次なる定例クエスト(2)
ヨランダは葉巻をふかしながら軽い口調で敵対組織の女性達を処刑すると言った。
その言葉におもわず反発してしまう。
「ちょっと待て!! 敵に返す理由もないし、するつもりがないのはわかる! だが殺す事はないだろ!! そこまでする必要があるのか!?」
そう言うとヨランダが鼻で笑った。
「ではどうする? あいつらを奴隷商にでも卸すか? それとも娼館で娼婦として働かせるってのか? それじゃベルシとやってる事は変わらんだろ」
「そうは言ってないだろ!」
「どうだかな? それとも何か代案があると? ……ま、代案がなくとも、どの道どっちも無理だがな? 正直リスクがデカすぎる」
「は?」
「奴隷商に卸したところで、奴隷に成り下がった彼女らは自らの境遇からギルドへの恨みを増すだけだ。その先に何があるかは想像がつくだろ? まぁ、誰がどういう目的で奴隷を買うかにもよるだろうがな……それと娼婦だが、これは論外だ。ギルドへの恨みが増すだけでなく、娼婦を買ったやつらが調子に乗っていらねぇ事をベラベラ喋りやがる……情報漏洩もいいところだ。その後に何が起こるかは考えるまでもないだろ」
そう言ってヨランダは煙を吐き、一息つくと断言した。
「だからこそ、処刑するのが後腐れなくていいんだよ。下手な同情は自分の身を滅ぼすぞ? それとも例の催眠術で自分に従わせるか? そうすれば確かにリスクはなくなるが、それってベルシのやってる事と何も変わらねーぞ?」
「……」
ヨランダの言う事は確かにその通りだ。
アビリティーユニット・ミラーモードで従わせればギルドユニオンにとって彼女らは危険分子ではなくなる。
しかし、それは彼女たちにとってベルシが自分に置きかわっただけの話だ。
それが正解とはとても思えない……
そうなるとヨランダの言う通り処刑するのが正解なのだろうか?
しかし、納得はできなかった。
そう思う自分はまだまだ甘いのかもしれない。
もしくはこれが女性ではなく、ベルシのようなやつだったら迷わず処刑に賛成していただろう。
それか女性たちがベルシのような反吐が出る性格だったら気にしなかったかもしれない。
結局のところ、彼女たちの事を自分はよく知らない。
だから安易な処刑に抵抗を覚えるのだろうか?
それとも知らないほうが後腐れなく処刑に賛成できるのだろうか?
(ほんと、どっちが正解なんだろうな……後のリスクをなくすための処刑を否定するなら、そもそも戦意をなくし逃走を図ったベルシを無理矢理倒した事すら否定する事になっちまう……)
自分でも考えがまとまらなくなった。
きっと、この事に関して自分は明確な答えをだせないだろう。
それでも、心の中で納得がいっていない事は事実だった。
とはいえ、目の前のこの男が自分の意見をまともに聞くとも思えない。
なのでため息をついて確認した。
「わかったよ……どっちにしろ、今更ひっくり返せない決定事項なんだろ?」
「その通りだ。ちゃんとわかってるじゃねーか。ま、処刑は粛々と行っていくさ。言っても、今日明日にもすぐに実施するってわけじゃないがな? 考える時間くらいはあるだろう……連中もお前もな」
「?」
ヨランダはそう言うと自分を見て意味ありげにニヤリと笑ったが、すぐに葉巻をふかすと。
「それとも何か思い残しでもあるのか? あの催眠術で従わせた海賊少女に」
ニヤニヤしながらそう尋ねてきた。
思わず吹きだしそうになるが、なんとか堪える。
ヨランダが言ってるのは他でもない、ドリーの事だ。
彼女にアビリティーユニット・ミラーモードでかけた催眠術はベルシ討伐後に解いたはずなのだが、なぜかその後も彼女は自分に対して好き好き攻勢を仕掛けてきた。
おかげでドルクジルヴァニアに帰ってくるまでの間、フミコ、ケティー、ココ、ドリーによる仁義なき争いが絶えなかったのだが、ここではそのエピソードは割愛しておこう。
思い出したくもない……
「ドリーの事は関係ねーだろ!」
「どうだかな? 案外、あの海賊少女だけは処刑を免除してやると言ったらお前は素直に食いつくかもしれんが、どうだ?」
「んな事ねーよ!!」
そう反論するがヨランダはニヤニヤするだけだ。
そんなヨランダを見ていると苛々してくる。
なので、もうここで話を打ち切る事にした。
「ったく! 話は終わったか? じゃあ俺は退室させてもらうぞ」
そう言って踵を返し退室しようとしたが。
「待て、まだ話はもうひとつ残っているぞ。一番大事な話がな?」
ヨランダに止められた。
「まだなんかあるのかよ」
「そうあからさまに嫌そうな顔をするな……何、悪い話じゃない。お前さんたちにとってはいい話だ」
そう言ってヨランダはニヤリと笑うが、正直ため息しか出てこない。
「そうかい……で? 一体どんないい話があるって言うんだ?」
「何、今回のギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>の活躍を称えて特別にギルドランクを上げてやろうと思ってな? 喜べ、お前は今、この瞬間からB級ランクのギルドマスターだ」
「……は? 今なんて?」
思わず聞き返してしまった。
うん?聞き間違いかな?
なんか今B級ランクがどうとか言われた気がしたんだけど……
「だからお前のギルドをB級ランクにしてやると言ってるんだよ。どうだ、いい話だろ?」
葉巻をふかしながらそう言うヨランダを見て、ようやく理解が追いつく。
「は、はぁーーーーー!? ちょっと待て!? いきなりすぎんだろ!? だってこの前C級ランクになったばっかだぞ!? それも今回の定例クエストに間に合わせるような形で無理矢理に! なのになんでもうB級にランクアップなんだ!? てか実績もないのにおかしいだろ!!」
思わずそう叫ぶとヨランダが煙を吐き出し、ニヤニヤしながら。
「実績ならあるじゃねーか。今回お前らはベルシとゾルダ、空賊連合の幹部2人を亡き者にしたんだぞ、これ以上の功績が他にあるか? どれだけ優秀なギルドでもこんな戦果は滅多にねー。これだけの実績をあげながらランクが上がらないなんて、むしろユニオンが不審に思われちまう」
そう言ってきた。
まぁ、それは確かにそうだろう。
普通に考えれば大戦果だ。
何せ敵対組織の幹部2人をやっつけたのだ。
相手側からすれば大損害なんてレベルじゃない、組織を再編して立て直さなければならないレベルの被害を与えたはずだ。
これだけの大金星をあげながら、ユニオンから何の報酬も報償もなければ、どのギルドも頑張って敵に被害を与えてもユニオンは評価してくれない、頑張るだけ損じゃね?と思ってしまうだろう。
そのような不信感が蔓延する事は、敵対組織が攻勢を強めている今の時期に好ましくない。
だからこそ、たとえC級ランクにあがったばかりのギルドであっても、戦果に見合った報償としてB級ランクへとランクアップさせてもらえたという事なのだ。
とはいえ、この結果は自分達にとってプラスだろうか?
まぁギルドとしては上級ランクの仲間入りできた事はいい事だろう。
受けられる依頼も上級ランク向けの報酬額が大きいものが増えるはずだ。
それに比例して危険な依頼も増えるだろうが……
何にせよ話題性は抜群だ。
ギルド登録してからトントン拍子でランクアップし続け、C級ランクになって参加した定例クエスト「ヴィーゼント・カーニバル」において発生した空賊連合介入事件で空賊連合の幹部2人を倒しB級ランクに昇格したギルド。
実績を聞いただけで興味は湧くだろうし、当然依頼もドンドン増えるはずだ。
しかし、それは異世界渡航者本来の目的からは遠ざかる。
何せ、そんな話題性抜群なネタを提供したらドルクジルヴァニアでの話題の中心は自分達になってしまうのだ。
そうすると、ドルクジルヴァニアにいるであろう自分たちのターゲットである地球からの転生者、転移者、召喚者の話題が街頭であがらなくなってしまう。
ただでさえ、手がかりがほとんどない状態で、この街の話題を自分達が独占するのはよくない。
というか、本来こんな活躍をしているギルドがあったら真っ先に疑ってマークするものだが、それが自分たちでは話にならない。
まったく……どうしてこうなった?
いつもは訪れる異世界の事情に首を突っ込むなと言われているが、この異世界に限ってはその制限がないからか?
ないからこんな目立ちまくりの状況になったのか?
(……まぁ、なってしまったものは仕方がない。こうなりゃいつもと逆のパターン……話題抜群の自分たちに向こうから接触してくれる事を願うのみだ。そのためのジャパニーズ・トラベラーズなんてギルド名でもあるしな)
そう思うが、どうしてもため息はでてしまう。
「はぁ……まぁそうだよな、ユニオンとしてはそうなるよな。……わかったよ。今日からB級ランクとして頑張るよまったく、ワクワクしすぎて今夜は眠れなさそうだ」
適当にそう言うとヨランダニヤリと笑って隣に立つ眼鏡の男を促す。
眼鏡の男は一礼して隣の部屋へと行き、羊皮紙を1枚手に持って戻ってきた。
ヨランダはそれを受け取り、サインするとその羊皮紙をこちらに差し出してきた。
「そいつがB級ランクへと昇格した証明書だ。帰ったらギルドの受付にでも額に入れて飾っとけ、箔が付くぞ」
「そうかい、ならそうしとくよ」
ギルドを立ち上げて活躍しよう!と考えている現地人だったら、うれしさのあまり感極まる瞬間なのかもしれないが、自分はそうではない。
なので特に感慨深くもなく適当に答えて羊皮紙を受け取った。
そんな自分を見てヨランダは葉巻を灰皿に押しつけ。
「ふん、少しは嬉しそうにしたらどうだ?多くのギルドがなりたくてもなれない領域だぞ?」
そう言ってくるが、とても「もっと喜べよ?」と言ってる風ではなかった。
「嬉しそうに見えないか? 俺は喜びの余り心臓が飛び出そうなんだがな? ……と、こう言っとけばいいか? じゃあ用は済んだだろ? これで失礼させてもらうぜ」
なので適当に言って退室しようとしたが、三度止められる。
「まぁ、そう焦るな……はやくギルドに戻ってB級ランク昇格を報告したい気持ちはわかるがな? まだ話は終わってない」
「はぁ……これ以上何があるっていうんだ? まさか続けてA級ランクに昇格とか言わないだろうな?」
そうため息交じりに言うとヨランダは鼻で笑った。
「さすがにそこまでいくとやり過ぎだ。ま、空賊連合という組織をまるまる壊滅させたなら話は別だがな?」
ヨランダは葉巻をふかし、煙を吐き出した後、本題を切り出した。
「さて、では改めて……B級への昇格おめでとう、より一層の活躍を期待する。まぁ気を抜かず精進しろ。……でだ、その功績を見越してギルド<ジャパニーズ・トラベラーズ>にユニオンから依頼を出す」
「は? 依頼だ?」
「そうだ……なぁに、難しい話じゃない。依頼するのはヴィーゼント・カーニバルと同じく定例クエストだ。ただし、この定例クエストを受領できるのはB級ランク以上の上級ランクのギルドのみ。つまりは限られたギルドにしか達成が困難な定例クエストというわけだ」
そう言ってヨランダは口元を邪悪に歪めた。
そんなヨランダを見て、今日何度目かの大きなため息をついてしまう。
「そういう事か……結局は定例クエストに俺らを参加させるためにランクアップさせたってわけかよ」
その言葉を聞いてヨランダは鼻で笑うと。
「まぁ、そういうこった。でも、この次の定例クエストもお前たちならこなせると踏んだからランクアップさせたんだ。前にも言ったろ? あるべき場所に導くのもユニオンの役目とな」
そう言って葉巻をくわえる。
「ったく物は言い様だな……で? その定例クエストって一体何なんだ?」
その質問にはヨランダではなく隣に立つ眼鏡の男が答えた。
「季節柄、そろそろ海賊どもが越冬準備の活動を始める時期ですのでね。警備の手薄な河川上流の村々は彼らの格好の獲物……襲撃させる可能性があります。というより間違いなく襲われます」
「なるほどな……つまりは海賊の襲撃から村々を守れと、そういう事か」
「はい、その通りです」
眼鏡の男の話を最後まで聞くまでもなく大体話は読めた。
ヴィーゼント・カーニバルは不意打ちで空賊連合の襲撃を受けたが、今回は最初から海賊が襲撃してくるとわかっている。
それの撃退というわけだ。
そして海賊なのに海じゃなく、陸の河川上流までやってくるとかどういう事だ?なんて野暮な事は質問しない。
その当たりの説明はこの異世界に来た時にケティーから聞いている。
海賊は海から河川に侵入し、上流まで昇ってくる。
海から川に入れない場合はまずは浜辺に上がって、船を担いで進み、川の水深が十分深くなったところで担いでいた船を川に浮かべて進むという。
まったく、屈強な男達が大人数で船を担いで陸地を進むとは……イメージとしては祭で神輿を担ぐようなものだろうが、つくづく海賊でなくてよかったと安堵してしまう。
「しかし、河川上流の村々って言ったけど……具体的にどこが襲撃されるかはわかってるのか?」
そう尋ねるとヨランダが鼻で笑った。
「それがわかってたら苦労はせん、何せ正解がわかっていたならばその村に参加するすべてのギルドを配置すればいいのだからな? しかし、そうもいかん……襲撃する村は海賊どもの気分次第だ。そんな襲撃地点を予想してギャンブルするわけにはいかんだろ」
「だから襲撃される可能性のある村々すべてに参加するギルドを均等配置するわけか」
「そういうこった」
ヨランダは満足そうに笑うと葉巻をくわえ、椅子に深くこしかける。
「定例クエスト開始は数日後だ、今すぐってわけじゃない。何かするには十分時間はあるわな……まぁ、詳細は受付で聞いておけ」
そう言うとヨランダは話は終わったとばかりに顎をくいっと動かして退室を促してくる。
思わずため息をついてしまうが、これ以上何か話す事もないので素直に退室する事にした。
定例クエストの詳細については言われた通り、ギルドユニオン総本部で受付嬢のミルアに尋ねるとしよう。
そう思ってドルクジルヴァニア市庁を後にした。




