、目の前にギガント・ジャマーが立っていた。
「っ!!」
そのギガント・ジャマーは満身創痍な状態の自分を見下ろすと大きく割けた口をさらに大きく広げて愉悦のような表情を浮かべる。
そしてそのまま両手を広げ、真上を見上げると気味の悪い嗤い声をあげた。
それを見て気づく。
(……こいつ、まさか俺を認識してるのか?)
その事に驚きながらも、しかし体は思うように動かなかった。




