ロストシヴィライゼーション・コア(2)
「ついにたどり着いたな」
言って見上げる。疑似世界の中心たるその建物を。
SF世界のような遺跡を出ると目の前にそれはあった。
しかし、近くで見ると改めて面白みのないデザインだと思う。
窓はなく装飾の類も拘ったデザインもなく、本当にだた単に巨大な長方形の箱を立てて置いただけの代物だ。
色もすべて銀色でひねりも無く、この建築物に有名デザイナーや著名な建築家や芸術家が関わってるとしたらよほど病んでいたか、スランプだったのかやっつけで仕事をしたのだろう。
少なくともこれに芸術性は見いだせない。
とはいえ「これは現代アートです」と言われたら誰もが手のひら返しで賞賛しそうでもあるところが芸術という分野の底知れぬところである。
なので、これが手抜きか否かは考えないことにする。
今大事なのはそこではない。
「ねぇかい君、この建物にはどうやって入るの?」
フミコが質問してくる。
当然の疑問だ。何せ弥生時代の人間はこんな高度に発展した文明の施設の入り方など知る由もないのだから。
だからこう答える。
「俺にもわからん」
嘘偽りなく答えた。わからんもんはわからん!
そう、窓やバルコニーなどの装飾品はおろか入り口すらない謎の巨大な長方形の物体にどうやって入れというのか?
いや、これほんとに中に部屋とか空間とかある施設なの?
まぁ謎の青白い光というか次元の狭間を漂う失われた文明の欠片を引き寄せる光らしいが、それを上空に放ってる施設だから何かしら原子炉みたいなそのエネルギーの素を生み出す設備があるだろうから、それをメンテナンスするための入り口はどこかにあるのだろうが。
それにしたってマジでそれらしきものが見当たらないよ?
「いや、ほんと……まさか疑似世界の中心にたどり着いてこんな壁にぶち当たるとは……おい、カグ! いい加減教えろよ!!」
カグに声をかけるが「自分で考えよ」とさっきから同じ事の繰り返しだ。
この神を自称するカラス、肝心な時にいつもこれだ。
手伝うのか手伝わないのか本当によくわからん。
とりあえず、ここにずっと突っ立っていても始まらないので動くことにする。
まずは建物周辺を見て回る、が。
「見事に何もないな……」
SF空間のような遺跡の出口からこの建物との間に存在する空間にはめぼしいものは何もなかった。
なので次元の迷い子が出てこないか警戒しながら建物の周りを一周する。
しかし、特に変わったこともなく2時間ほどで元いた場所に戻ってきてしまった。
それどころか次元の迷い子すら出てこない。
この疑似世界の中心には奴らは現われないとみていいのだろうか?
警戒心を解くのはよくないが、緊張の糸は少し緩めるとしよう。
建物の周囲にはこれといった物はない。
なので建物に触れてみることにした。
触感は金属のようでひんやりしているが、それ以上はわからない。
コンコンとノックしてみるが反響音もなく特に何かわかるわけでもなかった。
横を見ればフミコが石の短剣でガシガシと建物を突いていたが成果はないようだ。
「うーむ、あの感じだとナイフを突き刺してよじ登っていくのもできそうにないな……」
言って一様M9銃剣でフミコと同じように建物の表面を突いてみるが刺さりそうにない。
「はぁ……ほんとどうなってんだ?」
「ねぇかい君、穴を掘ってみたらどう?」
「……はい?」
「だから穴を掘って下から入れるか試してみたらって」
フミコの提案に頭を悩ませる。
確かにそれも検討すべきだろうが、ではどこから掘るのか? 一周ぐるっと堀っていくわけにもいくまいし……
とはいえ手詰まりな以上やれることはやるしかない。
「そうだな……地面に埋まってる建物の下をさらけ出してやるのも1つの手だな」
うんうんと頷き、自身を納得させて懐からアビリティーユニットとアビリティーチェッカーを取り出す。
塹壕を掘ったり炭鉱を掘ったり井戸や温泉を掘るなんて能力はないし、登録してない以上雑貨屋の能力でスコップを取り出すこともできないので聖剣の能力で地面をえぐれるような技を使って掘っていくことにする。
こうして聖剣の能力を使って地面を掘り進めていく作戦がスタートした。
しかし……
「掘り進めてからかれこれ10時間弱か……? 一向に終わりが見えねー」
掘れども掘れどもどこまでも建物の材質は変わらなかった。
一体どこまで埋まってるの? 地下階層どれだけあるのこの建物? って思えてくる。
一体何メートル掘り進めたか自分でもわからないが、恐らくこのまま堀り進めても成果はないだろう。
いくらピラミッドの下に古代エジプト王のまだ発見されてない墓があるとわかってても、見当違いの所を掘っていてはいくら掘っても見つかるわけがないのと同じである。
ちなみにフミコは一体どこから取り出したのか弥生時代の農作道具っぽい横鍬や組み合わせ鋤を持ち出して手伝ってくれているが正直あまり役には立っていない。
フミコには申し訳ないが、この作業に関してはいないものと考えよう。
とはいえ、これ以上は時間の無駄だろう。
これはダメだと真下に掘るのは諦めて建物の周囲に塹壕のような空間を作って材質が違う場所を見つけよう作戦に変更する。
しかし……
「横に掘り進めてからかれこれ15時間……か? 成果がまるで……ない……」
気付けば建物の周囲をぐるっと掘って一周していた。
恐らくは第1次大戦時の西部戦線もビックリな速度での塹壕の完成だが肝心の入り口になりそうな材質の違う箇所は確認できなかった。
もはやお手上げだ。
「くそーどうなってんだ? なんで目標が目の前で足止めくらってんだよ?」
塹壕の中で泥汗にまみれながらも突き進んできたがもう限界だ。
服はすでに掘る作業で汚れきってるため気にせず塹壕の中に寝転がる。
「はぁ……カグのやろう、なんでここにきてヒント出さなくなったんだよ?」
肝心の神を自称するカラスはどこかに飛び去って今はいない。
ほんと使えないやつだなと思っているとフミコが顔を覗き込んできた。
「かい君大丈夫? 疲れたよね? お水飲む?」
そう言って建物の近くにあった池から汲んできた水が入った水筒を差し出してきた。
正直、衛生面でその水を飲んでも大丈夫なのか? と心配になるが水分補給しないことにはどうにもならない。
(まぁ次元の狭間の空間に戻れば医療施設なんかを追加して検査できるし、今はありがたく水をいただくとするか)
思ってフミコから水筒を受け取る。
「ありがとう、助かるよ」
「いえいえ。これくらいしか役に立てそうにないし……ごめんね、掘る作業任せきりで」
「いいよ、これくらい」
申し訳なさそうにするフミコに笑顔で気にしなくていいとアピールすると水筒の水を一気に飲み干す。
そして水筒をフミコに返した。
フミコは嬉しそうに受け取ると。
「また水汲んでこようか? それとも食べられそうな山菜また見つけてきて何か作ろうか?」
純粋無垢な眩しい笑顔で聞いてきた。
まさに天使の笑顔だ。癒やされる……
それゆえに心が痛い……断りずらい……
この質問にどう答えようか迷う。
実際問題、食事に関してはパーフェクト・クッキングの能力があるからどんな山菜でも食べられるものなら調理はできる。
だが問題は役に立ちたいとフミコが調理係を買って出たことだった。
最初はフミコが作る弥生時代の料理に興味が湧いたが、その考えが甘いとすぐに後悔することになる。
そう、弥生時代と現代。およそ1800年近い時間の流れと文明の進化は調理においても革新的な変化を生んでいたようで、もはや文明は後戻りしてはいけないと食事の面においては思うのであった。
もちろん、究極のサバイバル環境においては必要かもしれない。
遭難した無人島や山や砂漠荒野、災害時の救助を待ってる間や軍隊などの行軍作戦中などだ。
しかし……しかしだ。
それはやむを得ない状況においてのみ適応する事例である。
自分はその事例を覆せる能力を持っている。つまり選択しなくてもいいわけだ。
つまり何が言いたいかと言うと………
フミコには非常に……非常に………本当のほんとぉうに申し訳ないが…………
フミコの作る弥生時代式料理は超激クソまずいのである!!
もはや、これは人間が毎日食べて生きていける気がしないレベルなのだ!
だが、これを本人に伝えていいものか迷っていた。
何せ、この味が弥生時代では普通であるかもしれないからだ。
人類は時代とともに進化し調味料というスパイスを手に入れ、これを多彩に開発してきた。
その味に慣れきった現代人はそれがない時代の食べ物を受け入れられないだけかもしれない。
つまりは本来の食べ物の姿がフミコが提供した超激クソまず料理である可能性もある。
ここまでくるともはや人類の進化の歴史とは? という迷宮に迷い込んでしまう。
ぐぬぬぬぬ……と頭を抱え悩んでいるとフミコがしょんぼりとした表情となる。
「かい君……あたしの作った料理そんなに嫌だった? 迷惑だったかな?」
哀しそうな声で言われたものだから、心の中の漢が脳内に喝を飛ばす。
(バカ野郎!! 女の子がてめーの為を思って作ってくれた行為を無下にするんじゃねー!! 漢なら黙って笑顔で平らげて旨い!! って言え!! 不安にさせるんじゃねー!!)
その喝は体中に響き渡り、次の瞬間にはフミコに笑顔を向け。
「そんなことないぜ! フミコの作るものならいつだって腹八分目だ!!」
意味不明なことを口走っていた。
何を言ってるんだ俺は? と笑顔で泣きそうになった直後だった。
一瞬フラついて思わず建物の壁に手をつく。
「………ん?」
何か妙な違和感を覚える。
どこかここだけ他と違うような?
試しにコンコンとノックしてみる。
やはり他のところとノックした時の音が違う。
これはひょっとしてビンゴか?
「フミコ、少し離れててくれないか?」
「どうしたの?」
「突入できる箇所を見つけたかもしれない」
「ほんと!? やった!! さすがかい君!!」
「まだ決まったわけじゃないが、試してみる価値はある」
言ってアビリティーチェッカーを取り出し雑貨屋の能力をタッチ。
SF世界のような場所で見つけて登録した爆薬CVZI-Eを引き出す。
それを粘土のようにこねて薄っぺらく広げて壁に貼り付ける。
塹壕から這い上がって十分に距離を取ってから危険物発見装置VALを取り出す。
そしてVALのガラスにメニューが表示され壁に貼り付けた爆薬を選択する。
「さて、あの爆薬の威力を拝む機会でもあるな」
ペロっと舌を出してガラスに壁に爆薬を貼り付けたおおよその場所を映しタッチする。
「フミコ、危ないから伏せて耳を塞いでて」
隣にいるフミコは頷いて言われた通りにする。
それを確認して周囲の安全を確認してからVALの右端のボタンを押す。
それっぽく点火! とか発破! とか言おうかと思ったが、そんな余裕もなく恐ろしいまでの爆発音が鳴り響き、爆風が吹き荒れ、爆炎があがった。
あまりの威力に伏せながら言葉を失う。
「………まじ?」
そこまで爆薬を貼り付けたつもりはなかったが、恐ろしいまでの威力を発揮した。
これは今後、爆薬CVZI-Eの取り扱いは気をつけたほうがいいかもしれない……
何にせよ、その威力のおかげか壁には大きな穴が開いた。




