海賊団ブラックサムズ(1)
その船を最初に知ったのは授業中だった。
とはいえ、授業の内容に出てきたわけではない。
たまたま日本史の授業中にあくびをしながら教科書ではなく資料集を開いた時だ。
その船の写真があった。
名前は確か……
「まさかとは思うが、本当に東艦じゃないだろうな?」
眼下の船を見下ろしてそう呟くとドリーが怪訝な顔をして尋ねてくる。
「あずまかん? カイトくん、さっきからこうてつかんって言ったり、もしかしてストーンウォールの同型船の事知ってるの?」
「ストーンウォールだって!? それってあの船の名前か!?」
「え? ……う、うん。そうだよ、ブラックサムズ海賊船団の今の旗艦の名前」
ドリーの言葉に思わず反応してしまった。
ストーンウォール、それは東艦のアメリカ連合国海軍時代の艦名だ。
1861年から1865年の間、アメリカは北のアメリカ合衆国と南のアメリカ連合国に分断し、内戦を繰り広げていた。
人類有史の中ではじめて機械化された近代兵器が主力兵器として使用された、いわゆる南北戦争である。
この南北戦争において北のアメリカ合衆国は装甲艦モニターを、南のアメリカ連合国は装甲艦バージニアを用いてバージニア州ハンプトン・ローズ河口付近で激突。
史上初の装甲艦同士の海戦であるハンプトン・ローズ海戦が起こった。
この海戦によって装甲艦が木造艦より優れている事が証明され、世界各国の海軍はこぞって装甲艦の建造に着手していくようになる。
そんな中、南のアメリカ連合国がフランスに発注し建造されたのが装甲艦ストーンウォールである。
もっとも、当初はスフィンクスという仮の名前が付けられていたが、紆余曲折を経てストーンウォールとなったのだ。
しかし、ストーンウォールがアメリカに到着する頃には南北戦争はすでに終結していた。
そのためストーンウォールは当時開国したばかりの日本に売却される事になる。
とはいえ、これまた当時の日本も新政府軍と旧幕府軍が争う内戦、戊辰戦争の真っ只中であったのだ。
ストーンウォールは当初、江戸幕府に売却されるが、その後の大政奉還、王政復古の大号令、鳥羽・伏見の戦いという流れの中で新政府軍も購入を申し出る。
そのため公平を期すため、幕府側への引き渡しは行われなかった。
しかし戊辰戦争も終盤、新政府軍が優勢となり旧幕府軍が北海道に退却して蝦夷共和国の建国を宣言するとストーンウォールは東艦と船名を変更して新政府軍に引き渡された。
こうして近代日本海軍において、初の装甲艦となったのが東艦なのだ。
明治政府が出来たばかりの頃の日本海軍はかつての各藩が保有していた木造船がメインであったため、装甲艦は少なかった。
そのため甲鉄艦は本来、装甲艦のことを指す言葉であったが、東艦の別名のような言葉として認識されるようになる。
そんな東艦は佐賀の乱、台湾出兵、西南戦争などに参戦した後、常備艦として横須賀港に碇泊し修理を繰り返すうちにそれが常習化する修復艦となるも、1888年には除籍となり解体される事になる。
そう、東艦はとっくの昔に解体されているはずなのだ。
同じく、ストーンウォールの姉妹艦キーオプスもドイツ(当時はプロイセン王国)海軍に売却されプリンツ・アダルベルトとなったが、この装甲艦アルミニウスに続くプロイセン海軍2隻目の装甲艦プリンツ・アダルベルトも船体の木製部分が普仏戦争後に腐敗しはじめたため1871年に運用を廃止、1878年に解体されている。
ちなみにストーンウォールとキーオプスを建造したフランスは、当時のフランス皇帝ナポレオン3世の命によってアメリカ連合国への2隻の売却を禁じた。
ストーンウォールは紆余曲折を経てアメリカ連合国に渡り、日本へ売却される事になったが、キーオプスは未完成の状態でプロイセン海軍に売却される。
これを完成させたプロイセン海軍は1870年に勃発するフランスとドイツの戦争、いわゆる普仏戦争にプリンツ・アダルベルトを投入し、戦争勝利の一躍を担った。
普仏戦争に敗れたフランス帝国は崩壊、フランス共和国となり、勝利したプロイセン王国は同盟を結び戦争に参戦した南ドイツのバーデン大公国、ヴュルテンベルク王国、バイエルン王国と共にドイツ帝国を建国した。
1隻の船が勝敗を分けたわけではないが、フランス帝国がアメリカに売却を禁じた事によってドイツに渡った船がそのフランス帝国を崩壊させ、ドイツ帝国を誕生させたというのは歴史の奥深いところである。
と、それはさて置き、問題は東艦もプリンツ・アダルベルトも地球ではとっくの昔に解体されているということだ。
つまりはレプリカ船でもない限り、あれはもう存在するはずがないのだ。
では、あれは何だろうか?
船名が同じなのは、まぁそういう事もあるだろうで済ませられるだろう。
しかし、外観もまるっきり同じで、この異世界の技術では建造できないとあっては偶然では済ませられない。
考えられるのはただひとつ……「異世界転移」もしくは「異世界召喚」だ。
地球からの異世界転生、異世界転移、異世界召喚によって異世界に来た者たちが地球にいた時の時間と現在の地球の時間が同じでない事はこれまでの経験でわかっている。
最初の異世界で出会った異世界転生者は東日本大震災の津波で命を落としていた。
中国拳法を扱う異世界転生者は天安門事件で命を落としていた。
ならば、1871年か1888年どちらかに解体された軍艦がこの異世界に転移、もしくは召喚されてても不思議ではないだろう。
そして、それの意味するところはつまり……
「いるのか? あそこに……あの船に転生者が……転移者が……召喚者が……」
呟いて思わずニヤリとしてしまう。
ヨハンから奪い、ヨハンに返還した「召喚」の能力。
あれを使えば、恐らくはヨハンでも東艦を召喚できるかもしれない。
しかし、東艦の知識が頭の中にない限り、ヨハンは東艦を召喚できないだろう。
そう、あれを召喚できるという事は東艦の知識を持っているという事だ。
そして、そんな知識を持っているなんて異世界転生者、転移者、召喚者以外ありえない。
これは当たりかもしれない。
「ドリー、東艦……いや、あの船、ストーンウォールに乗ったことはあるか?」
ドリーに尋ねると、ドリーはすぐに頷いた。
「うん、あるよ……だってあれはブラックサムズの船団の旗艦だからね」
「……だったら、あの船の操艦は誰が指導していた? 船の整備の方法も誰かに教えてもらわなきゃできないはずだ。帆船しか知らない人間が動力機関のボイラーの動かし方なんてわかるはずがないんだ」
そう言うとドリーは困った顔をして。
「えっと……カイトくんごめん、私は一度乗船した事があるだけで操艦には携わってないからそのボイラー? ってのは見た事がないんだ。ただ乗って煙臭いなーとは思ったけど……ストーンウォールの操艦方法は代々限られた人間にしか伝授されてないから、ゲスト乗船しただけじゃ船内の機密性の高い区画には入れてもらえないの」
そう申し訳なさそうに言ってきた。
「代々限られた人間にしかって……あの船は随分昔からあるのか?」
「うん、少なくとも船団の旗艦として使い始めてから100年は経ってると思う」
「ひゃ……100年!?」
思わず声をあげてしまった。
仮にストーンウォールが地球から誰かと一緒に転移してきたなら、もうその異世界転移者は他界してる可能性が高い。
同じく召喚した者もだ。
そうなれば、あれはただの異世界転生者、転移者、召喚者の遺産という事になる。
だが……
(いや、この異世界にあの船を持ってきた転移者、召喚者があの船を維持できる人間に再度転生している可能性もある……まだ空振りと決まったわけじゃない)
そう考え、ドリーに再度尋ねる。
「なぁドリー、100年前、ブラックサムズはあの船をどうやって手に入れたんだ? 海賊らしく拿捕したのか? それとも誰かから譲り受けたのか?」
するとドリーは言うか言うまいか迷った後。
「うーん……これはキャプテン・パイレーツ・コミッショナーにとっての最高機密なんだけど……まぁ、いいか! もう私海賊辞めたし! 今はカイトくんの女だし~」
そう言ってドリーは体をすり寄せてきた。
「いや、いつそういう関係になった?」
「もーカイトくん! そう照れなくてもいいのに! ここには邪魔なフミコやケティーにココもいないんだから!」
「……あいつらなら今のこの瞬間にこの場に現れても驚かないけどな」
ため息交じりにそう言うとドリーも渋い顔をして周囲を窺う。
当然ながら、はるか上空を浮遊している自分たちの近くには誰もいるはずがない、せいぜいが海鳥が飛んでるのが見えるくらいだ。
ドリーはため息をつくと。
「まぁ、確かにフミコたちなら怒り心頭でここまでやって来かねないね……カイトくんとのふたりきりの時間を邪魔されたくないし、下手な事はしないようにしよう」
そう言って真面目な顔になった。
「ストーンウォールはね、100年前ブラックサムズがエルフから奪ったその地で手に入れた船なの。他にも似たような船がいくつかあったようだけど、当時のキャプテンの力を使ってもまともに動かせたのがストーンウォールだけだったんだって」
ドリーの言葉に思わず眉を潜めた。
「その地って何だ?」
「聖地だよ……ほら無干渉地帯からは少し離れてるけどハンザ諸王国群に接してる宗教国家がよく言ってるでしょ?」
そう言われても、自分はこの異世界の宗教についての知識はほとんどない。
ギルド活動をする上で知らなくても支障がなかったからその当たりの事は後回しにしていたからだ。
しかし、この異世界の宗教の聖地をキャプテン・パイレーツ・コミッショナーが支配しているのか?
なんだか面倒な歴史が調べたら出てきそうだな……
「そうか、聖地か……でもなんで聖地に船がいくつもあるんだ? その聖地ってもしかして造船所か何かか?」
「まさか、船以外にも見た事もない武器や使い方がわからない道具も沢山あるよ。それこそ、カイトくんが使ってるような道具とかね」
「なんだって!? それは本当か?」
「うん、でも使い方がわからないからほとんどが放置されてるけどね……キャプテン・パイレーツ・コミッショナーが持ち出して使ってるのはごく僅かだよ。それもブラックサムズのキャプテンが扱えるようにしたものだけだけどね」
ドリーはそう言ってはるか真下の海を航行するストーンウォールを見る。
そこにブラックサムズのキャプテンが乗っているという事なのだろう。
まぁ、海賊船団の旗艦なのだから当然だろうが……
「扱えるようにしたって言ってたけど、ブラックサムズのキャプテンは見た事もない武器や道具を直したりする能力があるのか?」
「うーん、扱えるようにするというか……触れたら扱い方がわかる? みたいな感じらしい。これは貴族と同じく、代々ブラックサムズのキャプテンに引き継がれる能力なんだけど、武器や道具に触れたら手が光るんだよね。そしたら扱い方がわかって、それを他の人に伝える? みたいな感じ」
ドリーはそう言って首にかけていたマジックアイテム『水の精霊石』を見せてくる。
「このアイテムもキャプテンから扱い方教えてもらったものなんだ。まぁ、これはブラックサムズの始祖サミューの血を引く者なら誰もが生まれた時に渡されるから、本来なら扱い方を物心つく前に知ってないとダメなんだけどね……私、サミューの子孫の中では覚えが悪い方だったから、ははは」
そう言って笑うドリーを見て、何と声をかけようかと思い、今の発言で思考が止まった。
そして確認する。
「ん? ちょっと待ってドリー、今サミューの子孫って言わなかったか?」
するとドリーは。
「うん、言ったよ。あれ? もしかしてこの事言ったのはじめてだったっけ?」
そう首を傾げて言ってきた。
「いや、初耳だし! ていうかサミューの子孫ってブラックサムズのキャプテンはサミューの血を引く者しかなれないんじゃなかったっけ? もしかしてドリー、将来のブラックサムズのキャプテン候補だったりするのか!?」
思わず叫ぶとドリーは困った顔で笑いながら。
「まっさか~! 言ったでしょ? サミューの子孫の中では覚えが悪い方だったって。それに私はサミューの子孫ではあるけど、今のキャプテンからみればはとこだよ? 正直、直系の血筋と見なされてるかも怪しいかも」
そう言った。
ドリーはそう言うが、そういった血筋の者ほど、何かあった時トップに祭り上げられたりするものじゃないだろうか?
つまりは今後海賊たちの間で内ゲバがあった時、ドリーを擁立しようというグループが出てきても不思議じゃない。
そして、そうなった時、そいつらはドリーを奪還しようと自分達に攻勢を仕掛けてくるだろう。
(まぁ、何にせよ。今後はドリーの周囲にも気をかけないといけないな)
そう思いながらドリーに尋ねる。
「そうか……ところでドリー、そのキャプテンの能力は代々引き継がれるものなのか? 例えば、生まれた時から持ってるとか、キャプテンとなった時に先代から譲渡されるとか」
「うーん、どうなんだろう? そこはわからないかな? 先代のキャプテンは先々代からキャプテンの地位を譲り受けてから能力を使い出したって話だけど、今のキャプテンはそうでもないし……」
つまりは今のキャプテンは生まれた時からその能力を保有していた。
歴代のキャプテンは地位と一緒に能力を譲り受けていた節があるが、今のキャプテンは違う。
もちろん、歴代のキャプテンはキャプテンになるまで能力のことを隠していた可能性もある。
だが、そうでないならば今のキャプテンは歴代のキャプテンと違い、特別だ。
それすなわち、異世界転生者の可能性が十分に考えられる。
思わず口元が歪んだ。
(この世界のものではない武器や道具が大量にあるっていうその地というのも気になるが……まずはブラックサムズのキャプテンが転生者かどうか鑑定眼で確認すべきか)
そう考え、眼下の海賊船団を見る。
まずはキャプテンとやらの姿が拝める場所まで降下して近づく。
そう思った時だった。
海賊船団の1隻、複数のマストと帆を備えた中型船で何かが光った。
すると、その他の大型船や小型船からも次々と何かが光り出す。
なんだろう?と思ったが、すぐにドリーが慌てだす。
「あわわわわ!! ま、まずいよカイトくん!! たぶん私たちの事バレた!!」
「何!? じゃあ今の光って!?」
「間違いなく飛行迎撃魔法!! はやく逃げないと墜とされるよ!!」
ドリーはそう言うが、時すでに遅し、はるか真下の海上を航行する海賊船団から撃ち放たれた無数の飛行迎撃魔法が自分たちへと襲いかかってきた。




