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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
12章:定例クエストをこなそう!

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ラスノーフ監獄脱獄大作戦(4)

 ドルクジルヴァニア郊外の月夜が照らす夜の草原。そこでは今、静寂とは程遠い魔法が交錯する戦闘音が轟いていた。


 ギルド<ヴォイヴォダ>のギルドマスター、ハドリー・ミクローシュが放つ土の系統魔法。

 これが中々に難儀だった。


 系統魔法は基本的に自身の系統以外は使用できない。

 ところが、熟練した使い手になれば応用次第で他系統の真似事ができるようになる。


 この異世界がどれだけ化学反応式を理解しているかは不明だが、貴族(メイジ)は自身の系統でできない事を化学反応を応用して実行する。


 元より亜人の扱う自然魔法と違って人間の扱う系統魔法は貴族(メイジ)しか使えない。

 そんな彼らは幼い頃よりお金持ちのお貴族様たちのみが通うことができる魔法の基礎を学ぶ教育機関に通う。


 まぁ、この異世界の系統魔法は血筋にしか引き継がれない類のものであり、平民が魔法など使えるわけないのだから貴族だけが通うことができるのは当然なのだが、おかげで平民は化学反応というものを学問として学ぶ機会はほとんどない。


 さらにドルクジルヴァニアのある無干渉地帯はどこの国にも所属しない、いわゆる貴族の領主様が存在しない土地だ。

 確かにドルクジルヴァニアはギルドの街であるため、流れ者の中には家を追い出された、破門になった、お尋ね者になった、家出してきたという元貴族も多くいるが、基本的に貴族社会の情報は入ってこない。


 だからドルクジルヴァニアや無干渉地帯にいる人間の多くは系統魔法は4つの系統以外は使えるわけがない、放ってこないと思い込んでいる。


 そういった常識の中にいると、土系統の元貴族(メイジ)がふいに土以外の魔法を放ってくると驚いて硬直してしまう。

 そして、それが命取りとなるのだ。


 だが……


 「まったく、きみはぼくの魔法を見ても驚かないんだね? ここの人間にしては珍しい」


 そうハドリーは言って杖変わりの警棒を振るって詠唱し、魔法を放つ。

 放たれたのは土系統の魔法ではなく発火の魔法だ。


 これを魔術障壁で防ぎ、こちらもエアカッターを放つ。


 「いやいや、これでも驚いてるよ? 正直、土の系統魔法っていうんだから注意すべき点は限られると思ってたんだけど、どうにもそうはいかないみたいだしな!」


 そう、正直ハドリーが何を仕掛けてくるのか予想が立てづらかった。

 自分は理系はからっきしなので化学反応式をいまいち理解していない。


 地球を旅立ってからというもの、知識として必要だろうと多少勉強はしているが、さっぱり頭に入っていない。

 奪った能力のおかげで、脳内で知恵を絞らなくても化学反応を応用した技が反射的に使えたりするが、自分で一から考えて組み立てようとすると、どうしてもうまくいかなかった。


 つくづく、自分は文系脳なのだと思い知らされる。

 だが、それを嘆いたところでどうにかなるわけではない。

 今は目の前の事に集中しよう。


 看守たちや脱獄少女7人にフミコ、ココ、TD-66が自分とハドリーの戦いを見守っていたが、そうこうしているうちに徐々に空が明るくなってくる。


 いつの間にか夜明けが訪れようとしていた。


 (まずいな……完全に朝になると、いくら郊外とはいえこれ以上の逃走は不可能になる!)


 焦りから攻撃が単調になるが、それはハドリーも同じであった。


 いくら化学反応で土以外の系統にアプローチをかけようとも、系統魔法は結局のところ使用するのに精神力(オド)を消費する。

 精神力(オド)が減ってくれば魔法は使用できないし、精神力(オド)が減ってくるという事は集中力が途切れ出すという事だ。

 そんな状態で頭をフル稼働させて化学反応式を考えられるわけがない。


 自然とハドリーの攻撃は単調な土の系統魔法のみとなっていった。

 そして……


 「く……ぼくとした事が……もう精神力(オド)が……」


 そう悔しそうに呟いて、その場で片膝をついた。

 息切れしているのか、ハドリーは肩で息をしており全身汗だくであった。


 ハドリーがそうした事に看守たちは驚き、ざわつきだす。

 何せ、それはハドリーが負けたという事だ。


 そう、勝負はついた……

 とはいえ、こちらも疲労困憊なのは否めない。


 「まったく……秘奥義も混種能力も使ってないのに相当きついぞ」


 呼吸を整えてウエストポーチから回復薬の瓶を取り出して飲み干し、瓶を適当に横へと放り捨てる。

 そしてハドリーへと近づいていき、ウエストポーチから万能薬が入った瓶を取り出してハドリーへと渡した。


 「ほら、これ飲めよ。たぶん疲労だけじゃなく精神力(オド)も回復するはずだ」

 「はは、ありがとよ……まったく、敵から塩を送られるとは情けない」


 ハドリーはそう言って万能薬を受け取ると地面に座り込んで一気に飲み干す。

 そして、その飲み心地に驚き目を見張る。


 「ふぅ……なんだこの薬、この手にしては中々美味しいじゃないか!」

 「そりゃどうも。まぁ、飲みやすいように調合工夫してるからな」

 「これ、きみが作ったのか?」

 「あぁ、錬金術でな」

 「まじか……錬金は土の系統魔法のオハコだぞ? きみ、風の系統とばかり思っていたが」

 「はは……」


 そりゃそう思わせるためにラスノーフ監獄内からずっと、わざと風の魔法しか使わなかったからな。

 しかし、それを口に出す事はしなかった。


 ドルクジルヴァニアには地球以外からの転生者も多く、実際のところドルクジルヴァニアにこの異世界のルールは完全に当てはまらない。

 だからハドリーも、複数の系統魔法を使いこなすやつがいても不思議には思わないはずだ。


 だが、仮にも街の治安などを司るギルド<ヴォイヴォダ>のギルドマスターにそれを言えば面倒な職質ならぬ尋問が待っているだろう。

 だから笑顔で濁す事にした。


 というか、ギルド<ヴォイヴォダ>は街の中にスパイがいないかなどの調査や監視を行っており、当然ながらユニオンに登録されているすべてのギルドの内偵も行っているはずだ。

 自分がこの異世界でいうところの複数の系統魔法を使いこなしていると知っていてもおかしくないはずだが、まぁ正面切って聞いては来ないだろう……

 腹の探り合いというやつだ。


 「ま、こいつがまた欲しいって言うならいつでも言ってくれ。特別に格安で売ってやる」

 「おいおい金を取る気か? 商魂たくましいな……」

 「当然だろ。まぁ、うちじゃなく提携してる商業ギルド<トルイヌ商会>からのお買い上げって形になるがな」

 「あぁ、提携してる商業ギルドと売り上げの取引でもしてるのか?」

 「ま、そんなとこだ」


 そう言うとハドリーは自分の手を掴んで小さく笑って立ち上がる。


 そんな自分とハドリーが会話している様子を脱獄少女7人は戸惑いの表情で見ていた。

 無理もない。

 何せ、彼女たちからすればハドリーは自分達を捕らえに来た人間だ。


 そんな相手と彼女たちを逃がすと言った自分がいがみ合わず会話しているのだ。

 一体どういう事だろう?と不思議に思って当然である。

 ただ1人、目を輝かせ涎を垂らしながら鼻息荒く「何この尊い光景! ……高まる! 妄想が唸る!」とブツブツ呟いているソラを除いて……


 「な、なぁ……どうなってんだ?」


 思わず海賊少女のボニがフミコに尋ねるが、フミコはため息をつくと。


 「どうもこうも、不思議に思わなかったの? かい君とあいつが戦っている間、看守達が何もしてこなかった事に……」


 そう言って看守達を指さした。

 当の看守達はニヤニヤ笑いながらこちらにサムズアップしてくる。


 「本気であなた達を捕らえる気ならかい君の注意があいつに逸れてる間に捕らえにきたはずだよ? でもそれをしなかった……なんでだと思う?」


 そう言われて脱獄少女たちは戸惑いの表情を浮かべる。

 そんな彼女たちを見てフミコはため息をついた。


 「かい君、事前にギルド<ヴォイヴォダ>と話をつけてたんだよ。監獄から囚人が脱走した際の訓練をやらないか? って。その脱獄する囚人役があなた達だったってわけ」


 フミコの言葉に、しかし脱獄少女たちは理解が追いついていなかった。


 そう、今回の事は日中にギルド<ヴォイヴォダ>と話し合った訓練の内容に沿ったものだった。

 囚人がラスノーフ監獄の地下へと逃れ、下水道を逃走する。

 それを看守側は待ち受けるというものだ。


 しかし、最初から細かい内容まで決まっていてはやったという形だけの訓練になってしまう。

 だから、自分たちが脱獄犯の逃走を手助け、進行通りの訓練にならないアドリブを付け加える。


 そして見事、ギルド<ヴォイヴォダ>から逃げ切れれば彼女たちを解放するというものだった。


 「そ……そんな内容、よく監獄側が飲んだわね」


 脱獄少女たちは話を聞いて驚いたが、そんな彼女たちのもとにハドリーが歩み寄っていく。


 「もちろん、タダで解放するわけじゃないさ。きみたちにはこの腕輪をつけてもらう事になる」


 そう言ってハドリーは脱獄少女7人の右腕にある腕輪を取り付けていく。


 「これは?」

 「制約の腕輪だ。仮にもきみたちはユニオンの敵対組織の人間だからね。保険はかけておかないと」


 そう言ってハドリーは腕輪に制約を課す。

 それは今後、ユニオンに直接害をなす行為は禁止するというものだった。

 しかし、その制約に海賊のボニは眉を潜める。


 「ユニオンと敵対してる組織の人間に課す制約にしてはユルくねーか? 直接はダメって事は間接的な事はOKって話になるだろ?」


 それはその通りなのだが、ハドリーは肩をすくませると。


 「まぁ、あまりきつく縛りつけすぎると、今度はきみたちが元の組織に帰れなくなるだろ? これは最低限の譲歩というわけだ。こちらとしても情報を吸い上げてないのに何もなしで解放はできないからね?」


 そう言ってこちらを見てきた。

 なので後を引き継いで話を続ける。


 「ユニオンとしても、君たちが今後敵対行動を取らなければ、追いかけて何かするつもりはないって事だ。でも君たちがそれぞれの組織に帰る以上はユニオンと対峙する可能性は当然ある。その時、君たちが矢面に立たなければいいってだけの話だ」

 「そんなの、組織に戻ってから今後どうなるかなんてわからないだろ?」

 「まぁそうだろうな? だから、制約の腕輪をどうするかは君たちの判断に任せる。組織に戻って腕輪を解除するもよし。制約に従って、直接的な対峙はしないもよし。要はこの場において君らを解放するための方便なんだ」


 そう言うとボニは困惑した表情になった。


 「なんでボクらにそこまでするんだ? 敵を逃がして……そんな事してもあんたに得なんてないだろ? むしろマイナスじゃないのか?」


 そう聞いてくるボニに。


 「そんなの決まってるだろ? 俺がただ助けたかっただけだ。ベルシから解放された君たちがユニオンの敵対組織の人間ってだけで、まだ何もしてないのに、よく知りもしないのにただそれだけで処刑されるのが気にくわなかっただけだ。ただそれだけだよ」


 笑ってそう答えた。


 「そうか……」


 その答えをボニがどう思ったかはわからない。その他の少女たちも同様に……


 だが、脱獄少女7人は制約の腕輪が自分達の腕から外れない限りは組織の方針でもできる限りユニオンとは敵対しない。

 そう誓ってその場から立ち去っていった。


 彼女たちがどこへ向かったのか、看守達は確認しようとはしなかった。

 自分とフミコ、TD-66も同様に。


 これにてラスノーフ監獄脱獄大作戦は幕を閉じたのである。




 しかし、最後にソラはこちらへと走って戻ってくると。


 「カイトさん!! ハドリーさん!! 感動しました!! おふたりの友情のバトル、尊みの極みでした!! 是非ともお二人の物語を……グヘヘ! か……書くことをお許しください!!」


 そう鼻息荒く興奮気味に言ってきた。


 「やめろ」


 なので速攻で拒否った。


 ちなみに、この日から数日後……なぜかドルクジルヴァニア市内で囚人を監獄に搬送する輸送隊の隊長と看守とのホモホモしい関係を描いた……おっと失礼、BL小説的な本が出版され、ドルクジルヴァニアの町娘たちの間で大ヒットしたという……


 まさか、な……

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