これはただ君を救うためだけの物語(3)
フミコに誰かと問われ思わず固まってしまった。
しかし、それは当然かもしれない。
ここは精神世界。こちらからしたら1800年前の記憶の中にいるということなのだろう。
(ついさきほど目覚めたばかりで出会った人間よりも記憶のほうがそりゃ優先されるか)
フミコからすれば自分は赤の他人だ。記憶の面で勝てるとは思えない。
だとすれば、どうすればここが現実じゃないとわかってもらえるか?
考えてもわからない。そしてわからないことにかまけている時間はない。
とにかく行動に移すことにした。
起き上がり部屋の中へと入る。
「え? あなた一体何なんです?」
するとフミコが怯えた表情を見せたが気にせずフミコの元へと駆け寄る。
部屋の中には壁際にフミコを見守るような形で人型の何かが多数いたが気にせずフミコの両肩を掴む。
「きゃ!? な、何なんですか一体!!」
「フミコ!! いいから聞いてくれ!!」
「嫌!! やめて!! 放して!!」
すごくフミコに拒絶されて暴れられる。
まるで自分が強姦魔でフミコが必死に抵抗して逃げようとしている女性みたいな絵面だ。
いや、まぁそりゃ今のフミコからしたら知らない人間が突然部屋に入り込んできて両肩掴んで迫ってきてるんだ、普通に怖いし抵抗するわな……
そうはわかっていても今ここで放したら逃げられて面倒なことになりそうな気がする。
ここでなんとか話をつけないと。
「フミコ!! 話を聞いてくれ!! ここは現実じゃないんだ!! 思い出すんだ!!」
「あなた何言ってるんですか!? 放して!! 嫌!! あたしはーーーーーーです! フミコなんて名前じゃない!!」
「その名前が俺には聞き取れないんだよ!! だから君に名前を与えた!! 思い出してくれ!! 君にフミコって名付けたんだ!! 俺の名は川畑界斗! カイトだ!! 思い出してくれ!!」
そう叫ぶとフミコの抵抗が一瞬和らぐ。
カイトという名前に心当たりがあるのか初めてこちらを見つめてくる。
「そんな人知らない……知らないのに……知らないはずなのになんで……?」
フミコが困惑した表情になる。恐らく精神世界と現実との記憶が混線しだしているのだ。
つまり畳みかけるなら今しかない。
「フミコ!! 思い出してくれ!! 君はこの遺跡のなれの果てで目覚めた! そう、ここはすでに滅んでいるんだ!! ここは精神世界、記憶の中の風景だ!! いつまでも夢に浸ってちゃいけない! ここはもう存在しない世界なんだよ!!」
「な……何を言って……?」
疑似世界で目覚めたフミコの言葉はまったく理解できなかったが、恐らくはこの遺跡というか街? はすでにフミコが最期を迎える前か倒れた後で滅んでいる。
その事を受け入れられずに記憶の中の滅ぶ前の世界に浸っているのだ。
だからその事に気付かせられれば、この精神世界から救い出せるきっかけになるはずだ。
「フミコ!! ちゃんと思い出すんだ!! 君はすでに知っているはずだ! この世界の結末を!! この光景がおかしいってことを!!」
「あたしは……っ!?」
フミコは困惑した表情から一変、苦悶の表情を浮かべ頭を押える。
「フミコ? 大丈夫か!?」
「っ……頭がすごく痛い……」
「どうしたんだ一体!?」
記憶が蘇ろうとしているのだろうか?
どうしていいかわからずあたふたしていると部屋の壁際にいた人型の何かたちが一斉に立ち上がりこちらに近づいてくる。
フミコを自分から引き離して回収するつもりだろうか?
そりゃ黙ってそのまま見過ごしてくれるわけがないよな……
周囲を警戒しながら懐からアビリティーユニットを取り出す。
「そうはさせるかよ!!」
左腕でフミコを抱き寄せると右手にアビリティーユニットを持ってレーザーの刃を出す。
刃先を周囲に向けて威嚇する。
とはいえ、完全に囲まれてしまった。
「さすがにこの状況、この状態のフミコを連れて突破するのは至難の業か?」
思わず冷や汗が出てしまうが幸い周囲を取り囲んでいる人型の何かは戦闘タイプのようではないみたいだ。
武器のような類いの物は持っておらずすぐに襲っては来ない。
もしくはフミコを抱き寄せているからか? 相手からしたらこちらが人質を取っている形だし迂闊に手を出せないだけかもしれない。
「なんとかこの状況を打破する術はないか?」
レーザーの刃を周囲に向けながらヒントを探すが何もない。
フミコに聞こうかとも思ったが、まだ完全に精神世界からの呪縛が解けてない混乱状態の彼女に聞くのは気が引けた。
「くそ! いつまでも膠着状態は続かないぞ?」
いっそ強引にでも部屋の外へと突破を図ろうか? と思った時だった。
ギシギシと音がした。
思わず音のした方を見る。それは周囲を取り囲んでいる人型の何かも例外ではなかった。
それは巨大な丸い鏡の後ろというか、天井の方から聞こえてきた。
よく見れば巨大な丸い鏡の後ろには階段があり、上の階から誰かが降りてきたのだ。
「騒がしいの? 一体何事か?」
降りてきたのは白い服を身に纏った髭を生やした初老の男だった。
翡翠と小さな銅鏡のついた首飾りをかけているその男は、はっきりとした人の姿をしていたがどこか漠然とした印象を受ける人物であった。
「なんだあいつ?」
レーザーの刃の刃先を向けて警戒するが、男はゆっくりとした歩みで階段を降りてくるとそのまま巨大な丸い鏡の前へと姿を現す。
その男の姿を見て苦しそうにしていたフミコが声を出す。
「ニーーーーーヒ様……」
恐らくは男の名だろう。相変わらず名前は聞き取れないがこればかりは諦めるしかない。
自分にはわからない古代日本の事情だ。無理に知る必要もないだろう。
そう思ったが何かが引っかかった。
「ん? ニ………ヒ?」
何だろう? どこかで聞いたことがある気がする。
自分は古代史は得意ではない。弥生時代や日本書紀、古事記に関して別段知識があるわけなんてない。
にも関わらず、今のはどこかで聞いたことがある。
そう何だったか……ニなんとか? ニヒ……
そうニギハヤヒだ! 饒速日命。
日本神話の神にして日本の歴史の闇に消された王とされる存在。
日本神話の神、スサノオの第5子にして大和王権の重鎮だったとされる存在。
一説によれば初代天皇である神武天皇に皇位(当時は大王)の地位を譲渡した真の初代天皇だという。
日本という国号もニギハヤヒの生駒山山頂で言った「虚空にみつ日本国)」という言葉が起源という説もあるほどだ。
そんなニギハヤヒの子孫には物部氏がいる。
一説では飛鳥時代の丁未の乱で物部守屋が倒れ、彼の一族が滅びニギハヤヒの古き影響を断ち切れたことが天皇家が現代まで続く歴史上最も古い皇室の1つと言われる結果となったというのだ。
「まさか……本物なのか? 本物のニギハヤヒそのものなのか?」
謎多き黎明期の日本の闇そのものを目の前にして思わず体が竦む。
(落ち着け! 相手が誰であれ関係ない! 所詮精神世界の存在だ!)
レーザーの刃を向けてもニギハヤヒは気にした素振りは見せない。
それどころかこちらを見て鼻で笑ってくる始末だ。
「ふん、貴様何者だ?」
ニギハヤヒが言葉を発すると周囲を取り囲んでいた人型の何かは一歩下がって跪く。
そしてフミコも申し訳なさそうな顔をニギハヤヒに向ける。
その反応に目の前の男がニギハヤヒなのかどうかは置いといて、この遺跡のボスであることはわかった。
「何者かだって? てめーが知らない1800年後の世界の人間だよ!」
「ほう? それは妙なことを言いよる」
「かもしれないな? だがな、これは事実だ! そしてここは現実の世界じゃない。精神世界……ただの記憶の中の世界だ。だからてめーが何者だろうが何しようが記憶以上の結果は変えられない」
「……なるほど? つまり何が言いたい?」
「この遺跡……いや街と言えばいいのか? とにかくここは滅ぶことが確定している。だがなフミコ……この子は助かるんだ。だからこの子を連れて行く」
そこまで言うとニギハヤヒは少し驚いた表情を見せた。
そして考え込む素振りを見せた後、不敵に笑った。
「なるほど、なるほど、なるほど? つまりは貴様はこの国の結末を知る者だと言うわけか……」
言ってニギハヤヒはしかし巨大な丸い鏡に向かって呼びかける。
「高き尊の声よ! 今の話をどう思う?」
すると巨大な丸い鏡の表面が波打ち、不気味な声が部屋中に響き渡る。
『………殺せ!! 勇者を殺せ!!』
明らかに異質な声に思わずたじろいでしまう。鏡からというより空間全体が鼓動した感じだ。
「今のは!? まさかフミコが聞いた頭の中に響いた声ってこれのことか!?」
抱き寄せているフミコを見ると、今の声に当てられたのかより一層苦しそうにしている。
これはまずい気がする。
そんな予感を狙い澄ましたようにニギハヤヒが両手を掲げて高らかに叫んだ。
「聞いたか!! 高き尊の声は答えた!! ゆうしゃを殺せと!! 戯言を向かす雄弁な者、その者こそすなわちゆうしゃだ!!」
言ってニギハヤヒは邪悪な笑みを浮かべる。
「その者を殺せ!!」
ニギハヤヒの言葉を聞いて跪いていた人型の何か達が一斉に立ち上がる。
まずい! そう思った時だった。
腹に何かに刺されたような鈍い感覚がした。
「?」
何かと思って視線を下すとフミコが何かを自分の腹に突き刺していた。
そしてそれを引き抜くとこちらを突き飛ばしてきた。
「がはぁ!?」
後ろに倒れて初めて激痛が襲ってくるが刺された箇所を抑えて何とか起き上がる。
精神世界に来た時は地面に激突しても痛みも出血もなかったが今は例外のようだ。
腹からは血が滴り、痛みも感じる。
「まじかよ?」
苦悶の表情を浮かべながらも、だがそこまで重傷でないこともわかった。
恐らく傷は浅いだろう。とはいえここが精神世界だからほっといていいのか治療したほうがいいのかはわからない。
(とにかく今はフミコだ! 今の攻撃、さきほどの声に洗脳されたのか?)
フミコのほうを見ると血が滴る短剣を持っていた。長さは15cmで幅はおそらく3cmほどの石剣だ。
そんなフミコの背後にニギハヤヒがそっと立ち、したり顔でフミコの頭を撫でる。
「よくやったーーーーー。あやつはこの国が破滅すると嘯くゆうしゃ。殺さねばならん」
「はい、ニギハヤヒ様」
明らかにフミコの表情からは感情が消えていた。誰がどう見てもマインドコントロールされているとわかる。
したり顔でフミコの頭を撫でる様も相まって怒りがこみあげてくる。
「てめーいい加減にしろよ!! フミコから離れろクソッタレー!!!」
アビリティーユニットを振りかざしレーザーの刃でニギハヤヒを斬り付けようとするが、石の短剣を構えたフミコが邪魔をする。
「くそ! フミコどいてくれ!!」
マインドコントロールされているフミコに当然その声が届くわけもなく振り上げたレーザーの刃を一旦下して距離を取る。
どうしたものかと思った時だった。フミコが石の短剣を前に突き出す形でこちらに踏み込んできた。
「くそ!! フミコ! 俺は君を助けに来たんだ!! 君と戦いに来たわけじゃない!! 頼むから目を覚ましてくれ!!」
叫ぶがフミコには当然届かない、どうする!?
そう思ってアビリティーユニットからレーザーの刃をしまう。
「こうなったらイチかバチかだ!!」
アビリティーユニットを懐にしまいM9銃剣を手に取り構える。
(マーシャルアーツはトレーニングルームで一回動画と本を読んで軽くおさらいした程度だが……今はやるしかない!!)
石の短剣で突き刺そうとしてくるフミコをM9銃剣で受け流す。
そしてそのままフミコの腕を掴んだ。
「ごめんフミコ!!」
力の流れる動きに逆らわず身をそらしてそのままフミコの体のバランスを崩す。
フミコはそのまま地面に倒れてしまった。
そんなフミコに馬乗りになりM9銃剣を大きく振りかぶる。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」
そしてフミコに向けてM9銃剣を振り下ろした。




