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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
間章

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241/539

嵐の前

 ドルクジルヴァニア市内の多くのギルドが本部を構える区画。

 その一角にその建物は建っていた。


 見た目は立派で土地の面積はそれなりに広い。

 これは当然で、敷地内には立派な建物の他に色々な武術の道場や、それなりに大きい闘技場も建っている。


 何故そんなものが敷地内にあるかと言えば、そこはかつて格闘ギルド<ザ・ライジン>の本拠地であったからだ。

 格闘ギルド<ザ・ライジン>はヴィーゼント・カーニバルにおける空賊連合の襲撃によって壊滅したため、今はこの場所を使う者は誰もいない。


 そんな旧格闘ギルド<ザ・ライジン>本拠地跡にある道場に今自分はいた。

 理由は他でもない。シルビア、シーナ、キャシーの旧格闘ギルド<ザ・ライジン>メンバー3人からこの道場の清掃を頼まれたからである。

 なので、今はギルドメンバー総出で道場内のクリーンアップを行っているのだが……


 (おかしい……何かがおかしい)


 そう思いながらも手にした雑巾で道場の床を拭いていく。


 敷地内に道場はいくつかあるが、そのうちのひとつを今自分は清掃している。

 当初は全員でひとつの道場を短時間で一気に片付けて、次の道場へと移動していこうと話し合っていたのだが、いざ最初の道場の掃除に取りかかったところでキャシーが。


 「そうだ! ココにやってもらいたい事があったんだ!」


 と言ってココを連れだし、シーナも。


 「忘れてた……向こうに取りに行かなきゃいけない道具があるんだった……誰かついてきてくれない? なるべく大人数で」


 などと言ってフミコ、ケティー、リエルを連れだし、その後も何かと理由をつけてメンバーを連れだしていき、気付けば道場内には自分とシルビアだけになっていた。

 うーん、この状況は一体?


 床を拭きながらチラっと横目でシルビアを見れば、シルビアは壁をはたきでパタパタしながら埃を落としていた。

 が、数秒に一回のペースでチラチラとこちらを見ている。

 そして小さく小声で。


 「ど、どうしよう……どうすれば? この後どういい感じに持っていけば?」


 などとブツブツ呟いていた。

 そんなシルビアを見て先日の一件を思い出す。


 『わたしも……カイトさんが心配で、みんなについてここに来ました……だって、わたし……カイトさんに助けてもらったあの日からずっと……カイトさんの事、お慕いしてますから!!』


 あの告白の後、シルビアは返事は今すぐでなくていいと言ったが、アルバ村に戻る機内からフミコ、ケティー、ココ、ドリーからのはやく断れ!という圧が物凄かった。

 そしてアルバ村に戻ってから定例クエストが終わり、ドルクジルヴァニアに戻ってきてからもそれは変わらず、あれからまともにシルビアとは会話ができていなかったのだが、ここにきての突然の二人きりである。


 というかキャシーとシーナが強引にこの状況を作り出したわけだが、そんな2人の援護が必ずしもシルビアにとってプラスに働いてるとは言い難い。

 現にシルビアはさっきからブツブツと呟きながらもこちらをチラチラ見てくるだけで一向に何か話しかけてくるような気配はない。


 (さて、これはどうしたものかな?)


 そう思いながら道場の入り口のほうを見るが皆が戻ってくる気配はない。

 一体どこまでどんな用事で連れ出したんだか……思わずため息がでた。

 そしてシルビアのほうを向いて声をかける。


 「なぁシルビア。ここってギルド<ザ・ライジン>のメンバーしか使ってなかったのか?」


 声をかけられたシルビアは顔を真っ赤にして「ひゃい!」と可愛らしい声をあげると。


 「あ、あぁカイトさん今のは気にしないで!! うん、気にしないでね?」


 何故か2回念押しされた。


 「いや、別に気にしてないけど?」

 「そ、そう? なら良かった……変な子と思われたらどうしようかと思っちゃった」


 そう言ってシルビアは苦笑いしながら頬を軽く掻いた。

 そして道場の中を見回して答える。


 「まぁ基本はギルドメンバーが鍛錬のために使う場所だけど、でも1週間のうちの1日だけ、近所の子供たちに開放して武術を教えたりもしてたんだ」

 「へぇ、そうなんだ」

 「うん、だから街の人たちとの交流の場でもあったかな? 習いに来る人は結構いたかも……」


 シルビアはそう答えるが、しかしすぐに表情を曇らせる。


 「でも、わたしはそれに顔を出した事ないから」

 「シルビア……」


 彼女の過去についてはキャシーとシーナから聞いている。

 本当は本人の口から伝えるべきだろうが、周囲がシルビアについて知っておくためにも話しておくと、シルビアが男性恐怖症になった経緯を話してくれたのだ。


 (まぁ相手は子供だとしても、無理なものは無理だったんだろうな……それに恐らくはその子らの父親なんかも付いてきたり、道場が終わった後に向かえに来たりしただろうし。その日に道場に足を運ばなかったのも無理はないか)


 こればかりはどうしようもない、何せ男性恐怖症というのはどれだけ努力しても一生克服できない人もいると本で読んだ事がある。

 メンタルケアなんて概念があるかわからないこの異世界では余計に克服など不可能だろう。


 そう思っているとシルビアはこちらを見て明るく笑って見せると。


 「あぁ、ごめん。キャシーとシーナから聞いたんだよね? わたしの過去のこと……確かに今でも男の人は怖いけど、でも今は段々と大丈夫になってきたから平気だよ」


 そう言ってこちらに近づいてきた。


 「だってカイトさん。今はあなたがわたしの近くにいるから」

 「俺が?」

 「うん、カイトさんが近くにいればわたし安心するの。勇気をもらえるの。何だってできる気がするの。だからわたし……ずっとカイトさんの傍にいたい。カイトさんの傍で一緒に前へと踏み出していきたい……そう思ってるの」


 顔を真っ赤にさせながら言う彼女を見て思う。

 それはただの依存だ。

 自分に精神的に依存する事によって前を向けているだけだ。


 そんな彼女を冷たく突き放せばきっと依存するものがなくなり、支えを失った精神は破綻するに違いない。

 その結果、彼女がどうなるかはわからない。

 かと言って、このままズルズルと引きずってもいいものなのか?

 なんとも対応に困る案件だと思った。


 「そうか……でもまだ俺はシルビアと出会って間もない、互いの事もまだわかっていない。だからすぐには答えは出せない」


 なので申し訳ない思いでそう言うとシルビアは小さく頷き。


 「うん、わかってる。だから前にも言ったよね。振り向いて貰えるように……選んで貰えるようにいぱいいっぱい頑張るって……わたしフミコたちには負けないから! だからお互いの事、これからいっぱい知っていこ!」


 そう言って笑顔を見せた。


 「そうだな……そうしよう」


 なのでこちらも笑顔を見せた。

 そしてシルビアに気になっていた事を尋ねる。


 「ところでこの道場は掃除したらこの後どうするつもりなんだ? 他の格闘ギルドに売却するのか?」


 するとシルビアは可愛らしく顎に指を当てながら。


 「うーん道場と闘技場はそうかな? わたしとキャシー、シーナの3人だけじゃ道場の維持も運営も無理だし……元ギルド本部だった建物に関してはギルド<ザ・ライジン>最後の依頼って形で解体要請を出すと思う」


 そう言ってこちらを見てきた。

 うむ、何やら嫌な予感がするのだが?


 「えっと……シルビア? もしかしてその依頼って俺らに出すつもり?」


 そう恐る恐る尋ねるとシルビアは笑顔で頷き。


 「うん! だって安心と信頼のブレイクギルドでしょ?」


 案の定、聞きたくもないあの異名を口にしたのだった。


 「その呼び名はやめろーーーー!!」


 思わず頭を抱えて叫んでしまった。





 ハウザ諸王国郡、その中でも南西に位置する小さな王国モルダルア。

 そこは小さいとはいえ金や銀が多く採れる鉱山を有するハウザ諸王国郡内有数の資源大国であった。


 そのためモルダルアには豊富な金銀を求めて周辺国や無干渉地帯から多くの商人や貴族、外交官が集まる。

 そして、それは同時にモルダルアが各国の外交合戦の最前線である事も意味する。

 多くのスパイが暗躍し、各国の思惑と駆け引きで常に張り詰めた空気感が漂う陰謀渦巻く諜報の舞台、それがモルダルアなのだ。


 そんなモルダルアの首都の一角に絢爛豪華な屋敷があった。

 そこは有力貴族カンテミール子爵の住まい、そんな場所を訪れるのはまさにさきほど述べた商人や貴族、外交官、スパイたちばかりであろう。


 そして今、その屋敷の応接室にいるのは男女4人の集団だった。

 その集団はギルド<明星の(アシェイン)>。ギルドマスターのハンスに元貴族のマリ、エルフのイワン、そしてさきほど合流したばかりの東方出身のフミカというAランク冒険者ギルドだ。


 本来はハンス、マリ、イワンの3人で別の用事でカンテミール子爵の屋敷を訪問するはずだったのだが、遅れてきたフミカが合流し、彼女が行方不明だったカンテミール子爵のご令嬢をギルドユニオンの親書を持って連れて来たので、さきにご令嬢を引き渡すことにしたのだ。


 カンテミール子爵令嬢は子爵との再会に泣きながら抱きついた。

 親子の感動の再会という場面に直面し、これは日を改めた方がいいだろうとギルド<明星の(アシェイン)>の面々は屋敷を後にする。


 そして宿泊している宿屋に戻り、ハンスはソファーに腰を下ろすとフミカに尋ねる。


 「で? どうだったフミカ……ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>は?」


 尋ねられたフミカは一瞬目を瞑って一息ついてから目を開き。


 「そうだね……私たちが長らく逃して倒せなかったベルシを倒した……かな?」


 そうハンスに述べた。


 「な!? ベルシを倒しただって!?」


 その言葉にハンスは驚き、マリとイワンも目を見張る。


 「ヴィーゼント・カーニバルで一体何があった?」


 ハンスの疑問にフミカは答えていく。

 ヴィーゼント・カーニバルで起こった出来事を……



 「そうか、そんな事が……」


 すべてを聞き終えたハンスが表情を曇らせて寂しそうに窓の外を見る。

 ヴィーゼント・カーニバルにおける空賊連合の襲撃では多くのギルドが壊滅したという。


 そんな壊滅したギルドの中のひとつ、狩猟ギルド<深き森の狩人>のギルドマスター、ロギ・フードとは親交があり臨時のパーティーを組んで一緒にクエストをこなした事もあった。

 友であるロギ・フードが死んでしまった事にハンスはしばし、共に笑い合った思い出に浸る。


 「すまないロギ、墓前に手を合わせて花を手向けるのは少し先になりそうだ……せめて安らかに眠れ、わが友よ」


 そう呟いてすぐに思考を再開する。


 「しかし色んな異能を併せ持ち、ベルシを屠るほどの強力な魔法も放つ、か……侮れないなギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>」


 ハンスはしばし考え込む。

 そして決断を下した。


 「よし、聞いてくれみんな! 今回の遠征任務は時間をかけて各国を巡り、じっくりとこなす予定だったが気が変わった! 予定変更! 最低限こなさなければならない仕事をこなしてさっさとドルクジルヴァニアに戻るぞ!!」


 ハンスの言葉にフミカは眉を潜める。


 「どうしたの? 予定を繰り上げるなんて」


 そんなフミカの言葉にイワンも同調して頷く。


 「そうですねハンス。ドルクジルヴァニアで何かあっても今までなら遠征中なら我関せずだったのに……もしかしてフミカの報告を聞いてギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>に何か思うところでも?」


 イワンの問いにハンスは答えなかった。

 そんなハンスとイワン、フミカを交互に見てマリはどうしようかといった具合にあわあわしていたが。


 「わ、私はハンスがそうしたいならそれでいいよ」


 とハンスに賛同した。

 フミカはそんなマリを見て。


 「まぁマリは無条件でハンスの言う事には賛成だもんね」


 そうため息をつきながら言うとマリは頬を膨らませて抗議した。


 「ちょっとフミカ!! それだとなんか私が何も考えてないみたいに聞こえるんだけど!?」

 「事実でしょ?」

 「もう!!」


 そんなマリとフミカのやり取りを見てハンスはやれやれといった表情をイワンに向ける。

 イワンもため息をつくと。


 「まぁギルドマスターはハンスだ。ハンスがそう決めたなら従うさ」


 そう肩をすかしてみせた。

 ハンスはそんなイワンに「すまない」と一声かけると窓の外に目を向ける。


 「とにかく急いで最低限の用事を済ませて遠征を切り上げよう。ギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>の事だけじゃない……胸騒ぎというか何だか嫌な予感がするんだ」


 真剣な表情で言うハンスを見てイワン、フミカ、マリは気を引き締める。


 「確かに……ハンスがそう言う時は大抵ロクな事にならないな」


 心なしか窓の外はどこかこの先の未来が明るくないとでも言わんばかりの曇天であった。





 無干渉地帯北部、カルバティア山脈。

 そこは険しい山岳地帯であった。


 そんなカルバティア山脈を形成する山の1つに不気味な印象を見た者に与える入り口の形をした巨大な洞窟があった。

 その洞窟の回りでは草木が生えず、剥き出しになった岩肌に色んな動物の骸骨が転がっていた。


 そんな洞窟の入り口へと向かって歩いて行く1人の男がいた。

 その男は全身を地球の中世西洋甲冑のフルプレートアーマーで包んでおり、歩くたびにガシャガシャと金属が擦れる音が周囲に響く。


 その男は今まで幾度となくカイトに横やりをいれてきた。

 疑似世界から始まり数多の異世界での介入、そしてこの世界においては死霊術を用いて間接的にカイトと戦闘をおこなっている。


 その際フミコを戦闘不能に追い込んだ仲間のザフラは今は姿を見せていない。

 洞窟へと向かっているのはあくまで彼1人だ。


 そんな彼は周囲を気にする事なく洞窟へと進むが、そんな彼を殺すべく、岩場に隠れていた小さな影が気配を消して岩場から素早く飛び出し背後から男へと近づく。


 「ガァァァァ!!」


 小さな影はナイフを取り出し素早い動きで斬りかかるが、男は振り返る事なく素早く腰に差した短剣を引き抜くと、目に止まらぬ速さで背後へと投げつけた。

 小さな影はこれをかわすことができず、短剣は小さな影の首に突き刺さり、そのままバタリと血を流して倒れ込んだ。


 そこではじめて男は背後を振り返って死体を見る。

 そして鼻で笑った。


 「ふん、ゴブリンか……ったくこの周囲は全部狩り尽くしたはずだがまだいやがったのかよ。ゴブリンは1匹いれば最低30匹はいると思えって話だがゴキブリかよ。面倒だな」


 そう言いながらも男は気にせず洞窟へと向かう。

 男からすればゴブリンがそれなりの数まだ生き残っていようが知ったことではない。

 実際いようがいまいが特に支障がないのだ。


 ただ、この洞窟を()()に活動拠点として提供する際に邪魔だから皆殺しにしたにすぎない。

 だから生き残りがいようがそんな事は知ったことではないのだ。


 男はまだ身を潜めているかもしれないゴブリンなど気にせず洞窟に足を踏み入れようとして気付く。


 「おっと、そうだった。()()と会うときはこの格好じゃなかったな」


 そう言って男は中世西洋甲冑の胸元からジャラジャラと音を立てて無数のハンターケース型の懐中時計を引っ張り出す。

 その無数の懐中時計は「スキルオーダー」と呼ばれる神格が宿るユニット、カイトのアビリティーユニットとは基本性能値やコンセプトがまるで違う代物だ。


 男は引っ張り出した懐中時計のようなスキルオーダーの中の1つを鎖から引きちぎる。

 そして引きちぎった懐中時計を左手のガントレットに装着していたブレスレッドの窪みにはめ込んだ。


 『ローマ』


 懐中時計から発せられた音声と共に西洋甲冑の姿が変化する。

 とはいえ、その姿は鎧を纏った姿には変わりない。

 変わりはないが、その鎧の内容が違っていた。


 その鎧はまるで古代ローマ帝国の兵士を連想させる鎧、ロリカ・セグメンタタであった。

 そしてその手には古代ローマ兵士の剣であったグラディウスが握られている。


 「さて、行くか」


 古代ローマ兵へと姿を変えた男は洞窟の中へと入っていく。

 狭く湿った道を突き進み、やがて男は巨大なサッカースタジアムほどの広さがある開けた空間へと出た。

 その空間には至るところに松明が設置されており、暗さを感じる事はなかった。


 とはいえ、数がいくらあれど洞窟内の巨大な空洞をすべて明るく照らせるほど松明は有能ではない。

 巨大な空洞の奥の方、まるでステージのように横たわっている巨大な岩場の上部までは明るく照らすことはできない。

 そんな巨大な岩場の上には4つの人影があった。


 暗くて人影があるとしか認識できないそんな場所に立つ4人はやってきた男へと声をかける。


 「よく来てくれたハーフダルム! わが同志よ」


 そう言って4つの人影のひとつは両手を大きく広げた。

 そんな人影を見て男も声をかける。


 「あぁ、元気そうでなによりだ。パムジャ」


 男がそう言うと両手を大きく広げた人影が一歩前へと踏み出す。

 暗闇の中から、その素顔が灯りの前に晒された。


 「当然だ。何せこれから、わが無干渉地帯統一戦線はいよいよ悲願の成就に向けて動き出すのだからな!!」


 その顔は狂気に歪んでいた。


 無干渉地帯全体を揺るがす事件が幕を開けようとしていた。

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