ロストシヴィライゼーション(4)
まるでローマの水道橋を思わせるような石造りの長い橋の上を、次元の迷い子たちが怒濤の勢いで疾走していた。
そして次元の迷い子たちが疾走するその先で追いつかれまいと必死で逃げている人物が1人いた。
「だぁ! くそ!! なんでこんな逃げ道がない橋の上なんかに誘導しやがった!?」
必死に走りながら隣を優雅に飛んでいるカラスに文句を言うが、カラスは優雅に羽ばたきながらただ笑い返してくるだけだ。
「ほっほっほ! いい運動になっとるじゃろ?」
「ふざけるんな!!」
「なら振り返って攻撃すればよかろう? 今なら避けられることもなく一網打尽じゃぞ?」
「立ち止まって攻撃する余裕がねーーー!!! クソッタレがーーーーー!!!!」
叫んで必死に逃げる。
元はと言えばカグがここへ誘導したわけだが、特に秘策があったわけでもなく落ちたら即アウトの幅の狭い石橋の上の命がけの鬼ごっこと化している。
「くそ!! 対岸はまだかよ!?」
「心配せんでももうすぐじゃ」
「悠々と飛んでる奴に言われたくねー!!」
「ほっほ! 汗を流せ若人よ」
「てめー!! 覚えてやがれよ!!!」
とにかく脇目も振らずに無我夢中で石橋を走りきる。
広い対岸に躍り出ると異変が起きた。
すぐに次元の迷い子たちも石橋を渡ってくると思ったがそうはならなかった。
なぜなら、石橋が突然消えたからだ。
為す術なく次元の迷い子たちは何もない虚無の奈落へと落ちていく。
それを確認してようやく落ち着いて呼吸を整えることができた。
「はぁ……はぁ……はぁ……まったく……何度見ても背筋が凍る光景だぜ」
肩で息をしながらその場に腰を下ろす。本当なら周囲の安全を確かめないといけない所だが正直今はそんな状態ではない。
「しかし、本当にあと一歩遅かったらこっちも巻き込まれてたぞ?」
「ほっほっほ! まぁ優秀なナビゲートがあってこそじゃの?」
「……どうだか? 本当に消失する箇所がわかってるんだろうな?」
そう投げかけるとカグはただ笑うだけだった。
うむ、怪しいな? 本当にわかってたのか?
「しかし、本当に突然消失するんだな……」
言って周囲を見回す。
今いる場所は芝生だがすぐ近くに石畳の通路が敷き詰められていた。
そしてその通路の横には巨大な権力者のような人物の彫刻が大量に支柱のように配置されており、その彫刻の人物の姿は地球史では見たこともないような衣服を纏っていた。
しかし、その通路や彫刻が時折、ジジっと音を立て一瞬まるでもう放送がないアナログテレビ放送をつけた際のノイズの砂嵐、スノーノイズのように変化する。
それは一瞬でまた元の彫刻や通路に戻るが定期的にスノーノイズ化していた。
そう、空間がまるで安定していないのだ。
「歴史や観測者から忘れ去られ、世界から失われ次元の狭間に彷徨うはめになった文明の欠片か……」
言って不安定になっている彫刻に近づこうとしたがやめた。
いつ、さきほどの石橋のように消滅するかわかったものではない。
早々にこの場を離れたほうがいいだろう。
そう、この現象はここまでで多く見られた。
最初は次元の迷い子たちとの戦闘回避に便利だと思ったが途中からその考えを改めなければならなくなった。
何度目かの次元の迷い子との接触、交戦状態に陥った際、その場の消滅に危うく巻き込まれそうになったからだ。
故に極力安定した場所を探しながらの移動となっている。
「しかし、なんで消滅したりするんだ? 元の世界で忘れ去られたからこそ次元の狭間に彷徨うはめになったんだろ? 次元の狭間でも彷徨いすぎたら消滅するってことなのか?」
ふと疑問を口にすると神を自称するカラスが小馬鹿にしたような顔をこちらに向けてきた。
なんとも腹立たしい表情である。
「次元の狭間に流された文明の欠片が消滅することはありえんよ。永久に狭間を漂うだけじゃ」
「じゃあなんで消滅するんだ?」
「わからんか?」
「わからんから聞いてるんだ」
「……少し考えたらわかることじゃがの? 要するに次元の狭間から消滅するということは、元の世界でその文明が発見されたということじゃ」
「発見?」
「そうじゃ、つまりはこの失われし文明の欠片は何も大地そのものが次元の狭間に放り出されたわけじゃない。観測されず忘れさられたために一時的にこの次元の狭間を彷徨っているに過ぎない。まぁ言うなれば微睡みの中といったところかの?」
カグによると文明とは観測されて初めて成立する。
そしてこの疑似世界を形成している失われし文明の欠片は観測されていないために元の世界から忘れ去られ、次元の狭間を彷徨っているのだという。
ゆえに地球で言うところのアトランティスやムーなどは該当しない。
存在したかが怪しいからではない。すでにその名が知れ渡っているからだ。
次元の狭間に漂う文明の欠片は文字通り完全に忘れ去られている。
それは名前や実在したかすら知られていないということだ。
わかりやすいところで日本において邪馬台国がどこにあったか? 邪馬台国のあった遺跡や卑弥呼の墓はまだ発見されていない。
しかし日本人は邪馬台国という名をすでに知っている。これでは忘れ去られた失われし文明とは言えないのだ。
遺跡の発見や場所が特定できなければ失われた文明と言えるかもしれないが、真の意味での失われた文明とは、そもそも誰も存在を知らないもののことを言う。
たとえば、Aという時代とBという時代の間にA+という時代があり遺跡は存在するはずだ!! と突然根拠もなく証拠も示さず言い出す人物はいないだろう。
しかし、次元の狭間に漂う失われた文明とはそういう誰も言い出さないような文明なのである。
どこかの文献に記載されており、世界の中の数人でも「幻の文明」と言って探していたとしたら、それはすでに存在が確認されている忘れ去られてはいない文明となってしまう。
とはいえ、文明とは時に侵略によってかき消されることもある。
Aという文明がBという文明に侵略され、破壊される。
Bという文明はAという文明の痕跡を一切消してしまう。
文献がまだ残っている時代ならその痕跡を完全に消し去るのは難しいが、それもまだ発達してない時代ならAという文明が滅んだという伝承さえ後世に伝えなければそれでよい。
しかし滅ぼした前の文明の上に築いた新しい文明というのは時にわずかに残った前時代の遺物を発掘してしまうものである。
たとえ時間があまりにも長く経ち、それが何なのか知る材料が少なくとも人類はそれが何なのか探求する生き物である。
やがて推測や憶測で結論を出すこともあるが、忘れら去れた文明の歴史を取り戻すこともあるのだ。
そう言ったこともあり、今まで存在すら忘れ去られていた遺跡は再び日の目を見て次元の狭間から元の本来あるべき場所に戻っていくのだ。
つまり、さきほどの石橋は消滅したのではなく元の世界へと還っただけである。
「つまり消えかかってる安定しない場所は、元の世界で発見されかかってるってことなのか?」
「そういうことじゃ。もしくはまだどっちに転ぶかわからない状態じゃの」
「?」
「例えば、人里離れた山奥に遺跡が眠ってるとする。その遺跡の存在を地元の人間や学者も知らない。その地域は開発もされてないから人の出入りはない。そこに文明があったことはすでに地元の人間も忘れており歴史書にも載っていない。しかしその遺跡がある山の麓の小さな貧しい村に住む小さな子供がその遺跡を遊び場にしていたらどうなる?」
「……それだと人に観測されてることになるんじゃないのか? 忘れさられてないだろ、子供が遊び場にしてるんだから」
「そうじゃ、人の目には触れておるの? じゃが子供じゃぞ?」
「それがどうした?」
「知識のない子共じゃ。おまけに貧しい村で子供に学問を教える余裕はない。つまり遺跡は目にしているが、それがどういったものなのかはわからないのだ」
「なるほど……たしかにそれだと発見とはいかないのか」
「その子供が大きくなり、村の仕事を手伝うようになり、村の労働の主軸となればもう遊びに行くこともない。大人になるにつれて遺跡のことは忘れていく」
「………つまり遺跡の存在が広まることはない」
「とはいえ、遺跡の存在が広まる可能性も秘めている」
「?」
「例えば村の近くに学者一行が通りかかり、たまたま子供達が遊び場にしている遺跡の話を耳にする。当然そんな遺跡の存在を知らない学者一行は現地を訪れようとするだろう」
「まぁ、地球の遺跡も大体はそんな感じの発見の仕方だよな。マチュピチュとか」
「そういう事じゃ、もしくは子供が貧しい村で一生を終えることを嫌い、お金を貯めて街に出て学問を学ぶ。するとあの遊び場は一体何だったのか? と疑問に思い調査を開始するわけだ。そうして遺跡は日の目を見る」
「……なるほどな。子供には無限の可能性があるってわけだ」
「あとは貴様も異世界を巡って冒険者の存在を知ったじゃろ?」
「あぁ」
「その冒険者が例えば村の近所に住み着いたゴブリンなりオークなんかの退治を依頼される」
「それが文明の発見とどう関係が?」
「ゴブリンなりオークは人が放棄したりした遺跡なんかに住み着くことがある。忘れら去れた遺跡は連中にとっては安住の地、良い根城じゃ」
しかし、その場合人類ではないがゴブリンなりオークには発見されてることになるのではないか? と思うのだが、彼らにはそこまでの知性はなく特異な思考の個体でも文明の発見などには興味がないらしい。
ようは住めるか否かのようだ。
「なるほどな。で、討伐で根城に入ったら未知の文明の遺跡だったってか」
「そんなにすんなりはいかん。普通は退治してそのままスルーされる」
「まぁ、そりゃ冒険者は金になる依頼以外は無銭労働なんか普通しないよな」
「しかし学者なり考古学を学んだ事がある冒険者なら討伐後、根城の敵を一掃し安全が確保されれば調査を行うだろう。そこで初めて未知の文明の遺跡だと気付くわけじゃ」
どうにも目には見えてても、それが未だ誰も知らない文明の遺物だと気付かない限り発見にはならないらしい。
なんともややこしいことだが、確かに普段気にせず使ってるものが実はまだ誰も知らない時代の遺物だと思い込む人間はいないし、考えもしない。
誰も知らないということは例え毎日目にしていても発見されたことにはならないというのは考えされられる真相ではある。
カグの話を聞きながらいくつものエリアを抜ける。
時に次元の迷い子をやり過ごし、時に消滅しかけている遺跡を避けて疑似世界の中心を目指す。
そうして、進むうちに疑似世界の中心の建物が段々と大きく感じられるようになってきた。
「ふぅ……いよいよって感じだな」
「ほっほっほ! よくここまで戦闘を回避できたわい」
「正直戦闘を回避しても他の心労で体力は限界なんだがな……このまま次元の迷い子たちとは戦わずに行きたいもんだ」
言って周囲を見回す。足を踏み入れたエリアはどこか今までとは雰囲気が違って見えた。
「あれは………竪穴式住居か?」
竪穴式住居とおぼしき物がいくつも点在し、高床式倉庫のような建物もあった。
これによく似た遺跡を歴史の授業で見た気がする……確か吉野ケ里遺跡だったか?
「でもまさか日本の遺跡ってわけはないだろうし」
そう言うとカグがあっけらかんとした調子でこれを肯定した。
「ふむ、その通りじゃぞ? ここは貴様の故郷。日本の失われし遺跡じゃ」
「はぁ!? まじかよ!? てかそれ言っていいの?」
「まぁ、詳しい情報さえ与えなければ問題ないよの」
そのカグの言葉に文明の発見がなんたらという話はいいのかよ? と思ってしまう。
「というか日本にそんな未発見の文明なんて……まぁ広島の葦嶽山とかミステリー定番のスポットは確かにあるが……つかこれ明らか弥生時代だろ?」
遺跡の中を見て回りながら呆れてしまう。どう見ても一般的なイメージの縄文・弥生・飛鳥・奈良時代あたりの竪穴式住居で新鮮味も何もない。
「弥生時代の失われし遺跡……まさか邪馬台国なのこれ?」
「んなわけなかろう? 失われし文明の定義を忘れたか? 邪馬台国なんて日本人なら誰でも知っておろう、そんなのここに流れ着かんわ」
まぁ、場所は特定されてないが名前が知れ渡っている以上、次元の狭間を漂流する遺跡の条件には入らない。
では、ここは何なのか?
「じゃあこれは? 邪馬台国とは違った別の邪馬台国なのか?」
「貴様、弥生時代がどういったものかわかっておるのか?」
「ん?」
「邪馬台国もそうじゃが、その当時の情勢をじゃ」
カグに言われて考えるが、やはり古代日本史はそこまで得意でなかったためイメージが湧かない。
そもそも稲作が始まったくらいしか授業での記憶がない。
「ん~~~~歴史も古代史は言うほど得意じゃなかったからな~確か中国に使者を送って朝貢してたとか何とかじゃなかったっけ?」
「貴様、もう少し歴史も学べよ?」
「やかましいわい」
「弥生時代の特に後期……末期と呼ぶべきかの? まぁ、その辺りは日本書紀や古事記で日本神話と結びつけられて脚色された創作史がほとんどじゃが……覚えておけ。日本の歴史上、戦争が本格的に始まった最も苛烈だった時代じゃ」
カグの言葉にしかし、あまりピンとこなかった。
「日本史上最も苛烈? 戦国時代とかじゃなくてか?」
「やれやれ、貴様は本当に……よいか? 日本の歴史上、国を二分したり国中を戦火に陥れた大きな戦乱はいくつもあった。丁未の乱、壬申の乱、藤原仲麻呂の乱、保元・平治の乱、源平合戦、元弘の乱、南北朝の内乱、応仁の乱、戦国時代、関ヶ原合戦、大阪の陣、幕末動乱、戊辰戦争、西南戦争……じゃがの、それよりも古い争乱があったのがこの遺跡の時代じゃ。聞いたことがないかの? 倭国大乱って言葉を」
倭国大乱。それはまだ日本という国が形作られる前の日本という国名がまだなく倭国と呼ばれていた時代の争乱。
日本国内に書物という資料がなく、中国の魏志倭人伝の中でしか大まかな事が掴めない詳細不明の時代。
「当時、倭国内に日本列島を統一という概念はそれほどなかった。言うなれば隣の国は滅ぼす対象か服従させる対象、もしくは従う対象だ。故にどの国もこぞって自らの国の権威を高めるために中国に使者を送り、朝貢して財や権威を得ようとしたのだ」
「まぁ、それはわかるがなんで日本史上最も苛烈な時代になるんだ?」
「わからぬか? 日本という国名を名乗って以降の争乱は日本国内の争い、もしくは統一という概念があるが、倭国大乱の時代にはそれがない。つまり皆殺しの争いが当たり前だったわけじゃ。そして当時の技術はそこまで進んではおらん。戦争の技術もな。故に殺し方などは今では考えられぬほど野蛮じゃ。同時期に大陸で三国志をやっとった中国とはえらい差じゃの」
「………まぁ、言いたいことはなんとなくわかってきたよ」
技術の発展によって戦争はより高度に、人の死の痛みを感じず残酷に殺せるようになったというが、技術がない古代では逆に残酷に殺すしか術がなかったわけだ。
しかも、その技術で村や町、国の単位を滅ぼす……
「で? ここはそんな倭国大乱の時代に魏志倭人伝にも記述されなかったような、滅ぼされ歴史の彼方に忘れ去られた小さな国の1つってわけか」
「そういうことじゃ」
そう言われるとこの日本史の教科書や資料集で見たことがあるような変哲もない弥生時代の遺跡ちっくなものがなんともおぞましい惨殺された者達の亡霊であふれかえってそうなイメージで見えてくる。
「はぁ……まぁ、古代の日本に思いを馳せても仕方ないな。次元の迷い子が発生する前に先に進むか」
こんなところで出てくる次元の迷い子なんて間違いなく古代日本人の亡霊だ。
そんなのと戦ったり鬼ごっこはまっぴらごめんだ。
そう思った時だった。少し離れたところにある他とは少し形の違った竪穴式住居の入り口で誰かが倒れているのが見えた。
「え? こんなところに人だと?」
まさかと思いながらも近づいて確認する。
もしかしたら次元の迷い子の可能性もあるが、今まで遭遇した人型の次元の迷い子とは明らかに違っていて、どう見てもうつ伏せに倒れている人であった。
人型の次元の迷い子の場合、異形の姿の怪人か、もしくは亡霊のようなどこか輪郭がぼやけたあやふやな姿をしている。
しかし竪穴式住居の入り口に倒れているのは明らかに人とわかる、あやふやな状態ではなくはっきりとした姿をしていた。
「どういうことだ? なんで人が?」
「ほう? めずらしいの? 疑似世界とはいえ次元の狭間で次元の迷い子にならずに存在が確定しておるとは」
カグが物珍しそうに言った。
存在が確定とはどういうことかわからないが、要するに次元の迷い子ではなく人間ということだ。
次元の狭間にいる人間を助けていいのかわからないが、とにかく意識があるのかどうか確認する。
「大丈夫ですか?」
声をかけてみるが返事はない。とりあえず体を起こして呼吸があるか確認する。
そこで初めて倒れていた人物が女性であるとわかった。
「息はしてるな……なら大丈夫か?」
「さて、どうじゃろな?」
「少しは手伝えよ?」
「カラスの身で人の救助はできんよ?」
ケラケラと笑いながら答えるカグに苛っとして思わず殴ってやろうかと思った時だった。
抱き起こしていた女性がゴホゴホっと咳き込んだ。
「意識が戻った!?」
女性の顔を覗き込むと女性は薄らと目を開けた。
そして口を開いて何か言葉を発したが……
「◎△$♪×¥●&%#?!」
「………え? 今何て言ったの?」
何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
これが川畑界斗にとっての運命の出会いであると、この時はまだ微塵も感じていなかった。




