ドルクジルヴァニア防衛戦(13)
何がどうなったのか、まったく理解できなかった。
一体、自分はどんな攻撃を受けたのか?
それがまったくわからないまま、自分はウラス・ヨルドに殺されてしまった。
自分だけではない。フミコにココも同様に一瞬で殺されたのだ。
丘の上に転がる自分達の死体を見て眉を潜める。
そんな自分は今、霊魂のような透明な姿となって、自らの死体の上を浮遊していた。
ウラス・ヨルドと名乗ったカルテルの幹部は自分たちの死体を見て鼻で笑うと踵を返し、丘を下っていく。
直後、大きく地面が揺れ、森の中から一体のギガントが姿を現した。
そのギガントは手を伸ばしてウラス・ヨルドの体を優しく掴み、自らの肩へとそっと乗せる。
ギガントの肩に乗ったウラス・ヨルドは司教杖を掲げて指示を出す。
「さぁ、他の新手も探すぞ? まったく、大人しく破滅の時を待っていればいいものを」
そう言って口元を歪めるウラス・ヨルドに従い、ギガントは自分たち以外のギルドを探すべく森の中へと消えていった。
そんな光景を見て、霊魂のような透明な姿ながらもため息をつく。
「はぁ、行ったかまったく……画像解析でわかっていたとはいえ、本当に一瞬でこの場にいた全員を殺しやがったな」
真下にある自分の死体ではなく、フミコとココの死体へと視線を向けて申し訳ない気持ちになった。
2人の死はなかった事にできるとはいえ、実際に殺されたという事実に変わりはない。
そう、何も対策をしなければ、やつに何度挑んでも結果は同じ、全滅だ。
「さて、どうしたものか」
霊魂のような透明な姿のまま考え込む。
実際に何の対策もせず、まずは攻撃を受けてみて敵の攻撃が何なのか探ろうと思ったのだが、正直何をされたのかさっぱりだった。
「体感ではわからない……なら時間を戻して何があったか確認するか……」
独り言のように呟いて、画面をタッチするように右手人差し指を目の前の何もない空間へと伸ばす。
すると動画再生サイトにおける動画のスライドバーのようなものが人差し指の先に投影された。
そのスライドバーに触れ、指でなぞって時間を戻していく
それは感覚的には動画の再生操作に近い。
自分が体験した時間を戻しながら、実際に何が起こったかを確認していく。
この能力は説明するまでもなく、カストム城門でパムジャから奪った能力「タイムリープ」だ。
パムジャはタイムリープを使用する代償として義眼を埋め込まれた箇所からの大量出血と全身を襲う激痛に苛まれていたが、元より自身が所持していた能力「激痛耐性」によってこれを無効化していた。
とはいえ、痛覚を鈍らせて痛みを感じなくしているだけで、実際は体に大きな負担がかかっていたのだが……言うなれば麻酔と同じだ。
そんな「激痛耐性」も「タイムリープ」と同じくパムジャから奪っているため能力使用時に激痛に苛まれることはないだろう。
とはいえ、後々のことを考えると痛覚がないのは危険な気もするのだが……
と、それはさて置き、スライドバー上には○○DPと数字が表記されており、人差し指でスライドバーを動かして時間を戻すたびにその数字は増加していった。
「DP、ダメージポイントか……戻した時間によってダメージ数が変化するわけか、つまりは戻す時間が短ければそれだけ激痛に苛まれずにすむと……道理でパムジャのやろう、小出しでタイムリープを使ってたわけだ」
パムジャはその日一日を最初から丸々やり直すのは素人だと言っていたが、こういった事情も絡んでいたのだろう。
戻す時間が長ければ長いほど味わう激痛は激しくなる。
それが1日戻すとなればどれだけの痛みとなるのか?
いくら「激痛耐性」があるとはいえ、体への負担は計り知れないだろう……
できる限り能力の使用乱発は控え、戻す時間も数分以内に限定した使い方をしなければ、体に負担がかかりすぎた事にも気付かず、バタリと倒れるなんて事もありえるかもしれない。
使いどころは注意しなければならないだろう。
さて、そんなタイムリープで時間を戻しながらウラス・ヨルドの一挙手一投足を確認するが、まったく何をされたのかはわからなかった。
司教杖を掲げていた事から魔法かとも思ったが、どうにも魔法が発動した気配もない。
これは一体どういう事だろうか?
(う~ん……できればタイムリープは連発したくなかったが、そうも言ってられないか……これは攻撃の正体を掴むまでは何度も時間を戻さないといけないかもしれない)
そう思って、戻す時間を決定する。
タイムリープ発動による激痛は当然ながら自分にしかかからず、フミコとココが痛みに苦しむ事はない。
それでも、検証のためにタイムリープを連発するという事は2人を何度も死なせてしまうという事を意味する。
その事に若干の罪悪感と申し訳なさを感じながら、ウラス・ヨルドの能力を解き明かすためだと自分に言い聞かせ、戻していた時間を再び動かしだす。
一体どれだけタイムリープを使用し、何度ウラス・ヨルドとの戦いをやり直しただろうか?
というよりもこれは戦いのうちに入るだろうか?
何せただ一方的にこちらが殺され続けただけなのだから……とはいえ、それを知っているのは自分だけなのだが……
しかし自分はともかく、さすがに何度もフミコとココが殺されるさまを見続けるのは堪えるというもので、そろそろ何か糸口を見つけ出したいところなのだが……
「やろう……一体何をどうやってやがんだ?」
繰り返し攻撃前に戻り、攻撃される瞬間を見てきたが、ウラス・ヨルドの攻撃が一体何なのかわからなかった。
何せウラス・ヨルドが司教杖を掲げた時にはすでに丘の上全体の空間が歪みだしており、司教杖を振り下ろした時にはもう抵抗する間もなく全員が殺されているのだ。
ならば丘の上全体の空間が歪む前に動くべきかとも考えたが、ウラス・ヨルドが司教杖を掲げずとも空間は歪み、全滅の結果は変わらなかった。
これはもう、ウラス・ヨルドがどんな攻撃を仕掛けてきたかを解き明かすより、そもそもウラス・ヨルドと鉢合わせないようにするのが一番ではないか? とも考えたが、タイムリープが使える自分はウラス・ヨルドと鉢合わせたらそうならないよう、時間を戻す事は可能だが、他のギルドはそうはいかない。
やはり、ここでやつの手品を暴いて倒すか、倒せないにしても、その能力の全貌をユニオンに持ち帰るべきだろう。
とはいえ、あと一体どれだけやつに殺されたら尻尾が掴めるのか?
気が滅入りそうになったところで、少し違和感に気づく。
「ん? そういや今回の空間の歪み方は若干違和感があるな? 前の時もこんな感じだったか?」
不思議に思い、改めて空間の歪み具合を確認して、再度時間を戻す。
実は何度も時間を戻す度にある変化が起きている事には気づいていた。
それは全滅の仕方だ。
最初に全滅した時は丘の上全体の空間が歪んだ後、全員が猛烈な吐き気に襲われて吐血し、その場に倒れて全滅した。
だが、次にやり直した時は違った。
3人とも体が内側から破裂し、バラバラとなって丘の上に血と肉塊を撒き散らして全滅したのだ。
また、見えない何かに圧迫されて押しつぶされるように体がペシャンコになって全滅した時もあれば、スプラッター映画のように体中を鋭利な刃物のような見えない何かで斬り刻まれて全滅した時もあった。
体が突然発火し焼死した時もあれば、突然体が凍結し、凍傷によって倒れた場合もあった。
また体が突然変形し、何かに引っ張られ引き裂かれるように体が裂けた事もあれば、突然体のいたるところが陥没し、臓器が体から飛び出して死亡した時もあった。
一体何パターンの死に方があるかはわからないし、数えたくもないが今思えば、それぞれの死に方で空間の歪み方に差異があったように思える。
では、その空間の歪み方はランダムなのか?
タイムリープを繰り返し、複数の全滅の仕方に遭遇している以上はそうなのだろうが、せっかく気づいた敵の能力の片鱗だ。
調べる価値はあるだろう。
これが何度目かはわからないし、数えたくもないが、ウラス・ヨルドが丘に現れる直前に戻り、車のドアに手をかけたところでウラス・ヨルドの声が聞こえてくる。
「あぁ、これはいかんな? 実にいかん……数が減るのは仕方がないことだが……実にいかん。そう、実にいかんよ」
ウラス・ヨルド本人にとっては、自分達に向かって言う初めてのセリフだろうが、こちらとしてはもういい加減聞き飽きたセリフだ。
なので若干、鬱陶しく感じながらもウラス・ヨルドの方へと視線を向けたところで気がつく。
「っ!! あれは!!」
これまでは見逃していたが、ウラス・ヨルドは丘を登りだす直前までポケットに手を突っ込んでいるのだが、丘へと足を踏み出した時にその手をポケットから出している。
そしてその時、かすかにウラス・ヨルドの背後に一瞬だが何か紋章が浮かび上がったのだ。
(こいつは!!)
思わずニヤリとしてしまう。
それが何を意味するかは現時点ではわからない、だが直後に何が起こるかを観察すればやつの能力解明に繋がる。
ようやく出口が見えてきた。
今回も結果はこちらの全滅だった。
ウラス・ヨルドが司教杖を掲げ、丘全体の空間が歪み、司教杖を振り下ろすと自分にフミコ、ココの体が内側から破裂し、バラバラとなって丘の上を血と肉塊で赤く染めた。
その時の空間の歪み具合はやはり前回と違っていた。
ならば空間の歪み具合と全滅の仕方を結びつける必要があるだろう。
気が滅入るとはいえ、法則が掴めるかもしれないとわかれば感情を押し殺して検証ができる。
そこから何度も全滅とタイムリープを繰り返し、どの空間の歪み方でどの全滅の仕方になるかがわかった。
そしてウラス・ヨルドが丘を登りだした時にポケットに突っ込んでいた手を出した時に背後に一瞬浮かび上がった紋章にも毎回違いがあり、その浮かび上がった紋章によって空間の歪み方も変化している事もわかった。
つまりは、あの紋章を確認すれば、どの歪みがくるかもわかるというものだ。
そして、その紋章はどうやらランダムに発生するわけではないらしい。
直前までポケットに手を突っ込んでいるのがその証拠だった。
無意味にポケットに突っ込んでいた手を出したわけではない。
ウラス・ヨルドは直前までポケットに突っ込んだ手の中で何かをしているのだ。
それが一体何なのか?
次はそれを検証する必要があるだろう。
そうして、そこから更に何度も全滅とタイムリープを繰り返す。
すでに浮かび上がる紋章と空間の歪み方でどんな全滅の仕方になるかはわかっているのだ。
全滅する事に変わりはないが、心構えができている分、ウラス・ヨルドの動作やポケット周囲の衣服の変化などにも目を配り集中できる。
そして、ひとつの結論に辿り着く。
ウラス・ヨルドが直前までポケットに突っ込んだ手の中でやっている事。
それはダイスだ。
中世のサイコロにはコマ型サイコロに多面体ダイス、装飾を施したデザインの四角ダイスなど様々なものが存在したが、コマ型に四角ダイスは通常のサイコロのように振って転がす必要がない。
当然だ。何せその場でコマを回せばいいだけなのだ。
だから広いスペースは必要なく狭い空間でも使用可能である。
そう、たとえばポケットの中であっても。
恐らくは紋章を刻んだダイスをポケットの中で回し、出た面の紋章を発動しているのだろう。
どうしてそんな回りくどい事をしているかはわからないが、そうしなければならない能力の制約なりがあったりするのかもしれない。
とはいえ、これはあくまでこちらの仮説、合ってるかどうかはわからない。
ならば正解かどうか確かめるまでだ。
タイムリープで再びウラス・ヨルドが現れる直前に戻ってくる。
そして車のドアに手をかけながら密かにアビリティーユニットを手に取りその時を待つ。
「ふぅ……」
深呼吸をしたところで森の方から聞き飽きたウラス・ヨルドのあのセリフが聞こえてくる。
「あぁ、これはいかんな? 実にいかん……数が減るのは仕方がないことだが……実にいかん。そう、実にいかんよ」
そう言いながら丘を登ってこようとするウラス・ヨルドに向かって手にしていたアビリティーユニットを向け、ボタンを押してレーザーの刃を出す。
とはいえ、レーザーの刃はすぐに竜巻のように渦巻く風に変化し、周囲に暴風を振りまく風の剣となった。
「させるかよクソったれ!! 搔っ切れ!! エアブレード!!」
こちらへと登ってこようとするウラス・ヨルドに向けたエアブレードの剣先から竜巻が放たれ、ウラス・ヨルドの体を容赦なく切り刻んだ。
「がぁ!? 何!?」
体を切り刻まれたウラス・ヨルドは体が一瞬ふらつき、ポケットの中から金属製のコマ型サイコロがこぼれ落ちた。
それを見たウラス・ヨルドが大きく目を見開く。
「しまった!? わしのダイスが!?」
「やっぱりか!!」
慌ててコマ型サイコロを拾おうとするウラス・ヨルドに向けてエアブレードを構えて地を蹴り、丘を駆け下りて一気に斬りかかる。
「させるかよ!! エアスラッシュ!!」
風の魔力と暴風によって威力を増した風の魔法剣の斬撃をウラス・ヨルドの腹部へと叩き込んだ。
それと同時に突風が吹き荒れ、ウラス・ヨルドの体は空高く持ち上げられ、そのまま数メートル後方へと飛んでいき、地面へと落下した。
エアブレードを横へと振るい、振り返ってそれを確認してからウラス・ヨルドに吐き捨てる。
「散々好き勝手殺してくれたお礼だクソったれが!! 思い知ったか!!」




