ラスノーフ監獄脱獄大作戦(3)
ドルクジルヴァニア地下大迷宮の中に爆発音が轟いていた。
その爆発音は一定間隔で発生し、その度に天井や壁が微振動を起こし砂埃が通路を覆い。壁や地面を這いずり回る害虫がカサカサカサと一斉に逃げ出していく。
そんな通路を自分と脱獄少女7人は必死になって走り抜けていた。
「い、いやぁぁぁぁぁ!!!」
「ちょっと!! どうなってんだよここ!?」
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!」
「あぁぁぁぁぁ何なのよあれ!! やだもーーー!!!!」
そう叫ぶ彼女たちの後ろからは通路内をギリギリ転がれる巨大な大きさの丸い岩が転がりながら追跡してくる。
通路ギリギリの大きさのため、壁に張り付いてやり過ごす事もできない。
尚且つ、その丸い岩は大きさ以上にその表面にギガローチJrや巨大な紙魚が大量に張り付いており、そんなものが表面にうじゃうじゃ蠢いている岩にぶつかられた日には肉体的にも精神的にも死を迎える事間違いなしだ。
そんなわけで7人の脱獄少女たちは涙目になって必死で全力疾走しているわけだが、彼女たちに気を配っている余裕はない。
何せこっちも必死だ。
彼女たちの先頭を走る自分はインカムで誘導を受けながら迷路のような入り組んだ道を駆け抜けている。
そして、先導役として先頭を走る以上避けられない、前からやってくる敵への対処も同時に行っているのだ。
『カイト、次の角を右やで! そんで真っ直ぐや!』
『マスター、そこを進むと敵が真正面から来ます! 数は2』
『川畑くん、多分その通路に反応地雷設置してるから気をつけて!』
インカムからリエル、リーナ、ケティーの声が同時に聞こえてくるが、せめて順番に言ってほしい。
自分は聖徳太子ではないのだ、いっぺんに言われても理解できるわけがない。
「何だって!? あーもー! だからさっきから同時に言わないでって言ってるじゃん!! 右に進めばいいのか? で、その先に何があるって!?」
思わず叫んで聞き返すが、インカムの調子が悪いのかザーザーとノイズ音がするだけだ。
まったく、このインカム受信感度悪すぎないか?
そう思いながら角を右に曲がったところで、通路の先にトンファーを持った看守が2人待ち構えていた。
「来たぞ!!」
「捕まえろ!!」
それを見て、自分の後に続く7人の脱獄少女はさらに悲鳴をあげる。
「ちょっと、さっきからなんか見つかりすぎなんですけど!?」
「脱獄ってここまで看守にエンカウントしていいものなの!? てかなんで看守が下水道で待ち構えてるのよ!?」
そう不満をブチ撒ける彼女たちだが、こればっかりは仕方がない。
何せ、これはそういうものなのだから……
「あぁ、くそ!! まさかとは思うがリエルのやつ、わざと看守たちがいる通路に誘導してないだろうな!?」
そう叫びながら右手を前にかざす。
「吹き飛べ!! エアハンマー!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
「がぁぁぁぁ!!」
右手から放たれた風圧を飛ばす風の魔法がトンファーを持った看守2人を勢いよく吹き飛ばす。
一様は手加減をしたつもりだが、吹き飛んだ看守2人がそのまま壁に激突。
そしてそこにはケティーが仕掛けていた反応地雷が設置されており、大爆発が発生する。
さきほどからこれの繰り返しであった。
オートシールドモードのおかげでこちらに被害はないが、なんでいつもエアハンマーで吹き飛ばした看守達が運悪くケティーが設置した反応地雷にぶつかるのだろうか?
疑問に思うが、今は立ち止まって考えている余裕はない。
何せ背後からは害虫まみれの丸い岩が勢いよく転がって追いかけてきているのだから……
足を止めたり、転けたり、スタミナ切れでスピードが落ちれば最後、害虫まみれの岩とぶつかってもれなく不快な生物に呑まれてしまう。
だからこそ、(色々な意味で)死にたくなければひたすらに走り続けるしかないのだ。
「もう!! いつまで走ればいいのよ!? 出口どこ!? はやく地上に出たい!!」
「いやーーーーー!!!! 害虫まみれになるのだけはいやーーーーー!!!!」
脱獄少女達は泣き叫ぶが、それでどうにかなるわけではない。
リエルに誘導されうがままに通路を走り抜け、リーナからの報告で敵をさきに察知してエアハンマーでぶっ飛ばす。
そして看守が反応地雷にぶつかって大爆発。
これを幾度も繰り返し、ようやく下水道を抜け地上へと……ドルクジルヴァニア郊外へと出られる出口付近にやってくるが……
『マスター、出口に大量の敵の反応があります!』
「だろうな!!」
予想通り、出口は待ち伏せされている。
なのでここはショートカットだ。
「ココ!! 頼んだ!!」
叫ぶとインカムからココの声が聞こえてくる。
『はい、カイトさま!! ココにお任せです!! はぁぁぁぁぁぁ!!』
直後、もの凄い衝撃音がして少し先の通路の天井が崩落した。
地上でココが地面を思いっきり殴り、下水道へ通じる穴を開けたのだ。
ココによって崩落したその天井を見上げれば綺麗な満月が浮かぶ夜空を見る事ができた。
「よし!! 機械の騎士さん!! 頼んだ!!」
天井が崩落した地点まで走っていき、そこを自分はそのまま通過する。
直後、光学迷彩を解除したTD-66が姿を現した。
『お任せくださいマスター』
自分の後に続いて走ってきた脱獄少女7人は突然目の前に現れたTD-66を見て驚愕の表情を浮かべるが、しかし彼女たちはすぐには止まれない。
勢いそのままにTD-66へと突っ込んでいくが、しかしTD-66は素早くしゃがむと床に手をつき、脱獄少女7人がギリギリ収まる範囲の床を一気に持ち上げる。
「は!?」
「な、何!?」
「わわわわ!?」
驚く脱獄少女たちを気にせず、TD-66はそのまま彼女たちが乗った床を前へと放り投げる。
『は!!』
脱獄少女7人は涙目で一気に崩落した天井の先、夜空へと放り出された。
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
「なんなのこれーーーー!?」
「こういうの先に言ってよぉぉぉぉぉぉ!?」
崩落した天井の先、外へと逃れた彼女たちの悲鳴と不満の声が聞こえるが今は無視しよう。
何せ、すぐに対処しなければならない事が残っているからだ。
TD-66が脱獄少女7人を床ごと放り投げた直後、後を追うように害虫まみれの巨大な丸い岩が物凄い勢いで転がってやってくる。
それを見て素早く右手をかざし叫ぶ。
「フミコ!! 機械の騎士さん!! いくぞ!!」
すると、TD-66の背後からフミコが飛び出し枝剣を構える。
「任せてかい君!!」
『了解ですマスター』
フミコはそのまま枝剣から6匹の緑色の大蛇を放ち、TD-66も右肩に装着したオプションパーツであるアタッチメント型バケットクラッシャーを転がり迫る害虫まみれの巨大な丸い岩へと放つ。
「砕け散れ!! エアクラッシャー!!」
そして自分も2人に続いて強力な風魔法を放った。
これらの攻撃によって迫っていた巨大な丸い岩は表面に大量に張り付いていた害虫もろとも木っ端微塵に砕け散った。
「ふぅ……とりあえずは一段落かな? はぁ……疲れた」
そう言って額の汗を拭う。
するとフミコが水筒を持ってこっちに駆け寄ってきた。
「かい君、お疲れ様! お茶飲む?」
「あぁ、もらうよ。って言ってもまだ終わったわけじゃないんだけど」
そう言いながらフミコから水筒を受け取って飲んでいると。
「きゃぁ!!!」
崩落した天井の先、地上から悲鳴が聞こえた。
「っ!!」
「かい君!!」
「あぁ、わかってる!!」
フミコに水筒を返し、素早くジャンプしてそのままTD-66の肩を蹴り更に飛翔、崩落した天井の先の地上へと飛び出す。
そこはドルクジルヴァニア郊外の月夜が照らす夜の草原であった。
そんな夜の草原に脱出した脱獄少女7人をトンファーを構えた複数の看守が取り囲んでいた。
絶体絶命のような状況だが、しかし脱獄少女7人を取り囲んだ圧倒的優位であるはずの看守達が彼女達を拘束しないのは理由があった。
それは彼女達の前に立ち塞がっているココだ。
看守達はココが地面をぶん殴って下水道に通じる穴を開けた光景を目撃している。
あんなもの見せられては、まともにココと戦おうとは思わないだろう。
だからこそ、看守達はココがいるせいで脱獄少女7人を拘束する事ができないのだ。
そんな膠着状態の場へと自分は降り立つ。
自分の登場にココは表情を緩めて。
「カイトさま! ちゃんとココ言いつけ守ってますよ! 褒めて褒めて!!」
そう緊張感なく言ってきた。
「あぁ、えらいぞココ! でもまだ終わってないから最後まで気を抜かないようにな!」
「はい! わかってますよカイトさま!」
本当にわかってるのかわからない返答をココはしてきたが、今は気にしないでおこう。
とにかく、この状況を打破しないといけない、ケティーが仕掛けた罠になんとか誘導しないと……
そう思った直後だった。
「残念だけど、ぼくたちをトラップに誘導しようと思っても無駄だぜ? 君たちが事前に準備していた罠は撤去されてもらったからさ」
そう言って闇夜の草原の先から誰かがこちらへと歩いてきた。
その声を聞いて看守達は一斉に姿勢を正す。
「いやー、随分と念入りにトラップを隠していたけど探知と解除の魔法『リムーブトラップ』を使えばなんてことはない、ぼくの前では子供だましにもならないさ」
こちらへと歩いてきた誰かはそう言って、その身を月明かりで照らし、こちらに自らの姿を晒す。
軍服、もしくは貴族の礼服のような服を着たその者はその見た目から誰もがきっと美しい女性だと勘違いするであろう……
しかし、その者は美しい女性ではない。男だ。
彼の名はハドリー・ミクローシュ。
主に街の中にスパイがいないかなどの調査や監視。街中の公安、治安維持、警邏、そして監獄の運営と維持管理を担当するギルド<ヴォイヴォダ>のギルドマスターだ。
そして実はラスノーフ監獄はギルド<ヴォイヴォダ>のギルド本部も兼ねている。
そんなハドリーはベルトから警棒を引き抜き、こちらに向けてくる。
「そういうわけでチェックメイトだ。勝負あり……だな?」
ハドリーの言葉に脱獄少女7人は歯がみするが、当然このまま「はい、そうですか」と負けを認めるわけがない。
なのでこちらも懐からアビリティーユニットを取り出してレーザーの刃を出す。
「生憎だが、まだ勝負はついてないぜ?」
そしてレーザーの刃をハドリーへと向ける。
「本番はここからだ」
「ほう? それは中々楽しませてくれそうなセリフだが、この状況をどうくぐり抜ける?」
ハドリーは口元を歪めるが、直後地面が大きく揺れた。
「わわ!?」
「な、何!?」
「地震!?」
当然の事に脱獄少女7人は慌てふためき、ハドリーを除いた自分達を取り囲む看守たちが動揺する中、地面を砕いて地下からTD-66が這い上がってきた。
それと同時に上空を飛行していたドローンが光学迷彩を解除し、その姿を現す。
そして、看守達に向かって暴徒鎮圧用の催涙弾を放った。
「うわぁぁぁぁ!?」
「な、なんだこれ!?」
「目がぁぁぁぁ!!」
催涙弾をくらって看守たちが慌てふためく中、TD-66の後から地上へと出てきたフミコが銅鐸を取り出してその手に棍棒を持つ。
「みんな! 耳を塞いで!!」
フミコの叫びに自分とココは頷いて耳を塞ぎ、脱獄少女7人もわけがわからぬまま耳を塞ぐ。
直後、フミコが棍棒で銅鐸を思い切り叩き、頭にズキズキとした痛みを与える大きな音が周囲一帯に響き渡った。
その音によって看守達は完全に動けなくなってしまう。
「今だ!! 逃げるぞ!!」
この機会を逃すわけにはいかない。
脱獄少女7人はこの場から走り去ろうとするが……
「おいおい待ちなよ、まさかぼくの事忘れてないかい?」
動けなくなった看守たちと違ってハドリーは平然としており、自分達の前に立ち塞がる。
そして小さく詠唱を唱えると警棒を振るって自身の周囲に無数の岩石を浮遊させる。
「土の系統魔法か……」
「いかにも。これでもぼくは元貴族でね? 魔法にはそれなりの自信を持ってるよ」
そう言ってハドリーはニヤリと笑うと警棒をこちらへと向けてくる。
「言っただろ? チェックメイトだって! 全員ひれ伏せ!! グランブラッド!!」
直後、ハドリーの周囲に浮かんでいた無数の岩石が一斉にこちらに向かって飛んでくる。
「上等だ!! 受けて立つぜ!!」
なのでこちらも魔術障壁を展開する。
ギルド<ヴォイヴォダ>のギルドマスター、ハドリー・ミクローシュとの戦いが始まった。




