ロストシヴィライゼーション(5)
その日は朝から嫌な予感がしていた。
お天道様は突然姿を消し、朝にも関わらず世界を闇が覆った。
この時の私は知る由もないが、日食という現象らしいそれは不吉の象徴のごとく皆を不安に貶めた。
もしかしたらーーーーの子たちを見逃したのがいけなかったのか?
山や太陽を信仰しない、野の獣を信仰する野蛮な連中を見逃したのが……
だから太陽の怒りを買ったのだろうか? だから姿を隠されたのだろうか?
これは罰なのだろうか?
いずれにせよ、その闇に乗じて攻め入ってきたーーーーの侵攻を防ぎきれなかった。
どうして気付かなかったのか?
ーーーーーが常日頃言っていたではないか?
これもすべてーーーーーーである自分がーーーーーだからなのか?
これはーーーーーーである自分の身に染みついた呪いなのか?
どちらにせよーーーーーーはもう終わりだ。
せめてーーーーーーーがーーーーーーーであれば………
最後に見た景色は燃えさかるーーーーーーと無残に殺されるーーーーー
そして…………
そこで意識は途絶えた………はずだった。
「………殺せ!!」
(………?)
しかし、妙な声が聞こえた。
いや、正確には頭の中に響いてきた。
(ころ……す? だれを……?)
「………殺せ!! 勇者を殺せ!!」
(ゆう……しゃ? ……だれ……それ?)
「………殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!!」
(だから……だれ?)
それは曖昧だった意識を無理矢理に呼び起こす強引さをひめていた。
その言葉は頭に響き渡り、意識が鮮明になっていく。
そして……
「◎△$♪×¥●&%#?!」
何か理解できない言葉を投げかけてくる者がいた。
その人物はどうやら自分を抱き起こしてくれてるようだ。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
「●&%#?!」
「◎△$♪×」
「◎△$♪×¥●&%#?!」
耳に聞こえてくる会話がまったく理解できない。まだ意識がはっきりしないからだからなのか?
何か言葉を発そうとすると咳き込んでしまった。
「△$♪×¥●&」
自分を抱き起こしてくれている誰かの声がすごく近くで聞こえる。
しかし言ってる言葉が理解できない。
すごく怖い………もしかしたらーーーーーだろうか?
だとすると自分の末路は………
しかし勇気を出して見定めなければならない、この身の末路を
それがーーーーーーとしてーーーーーーの役目なのだから。
恐る恐る目を開けると自分の身を抱き起こしてくれている男の顔があった。
「誰?」
「△$♪×¥●&」
男が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
目を開けた女性の発した言葉をまったく理解することができなかった。
なので思わずカグの方を向いてしまう。
「おい! どういうことだよ!?」
話題を振られたカグは特に深刻さを感じされない感じであくびをしながら答える。
「どういうことも何も、ここは異世界じゃなく疑似世界じゃから言語の翻訳は適応されんよの? それに同じ日本人じゃ、翻訳の必要なかろう?」
「いや、同じ日本人ならなぜ理解できない言葉発してるんだ?」
「やれやれ……貴様は」
カグが哀れな生き物を見る目でこちらを見てきた。
毎度毎度こちらの感情を逆なでする表情をしやがるカラスだ。
「以前説明した言語の基本を忘れたか?」
「言葉は歴史の積み重ねで生まれ、意味も変わるってあれか?」
「そうじゃ、貴様も学校で古文の授業を受けておるのじゃろ? そこらで察しはつかんか?」
確かに古文の授業でやるような文章は得意でない限り意味がいとおかしだが、それでも意味が現代と反対であったりとまだ考えればわかる範疇のが多い。
とはいえ、これは学校の授業で学ぶレベルの話だが。
それでも、さきほどの言葉はそんなレベルではなかった。
「そもそも古文とは平安時代の文学とかならいざ知らず、飛鳥や奈良時代の書物などほぼ中国から輸入された丸々漢字のみの書物を日本風に読みやすくした物じゃ。あれですら翻訳が必要になるレベルじゃろ? そのさらに前の古い時代の書物すら国内にない時代の倭国の言葉が今の日本語で理解できると思うか?」
「……言われてみればそうだな」
「今の中国人ですら古文の魏志倭人伝を勉強もせず読める物はおらん。そんな当時の言葉をそのまま聞いて貴様が理解できるわけなかろう?」
カグの言葉にぐうの音も出なかった。
ラーニングマシーンの説明を受けた時に理解したつもりでいたが、やはり言葉というのは時間が経てば経つほど原型を留めないほどに変化するらしい。
たとえば世代とは3代で一巡するという。
自分から見て上は父母・祖父祖母。自分から見て下は子・孫。これで世代が巡ったことになり、この3代だけ見ても言葉が大きく変化している。
それは自分から見て3代上の祖父祖母の時代と自分の時代では物の見方や価値観も変化しており、祖父祖母の時代にはなかった物も当然登場しており、それに対する新語も登場するからだ。
また今の自分から見て未来である子や孫の時代には今の時代にはない価値観や物の見方、物が当然登場しているだろう。
今のままの言葉で留まれるわけがない。
よく情報番組やクイズ番組、雑学を披露する番組で偏差値の高い大学なりを出た高学歴のエリートや学者が物知り顔で「この言葉の使い方を大半の人が間違って使っている」「まったく別の意味で大半の人が使っている」という。
しかし、彼らがドヤ顔で否定する本来の意味はすでに現時点で劣勢である以上、言語の意味はすでに変化しているのだ。
これが受け入れられなければ、いつまでも古文に捕らわれた古い人間になってしまう。
そう言葉は変化する。意味は変化する。
一世代でさえ。
倭国大乱の時代から1800年あまり、言語が大幅に変化していて当然なのだ。
しかも言語は歴史の積み重ねの上に意味を成す。
現代日本語は今までの日本史の土台の上に完成している。
1800年前の人間がこれから先の未来、1800年の間で起こる様々な出来事、価値観の上に成立した現代日本語を理解できるわけがないのだ。
異世界言語が完璧な翻訳を出来ないのと一緒。知りもしない未来の出来事の結果生まれた価値観の言葉をどうして理解できよう?
これは逆に言えば1800年先の未来人に今の現代日本人が出会っても言葉がまったく理解できないことも意味している。
それまで日本という国が存在していればの話だが……
「じゃあ結局この子が何言ってるのかわからないってことか……」
そう言うとカグがケラケラと笑いながらこんな事を言ってきた。
「まぁ、この場に限り簡易の翻訳を行ってもよいがの?」
突然の提案に一瞬呆気に取られる。
すぐさま思考が追いついた。
「はぁ!? それできるなら最初からしとけよ!」
「まぁ聞け、あくまで簡易じゃ」
「簡易?」
「当然じゃろ? 1800年の時間をすぐさま埋めれるわけなかろう。とりあえず意思疎通ができる範囲のラーニングを彼女に行う」
「……それ大丈夫なのか?」
そんな大容量を脳に詰め込んで回路が焼き切れたとかないだろうな?
思わず抱き起こしている女性を見る。
しかし女性は不安そうな表情でこちらを見つめているだけだ。
「わかった。頼むよ」
「ほっほ、そう言うと思ってたわい」
一瞬考えたが、やはり意思疎通が出来なければどうにもできない。
言葉も通じない分、ここに放置して先に進んでも問題ないだろうが後味が悪い。
話だけでも聞いて今の状況を説明しておかないと、ここに放置して先に進むにしても目覚めが悪い。
まぁ1800年あまり前の日本の倭国大乱の時代の日本人というならすでに自分が生きている時代ではどこかの土の下の土坑墓なり甕棺墓で発見されず眠ってるか、遺跡と知らず都市開発や建物の建築等で掘り返されて潰れてしまっているだろう。倭国大乱の中で滅ぼされたのなら墓に埋葬すらされなかった可能性もあるが、どちらにしろ当然故人だ……
しかし、こうして出会ってしまった以上は説明責任がある気がする。
「ではちょっと待ってろよっと」
言ってカグがどこかへと羽ばたいていくとすぐに空から大量のカラスの羽根が落ちてくる。それは女性の体に触れると虹色の光を発し、女性の中へと溶け込んで消えていく。
そうしてしばらくするとカグがまた戻ってきて自分の肩に乗る。
「ほっほ、終わったよのう?」
「この人抱き起こしてるんだから肩に乗るのやめろ」
カグが肩に乗ったことに苛っとしながらもとりあえず女性に話しかけてみる。
「あの……大丈夫ですか? 言葉わかります?」
すると女性は驚いた表情を浮かべた。
「……!! はい、わかります」
その返答に安堵する。さきほどのような理解不能な言葉ではなかった。
「よかった! これでコミュニケーションが取れる」
「あ、あの……あなたは?」
「あ、俺は川畑界斗。君は?」
「あたしはーーーーーーーー」
「?」
言語が理解できるようになったはずだが、なぜか名前を聞き取れなかった。
どういうことだ? とカグのほうを見るとカグが理解不能なことを言い出した。
「どうにも彼女の名前は規定に引っかかるようじゃの?」
「なんだそれ? 規定って何だよ?」
「ここは失われし文明の欠片、まだ存在すら知られてない未発見の遺跡じゃ。その場所の特定に繋がりかねない何かが名前に含まれてるということじゃの?」
どういうことだろう? 場所の特定に繋がりかねない何かって何だ?
彼女の名前が現在のどこかの地名の由来となったってことか?
「よいか? 現実の日本でこの遺跡を発見するのは問題ない。じゃがの? 次元の狭間でそれを特定してしまうことは大いなる矛盾では済まないのじゃよ?」
「……何だかわかるような、わからないようなふわっとした説明だな?」
「これに関してはそうとしか言えんわい」
「……そうかい」
これ以上は突っ込んでも何も得られそうにないし、多分説明されても理屈が理解できなさそうだ。
そう思った時だった。女性が血相を変えて話しかけてきた。
「あの! ーーーーーーはどうなりました!? ーーーーーーーーは無事ですか!? あなたはーーーーーーーーのーーーーーーー何ですか!?」
「ちょ! ちょっと待って!! 落ち着いて!! 質問されたほとんどが理解できなかった!!」
今女性から質問されたことのほとんどが規定に引っかかるってことなのか?
ひょっとしてこの遺跡、まじで邪馬台国なり大和政権なり、日本の歴史の根幹に関わる遺跡なんじゃ……
「とにかく落ち着いて話を聞いて! まずはここは日本……じゃないや倭国? って言えばいいのか? とにかく現実ではないんだ」
「?」
女性は困惑した表情になった。そりゃそうだろう。目を覚ましていきなりこんな突拍子もないこと言われても理解に時間がかかる。
やれやれ、どうしたもんか……そう思っているとカグがこんな事を言い出した。
「とりあえず彼女に仮の名前を与えてはどうじゃ?」
「は? てめー何言ってんだ?」
「まったく神相手にいつまでも不遜じゃの?」
「てめー自分で神じゃないって言ってなかったか?」
「ほっほ」
とぼけやがったな、このカラスの皮をかぶった爺。
「話を進めるにしても、お互い呼び合えるほうがいいじゃろ?」
「……なんだか納得いかないが、それでいいですか?」
女性に聞くとうんうんと何度も頷いた。
とはいえ名前をつけろと言われてもどうしたものか?
「う~ん……それじゃ、ひみっゴフォォォ!??」
突然口元が静電気を浴びたように痺れた。
その様子を見てカグがケラケラと笑う。
「貴様、まさかと思うが超有名な名前にしようとしたか?」
「悪いか?」
「規定に引っかかるから諦めよ」
「まじかよ? 益々この子の正体が怪しくなってきたぞ?」
弥生時代、魏志倭人伝といえばという女性の名前がダメならもう1つの方もダメなんだろう。
だとすれば普通に現代っ子みたいな名前でもいいのか?
悩むが答えは出ないのでシンプルにいくことにした。
「よし、じゃあフミコでどうだ?」
言って1人納得するとカグが呆れた表情でこちらを見てきた。
「まさかと思うが……さきほどの名がダメだったから、ひふみって数えからフミコじゃないだろうな?」
「お、よくわかったな!」
「………はぁ。貴様、本当にネーミングセンスが壊滅的じゃの? 将来、貴様に名前を付けられる貴様の子供が不憫でならんわ」
「あ? てめー喧嘩売ってるのか?」
カグを睨み付けるが、当のカグは呆れた表情でこちらを見るだけだ。
そんなこちらのやり取りとは対照的に女性は小さな声で付けてもらった名前を口にして口元をほころばせる。
「フミコ……いいですね! ではあたしのことはフミコと呼んでください」
満面の笑みで言われたのでカグは呆れた表情をフミコにも向ける。
「貴様、それでいいのか?」
「はい! 問題ありません!」
「まぁ、本人がいいならそれでいいがの」
カグは言ってこちらの顔を突いてきた。
「痛っ! 何すんだ!?」
「呼び名の問題は解決したんじゃ、本題に入ったらどうじゃ?」
「わかってら」
言ってカグを睨むが、カラスはどこ吹く風だった。
「さて、フミコの質問については残念だけど答えられない。何せ答えようにも何も知らないんだから……今教えられるのは今現在の状況についてだけなんだ」
言ってフミコに自分がここに来るまでの経緯、フミコの生きた時代より未来の世界から来たこと。ここが次元の狭間に生まれた疑似世界であることや、現状について伝えた。
フミコは最初、信じられないといった表情で聞いていたが次第に飲み込み始めたようだ。
話が終わる頃には自分なりに状況を精査して納得していた。
「1800年近い未来の世界は高次元からの存在の出現で壊滅の危機にあって、その原因である他世界へ行った者達を狩って修正して回ってる最中。ここはそんな旅の途中に出くわした例外的な不安定な世界なわけね」
「理解が早くて助かるよ。だからフミコが生きた時代のことは申し訳ないけどわからないんだ」
「そう、なんだ………でもじゃあなんであたしはその次元の迷い子っていうのにならずに人の身と記憶を持ってるの?」
フミコが疑問を口にするとカグが意気揚々と答えた。
「それは存在が確定したからじゃ」
「なぁ、さっきも言ってたがその存在が確定って一体何だよ?」
「ん? それはじゃな。次元の迷い子になるか、ならないかの違いじゃよ? 次元の迷い子なんてあやふやな物じゃなく、確固とした物を持ってると言うべきかの?」
カグの説明を聞いてもイマイチ、ピンと来なかった。
フミコの場合は時空の迷い子と言った方があってるかもとは付け加えていたが……
「目覚める前に何か声を聞かなかったかの?」
カグがフミコに質問する。するとフミコは考える素振りをした後
「そう言えば……何か頭の中に声が響いた気がする」
「ほう……どんな声じゃ? 何と言っておったかの?」
「えっと……確かゆうしゃ? を殺せって」
フミコは頭を悩ませながら答えた。
およそ1800年前の日本というか倭国にはそんな概念は存在しないからだろう。
ゆうしゃと言われてもピンと来ないのかもしれない。
それを聞いてカグがこちらに話を振る。
「恐らくそれが疑似世界の中心にいる元凶の意思じゃ。貴様が奪った勇者の力を使ったからじゃろ。勇者に敗れた者の怨嗟かもしれんな?」
言われてため息しかでなかった。
「まじかよ? 自分は勇者じゃないしとばっちりもいいとこだぜ」
そう言った時だった。フミコに異変が生じた。
急に頭を抱えてその場に蹲ったのだ。
カイトとカグが話してるのを見ながら考え事をしている時だった。
「………殺せ!!」
再び頭の中にその言葉が流れ込んできた。
(また……? なんで……?)
今までは頭に流れ込んで来なかったのにどうしてだろうか?
カグに質問されて思い出したからなのか?
「………殺せ!! 勇者を殺せ!!」
何にせよ、その言葉は次第に頭の中で大きくなって体全体を揺さぶった。
「………殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!!」
あまりのことで立っていられなくなる。
そして、何かに心を乗っ取られる感覚がして体の自由が奪われた。
「フミコ? どうした?」
突然フミコが頭を抱えてその場に蹲ったので心配して近づこうとするとフミコの体から突然紫電が迸った。
「な、なんだ!?」
「ゆう、しゃ……ころ、す……」
「!」
フミコが突如唸るように声を上げる。
そしてフミコが顔を上げるとその表情からは強い殺気が滲み出ていた。
「な……!? いきなりどうしたんだフミコ?」
「やれやれ、この疑似世界の中心にいる元凶の意思に支配されたか」
「は? なんでだよ?」
「まぁ元凶の言葉を思い出したからじゃろうな……」
「いや、それてめーのせいだろ!」
「ほっほ、申し訳ない」
「てめー絶対思ってねーだろ!!」
申し訳なく思ってないどころか、どこか楽しそうに言うカグに怒りを覚えて怒鳴った直後だった。
周囲に異変が生じた。
突然地面が揺れ出したのだ。
「な、なんだ? 地震!?」
「ここは次元の狭間を漂う疑似世界じゃぞ? 地震なぞ起こるはずあるまい?」
「じゃあこの揺れは一体何だよ!?」
あまりに揺れが激しく立っていられなくなったが、フミコは体中から紫電を迸らせて平然と立っている。
そのフミコの背後で地面が大きく盛り上がった。
「な!? なんだ!?」
突如盛り上がった地面は丘のようになり、その表面がすぐさま葺石で覆われていく。
そして頂上へと続く階段のようなものが生まれ、階段の脇には無数の円筒埴輪が出現して並んでいく。
カイトには確認しようがないが、上空から見たその姿は紛うことなき前方後円墳そのものであった。
その古墳のようなそれは四段築成で、それぞれの段ごとに土偶と埴輪が分けて配置されていた。
縄文時代の土偶と弥生時代の埴輪が段で区分されてるとはいえ、同じ遺跡に配置されてることに違和感を覚えるが直後フミコが天に向かってこの世のものとは思えない叫び声を上げた。
すると古墳の頂上から赤い雷光が轟き、やがてそれは赤い雷光の蛇となった。
そしてそのまま頂上から降りてくるとフミコを飲み込み、再び頂上へと戻っていく。
「フミコ!!」
そして頂上に眩しいくらいの赤い光が立ちこめた。
「お、おい! どうなってんだ!?」
思わず肩に乗ってるカグの首の根っこを掴んで質問するが、カグは苦しそうにしながらも焦った様子はなく淡々と答える。
「どうなったも何も、疑似世界を作りだした元凶の意思に飲み込まれて次元の迷い子化したんじゃろ」
「は!? てめーさっき存在が確定したから次元の迷い子じゃないって言ってただろ!?」
「そうじゃの、だからこそ厄介じゃ……存在が確定したものを無理矢理次元の迷い子にして従えようなど、何が起こるかわからんぞ?」
カグはどこか楽しそうに言う、その言い草に腹が立った。
「てめー! 最初からこうなるとわかっててフミコにあんな質問したのか!?」
「ほっほっほ、さてどうじゃろな?」
「とぼけるな!! フミコをあんな風にして何が目的だ!!」
「ほっほ、いずれにせよ貴様は選択をせまられるぞ?」
「何?」
「このままフミコを放置して疑似世界の中心を目指すか、あるいは次元の迷い子化したフミコを倒すか……どちらかをな?」
カグの挑発するような言い草と表情に怒りの沸点がはち切れた。
「てめー!! いい加減にしろよ!! ただでさえ地球の事情を知らない異世界にいった連中を殺して回って気分が悪いのに、ここで助けた人さえ殺せって言うのか!?」
ケラケラと笑う姿勢を崩さないカラスに怒鳴りつけたがカグは態度を変えない。
それどころか、こんなことまで言ってきた。
「ならどうする? フミコを救ってみせるか?」
「方法はあるのか!?」
「まぁ、なくはない。ただし、普通に次元の迷い子として倒す方がよっぽど楽じゃ。それでもやるか?」
カグに言われて今更になって煽られてる、うまく乗せられたと気付くがどうでも良かった。
助けられる。その事実があるだけで。
「当然だろ!! フミコは絶対に助ける!!」
その言葉を聞いてカグはカラスであるにも関わらず気味の悪い笑みを浮かべる。
「よろしい! ではさっそくあの遺跡の頂上へ向かうとしよう! 時間はなるべく早いほうがいいぞ?」
カグの言葉を聞いてすぐさまカラスに突っかかるのをやめ懐からアビリティーユニットを取り出す。
そしてアビリティーチェッカーを取り付けライフルモード、アサルトライフルスタイルを選択する。
アサルトスペシャル・ステアーAUGモードを構え、周囲を警戒しながら前方後円墳のような遺跡へと突撃していく。
(そうだ! 救うんだ!! 絶対に!!)
そう心に刻み込んで階段を駆け上がる。
俺はこの旅で能力を奪い、命を奪い、記憶を奪い、奪ってばかりだ。
結果的に大多数の地球の人々を救えるとしても、その実感はきっとない。
当然その事実が知られることはないだろうし感謝もされないだろう……だったら俺はこの旅でただ簒奪者としての負の感情しか得られないのではないか?
そう、この旅で俺の精神が本当に最後まで持つかわからない。
心がどこかで折れるかもしれない……
そう、地球を救うと言っても俺がこれまでも、これからも目にするのは救いのない旅だ。
ならせめて、今のこの瞬間だけは救いがあったっていいだろう!
救うという行為に手を伸ばしてもいいだろう!
これからも救いとはほど遠い旅が待ち続けてるというなら、せめてフミコだけは必ず救ってみせる!!
こんなクソッタレな世界で化け物にされるなんてクソッタレな結末から救い出してみせる!!
待ってろフミコ!! 絶対に助けるからな!!!
その心の叫びはカイト自身も気付かぬうちに声に出して大声で叫んでいた。
異世界渡航者、川畑界斗はこの時初めて自らの意思で誰かを救うために足を踏み出したのだ。
ここから始まるのは奪うことしかできない異世界渡航者が一人の少女を助けるために手を伸ばす、救いの物語。




