キャプテン・パイレーツ・コミッショナー(10)
ヨハンとビルの戦いはヨハンがやや押される展開となった。
とはいえ、ビルがヨハンを圧倒しているというわけではない。
実際ビルが扱う海賊刀は戦いが始まってすぐにヨハンが召喚した魔剣によって粉砕されている。
しかし、ビルはそもそも海賊刀を使って戦う事がごく希であり、海賊刀を失っても本人にとっては痛手でも何でもなかった。
何せビルは基本的に体術を使って戦うタイプであり、海賊刀も一様所持しているだけといったお飾りの装備品なのだ。
だから失ったところでビルが困る事はない。むしろ身軽になったといわんばかりだ。
そしてビルはその右手に「制圧の腕輪」を装備している。
「制圧の腕輪」は本来、自分より弱い魔物の動きを制限するマジックアイテムであるが、ビルはさらに左手に「制圧の腕輪」の能力を拡張させるマジックアイテムである「増強の腕輪」も装備していた。
この「増強の腕輪」によって、本来は自分より弱い魔物にだけ効果を発揮するはずの「制圧の腕輪」の有効範囲を魔剣や聖剣といった武器にまで拡大しているのだ。
おかげでヨハンが召喚で取り出した武具はほとんどが無効化されてしまっていた。
(くそ! 本当に厄介なマジックアイテムだな制圧の腕輪と増強の腕輪ってのは! これじゃ能力がほぼ封じられたのと同じじゃないか!)
ヨハンは心の中で舌打ちしてビルを睨む。
鑑定眼で覗き見たビルのステータス値はどれもヨハンよりも高く、制圧の腕輪の発動条件である「自分より弱い」という項目はバッチリ当てはまってしまう。
これでは現状、何を召喚しても無効化されてしまうのがオチだ。
かと言って無理に自分よりもレベルが高い魔物や魔装備を召喚した場合、かつてのように制御できずに暴走させてしまう危険がある。
それでたとえビルを倒せたとしても、その後はこの村も道連れに破滅へ突き進む未来しかない。
そんな事はできない……ミラを失った時の失敗を繰り返すわけにはいかない。
そうなれば残る手段はひとつだけだ。
MP-446 バイキングで制圧の腕輪か増強の腕輪のどちらを撃ち抜いて破壊するか、ビル本人を撃ち殺すかだ。
ヨハンはMP-446 バイキングを手に取ってビルへと弾丸を撃ち放つ。
しかし、ビルは体術を使って戦うタイプの海賊であり、身体能力は並外れたものがあった。
なのでヨハンの銃撃をのらりくらりとかわす。
ヨハンはビルの体術の間合いから離れ、ビルへと銃撃を行うがすぐにMP-446 バイキングの銃弾が尽きてしまった。
MP-446 バイキングの装填弾数は18発。拳銃の平均的な装弾数であるとはいえ、素人が無駄に連射していればすぐに撃ち尽くしてしまう。
特にヨハンは先の備蓄倉庫に群がっていた海賊たちの注意を自分に向けるため無駄弾を2発使っている。
そしてヨハンは予備弾倉をリエルから渡されていない。
つまりは射撃訓練をした事がない素人がたった16発で並外れた身体能力を持つ相手を撃ち抜かなければならなかったのだ。
そんな事、余程の幸運に恵まれない限り普通に考えて不可能だ。
そしてヨハンは幸運には恵まれていなかった。
弾を撃ち尽くしたヨハンはそれでもMP-446 バイキングを構えてビルを睨み付けるが、ビルは余裕たっぷりに首をゴキゴキと鳴らす。
「うっふ~ん。どうやらその奇妙な鉄砲……マジックアイテムかしら? そいつはもう機能しないようね? 抵抗はここまでかしらん? 残念、坊やはここまでよ。でも、頑張ったほうだわ、褒めてあげる。えらいえらい。ご褒美に斬首島に連れ帰ってたっぷりかわいがってア・ゲ・ル」
ビルはそう言ってウインクして投げキッスをしてきた。
筋肉ムキムキマッチョマンなおっさん海賊にされても嬉しくもなんともない、むしろ身の毛のよだつ行為であるが、ヨハンはこれを鼻で笑う。
「ふざけるなよ海賊! 抵抗はここまでだ? まだ勝負は終わってない!!」
ヨハンはそう言って周囲を確認する。
備蓄倉庫の近くにも爆薬は仕掛けてあったはずだがどこだろうか?
ヨハンはずっと小高い丘陵地の上に建つ元羊飼いの家の周囲や建物の中での作業ばかりして村には足を踏み入れていなかった。
なのでどこに何が仕掛けられているのか把握していないのだ。
(くそ! せめてここに来る前にリエルに聞いておくべきだったな)
ヨハンはインカムをつけていない。
そしてポケットにしまっているスマホを取り出してリエルと連絡を取る時間をビルは与えてはくれないだろう。
かくなる上は倒れている海賊たちの武器を奪ってそれで戦うか?と思ったその時だった。
上空から2機のドローンが急降下してくる。
そして……
『ヨハン!! ちょいと口塞ぎや!!』
ドローンからリエルの声が響いた。
拠点内、警備コントロール室。
村の中に設置した監視カメラの映像やドローンの空撮映像、無人戦闘車両に搭載した車載カメラの映像を見ながらリエルが海賊たちの動向を監視していた。
そして、必要に応じて爆薬や地雷を起爆させるが、そんなリエルの横でモニターに映し出される村の様子をリーナとエマが心配そうに見つめていた。
特にエマは両手を握って、ある一箇所を映し出したモニターをずっと注視している。
そのモニターが映し出しているのは村の備蓄倉庫の近くに設置された監視カメラの映像だ。
そして、今はヨハンとビルの戦いが映し出されている。
心配そうにモニターを見つめるエマにリエルが声をかける。
「ヨハンのこと心配そうやな?」
「な!? べ、別にあんなやつ心配してないし! 村のみんなが心配なだけだし!」
「ははは、エマちゃん意地はらんでもええのに。ツンデレやな」
「何よそれ! 意地なんかはってないし!!」
怒るエマにリエルは笑いながらある提案をする。
「ははは、まぁ、そんなに心配やったらヨハンの手伝いしてみるのもええかもな?」
「え? どういう事?」
「ドローンを1台、ヨハンの元に向かわすわ。あと、この部屋にある予備のドローンも1台向かわせてもええで? それをエマが操作するんや」
そう言ってリエルは壁際の棚の上に置いてあるドローンを指さす。
それを見てエマは戸惑った表情をする。
「で、でも……」
「なんや? 操作が心配なんか? 心配せんでええで? そこら辺はリーナちゃんが詳しいさかい、聞いたらええし、サポートしてもろうたらええ」
リエルがそう言うとリーナが満面の笑顔を頷く。
「うん! やろうエマ! わたし全力でサポートするから!! ティーくんも手伝ってくれるよ!!」
「いやいやリーナちゃん、TD-66はここの防衛に専念してもらわなあかんから」
リーナの言葉に、しかしリエルが即座に反応した。
リエルはTD-66はここの防衛に専念するため、あくまでリーナだけがサポートすると考えていたのだ。
しかし。
『いえ、演算処理の一部をドローンに移してサポートする事は可能です』
地下室で待機しており、ここにはいないTD-66が音声を送ってきた。
「いや、何言うてんの! それでここの防衛に支障でたらどうすんの!?」
『問題ありません、お嬢様を守るのがわたくしの勤めです。この場所は何が何でも死守します! ですが、お嬢様が望まれるのであれば、支障のきたさない範囲でのサポートは可能です』
TD-66がそう言うと壁際の棚に置かれていたドローンが起動する。
それを見てリエルはため息をつくと。
「まぁ、TD-66が問題ない言うなら信じるしかないな……そんならこれをヨハンの元に運んでもらわんとな」
そう言って立ち上がり、室内にある金庫の前に向かうとロックを解除し金庫を開ける。
そして中からMP-446 バイキングの予備弾倉を2つ取り出し、起動したドローンの底に取り付ける。
「ヨハンは拳銃の扱いは素人や、すぐに撃ちつくして弾切れ起こすに決まっとる。せやからこれを届けたってや」
リエルがそう言ってエマにドローンのコントローラーを手渡す。
エマはコントローラーを持って大きく頷いた。
「うん!わかった!! これをあいつに届ける!! あいつをサポートする!!」
急降下してきたドローンからリエルの声が響いた直後、ドローンから今度はエマの声が響く。
『ヨハンのバカに手を出すなこの海賊!! これでもくらえ!!』
そして急降下してきたドローンがビルに向けて催涙ガススプレーを噴射した。
「な、なに!? なんなのこれ!? ゲホゲホッ!!」
催涙ガススプレーをあびてビルが怯んだ隙をついてドローンがヨハンの前まで降下してくる。
そして。
『ヨハンこれ受け取って!』
「その声、エマか!? もしかして助けにきてくれたのか?」
『か、勘違いしないでよ!! ここでヨハンがやられたらマスターのお兄さんたちが戻ってくるまでの間、村を守る人がいなくなっちゃうでしょ!?』
『もうエマ、素直じゃないんだから』
『ツンデレすぎんでエマちゃん』
『ちょっとふたりとも!! そんなんじゃないから!! とにかく!! これを受け取って!! その銃の予備のマガジン? だって』
ドローンから騒がしくエマ、リーナ、リエルのやり取りが聞こえた後、ドローンの底部から予備弾倉が2つ飛び出してきた。
それをヨハンは受け取る。
『装填の仕方はわかってるの?』
「あぁ、リエルからのメッセージでそれはわかってる」
『ふ、ふーん……そうなんだ』
『あぁ、そういえば使い方さっきメッセしたっけ。エマちゃん堪忍な? 使い方教えてあげたかったやろうけど、まぁ戦闘中やし許したってや?』
『だからそんなんじゃないです!!』
『ははは』
ドローンから相変わらず騒がしいやり取りが聞こえるが、ヨハンに予備弾倉を渡す役割を終えたドローンは再び上空へとあがっていく。
『とにかくマガジンは届けたからね!! 可能な限りわたしもサポートするから負けるんじゃないわよ!!』
ドローンから響いたどんな声を聞いてヨハンは小さく笑う。
「まったく……ミラ、君の妹に助けられたよ。本当なら、残されたあの子を僕が守らないといけないはずなのにな」
そして空になった弾倉をMP-446 バイキングから外して、受け取った予備弾倉を装填する。
銃身をスライドさせ、MP-446 バイキングを構えてヨハンは顔をあげてビルを睨む。
「ここまでされちゃ、エマのためにも絶対に負けられないじゃないか!! そうだよなミラ!!」
そして、催涙ガススプレーをあびて悶えているビルへと銃口を向ける。
照準を定め、引き金に指を置いた。
2台のドローンが催涙ガススプレーを浴びせ続けているおかげでビルはヨハンから注意が削がれていた。
そんなビルへとヨハンは引き金を引いて弾丸を放つ。
「くらいやがれ海賊!!」
放たれた弾丸はビルの額へと吸い込まれ、脳天をブチ抜いた。
そして、ビルの体はそのまま地面へと倒れ込んだのだった。




