これはただ君を救うためだけの物語(4)
M9銃剣をフミコに向けて振り下ろす。
ただしそう見えるのはフミコに馬乗りになっているこちらの背中しか見えない方向だけ。
つまりニギハヤヒや人型の何か達にしかそう見えない。
そう、確かに馬乗りになってM9銃剣を振り下ろした。
ただし、剣先を振り下ろして突き刺した先はフミコの耳のすぐ横。
正確には石の短剣にである。
石の刃の表面にM9銃剣の剣先が当たり不快な音が響く。
この音こそが重要であるらしい。
(本当にこれで大丈夫なんだろうな?)
不安に思うが頭の中に返答が返ってくる。
(問題ない。それで呪縛は解けるわい)
カグの緊迫感のない声が脳内に響く。その声に苛っとくるが今は置いておく。
どうやらカグは精神世界の中に入ることはできないが声は届けられるらしい。
とはいえ、介入できたのがついさきほどだったようだが。
(しかし、なんで石の短剣を叩くんだ?)
カグがフミコの洗脳を解く手段としてついさきほど、フミコを押し倒して耳元で石の短剣を叩けと言ってきたわけだが、なぜそうするのかの説明はなかった。
考える時間はなったので説明されても聞いてる暇はなかっただろうが、それでもこれで大丈夫なのかという不安が残る。
そんなこちらの心情を察したか、カグの返答が頭の中で響く。
(要は洗脳を打ち消す音を届ければ良いのじゃ)
(音? どういうことだ?)
(音というのは何事においても基本じゃ。洗脳という行為は洗脳するための言葉を音として脳内に固定するわけじゃ。つまりはそれを断ち切るほどの音を届ければ良い)
それが石の短剣を叩いて音を立てるという行為というわけだが……
(そんな石の短剣を叩いた音程度で洗脳を打ち消せるのか?)
これは誰もが抱く疑問だろう。
そんな単純な行為で洗脳が解けるなら古今東西、苦労した偉人はいないはずだ。
(まぁそう思うのは当然じゃろ、しかし耳元で強烈な音を聞かされる。その音が自らの愛用する呪具ならより効果は覿面じゃ)
カグの言葉を今ひとつ信用できなかったが眼下の光景を見て信じざるえなかった。
耳元で石の短剣を叩いた効果なのか、フミコの表情がさっきまでの感情のないものから一変していた。
驚いた顔でこちらを見つめている。
そしてその顔が徐々に赤く染まっていく。
あ、これまずい奴や……
そう思って次に来る容易に予想ができる展開が来る前に慌ててフミコの口を押えた。
そして後ろのニギハヤヒ達に感づかれないよう小声で話しかける。
「むぐ……!?」
「すまないフミコ、少し我慢して聞いてくれ!」
「………?」
「俺のことわかるか? 思い出せたか?」
口を押えられ涙目になっているフミコは何度も頷く。
ひょっとしたら恐怖で頷いてるだけの可能性もあるが、ここは洗脳が解けたと信じよう。
さて、そうなれば次にすべきことはここからの脱出だ。
(とはいえどうする? このままフミコを抱えて外に飛び出すか?)
それも選択肢の1つだがそこまでの腕力が自分にあるとは思えない。
考えようにもこの体勢を続けるには限度がある。完璧な策でなくとも動かなければ取り返しがつかなくなるかもしれない。
一か八かフミコを抱きかかえて走ろうと思った時だった。
フミコが突然自分を突き飛ばしたのだ。
「おわ!?」
思わず後ろに倒れてしまう。すると嘲笑うニギハヤヒの顔を見上げる形となった。
(くそ! フミコの洗脳はまだ解けてなかったのか!?)
口惜しさで奥歯を噛みしめそうになった時だった。
フミコが起き上がり石の短剣をこちらに向かって振り下ろそうとした。
思わず右手を前に突き出して無駄とわかっていても防御の姿勢を取るが石の短剣がこちらに振り下ろされることはなかった。
そのままフミコは石の短剣をニギハヤヒの後ろにある巨大な丸い鏡に投げつけたのだ。
「!?」
思わず呆気に取られてしまったが、それは部屋の中にいたニギハヤヒや他の連中も同じようで、フミコが投げつけた石の短剣が巨大な丸い鏡を割ったため皆の注目が鏡に向けられたのだ。
「起きて!!」
その隙をついてフミコが手を差し出してきた。
フミコの洗脳は完全に解けている。さきほど突き飛ばしたのはこの隙を作るためだった。
ならあとは脱出するのみだ。
「あぁ!!」
フミコの手を取って引き起こしてもらい、一緒に部屋の外へと走り出す。
回廊へと出て階段を一気に駆け下りる。
後ろは確認してないのでわからないが当然ニギハヤヒたちは追いかけてくるだろう。
ではどこまで逃げたら大丈夫なのか? 精神世界から脱出できるのか?
カグも声は届けられるなら今すぐ回答を寄越して欲しいところだ。
「ねぇ! この後どうするの? 当てはあるの?」
フミコが聞いてくるがそれはこっちが聞きたいくらいだった。
そして想像通りの展開がやってくる。
「わからん!! わからんがとにかく逃げないと追っ手が来たようだ!!」
今までどこにいたのか沢山の人型の何かが至るところから湧いて出てくる。
曖昧な輪郭でわからないが刳抜式木甲と呼ばれる木製の甲冑や木の盾、武器を手にしている。
そして騎馬隊と思わしき連中まで出てきた。
「騎馬隊とかまじかよ!? 物部氏のルーツは騎馬遊牧民とかいう説と関係ねーだろなこれ!!」
叫ぶがそれに返答してくれる者は当然いない。
とにかく馬で追われるのはまずい、となれば選択肢は2つだ。
騎馬隊を先に叩くか馬を奪うかのどちらか。
「なら答えは1つだろ!!」
フミコの手を引いて一度その場に止まると懐からアビリティーユニットと銃身を取り出す。
銃身をアビリティーユニットに取り付けて拳銃モードにすると一番近い騎馬隊の騎乗兵の頭を撃ち抜く。
撃たれた騎乗兵はそのままずるっと馬から地面へと落馬した。
すぐさま銃身をアビリティーユニットから外すと馬まで走って鞍へとよじ登り手綱を握ってなんとか馬を制御する。
とはいえ、自分に乗馬のスキルはない。
うまく乗りこなせるかはわからないが、今は無茶苦茶でもこれを使って逃走を図るしかない。
(ボルダリングの施設だけじゃない、乗馬の訓練施設も次元の狭間の空間に戻ったら追加する必要がありそうだな)
乗馬は素人が考えている以上に体力を使う。
走ってる馬に乗って人が楽ができるという移動手段ではない。
馬と一緒に人間も呼吸を合わせないと当然怪我もするし乗馬する人間も相当に疲労する。
初心者が気軽に乗れる便利な移動手段ではないのだ。
とはいえ、ここは精神世界。感覚ではあるがこの世界においては乗りこなせる予感があった。
なのでフミコへと手を伸ばす。
「フミコ乗って!!」
手を差し出されたフミコは迷うことなくこちらの手を取る。
フミコを引き寄せて自分の前へと乗せる。
とはいえ、弥生時代の馬は現代の日本人が考えるようなサラブレッドやアラブ馬のように大きな体格はしていない。
どちらかといえばポニーよりも少し大きいくらいの小型だ。
なので2人も乗って走ってくれるか不安だったがちゃんと手綱を引けば走ってくれた。
「よし! とにかくこの町? 集落? わからんが、ここから外へ逃げよう!!」
馬を走らせ柵の外を目指す。
が、当然後ろから騎馬隊が追いかけてくる。
こちらは2人乗り、すぐにでも追いつかれるのは目に見えている。
なので手綱をフミコに預けることにした。
「すまない、一旦持っててくれ!!」
「え? あ、あたし馬にはそんな乗ったことないよ!?」
「安心しろ! 俺もだ!!」
「いや! それ安心できないよ!?」
困惑した叫びをフミコがあげるがそれは当然だろう。
自分だってフミコの立場でこの局面でそれ言われたら突っ込まずにはいられないだろう。
だが、今はそれよりも追っ手をどうにかしないといけない。
「一瞬でいい! 手綱を握ってるだけいいから!!」
「うん……わ、わかった」
渋々といった感じでフミコが手綱を握る。
それを確認して手綱を放すとアビリティーユニットとアビリティーチェッカーを懐から取り出す。
落とさないように注意しながらアビリティーチェッカーを取り付け画面上に浮かび上がった複数のエンブレムを人差し指でスライドさせ銃のエンブレムを持ってきてタッチ。
複数の銃のエンブレム、ライフルモードのスタイル選択画面を出す。その中からカービンを選択、タッチする。
カービン銃とは銃身が短い騎兵用小銃のことだ。
現代の軍隊ではどこの国にも騎馬兵は存在しないためカービン銃はただ単に銃身が短いライフル銃という扱いだが、本来はその短い銃身で騎乗中でも射撃ができる、馬の上でも取り回しが楽にできるという風に設計された機種だ。
騎馬兵が存在しない現代では小回りの効く銃として車両乗員携帯火器や小回りがきく市街戦や施設の制圧、近接戦闘、密閉空間というスペースが確保できない現場で重宝されている。
グリップの周囲の空間に紫電が迸り何もない空間に銃身や銃床、マガジンなどが半透明に浮かび上がる。
やがてそれは完全に物質化し一気にグリップの元へとくっついていきカービン銃へと姿を変えた。
H&K HK416、通称エンハンスド・カービンとも呼ばれる米軍のM4カービンをドイツのヘッケラー&コッホ社が独自に改良した銃である。
H&K HK416を構えると振り返って後方へと無差別に撃ち付けていく。
「カービンスペシャル・H&K HK416モードだ!! くらいやがれ!!!」
撃ちにくい体勢であったが構わず撃ち続ける。
初めての馬の騎乗に銃撃の振動にとフミコは叫び続けていたがこちらは構っている余裕はない。
とにかく追っ手の数を減らして外へと脱出しないと。
その思いで撃ちまくっていたが功を奏して追っ手の数はみるみる減っていく。
その結果にこれはなんとかなったのではないか? そう一瞬甘い考えがちらつく。
だが……
「まったく乗馬の基礎もできとらんの?」
後方から追ってくる数少なくなった騎馬隊の後方から恐ろしいスピードで前へ前へと迫ってくる騎馬がいた。
それはただの一般兵ではない、騎馬に乗っているのはニギハヤヒだった。
「こんな素人に追いつけず捕獲もできぬとはマヌケどもめ」
言って味方であるはずの騎馬隊の残党達を押しのけニギハヤヒがこちらへと迫ってくる。
「なんて野郎だ!!」
ニギハヤヒ目がけて銃撃を放ち続けるがまったく当たらない。
その射撃精度にニギハヤヒが哀れみの目を向けてくる。
「まったくどこを狙っている? 威力はあるようだが当たらなければ意味はないぞ?」
「クソッタレ!! だったら避けるんじゃねー!!」
叫んでニギハヤヒの馬へと連射する。
しかしどれだけ撃ってもニギハヤヒの巧みな馬裁きで回避された。
そして今度はこちらだと言わんばかりにニギハヤヒが背中の丸木弓を手に取って手綱を放し弓矢を構える。
物部一族は騎馬遊牧民という説を裏付けるかのような綺麗な騎上での構えのあと騎射が放たれる。
恐ろしいことにニギハヤヒから放たれた矢は正確にこちらの馬の後ろ足を射貫き、馬はそのまま悲鳴をあげて転んでしまった。
「うわ!? しまった!!」
馬から空中へと放り出されるがなんとかフミコへと手を伸ばす。
「フミコ!!」
フミコも必死で手を伸ばして、なんとかその手に届いた。
地面まで距離がないがフミコを抱き寄せ頭を自らの胸へと押し込める。
そのまま地面に落下、衝撃と激痛でフミコを放しそうになるが歯を食いしばってなんとか耐える。
勢いのまま地面を転がって落馬した場所からかなり離れた場所でようやく止まった。
体中打撲したのだろう、全身どこもかしも激痛で起き上がれない。
それでもなんとか痛みを押し殺して抱き寄せているフミコに声をかける。
「痛っ……ぐ、フミコ……無事か?」
フミコは顔を上げるとこちらのほうを見て頷く。
どうやら怪我はしてないようだ。
とりあえずは安堵するが、そうも言ってられない。
「受け身の仕方がなってないな? 馬から飛び降りる際の手際が酷すぎるぞ?」
ニギハヤヒの声が聞こえた。
余裕を見せているのか馬に乗っているにも関わらずゆっくりとこちらに近づいてくる。
それを見て痛みを何とか堪えて起き上がる。
とはいえすぐにフラフラとしてしまう。
「大丈夫?」
フミコが心配そうに支えてくれた。
なんとも情けない。助けなきゃいけない子に心配されるなんて……
だが、これが今の自分の実力なのだ。そこは目をそらさず受け入れなきゃいけない。
今の自分では力不足なのは百も承知だ。
でも、それでもフミコは絶対に助ける。そう決めたのだ。
ならばここで倒れるわけにはいかない。
「あぁ、大丈夫だ! 心配するな!! っと言いたいところだが正直に言えば少し厳しいかもしれない」
倒れるわけにはいかないからこそ、助けるべき相手の力も借りなければいけない。
これは多分フミコを危険に晒す行為なのかもしれない。
助けるといいながら情けないと批難されるかもしれない。
それでもここからフミコを助けだすためには必要な行為なのだ。
なにせ、自分1人ではおそらくニギハヤヒには勝てないのだから……
「だからフミコ、力を貸してくれ!! 一緒に奴を倒す手伝いをしてくれ!!」
この申し出にフミコは一瞬言葉に詰まった。
だが、すぐに意を決したのか力強く頷いた。
「わかった……一緒に立ち向かおう!」
フミコの返答に笑顔で手を差し出す。
握手という習慣が倭国大乱の時代にあったかはわからないが自然とそうしていた。
案の定フミコはどういうことだろう? といった感じで戸惑っていた。
なので強引に手を掴んで握手する。
「よし!! 奴を倒してここから脱出しよう!!」
言ってニギハヤヒのほうへと向き直った。
精神世界での最後の戦いが今始まる!