空賊連合(4)
夜明けの光が大地を照らし出した早朝にフミカは大砦から戻ってきた。
そんなフミカは夜通し会議で、軽く仮眠くらいはとっていたであろうが見ただけで寝ていないのがはっきりわかった。
なので今から就寝するのかと思ったが、フミカは自らの寝室には直行せず、集まっていた自分達に会議での事を話し出した。
「そういうわけだから、恐らくこれから空賊連合の襲撃があると思う。連中との大規模戦闘になる。だからみんなも襲撃に備えてほしい」
そう言うフミカは少し頭がフラフラしていた。
夜通しの会議で仕方ないとは思うが、今のフミカがとても今から始まる戦闘に参加できるとは思えなかった。
なのでフミカに聞いてみる。
「一様昨夜から砦の警備は強化してる。だから今仮眠しても問題ないと思うけどフミカ、休んだらどうだ?」
しかし、フミカはすぐにこちらを睨んでくる。
「カイト、今の話聞いてたの? 空賊連合のやつらがもうすぐ襲ってくるんだよ? そんな悠長な事言ってられないでしょ? 状況ちゃんとわかってる?」
「わかってるさ。でもここが襲われるとは限らないだろ? てかここコーサス要塞郡の最果てなんだけど」
そう言うとフミカが首を振る。
「ベルシの能力だとコーサス要塞郡のすべての砦に仕掛けられる」
「……まじかよ」
「えぇ、ベルシは自分を中心として赤紫色の靄を広げた範囲を自身の勢力圏に置く事ができる。以前戦った時はアクモ湿地帯全体を覆ってた。ならコーサス要塞郡のすべての砦を覆うのはわけないと思う」
フミカの話を聞いても、そもそもアクモ湿地帯の広さがわからないからピンと来なかったが、おそらくはコーサス要塞郡よりも広い場所なんだろう。
そんな地域を覆って勢力圏に置けるってどんなチート能力だよ?
しかしそうなると向こうからの襲撃を迎え撃つって戦法は大丈夫なのか?と心配になる。
空の貴公子ベルシが赤紫色の靄でコーサス要塞郡を覆う前にこちらが仕掛けた方がいいのではないか?と……
そう思うが、フミカの話では空賊連合の拠点を捜索しにズエの森に偵察にでかけたギルド<深き森の狩人>が空賊連合にやられたため、連中の拠点の場所はわからないのだ。
ならば、今から新たに捜索隊を出すよりは襲撃に備えたほうがいいという事なのだろう。
何より連中にはすでにコーサス要塞郡のギルドユニオンの情報がすべて流れていると考えられている。
下手に捜索隊を出して、戦力の配置を見極められるのもまずいのだ。
なぜ空賊連合にこちらの情報が流れていると考えられるかと言うと、これまたベルシの能力だ。
フミカによればベルシは魅了と呼ばれる特殊能力を有しているという。
この能力が発動すればベルシに目をつけられた女性は抗うことができず彼の虜になるという。
そうなれば、たとえ組織に対してどれだけの忠誠心があろうと、そんなものを忘れ去り、すべてを捨てベルシの元に下り、ベルシだけの言う事を聞くようになるのだとか。
なんとも悪趣味な能力であり、相手の意思など関係なく気に入った女性を堕とせるという点において、ある意味で男が求める理想の能力であるが、それに相対する者、特に女性メンバーや恋人がパーティーにいる者達にとっては脅威でしかない。
フミカは当初、ギルド<深き森の狩人>がフルメンバーで偵察に向かうのを止めようとしたが結局止められなかった。
ギルド<深き森の狩人>には当然ながら女性団員が複数在籍している。
彼女たちはすでにベルシの手に堕ちているだろう。
ならば、彼女たちからコーサス要塞郡のギルドユニオンの情報はベルシに当然伝わっているはずだ。
なんとも厄介な事である。
ちなみにフミカはギルド<明星の光>のメンバーと共にベルシと何度か交戦経験があるが、フミカにはベルシの魅了は効かないという。
理由を聞けば、フミカは母国アカツキにいた頃、ゲンナイの実家で修行を積んでる際にそういったものへの耐性を身につけさせられたのだとか。
フミカには「アカツキ出身ならわかるでしょ?」と言われたが、知らんがな……
とりあえず笑顔で頷くだけにしておいた。
そんなベルシの魅了だが、フミカのように訓練で効かない身体を身につけなければ回避できないというわけではなく、魅了の効力をなくす裏技もあるのだとか。
それはベルシと対峙した際に彼と目を合わせないこと、真正面から彼を見据えないこと。
これを徹底すれば魅了は回避可能だという。
それと、たとえ運悪くベルシと目が合っても魅了が効かない、失敗する時もあるのだとか。
これには条件があるのだが、ベルシの魅了が効果をあげる、つまりは確実に相手の女性を堕とすにはある程度のコンボ数が必要なのだ。
コンボ数とは魅了によって堕とした女性の数だ。
つまりは魅了で堕とした女性の数が増えれば増えるほど魅了の効果は絶大になっていき、そのコンボ数が大きいほど失敗する確率は減り、絶対に相手を堕とせるようになるのだとか。
そして、このコンボ数がカンストすると、たとえフミカのように耐性を持っていてもそれを突破して確実に相手を堕としてしまうという。
そうなってしまうと脅威だが、どれだけの数でカンストなのか、実は本人にもわかっていないのだとか……
そんなコンボ数が増えれば増えるほど脅威が増す魅了だが、逆に堕とすのに失敗するとコンボ数はリセットされ、カウントはゼロに戻る。
こうなると、確実に魅了が効く保証はなくなってしまうのだとか……
つまりはまた最初からコンボを稼ぎ直さないと、魅了で確実に堕とせない、この状態の魅了だとベルシの手に堕ちる可能性は低い。
とはいえ、ベルシもその事は理解している。
だからこそ、意外にもベルシは魅了で堕とす相手選びには慎重だという。
戦略的に堕としたほうがいい相手、確実に堕とせてコンボを稼げる相手、一目見て気に入って手に入れたいと思った相手にしか魅了は使わないのだ。
とはいえ、こちらに襲撃してくる以上は、こちらの動揺を誘う意味でも相対したグループに女性がいた場合魅了を仕掛けてくるだろう。
フミカがベルシがいる戦場では実力があるのがわかっていても女性を矢面に出したくない理由はそこなのだ。
だからこそ<深き森の狩人>の女性メンバーに偵察任務から外れるよう進言したが、結局は今回のような結果になってしまったのだ。
「とにかく! みんなはこの小砦の死守に全力を尽くして! 私はすぐに大砦に戻るから!!」
フミカはそう言うと、再びトロッコに乗るべく地下へと向かおうとするが、やはりその足取りは少し頼りなかった。
(フミカが強いのもわかってるし、ベルシとやらの魅了に耐性があるのもわかった。でもあんな状態で本当に大丈夫なのか?)
不安になったのでウエストポーチからエナジードリンクを取り出す。
そしてフミカに放り投げた。
「フミカ! 休んでいかないっていうならせめてこれを飲んでいけよ!」
フミカはエナジードリンクをキャッチすると一気に飲み干す。
「ん……ぷはぁー! へぇー結構おいしいじゃない」
「多少はそれでましになると思うぞ?」
そう言った直後だった。
ドーン!と大きい音がして小砦全体が大きく振動した。
「きゃ!?」
「な、何!?」
「まさか地震か!?」
「わわ!?」
誰もが驚く中、フミカが険しい表情になる。
「まさか、もうきたの!?」
フミカの言葉で誰もが真剣な表情となる。
「空賊連合!! きやがったのか!!」
さきほどの振動、まさかこの小砦に襲ってきたのか?
とにかく今は状況を把握しないといけない。
周囲を警戒をしつつ指示を飛ばす。
「リエル! ケティー! 2人はすぐに警備コントロール室に行って状況を確認してくれ!!」
「せやな、了解や!」
「わかったよ川畑君!」
「ケティー、その前に全員にインカムを配ってくれ! 状況は常に報告して皆で共有するんだ!!」
「うん、わかった」
ケティーが皆へとインカムを渡す中でリーナとエマに声をかける。
「リーナちゃんとエマちゃんは機械の騎士さんのところに行ってくれ! そして絶対にそこから出ないこと! いいね?」
「そんな! ま、マスター! わたしもマスターの役に立ちたい!」
リーナは懇願してくるが、この局面でそれは聞き入れられない。
「ダメだリーナちゃん! 相手がどれだけの数かわからないんだよ?」
「でも!! わたしだってギルドの一員です! みなさんの、マスターの役に立ちたいんです!!」
「リーナちゃん、気持ちはうれしいけど、ここにはエマちゃんもいるんだよ? リーナちゃんが突っ走ったらエマちゃんはどうなる?」
「それは……」
言いよどむリーナの肩に手を置いてリーナの目を見る。
「ここは俺たちに任せてエマちゃんと隠れててくれ! 何があっても機械の騎士さんは絶対に2人を守ってくれる。でも、俺たちの役に立ちたいってリーナちゃんの気持ちはありがたく受け取っておくから……だからリーナちゃんはエマちゃんをちゃんと守ってやってくれ、いいね?」
そう言うとリーナはこくんと頷いて。
「わかった。エマはちゃんとわたしが守る!」
耳にインカムをつけてエマの手を取り、TD-66を収納している部屋へとリーナとエマは走って行く。
その背中を見送りながら耳にインカムを取り付けて残りの面々に声をかける。
「フミコ! ヨハン! ココ! いつでも戦える準備をしておけよ!!」
「わかってるよかい君!!」
「言われなくても!!」
「カイトさまが望むなら、どんな相手でもミンチにしますよ~」
そんな自分たちを見てフミカがため息をつくと。
「これは大砦に戻るよりもここで連中を迎え撃ったほうがよさそうだね」
そう言って背中に背負った大刀の柄に手をかける。
5人が戦闘体勢に入って周囲を警戒しだしたちょうどその頃、少し離れた小砦では大変な事になっていた。
ギガバイソンの群れを受け止めるだけの強度があるはずの城壁は衝撃で崩れ、半壊していた。
そしてそんな壊れた城壁に無数の小型飛空挺が乗り付けて、次々と空賊たちが小砦内に侵入していく。
それだけではない、小砦の外には無数のギガバイソンたちが終結して、強度をなくした城壁へと突進してこれを破壊、小砦の中へと続々と突入していく。
そんな半損状態となった小砦のメイン広間にはこの小砦を任されていたギルドの面々が空賊連合の面々を迎え撃つべく戦闘体勢に入っていた。
そのギルドの名は格闘ギルド<ザ・ライジン>。
食堂ではいつもカイトたち<ジャパニーズ・トラベラーズ>の隣で食事をとり、カイトたちが仲良くなったギルドだ。
そのギルドマスター、ボベルトはファイティングポーズをとって前を見据える。
その隣では彼の恋人リベラが同じくどこぞの国の格闘技の構えをとっていた。
「空賊連合のくそどもが!! オレっちがてめーら全員あの世に送ってやるぜ!!」
「私達の砦を壊したこと後悔させてあげるわ!!」
ボベルトとリベラに続いてギルド<ザ・ライジン>の面々も口々に怒声を放つ。
しかし、その威勢はすぐに消え去る。
「ほう、随分と自信満々な様子だが、お前達に僕たち空賊連合が倒せるとでも?」
そう言って小型飛空艇から飛び降りて広間に着地したのは空の貴公子ベルシ。
彼は着地するなりギルド<ザ・ライジン>の面々を見回しニヤリと笑う。
「へぇ、そこの君なかなかに美しいじゃないか……君のような美しい女性はギルドなんてむさ苦しい場所にいるべきじゃない……この僕、ベルシの隣にいるべきだ。よかったら君の名前を聞かせてくれないか? ……どうだい、今宵は僕の腕の中で一緒に祝杯をあげようじゃないか」
そう言ってベルシはリベラに向かってまるで舞台俳優のようなキザったらしい仕草で話しかける。
そんなベルシの言葉にボベルトがブチキレた。
「あぁ!? てめー何オレっちの女に気安く話しかけてんだコラ!? 空賊!! あんま調子に乗ってるとそのご自慢の三枚目顔すり潰すぞ!!」
そんなボベルトの言葉に、しかし隣にいるリベラは格闘技の構えを解くとうっとりとした表情となってベルシの問いかけに答える。
「まぁなんて素敵なお誘いかしら? 私はリベラと申しますベルシさま」
「な!? リベラおめー何を!?」
リベラの突然の変わりようにボベルトが驚き、そしてベルシを睨む。
「てめー、オレっちの女に一体何しやがった!?」
しかしベルシは可哀想な生き物を見る目でボベルトを見て。
「かわいそうに……そんな粗末な見た目と性格で彼女をいつまでも繋ぎ止められるとでも思っていたのかい? 君と僕じゃ誰に聞いても皆僕を選ぶさ」
そう言ってリベラに命令する。
「さぁリベラ、新たな門出だ! 僕の元に来るために古いしがらみをその手で破壊するんだ……そいつらを殺せ! そうすれば今宵は君をたっぷりかわいがってあげよう」
ベルシの言葉にリベラはうっとりとした顔になると。
「はい、見ててくださいベルシさま。すぐにこいつらを片付けてごらんにいれましょう!」
そう言って隣にいるボベルトへと強烈な蹴りを放つ。
「リベラ、てめー!! 裏切る気かぁぁぁぁぁぁ!?」
ボベルトは叫んでリベラの蹴りを受け止める。
ボベルトとリベラ、2人の戦いがベルシに空賊たち、ギルド<ザ・ライジン>の面々が見ている前で始まった。




