これはただ君を救うためだけの物語(2)
「うわぁぁぁぁ」
底知れぬ闇へとどこまても落ちていく感覚がした。
一体どれだけの時間落下しているのか? それすらわからない。
ただひたすらに速度を増して落下していくだけだ。
精神世界にダイブしフミコを救い出す。
言葉だけなぞれば簡単に聞こえるが、精神世界で一体何が待ち受けてるのか? そもそも精神世界とはどういったものなのか?
そこらへんの情報がまったくと言っていいほど欠如していた。
そもそもフミコを見つけ出し救いだせたとして、この精神世界からどうやって脱出するのか?
もう少しカグから聞き込んでから突入すべきだったかもしれない。
だが、今はそんなことよりも重要な差し迫った問題がある、それは……
「まじでこれ安全に着地できるのかよぉぉぉぉ!?」
落ちていく中で叫ぶが当然答えなど返ってくるはずもない。
そろそろ本格的にまずいと思った時だった。
落下していく先に四角い物体があるのが見えた。
それが何なのか最初はわからなかったが落下速度が増していくにつれ、その物体は視覚情報としてどんどんと大きくなる。
それが物見櫓の屋根だとわかった時にはすでに時遅く、落下する速度そのままに物見櫓の屋根に激突し、突き破って見張り台へと落下。それでも勢いは止まらず見張り台の床も突き破って物見櫓の見張り台からはるか下の地面へと激突した。
「ぐほぉぉぉぉぉ!? まじかよ!? い……痛くない?」
地面から起き上がって思わず見える範囲の体中を確認する。
出血なんかは特にない。思わず安堵のため息をついて、それもそうかと思った。
何せここは精神世界。これも現実の肉体でなければ見ている景色も現実ではないんだろう。
「さて、これからどうすればいいんだ?」
周囲を見回し途方に暮れる。カグは精神世界までは着いてこないようだ。
つまりここからは完全に自分でなんとかしなければならない。
とはいえ、何をどうすればいいのかわからない。ヒントが何一つないのだ。
「まぁ、とりあえずフミコを探さないとだな……」
とどのつまり、今はそれしかやれることがない。
周囲を見渡せば疑似世界での遺跡と建物の配置は似ている。
つまりはあの遺跡の記憶といった所かもしれない。
「疑似世界でフミコを見つけた場所に行ってみるか」
とにかく動かなければ何も始まらない。物見櫓の見張り台を後にして遺跡の中心部へと向かう。
多くの竪穴式住居が建ち並ぶ地区にやってくるとまるで次元の迷い子のような輪郭がぼやけている人型の何かが複数歩き回っていた。
(あれは遺跡の住人たちなのか?)
おそらくはここの住人たちだろう。精神世界とはいえ接触はしないほうが良さそうだ。
人型の何かに接触しないよう物陰に隠れながら疑似世界でフミコを見つけた竪穴式住居を目指す。
そして何とか目的の住居にたどり着いたのだが。
「いないな……」
建物の周囲も中も確認したが誰もいなかった。
というよりこの住居には人の生活臭がまるでなかった。
「ここは違うのか………なら怪しいのはやっぱりあそこだよな」
言ってある方向を見つめる。
疑似世界において前方後円墳が出現した場所。
そこには柵で囲まれた大きな館のような建物があった。
「行ってみるしかないな」
その場を後にし大きな館のような建物を目指す。
道中多くの人型の何かに遭遇しそうになるが何とか身を隠してこれを回避する。
そういったことから館までたどり着くのは骨が折れるかと思ったが意外にも館が近づくにつれて人型の何かの数は減っていった。
見張りや警備の者はいないのだろうか? 柵で囲まれた大きな館のような建物の周囲は完全に無人であった。
それだけ攻め込まれない、侵入されない自信があるということなのだろうか?
何にせよ、こちらとしてはありがたい。
入り口から中に入るとさらにもう1つ板壁で囲まれた環濠があった。
敵の襲撃に備えてのものだろう、戦国時代の城も同じような造りだ。
環濠の内側にも物見櫓が複数あり、そして、外からも見えていた大きな館のような建物がそびえ立っていた。
それは高床式の3階建ての主祭殿。もっとも格式が高い場所だ。
「あそこに忍び込むしかないな」
周囲を確認し、身を隠せる場所を探しながら近づいていく。
さすがに環濠の中には巡回中の見張りらしき人型の何かが複数いた。
精神世界で彼らを次元の迷い子といっていいのか、見つかったらやはり戦闘になるのかはわからないが、とにかく見つからないように注意して進む。
そうして主祭殿へとたどり着いた。
高床式の建物は地面から床までが多くの支柱で支えられ離れているため階段を登らなければ入ることはできないが。
(バカ正直に階段を登って正面から入っていいものか? もしここにいなくて他の連中に見つかった場合は面倒だしな…)
仕方ないので支柱をよじ登ることにした。
とはいえ木登りもボルダリングもロッククライミングの経験もない身ではこれは無謀と言えた。
まず支柱をよじ登るのにまず苦労した。何せ足場のない丸い丸太のような支柱をよじ登るのだ。
よじ登っては滑って落ち、またよじ登っては滑って落ちを何度も繰り返す。
そこでM9銃剣を突き刺しながら登るということを実行したが、それでもその苦労は相当なものだった。
圧倒的にこの手のスキルが自分にないことを痛感する。
ようやく支柱を登りきるが、そこからがまた苦労の連続だった。
天井のような床の底の梁を掴んでの移動、身をよじっての床上への這い上がりなど、これだけでかなりの時間と体力を消費した。
「はぁ………はぁ………はぁ………これはきつい、まじできつい……今後この手の侵入方法はご遠慮したいものだぜ」
汗を拭いながらそう口走ったが、今後訪れる異世界でこの手の手段を取らない保証はない。
次元の狭間の空間に戻ったらトレーニングルームにボルダリングの施設も追加した方がいいかもしれない。
そう思いながら息を整え心を落ち着かせる。
「さぁ、中を確認しないと」
回廊から建物内部を覗き見る。そこは巨大な丸い鏡が鎮座している部屋であった。
貢ぎ物なのか色々なものがその鏡の前の台に置かれている。
そしてその台の前に1人の女性がちょこんと座っていた。
服装は魏の国の貴族女性の服に白の絹の服を重ね着しており魏からもたらされた高級なおびを締めている。
首には翡翠の首飾りをしており頭には赤いバンダナのようなものを巻いていた。
どこからどう見ても卑弥呼や台与を連想する格好だ。
巫女姫、また日女御もしくは日巫女と呼ばれる国の祠祭とまつりごとを司る存在である。
(ここからじゃ顔が覗き込めないな)
そう思って場所を移動しようかと思った時だった。
ここまでよじ登ってきたことで疲れたのもあったのかもしれない。回廊のちょっとした段差に足が引っかかってしまって盛大に倒れてしまった。
「おわぁ!?」
思わず間抜けな声まで上げてしまう。
ヤバっと思って部屋の方を見る。
隠れるどころか部屋の入り口真正面に倒れてしまい部屋の中からの注目を一身に浴びてしまう。
こうなっては仕方ない、もうなるようになれだ! そう思った時だった。
巨大な丸い鏡の前に設置してある台の前にちょこんと座っていた女性が振り返ってこちらを見ていた。
その顔を見て思わず声をあげる。
「フミコ!! やっぱりフミコだったか!!」
その女性は紛う事なきフミコだった。
呼ばれたフミコは困惑した顔をこちらに向けてくる。
「……はい? あの、一体何ですか? あなた一体誰です?」
「え?」
フミコの返答に固まってしまう。
どういうことだ? フミコではないのか?
精神世界からフミコを連れ出す。それはつまり、この状態からの救済を意味する。
そのことにまだ、この時は気付いていなかった。




