空賊連合(14)
自分達を取り囲むように発生した赤紫色の靄から次々と槍が飛び出してくるが、しかしその攻撃は脅威と呼べるものではなかった。
放っておいてもオートシールドモードで十分に防ぐ事はできるし、数が多いだけで簡単に切り落とせる。
現にフミカは涼しい顔で大刀を振るって次々と襲ってくる槍を斬り伏せているし、フミコも同じく銅剣を振るって難なく斬り落としている。
ココに至っては虚空に拳を突き出した時に発生した風圧で無数の槍を吹き飛ばしていた。
あれ、一体どうなってんだ?
デタラメにもほどがあるだろ……
(まぁ、他のみんなは援護しなくても大丈夫ってことだな……だったら!)
赤紫色の靄から次々と飛び出してくる無数の槍をオートシールドモードで弾きながらベルシのいる方向を睨む。
とはいえ自分達を取り囲むように赤紫色の靄は発生しているため、今現在ベルシの姿をここから捉える事はできない。
が、大雑把な位置なら把握している。
なので……
「これでもくらえ!! ライトニングストライク!!」
右手を掲げ、ベルシがいるであろう大雑把な位置に魔法の落雷攻撃を放つ。
「ぐ!! 何だと!?」
赤紫色の靄の向こうからベルシの声が聞こえた。
当たらずも遠からずといったところだろう。
「そこか!! エアカッター!!」
ベルシの声がしたほうへ魔法の風の刃を連続して放つ。
複数の風の刃は赤紫色の靄をすり抜け、そして。
「痛っ!? ぐ!? な、なんだ!?」
ベルシの声とともに赤紫色の靄が薄れて消えた。
恐らくは魅了のコンボ数リセットによる弱体化の影響だろう、自身がダメージを受けると赤紫色の靄を維持できなくなるのだ。
エアカッターによって体中を刻まれ、血まみれになったベルシが赤紫色の靄が消えた先に立っていた。
そんな歯がみして忌々しそうにこちらを睨んでいるベルシに向かって一気に駆ける。
走りながらアビリティーユニットから飛び出るレーザーの刃を火炎の刃に切り換える。
そして勢いよく踏み込んで一気に跳躍、火炎の刃を振り上げそのままベルシに向かって業火を振り下ろす。
「これで終わりだベルシ!! 燃やしきれ!! フレイムブレード!!」
「ち!!」
振り下ろされた火炎の刃はしかし、ベルシが咄嗟に目の前に出現させた赤紫色の靄に阻まれてベルシには届かなかった。
「っ!!」
火炎の刃は赤紫色の靄をその炎で蒸発させるが、こちらが着地した時にはベルシは後退して距離をとっていた。
「くそ!! デタラメな野郎だな!! 複数の系統を使いこなす魔法使いなんて聞いた事ないぞ!?」
「だろうな? 驚きついでにもうひとつだ!! ウォーターボール!!」
着地と同時にウォーターボールをベルシに向かって放つ。
ただし、純粋な水で作った魔法の水弾ではない。
そんなもの、この局面では意味を成さない。
「は!? 何かと思えば水遊びか!? それとも熱湯でも浴びせようって魂胆か? 残念ながらそんなものくらわな……」
ベルシは小馬鹿にした態度で目の前に迫ったウォーターボールを破壊すべく拳を叩き込むが、ベルシがパンチを繰り出した事によってウォーターボールは崩れ、液体がベルシの全体へと飛び散る。
そして……
「あ、がぁぁぁぁぁぁ!? ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!! ひぃ!! い、痛いぃぃぃぃ!!!」
ベルシが悲鳴をあげてその場に倒れ込み、もがき苦しみだす。
そんなベルシは飛び散った液体を浴びた全身が火傷状態となっていた。
苦しむベルシを見て一息つき、武器を火炎の刃からレーザーの刃へと戻してベルシへとゆっくりと近づいていく。
「よう、いい面構えになったじゃねーか。アシッドアタックって言葉聞いた事ないか? てめーに放ったウォーターボールの中身はただの水じゃねー、硫酸だ。わかるよな?」
そう言ってレーザーの刃をベルシに向ける。
この異世界の技術が硫酸を発見し、製造できているかはわからない。
わからないが、たとえ硫酸を知らなくても劇薬を浴びせられた事は理解しているだろう。
全身火傷を負った状態の人間がまともに動けるとも思えない、これは勝負あったはずだ。
自分の後ろではフミカが「うわ、えぐ……」と少し引き気味に呟いていたが、フミコとココは「かい君やっちゃえ!!」「カイトさま最高です!!」と騒いでいた。
そんな声を聞きながら、ベルシに向かってレーザーの刃を振り下ろす。
「さぁ、これで終わりだクズ野郎!! くたばれ!!」
しかし……
「まだだ!! 勝手に勝った気になるなよ!!」
全身火傷でまともに動けないはずのベルシがこちらに右手をかざして赤紫色の靄を発生させる。
振り下ろされたレーザーの刃は赤紫色の靄に阻まれた。
「ち!」
発生した赤紫色の靄は即座に消え、ベルシも一緒に姿を消した。
逃げたのかと一瞬思ったが、すぐに少し離れた場所に赤紫色の靄が発生し、ベルシがそこに倒れ込む。
「うがぁぁぁ!! 痛てぇぇ!! くぞぉぉぉぉ!! 痛てーぞ!!」
硫酸によるダメージは確かにベルシに激痛を与え続けているが、それでも赤紫色の靄はまだ扱えるようだ。
「くそ! 厄介だな、あの能力……コンボがリセットされて弱体化されてもこれかよ!」
「カイト、任せて!! 私が仕留める!!」
言ってフミカが大刀で倒れ込んでいるベルシに斬りかかるが、やはりベルシは右手をかざし赤紫色の靄を発生させ、これを逃れる。
フミコとココも仕掛けるが、結果は同じだった。
あの赤紫色の靄を出させないようにしない限り、どうにもならない。
しかし、どうすればいいのか?
そこで、ある事に気がつく。
(そういえばベルシの野郎、赤紫色の靄を発生させる前は必ず手をかざしたり、動かしたりしているな……もしかして、両手を拘束すれば赤紫色の靄を出せなくなるんじゃないか?)
思って広間の中を見回した。
広間には敵味方、複数の死体が転がっている。
さすがにギルド<ザ・ライジン>の団員の死体に手をつけるのは躊躇われるが、敵である空賊連合の連中の死体なら問題ないはずだ。
ボベルドやリベラ、ギルド<ザ・ライジン>の団員たちの死体はドルクジルヴァニアに戻って弔ってやりたいが、こいつらにはそんなものいらないだろう。
なので、アビリティーユニットにアビリティーチェッカーを取り付け、エンブレムをタッチする。
発動したのは菌糸生命体の能力。
うんこマン……ではなかった。菌糸生命体に転生したキエ・カガールが俺たちに仕掛けてきた、あのうんこまみれの鎖を発生させる能力だ。
キエ・カガールはあの時、菌糸でつないだものにほんのわずかな鉄分や、それに連なる成分、加工したり反応させれば似たような物質になるものが含まれていればいくらでも鎖を精製できると言っていた。
そう、鉄分だ。鉄分があればいいのだ。
そして広間には数名の空賊どもの死体に空賊連合の幹部であるゾルダとかいうやつと、そいつの部下の大男の死体、連中の血が大量に飛び散っている。
素材は申し分ない。
「ふぅ……いくらクソッタレの空賊連合どもの死体とはいえ、死者の尊厳を踏みにじってる気がしないでもないが……ギルド<ザ・ライジン>の仇だ、気にするな!!」
空賊どもの死体に菌糸を繋いで鉄分を摘出、そして一気に鎖を精製する。
「ベルシ!! これでもくらいやがれ!!」
叫んでベルシへと精製した無数の鎖を放つ。
「なっ!? なんだ!? この鎖は!? あがぁぁぁ!!!」
鎖は悲鳴をあげるベルシに絡みつき、その体を縛り付け、締め上げる。
両手は塞がれ、ベルシは手をかざしたり動かすことができなくなった。
「い、痛い痛い!! だずげで!! だずげでーーー!!! うがぁぁぁぁぁぁ!!! がぁぁぁ!!! いだいぃぃぃぃぃぃ!!!」
ベルシは硫酸を浴びた全身火傷による激痛と鎖による締め付けの激痛で悲痛な叫びをあげ続けるが、この場にはベルシを救おうとする者など誰もいない。
鎖で縛られたベルシにレーザーの刃を向ける。
「苦しいか? 激痛でしんどいだろベルシ……もう少し、その苦痛を味合わせておいてやりたいが、俺はてめーと違ってクズじゃないんでな? それにもうお前の顔も見飽きた。幕引きの時間だ。終わらせてやる」
そう言った直後、フミカも隣にやってきて大刀の切先をベルシに向ける。
「今まで散々手間かけさせてくれたけど、あんたとの腐れ縁もここで終わりだよベルシ……いつだか私言ったよね? 自分を客観視できないやつには一生無理だって。あんたは肝に免じておくとかあの時言ってたけど、結局あんたは最後まで何も変わらなかったね」
フミカはそう言うと大刀を構える。
それを見て自分もレーザーブレードを構えた。
「「くたばれ、ベルシ!!」」
そしてふたり同時に叫んで刃を鎖に縛られたベルシへと振り下ろした。
ところが……
「かかったなマヌケがぁぁぁぁぁ!!!! 手の自由を奪えば僕が抵抗できないとでも思ったか!? あひゃひゃひゃ!! これは僕が望めばいつだって出せるんだよボケがぁぁ!!!」
硫酸をあびて、ただれた表情のベルシが叫ぶとベルシの目の前に赤紫色の靄が出現し、自分とフミカの斬撃を防いだ。
「何!?」
「ち!」
しかし、直後フミコが叫んで声をかけてくる。
「かい君! フミカ!! それにココも耳を塞いで!!」
フミコの叫びに思わず振り返って、その意図に気付き。
「フミカ!! 横に逸れて耳を塞げ!!」
そうフミカに声をかける。
フミカは一瞬怪訝な表情をしたが、すぐに横に飛んで耳を塞いだ。
それを見て自分も横に飛び耳を塞ぐ。
直後、鎖で縛り付けられたベルシの真正面に対峙する形となったフミコは、自身の目の前に銅鐸を出現させる。
その銅鐸は呪力によって宙に浮いており、フミコは大きく息を吸い込むと。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
気合いを入れてその手に持った棍棒で思いっきり銅鐸の表面を叩いた。
直後、耳を塞いでいても、頭にズキズキとした痛みを与える大きな音が広間全体に響き渡り、その音はベルシの自律神経を麻痺させた。
「あぁ………!?」
ベルシの動きが止まり、赤紫色の靄が薄まっていく。
それを見てフミコが叫んだ。
「ココ!! お願い!!」
言われたココは少し不満そうな表情を浮かべ。
「ちょっと! ココにお願いしていいのはカイトさまだけなんだけど?」
そう言いながらも拳に力をこめて、ベルシを睨みつける。
「でも、ダニやろうを粉々にできるなら別にいいか。カイトさま見てて!! そして後でいっぱい愛してくださいね!」
ココは床を蹴ると一瞬でベルシの前まで移動し。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!!」
強烈なボディーブローをベルシの腹に叩き込んだ。
「ぐふがぁぁぁぁぁぁ!?」
その強烈な一撃にベルシを縛り上げていた鎖は粉々に砕け、その体はくの字に折れ曲がった。
そして大量の血を吐き出しながら、そのまま恐るべきスピードで吹っ飛んでいくベルシであったが、しかし赤紫色の靄をほんの少し維持できていたおかげか、ゾルダのように四肢分断の即死は免れた。
なんともゴキブリ並のしぶとさである。
「うそ!? まだ生きてる!?」
殴ったココは驚きの表情を浮かべ。
「どんだけしぶといの……ここまでくると逆に引くわ」
フミコがうんざりといった顔になった。
「はぁ……まだ死なないのか」
フミカは呆れた表情で床を転がっていくベルシを見ている。
「まぁ、確かにしぶといな……けど、あともう一押しだろ」
ため息をつきながらもレーザーの刃をしまい銃身を取り付けてアビリティーユニット・ハンドガンモードを構える。
そして動きが止まって床に倒れ込んだベルシに銃口を向けながら近づいてく。
「さて、いい加減天に召されろベルシ……それとも空賊らしく空で死にたいか?」
そう言いながら確実に心臓を射抜ける位置まで慎重に近づくが。
「黙れイカサマ野郎! ここで死ぬのはお前だ!! あひゃひゃひゃ!!」
ベルシは顔をあげて叫ぶと、自分とベルシを囲い込むように赤紫色の靄が出現する。
「何!?」
「油断したなイカサマ野郎!! もう僕に力がないと思ったか!? 残念だったな!! 僕はまだまだ力を残しているぞ!?」
赤紫色の靄の中にベルシと共に閉じ込められた形となったが、赤紫色の靄の向こうからフミコの心配そうな声が聞こえてくる。
「か、かい君!? 大丈夫!?」
「あぁ、心配するなフミコ! むしろ好都合だ!! ここでこいつを確実に殺す!!」
そう赤紫色の靄の向こうにいるフミコに声をかけるが、その言葉を聞いてベルシが笑う。
「あは、そいつはどうかな? イカサマ野郎! この中で貴様が僕に勝てる要素は万に一つもないぜ? あひゃひゃひゃ!! さきほどまでのお返しだ! ここでは僕が貴様をいたぶってやるぜ! ひひ!! お礼参りってやつだ!」
そう言ってベルシは狂気に顔を歪める。
この時、ベルシは密かにある秘術を構築していた。
それは本来なら魅了のコンボがリセットされ、弱体化したベルシでは使用できない秘術であったのだが、魅了模造と同じく、かつてコンボ数を稼いでいた時にベルシがもしもの時にとストックしておいていたのだ。
その秘術の名は「亜空間への落とし穴」。
赤紫色の靄の中はベルシの作った亜空間へと繋がっているが、その入り口は赤紫色の靄を発生させた時点で丸わかりだ。
一方で「亜空間への落とし穴」はあらかじめ、地面に亜空間への入り口を設置しておくタイプのもので、これは仲間の緊急脱出用というよりは敵に対する罠である。
これは相手が亜空間への落とし穴の上にやってくるまで赤紫色の靄が見えず、亜空間への落とし穴を踏んだ瞬間に赤紫色の靄が発生、一気に亜空間に落すのだ。
とはいえ、この秘術をベルシは敵を亜空間に落して殺すという手法に用いた事はほとんどない。
ベルシはこれを用心深く真正面から堕とせないターゲットの女性を捕獲する時や、警護が厳しい女性を拉致する時に使っていた。
つまり、敵を殺すのに使うのはこれがはじめてなのだ。
(男にこれのストックを使うなんて勿体なさすぎるが、今はそうも言ってられない……それに亜空間にイカサマ野郎を閉じ込めてしまえば僕の許可がない限り中からの脱出は不可能! こいつは二度と出てこられない、ひひ! そうなれば、このイカサマ野郎を人質に残された女どもを脅して僕の言う事を聞かせるとしよう。魅了が効かない以上、僕を好きでもない相手を無理矢理犯すという僕の趣味じゃない行為になるが、まぁ仕方ないだろう。僕をあれだけ屈辱したんだ。腹いせに壊れるまでとことん犯し尽くしてやる!)
そう思ってベルシは狂気に顔を歪める。
今から泣き叫び、腰を振りながら許しを乞う女どもの姿が目に浮かぶと舌なめずりするが、しかし一向に相手はこちらに飛び込んでこない。
その事にベルシは首を傾げる。
(あん? どうしたイカサマ野郎……なんで飛び込んでこない? わざわざ隙だらけの姿を見せてるってのに)
そう思うベルシを見て、カイトは呆れた表情を浮かべて大きなため息をついた。
その態度にベルシは腹が立ったが、直後カイトがこんな事を言ってきた。
「あのさぁ……てめーバカだろ?」
「は? 何だと!? 貴様一体何を」
「さっきから何かワクワクしながらずっと動かないけどよ? 罠はってるのバレバレだぞ?」
「なっ!!」
「そんなあからさまな場所に突っ込むわけないだろ、それでよく幹部を務めてられるな? ひょっとして空賊連合ってバカの集まりなのか?」
カイトはそう言うとベルシに残念な生き物を見る目を向ける。
ベルシは思わず何か言い返そうとしたが、カイトは気にせず手にしていた銃を解体し、懐から何か妙なものを取り出して手にしたグリップに取り付けると、そこに映し出された紋章をタッチした。
するとカイトの周囲に紫電が迸り、半透明の物体が現れ、それは目に見える形で物質化し、カイトが手にしているグリップにくっついていく。
やがて、それは小型の大砲のような姿になった。
カイトはそれを無理矢理持ち上げるような形で構えると、複数ある銃口をベルシへと向ける。
見た事もないその武器を向けられてベルシは困惑した。
「な、なんだその武器は!?」
ベルシのその言葉にカイトは鼻で笑う。
「XM556……手持ちガトリングガンだよ、知らないか?」
カイトはそう言うがベルシにはさっぱり理解できなかった。
空賊として大空を浮遊する多くの古代遺跡を盗掘してきたが、あんなものは見た事がない。
空賊として各国の軍艦を襲撃して武器を略奪してきたが、あんなものに出会った事がない。
空の神秘を知り尽くしたはずの自分の知らない未知の武器が今、目の前でこちらの命を狙っている。
ベルシは恐怖するが、カイトはそんなベルシを特に嘲笑うでもなく。
「あぁ、この世界の産業レベルじゃガトリング砲もミトラィユーズ砲も製造できるわけないか……まぁ、てめーの知らない武器だ」
そう言ってカチっと何かを開いた。
そしてボタンを押す。
「1分間に数千発も5.56mm弾をぶっ放せる代物だ。冥土の土産に堪能していけクズ野郎!!」
そして耳もつんざくような爆音が鳴り響き、圧倒的火力がベルシを襲い、悲鳴などあげる間も与えずその体をあっという間に吹き飛ばした。




